ホッライ・カミッラ(Hollay Kamilla / Camilla von Hollay, 1899 -1967) と『アフロディーテ』(1918年、デエーシ・アルフレード監督)

絵葉書と『演劇生活 Színházi Élet』誌から見る
1910年代ハンガリー映画(04)

Hollay Kamilla 1910s Autographed Postcard
Hollay Kamilla 1910s Autographed Postcard

ハンガリー映画の黎明期に勢いのあったスター映画社と契約を結び、イレーシュ・イェネ監督作品『János vitéz』(1916年)の脇役として映画デビュー。同作で主演を務めたデエーシ・アルフレードが監督転向後、その作品のヒロインとして重用されるようになりました。

デエーシ・アルフレード監督作品
『Siófoki történet』でヒロインを務める
「演劇生活」誌1917年44号より

水着姿での一枚
「演劇生活」誌1918年35号

スター映画社の宣伝ページ
「演劇生活」誌1918年46号より

スター映画社の作品はほとんど残っていないのですが、近年の調査から少なくとも3本の現存が確認されハンガリー国立映画アーカイヴに返還されました。その一本『アフロディーテ』(1918年)にホッライ・カミッラ名義時代の演技を見ることができます。

Hollay Camilla in Afrodite (1918)

『アフロディーテ』(1918年)より

「演劇生活」誌1918年37号スター映画社
特集記事より『アフロディーテ』スチル

1922年からはカミーラ・フォン・ホレイ名義でドイツに活動拠点を移します。日本でも公開された表現主義調の戦争ドラマ『世の果』では準ヒロインの妊婦役を演じていました。

Hollay Camilla in Am Rande der Welt (1927)

『世の果』(Am Rande der Welt、1927年)より

[Movie Walker]
カミーラ・フォン・ホレイ

[IMDb]
Camilla von Hollay

[Hangosfilm]
Aphrodite

1918 – 『演劇生活』誌 28号〜39号(7~9月) 合本 « Színházi Élet »

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1910年に創刊されたハンガリーの演劇週刊誌。18年夏〜秋の12冊を合本にして愛蔵版としたもの。グラビア、新作劇の紹介・講評、劇中歌の楽譜や諸々のエッセイ、広告を含んだ内容です。1冊の紙数は52ページで12冊だと600頁になります。

第一次大戦の負け戦がほぼ確定となっていて、オーストリアのハプスブルグ家から独立し共和国となる(1918年11月)直前、国として大きな岐路に立っていた時期に当たります。エンタメ誌ですので政治の話はされていませんが、ハンガリー俳優がハンガリー語で演じた劇を扱った雑誌が売れるようになった状況そのものが文化アイデンティティの自覚とつながっていたのでしょう。

終戦後、国内に平和が戻ってくるとハンガリー演劇はさらなる盛り上がりを見せ、アイドル的な雰囲気を漂わせた若手も目立つようになってきます。今回入手した雑誌はその直前でガチの演劇人が多く登場してくる印象があります。

またこの時期にハンガリーでも映画産業が拡大しておりグラビアや特集で登場してくる役者たちも多かれ少なかれ映画と接点を持っていました。手元の合本でも幾つかの記事で映画作品や映画会社が取りあげられています。20年代には舞台と映画の棲み分けがはっきりしてくるので過渡期的な状況と見ることもできます。

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ハンガリー初期映画に関わる記事や写真を幾つかピックアップしてみます。

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35号ではマイケル・カーティス監督の初期作『99』が取りあげられています。後にハリウッドに渡って初代ドラキュラとなるベラ・ルゴシの初期作品でもあります。ヒロイン役はクレール・ロットー

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次いで37号でデエーシ・アルフレード(Deésy Alfréd)監督の『アフロディーテ』の紹介記事と『カサノヴァ』のスチル写真が掲載されていました。前者のヒロインはホッライ・カミッラでした。

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38号にはアレクサンダー・コルダ監督の初期作『森の精』。ヒロインにレンケッフィ・イツァを配しています。

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39号にはアストラ映画社の紹介記事。ちなみに『99』はフェニックス映画社、『アフロディーテ』がスター映画社、『森の精』がコルヴィン映画社で、この辺が1910年代末に認知度を増してきている様子が伝わってくるものです。

フェダーク・シャーリラーバシュ・ユーツィが表紙を飾っている他、先日スペイン風邪流行との絡みで触れたバンキー・ユディットのグラビアやセントジョールジー・マールタ訃報を見つけました。

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現在のハンガリーはユーロ圏には属さず文化・政治面で独自路線を取っています。市場も閉じた感じで現地の物を日本に輸入するのは難しいです。今回和歌山を拠点にハンガリー製品の輸入販売を行っているコツカマチカ(Kockamacska)さんに輸入の代行を依頼、コロナ禍に伴う配送難と重なりながらも無事届けていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。