ファニー・ワード Fannie Ward/Fanny Ward (1872 – 1952)

「 合衆国・カナダ・オーストラリア [USA/Canada/Australia]」より

嬢をして今日の人氣を博せしめた作品は、一千九百十四年に、早川雪洲氏やヂャック・ディーン氏などと一座して撮影した日本劇「チート」である。この映畫を製作して以来、嬢は米国映畫界の首腦女優となつた。

爾来、「テネッシーの赦罪者」「國防の爲めに」などを撮影して、益々名聲を昂めたが、昨年の始めに、パセ會社のエストラ映畫の專属女優となつた。

目下は、ラスキー會社の初舞臺當時に戀に落ちたヂャック・ディーン氏と結婚して、幸福な樂しい生活を送って居る。

當年四十四であるけれども、尚未だ二八の少女のやうに、若々しい容貌と豊かな肉體とを持つてゐる。嬢が斯界に喧傳される所以も一つには、この絢爛たる名花の趣を備へて居る爲めである。しかし、技藝そのものから云つても、嬢は優に大花形の中に加へられるだけの天分を持つて居る。

『活動名優寫眞帳』(花形臨時増刊、大正8年、玄文社)

手に入れたのは仏シネマガジン製の写真で表に印刷サインあり、裏側に直筆で日付、仏語メッセージ、名前、住所が書かれています。1920年代、女優としての活動の場が減っていくとパリに化粧品ビジネスの店を立ち上げたそうです。

謹しんで、1921年8月10日
ファニー・ワード
シャンゼリゼ通り114番

Sincèrement à vous, 10-8-21
Fanny Ward 114 Av. des Champs-Elysées

[IMDB]
nm0911531

[誕生日]
2月22日

[出身]

[サイズ]
23.8 × 17.2cm

[メーカー]
シネマガジン

[コンディション]
C+

[入手年月日]
2017年10月

リートリス・ジョイ Leatrice Joy (1893 – 1985) 米

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1910年代後半から下積みを重ね、怪優ロン・チェイニー作品にもヒロイン役で出演。1921年3月に俳優ジョン・ギルバートとの婚約発表で注目度が上がり、その後セシル・B=デミル監督に招かれ同監督『屠殺者』『妻欺くなかれ』『十誡』でヒロイン〜準ヒロインを演じトップスターへと成長していきました。

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[IMDB]
nm0431433

[出身]
US

[生年月日]
11月7日

[コンディション]
B-

[入手年月日]
2017年6月

ジェラルディン・ファーラー Geraldine Farrar (1882 – 1967)

「合衆国・カナダ・オーストラリア [USA/Canada/Australia]」より

Geraldine Farrar Autographed Postcard
Geraldine Farrar Autographed Postcard

嬢は元来は映畫俳優ではなかつたのだが、ラスキー會社の招聘に依つて、出勤の座と合意の上、映畫劇に出演する事を承諾したのである。それは有名な「カルメン」(一千九百十三年十一月十四日發賣)の女主人公であつたが、その役が非常な好評を博した爲めに、遂ひに映畫俳優としても非凡な技能を有して居る事を認められるに至つたのである。

この成功以来、嬢自身も映畫劇に興味を感じて紐育のオペラ・シーズンの間から間まで、休演時期を利用して加州のラスキー撮影所に赴いては、特作品を撮影するのが例になつた。今日までの作品の主なものを列挙すれば「カルメン」「マリア・ロサ」「誘惑」「ヂャンヌ・ダルク」「神が忘れた女」などがある。以上の中で「ヂャンヌ・ダルク」は大正六年の十一月に帝國劇場に上演された。

今年三十八歳であるが、ヂヤンヌ・ダルクのやうな僅か十七八歳の少女を演じて、少しも無理な處が見えないのは、嬢の俳優としての生立が主に欧羅巴で送られた爲めに、米國女優には見難い艶々しさと柔か味を持つて居る事にも依るであらう。しかし、その大部分は嬢自身の芸術的天分が然らしむるものであると云はなければならない。

『活動名優寫眞帳』(花形臨時増刊、大正8年、玄文社)

Geraldine Farrar in Carmen (1915)
1915年の『カルメン』より