1931 – 9.5ミリ個人撮影動画の自家現像における染色術


染色法(Tinting)

通常酸性染料を使用する。それは炭酸曹達溶液叉は現像液によつて脱色することが出來て、且つ手に染まつても同樣にして洗ひ落すことが出來るからである。[…]

染料は各種類があるが、通常使用される種類は、
  ピンク(桃色、紅色)、赤、オレンジ、
  黄色、グリーン、ブルー(藍色)、紫、

染料は通常0.2%溶液即ち10リットルの水に對して20グラム位を溶解する。然し、赤色の濃いものを着けるには50グラム位、グリーン、ブルーなどは40グラム位を大略の程度と考へてよろしい。

酸性染料は、斯くして出來た溶液の中に、氷醋酸0.05%即ち10リットルに對して5c.c.を加へる。氷醋酸は酸性染料の媒染剤である。

フヰルムは、この溶液に浸されゝば適宜の濃度に染められるが、時間にして凡そ、1-3分間である。

染色を終れば、少時水洗して餘分な色素を除き、乾燥させるのである。

『シネ・ハンドブック』(歸山教正著
日本アマチュア・シネマ・リーグ、1930年)


歸山教正氏が『活動寫眞撮影術』の前年に公刊した入門書からの一節。

1920年代後半~30年代前半に9.5ミリで撮影したフィルムを自家現像し、なおかつ「色を付ける」手法が行われていました。薬品の配合まで自力で行う必要があるためそれなりにハードルも高く、実際の使用作品はそこまで多く残っていないようです。 こちらは1931年にフランスの地方の河畔で撮影された2本セット。古い家並みが点在する傍らに小川(プチ・マラン川)があって、友人たちと共にボートで川遊びに訪れた際の動画となっています。二本目は友人と共に食事中の映像がメインです。

フィルムにはオレンジ、青、紫、黄、赤の染色が施され、白黒部分も通常の現像と違って黒く染められた独特の質感に仕上がっています。

表面が流れている個所もあり必ずしも成功しているとは言い難いものの、白黒フィルムの時代に「色」がどう扱われていたのか、どう「見えていた」のか理解する手がかりになります。


1931 ‐ 『活動寫眞撮影術』(歸山教正&原田三夫共著、日本教材映画 [小型映画講座1])

Katsudou Shashin Satsueijutsu [Filming Moving Pictures] – Kaeriyama Norimasa (1931)

初期日本映画の発展に大きな影響を与えた映画理論家、歸山教正氏の残した概説書シリーズの一冊。「小型映画講座」の枠組みで、9.5ミリと16ミリを中心に動画カメラの原理、フィルムの種類、映画光学の基礎、照明、間字幕の作り方などについてまとめています。

技術面に特化した書籍ながら、巻頭に置かれた48頁の写真群は歸山氏の趣味やこだわり、人脈が反映されたものとなっています。洋画では現在でも無声映画の代表作とされる諸作(『裁かるるジャンヌ』『ニーベルンゲン』『戦艦ポチョムキン』)のスチルを収録。他にも独ウーファ社の作品が目立ちます。

国産映画の珍しい画像(撮影中のショット含む)が多く含まれていました。

「或映畫場面のコンポジション(映畫藝術協會)」と題された一枚。さらっと紛れこんでいますがもしかして『深山の乙女』(歸山教正監督、花柳はるみ主演)ではないですか。

「「撮影と照明(1)松竹蒲田映畫」と題された一枚。八雲恵美子さんの姿が見えます。

「實物の室内撮影と照明(日活映畫)」。写真上、左から峰吟子、夏川静江、一人置いて中央に村田實監督でしょうか。そうだとすると『この太陽』(1930年)の撮影風景になります。

初期の日活向島が有していたグラスハウス型スタジオ。

『活動寫眞撮影術』は「小型映画講座」と題された6冊物の第1巻に当たります。他の巻も歸山氏が絡んでおり共著に村田實、夏川静江、徳川夢聲氏の名が挙がっています。