スーパー8 『邦画名作抄 美人女優列伝 トーキー時代・スター誕生』

« Legend of The Shochiku Beauties, Chapter 2 : Talkie… Stars Are Born »
1970s Super8 Anthology


1) 戸田家の兄妹(1941年、小津安二郎) 桑野通子、高峰三枝子、三宅邦子、坪内美子ほか [JMDb]


2)信子 (1940年、清水宏) 高峰三枝子、三浦光子、飯田蝶子ほか[JMDb]


3)木石 (1940年、五所平之助) 木暮実千代、赤木蘭子ほか [JMDb]


4)隣りの八重ちゃん (1934年、島津保次郎) 逢初夢子、高杉早苗、岡田嘉子ほか [JMDb]


5)暖流 (1939年、吉村公三郎) 水戸光子、高峰三枝子 [JMDb]

松竹映画史を女優視点で振り返っていくスーパー8版アンソロジーの第二篇。

冒頭を飾るのは小津作品『戸田家の兄妹』。妖婦や悪女役など翳りの多い役柄が多かった桑野通子さん新境地が評価されたものです。続いて高峰三枝子さんが女学校の女性教師を演じた『信子』。しばしば女性版『坊ちゃん』と呼ばれますが、多感な女生徒たちと教師・信子の関係には数年前に日本で公開された『制服の処女』の影響を見て取ることもできます。

ベテラン看護婦(赤木蘭子)とその娘襟子(木暮実千代)の物語を描いた『木石』。母娘二人のコントラスを効かせながら、襟子の出生の謎が次第に解き明かされていきます。8ミリ版ナレーションでは時局を踏まえ、戦前期松竹の最後を飾るメロドラマの位置付けをされていました。

一旦1930年代前半に戻って『隣りの八重ちゃん』に移ります。撮影や脚本、配役に無声期の雰囲気が強く残っている感じ。八重の友人役で瑞々しい存在感を見せた高杉早苗さんが高く評価されていました。

トーキー篇のトリを務めるのは『日本映画史・前編』でも紹介されていた『暖流』。喫茶店での抜粋も含まれています。男一人、女二人の三角関係を軸に進んで行く物語で当時は映画フアンがぎん派(水戸光子)と啓子派(高峰三枝子)に分かれていたエピソードも紹介されていました。

[発売時期]
1970年代

[発売元/製作/提供]
テレキャスジャパン/大沢商会/松竹

[フォーマット]
スーパー8 白黒200フィート(24コマ/秒) 光学録音・テープ付き

1957 – Super8 『松竹8mmライブラリー 日本映画史 前編』(Japanese Cinema History Part I, super8)

c1970 Super8 日本映画史 前編

« Japanese Cinema History : Part I 1887-1949 » (1957, Shochiku Ofuna, dir/Iwaki Kimio)
c1970 Sungraph Super8 Print

1957年に公開された松竹制作による短編ドキュメンタリー。同社が制作した戦前作品を中心とし、活動寫眞の到来から戦後までの映画史の展開を貴重な映像でまとめ上げた一作。

8ミリ版は1960年代末~70年代初頭に発売されたと思われ、前後編の2巻構成。前編は19世紀末の映画前史から終戦後の1949年までを扱っています。2年前の購入時に一度紹介しているのですが画質が悪く、今回綺乃九五式で再度スキャンし直しました。


1887年 『疾走中の馬の連続写真』 エドワード・マイブリッジ

Sallie Gardner at a Gallop [imdb]

まずは明治時代まで遡り「動く写真」の発明としてエジソンの功績と並びマイブリッジ作品が紹介されていきます。


1899年 『紅葉狩』 柴田常吉監督

Momijigari [imdb] [jmdb]

現存する最古の日本映画として知られた『紅葉狩』。九代目市川団十郎、五代目尾上菊五郎出演。現在は国立映画アーカイヴの「映像で見る明治の日本」の動画紹介ページで閲覧が可能です。


1900年 『鳩の浮巣』土屋常二撮影

Nio No Ukisu imdbjmdb

『明治二十八年の両國大相撲』(別名『回向院夏場所大相撲』)でも知られる土屋常二(ジョージ)氏が残したもう一本の映像作品。初代中村鴈治郎出演。


1911-12年 『白瀬中尉の南極探検』 記録映画 田泉保直撮影

Japanese Expedition to Antarctica imdbjmdb

明治末期に行われた白瀬矗注意による南極探検の実録もの。JMDbでは『南極実景』として登録されている一篇で、こちらも「映像で見る明治の日本」で高画質なバージョンを閲覧できます。


1911年 『ジゴマ』ヴィクトラン・ジャッセ監督

Zigomar imdb

日本で大規模な社会現象を引き起こした仏エクレール社の悪漢活劇。ジゴマの百面相を描いた紹介場面と物語途中の抜粋が収録されています。


製作年不明 『自雷也』尾上松之介主演

Jiraiya (Unidentified Version)

松之助十八番。自雷也が妖術を使う場面ながら松之助版自雷也のどれに当たるのか未特定。明治42年ではなくもう少し後年の作品と思われます。


1913年 『アントニィとクレオパトラ』 エンリコ・ガッツォーニ監督

Marcantonio e Cleopatra imdb

絢爛たる古代ローマ世界を描き出し日本でも大きな話題を呼んだ一作。8ミリ版では弁士・玉井旭洋の語りが付されていました。


1913年 『天馬』ハリー・ピール監督

Die Millionenmine imdb

第一次大戦開戦直前に輸入され、国内でのドイツ冒険活劇流行のきっかけとなった一作。ブラウン探偵(ルートヴィヒ・トラウトマン)が囚われの美女(ヘッダ・ヴェルノン)を救い出す場面で弁士・泉天嶺の語りが付されています。


1915年 『後のカチューシャ』細山喜代松監督

Nochi no Katyusha imdbjmdb

向島に新設されたばかりの初期ガラススタジオで撮影された初期日活現代劇。出演は立花貞二郎と関根達発ほか。国立映画アーカイヴやマツダ映画社にも所蔵記録のない作品で、断片を見れたのは感動でした。


1921年 『路上の霊魂』村田実監督

Souls on the Road (Rojô no reikion) imdbjmdb

日本の映画制作が新しい段階に入った様子を告げるモダンな現代劇。国外からの評価が高いことでも知られる一作です。


1921年 『虞美人草』小谷ヘンリー監督

Gubijinsô imdbjmdb

歸山教正氏と並び国産映画の近代化に功あった小谷ヘンリー監督の代表作。グリフィスの影響が濃く、戦闘場面での流動的な表現など日本映画になかった新しい試みを持ちこんでいます。


1923年 『船頭小唄』池田義信監督

Sendô kouta imdbjmdb

帝キネの『籠の鳥』と並ぶ小唄映画ブームの先駆け作品。栗島すみ子の健気で可憐なイメージ戦略をさらに一歩推し進めたものでもあります。


1923年 『関東大震災』記録映画

The Great Kantō earthquake

被災直後、瓦礫の山と化した街並みや、炊き出しに並ぶ被災者たちの姿などを生々しく記録した巨大災害の記録。首都圏を襲った未曽有の災害は初期日本映画の展開にも少なからぬ影響を与えました。


1931年 『マダムと女房』五所平之助監督

Madame and Wife imdbjmdb

斉藤達雄と田中絹代のかけあいが楽しい初期トーキー。


1938年 『愛染かつら』野村浩将監督

The Tree of Love imdbjmdb

看護婦として働くシングルマザーと医学者との悲恋を描いた戦前を代表する和製メロドラマ秀作。


1939年 『暖流』吉村公三郎監督

Warm Current imdbjmdb

高峰三枝子、水戸光子、佐分利信の入り組んだ人間模様を背景に描かれる、硬質な叙情性を帯びた恋愛ドラマ。


1943年 『花咲く港』 木下恵介監督

Port of Flowers imdbjmdb

九州の離島を訪れたペテン師二人組の行く末を軽妙に描いた木下恵介監督デビュー作。


1945年 『そよかぜ』 佐々木康監督

Soyokaze imdbjmdb

「リンゴの唄」の朗らかな響きと共に終戦直後の人々に希望を与える一作となりました。


1949年 『悲しき口笛』家城巳代治監督

Sad Whistling imdbjmdb

笠木シズ子をアップデートする形で日本歌謡を刷新した不世出の歌姫の映画デビュー作。10代前半でこの貫禄はさすが。


1949年 『晩春』 小津安二郎

Late Spring imdbjmdb

20世紀前半の(松竹版)日本映画史は小津の形式美と情緒によって完成された…とまとめたくなる編集です。


白黒110メートル(約18分)
光学録音
サングラフ/松竹

1917 – 『毒草』(井上正夫監督、小林商会) 絵葉書4点

1917 « Doku-sô » (Poison Grass, dir/Inoue Masao)
Original Promotional Postcards

1)毒草劇 井上正夫のお源

 果して母親は眞赤になつた焼火箸を焚火の中から取出すと、思ひ知れとばかり、まづお品の半身像にじウとそれを突刺した上、今度は更に二人立の寫眞の方にも突刺すのだ、さうして滅茶々々にお品の顔を潰したうえ、にたりと會心の物凄い笑を漏らした。(『毒草 お品の巻』菊池幽芳、至誠堂書店、大正5年、「寫眞」)

2)毒草劇 木下藤吉郎のお品 藤野秀夫の土手の福 葛城文子のお仙 栗島狭衣の吉蔵

 彼の髪は蓬々と伸びて額や肩に亂れかゝり、口髭も頤髭も延びるに任した様子から、頬骨の突出て居るところから、眉の太く濃いところから、一寸アイヌの容貌を思ひ出させるところがあつた。着物は木綿の布子を着て居るのが見る影もなくぼろぼろになり、ところどころ垢ずれで光つて居るのに三尺帯を巻つけ、尻からげもせず、だらしなく着流して、足は素跣足のまゝである。腰には巾着のやうなものやら煙草入やらに、小猿の髑髏を二つ括つて居るのが異樣の音を立てゝ、足拍子を取つて踊るたびにちやらちやらとなり、こつこつと響いた。

 土手の福がさも愉快さうに踊つて來る跡から、界隈の子供等がぞろぞろと囃し立てゝついて來た。(『毒草 お品の巻』「土手の福」の章)

3)毒草劇 栗島狭衣の吉蔵 井上正夫のお源

 お源の手からバツタリ槌が落ちて、お源はよろよろと熊笹の中に尻餅を搗いた。

 「お母さん、お前、鬼になつたゞか。これ誰の形代だ。」

 母親は云知れぬ慙愧と憤怒のために、わなわなと顫へながら、吉蔵の顔を見上げて、續けさまに太い溜息を漏らした。

 吉蔵は母親を押へた腕を放すと、その猿臂を差延べて、力任せに藁人形をもぎ取り、

 「お母さん、お前はお品を祈り殺さうとするだな。お前、何でそんなにお品が憎いだ。」(『毒草 お品の巻』「三本杉」の章)

4)毒草劇 翠紅園納屋の慘劇

 いつも其卓子(テーブル)の上には煙草盆と燐寸が置いてあるので、その燐寸を探さうとしたのだ。……と燐寸と一緒に鐵の五本爪のついた除草器が觸つた。お源の頭に突然何ものかゞが閃いたらしく、その除草器を燐寸と共に取上げると、屹と中腰になつて納屋の方角を覗いた。しよんぼりと納屋の方に進んで行くお品の輪郭が闇の中に黑く見透された。(『毒草 お品の巻』菊池幽芳、至誠堂書店、大正5年、「兇行」の章)


三月浅草及び市中の各館各座は一斉に同じ毒草劇を上場して東京ツ子をあつと云はせた。(『キネマ・レコード』1917年)

日活、天活、小林の三會社で『毒草』劇を競争的に發表したことがある。この三つの作品を比較すると、各會社の技倆の程度を畧ぼ測定することが出來るのであつて、何れも各自の特色を發揮し、可なりの熱心さが認められた中にも、小林の作品は井上の扮装と、光線の巧みな應用とによつて、一際勝れてゐたといふことである。勿論日活にしてもその頃は著しき進境を示し、『毒草』を數年前の作品に比較すると、確かに凡ての點において進んで來た。(『欧米及日本の映画史』石巻良夫著、プラトン社、1925年)


『己が罪』で知られる大衆通俗作家・菊池幽芳氏が大正5年(1916年)に大阪毎日新聞、東京日日新聞に連載していたのが『毒草』でした、地方を舞台とした猟奇的な物語が評判を呼び、連載終了後すぐに舞台化、映画化が進みます。映画版は小林商会、天活、日活向島の三社競作。井上正夫氏が監督した小林商会版の販促に使用された絵葉書です。

物語は病弱で内向的な娘・お品(木下藤吉郎)が、亡き父の知人を頼り、その息子・吉蔵(栗島狭衣)の営む草木店の手伝いとして働き始めたことで幕を開けます。足が悪く閉鎖的な吉蔵は当初はお品を邪険に扱うのですが、花好きで素直な心にやがて惹かれるようになっていきます。また吉蔵の妹で、人嫌いで閉じこもりがちなお仙(葛城文子)も次第にお品へと心を開いていきます。夫婦の約束を交わした吉蔵とお品ですが、この二人の幸せを憎しみの目で見ていたのが吉蔵の母・お源(井上正夫)であった…と続いていきます。

小林商会版は邦画に女優の登場した最初期の例として知られています。「映画女優」の概念が確立されたのは1919年『深山の乙女』でしたが、そこまでに試行錯誤があって女形・女優共存の本作もその流れに位置づけられます。お仙役の葛城文子さんはこの後『七つの海』(清水宏)、『隣の八重ちゃん』(島津保次郎)、『戸田家の兄妹』(小津安二郎)等に母親役として登場、初期邦画界を底上げしていきました。放浪者・土手の福は後の好々爺俳優・藤野秀夫氏で、吉蔵役と脚本で栗島すみ子の父・狭衣氏が絡むなどその他の配役も魅力的です。

[JMDb]
毒草

[IMDb]
Dokuso

[公開年]
1917年

[原作]
『毒草 お品乃巻』(国立国会図書館デジタル版)

1930年『日本映画年鑑 第五年版』(昭和四年・五年版、朝日新聞社)

日本映画年鑑 第五年版 表紙
1930 – The Japan Movie Annual 1929-1930
(Asahi Shimbun Publishing Co.)

巻頭はしがきに「内容の充實と調査の徹底を期するため、本年度から隔年に編纂する」の一文が見られますが実際に次号は発売されず最終号となりました。

国内作品の代表作として『浪人街』(マキノ雅弘)『斬人斬馬剣』(伊藤大輔)、『都會交響樂』(溝口健二)、『からくり蝶』(後藤岱山)、『灰燼』(村田實)、『生ける人形』(内田吐夢)や『會社員生活』(小津安二郎)、海外作品で『サンライズ』『裁かるるジャンヌ』が紹介されているように、無声映画の総決算と呼べる重要作が並んでいます。一方でトーキー技術の説明にも紙数が割かれ、映画界全体が新しい局面に移っていく様子も伝わってきます。

『浪人街』の大林梅子と谷崎十郎
『浪人街』の大林梅子と谷崎十郎 (Obayashi Umeko and Tanizaki Juro in Ronin-gai)
『斬人斬馬剣』の月形龍之介
『斬人斬馬剣』の月形龍之介 (Tsukigata Ryunosuke in Zanjin Zanba Ken)

中ほどでは注目すべき国内外監督が特集され、邦画界から小津安二郎、清水宏、内田吐夢などが登場、海外ではアーヴィング・カミングスやディミトリ・キルサノフ、パウル・フェヨス、カール・マイなどが紹介されています。

俳優の紹介欄では浜口富士子、大林梅子、若水絹子、高田稔、琴糸路、澤村國太郎が大きく取り扱われ、国外組はアニタ・ページ、ナンシー・キャロル、ブリギッテ・ヘルム、リチャード・アーレン、ベッシー・ラブ等が紙面を飾っています。


一方訃報欄では小山内薫、マキノ省三、松井千枝子、ラリー・シモンらが取り扱われていました。ひとつの時代が終わっていく感じがします。

広告に興味深いデザインが多く見られ、見返しには国外俳優のデフォルメされたイラストがまとめられています。線の華奢な大正期の画風から脱却した昭和初期の新たな息吹が伝わってくるようです。

『日本無声映画大全』 (DVD-R、2000年、マツダ映画社監修)

国内最大の無声映画アーカイヴ、マツダ映画社が監修したデジタルデータベース。英語にも対応していて国外を含めた研究施設での使用を前提にしたような感じ。

1)活動大写真館
2)作品データ館
3)無声映画資料館

の3部構成となっており、1)では2分ほどの抜粋動画、2)では作品詳細データ、3)では人物詳細データを閲覧できるようになっています。

インストールしようとしたところOSが対応していない(XPまでしか動かない模様)と発覚、古いPCを借りてきて内容を確認しました。

個人所有している方は少ないと思われますので、この機会に収録動画のリストをアップしておきます(タイトルの表記に揺れがありますが修正はせずそのまま転載)。

1) 剣聖荒木又右衛門 [極東 1935 仁科熊彦]
2) 伊豆の踊子 [松竹蒲田 1933 五所平之助]
3) 韋駄天数右衛門 [宝塚キネマ 1933 後藤岱山]
4) 一寸法師 ちび助物語 [旭物産 1935 瀬尾光世]
5) 海の水はなぜからい [横浜シネマ 1935]
6) 右門捕物帖六番手柄 [東亜 1930 仁科熊彦]
7) 御誂次郎吉格子 [日活太秦 1931 伊藤大輔]
8) 新編 己が罪作兵衛 [松竹蒲田 1930 佐々木恒次郎]
9) 折り鶴お千 [第一映画 1935 溝口健二]
10) 雄呂血 [阪妻プロ 1925 二川文太郎]
11) 木村長門守 [帝キネ 1928 石山稔]
12) 虚栄は地獄 [朝日キネマ 1925 内田吐夢]
13) 沓掛時次郎 [日活太秦 1929 辻吉郎]
14) 鞍馬天狗・第一篇 [嵐寛プロ 1928 山口哲平]
15) 国士無双 [千恵プロ 1932 伊丹万作]
16) 子宝騒動 [松竹蒲田 1935 斎藤寅次郎]
17) 坂本龍馬 [阪妻プロ 1927 枝正義郎]
18) 砂絵呪縛・第二篇 [マキノ御室 1927 金森万象]
19) 争闘阿修羅街 [大都 1938 八代毅/ハヤフサヒデト]
20) 続水戸黄門 [日活太秦 1928 池田富保]
21) 大学は出たけれど [松竹蒲田 1929 小津安二郎]
22) 磯の源太 抱寝の長脇差 [嵐寛プロ 1932 山中貞雄]
23) 瀧の白糸 [入江プロ 1933 溝口健二]
24) 段七千断れ雲 [大都 1938 中島宝三]
25) 忠次旅日記 [日活太秦 1927 伊藤大輔]
26) 忠臣蔵 [マキノ 1928 マキノ省三]
27) 月形半平太 [聯合 1925 衣笠貞之助]
28) 出来心 [松竹蒲田 1933 小津安二郎]
29) 東京行進曲 [日活太秦 1929 溝口健二]
30) 東京の合唱 [松竹蒲田 1931 小津安二郎]
31) 中山七里 [マキノ御室 1930 並木鏡太郎]
32) 野狐三次 [松竹下加茂 1930 小石栄一]
33) のらくろ二等兵 [横浜シネマ 1933 村田安司]
34) 旗本退屈男 [右太プロ 1930 古海卓二]
35) 二人静 [日活向島 1922 大洞元吾]
36) 弁天小僧 [衣笠 1928 衣笠貞之助]
37) ほととぎす [松竹蒲田 1932 池田義臣]
38) 刺青判官 [松竹下賀茂 1933 冬島泰三]
39) 番場の忠太郎 瞼の母 [千恵プロ 1931 稲垣浩]
40) 毬の行方 [サワタ 1930 沢田順介]
41) 三日月次郎吉 [東亜 1930 後藤岱山]
42) 森の鍛冶屋 [松竹蒲田 1929 清水宏]
43) 弥次喜多・岡崎の猫退治 [大都 1937 吉村操/大山デブ子]
44) 弥次喜多・尊王の巻 [日活太奏 1927 池田富保]
45) 浪人街・第二話 [マキノ 1929 マキノ正博]

飯塚 敏子 (1914 – 1991)

雑誌のコンテストで注目を浴び小津安二郎の『淑女と髭』(1931年)で銀幕デビュー。

当初は現代物の喜劇路線で売り出していましたが、雰囲気の良さを評価され時代劇に転身、林長二郎や高田浩吉、坂東好太郎らのトップスターと共演していきました。1935年に坂東好太郎と結婚、この後女優としての活動はセーブしていきます。

こんな恰好のコンビも珍しい。『街の颱風』もそれで、この美男美女一對の美しさには、互いの氣持がひとつに通ひ合つて、銀幕上の創られたもの以上の力を見せている。敏子がヘチマコロンを手離さぬ如く、コンビとして好太郎は常に彼女を手離してはならぬ。

1934年『最新映画大鑑』

ヘチマコロンは天野源七商店の化粧品で、当時彼女が宣伝に出ていたためこんな文章も残っています。

Toshiko Iizuka (1914 – 1991)

[JMDB]
p0328030

[IMDB]
nm0407376

[誕生日]
6月8日

[出身]
日本

[サイズ]
13.5 × 8.5 cm

[コンディション]
B

[入手年月日]
2017年10月

岡田 嘉子 (1902 – 1992)

「日本 [Japan]」より

Okada Yoshiko 1927 Autographed Postcard


Okada Yoshiko in Tokyo no Yado (1935)
『東京の宿』(1935年)より

筑波雪子やマキノ照(輝)子と共にキネマ界三人女として浮名を流した嘉子の人氣は相變わらず大したもの。何も女優がラヴシーンを實演しやうと駆落ちしやうと騒ぐだけ野暮ではあるまいか。結局行りたくとも相手のない意氣地なしの岡ヤキフアンの餘計な心配である。

兎に角女優としての嘉子は素晴らしい演技と人気を有して居る。彼は純粹の東京ッ兒で明治三十六年四月生れといふから確か二十八歳の筈。大正七年東京女子美術學校洋畫科を卒業、幼時素人劇に出演したこともあり、同八年二月新藝術座が有樂座で開演の時初舞臺を踏む。後舞臺協會の山田一派に加はり更に同志座へも参加する。舞臺協會の提携映畫『髑髏の舞』を撮影し十四年の春日活へ復歸して『街の手品師』を主演して次で『日輪』で滿都の喜ばせいやが上に人氣を煽つた。後竹内良一と手を取つて道行と洒落れ若いフアンをあつと言はせた。罪な女ではある。現に所屬なし。

(『玉麗佳集』、1928年、中央書院)


演劇に、映畫に、彼女の經歴はかなり古い。が、その美しさは少しも衰へない。たゞ近來彼女には以前の純眞さよりも、肉感的なものが多分に備はつて來た。さうして賢明なる彼女はこの武器を利用することによつて、更に一倍の喝采を勝ち得てゐる。鋭い棘をかくして微風に揺れる眞紅の花 – それが今の彼女である。洗練されたその藝は、與へられた如何なる役でも十分こなしおほせる。が、ことに呪はしい戀に爛れた妖婦型の女性は彼女にうつてつけの役柄だ。長年舞臺で苦しんだだけに、トーキー女優としても一流だ。藝能に彼女は圓熟し切ってゐる。しかも彼女は求めてやまぬ覇氣を失はない。(松竹蒲田)

(『東西映畫 人氣花形寫眞大鑑』
1933年1月、『冨士』昭和8年新年號附録)


[JMDb]
岡田嘉子

[IMDb]
Yoshiko Okada

[出身地]
日本(広島)

[誕生日]
4月21日