1917-22 忘れじの独り花(11)グズロン・ブルーン・ステフェンセン Gudrun Bruun Stephensen (1892–1946) デンマーク

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」・「北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Gudrun Bruun Stephensen c1920 Autographed Postcard
Gudrun Bruun Stephensen c1920 Autographed Postcard
デンマーク映画初期から活動していた女優さん。スィランダ主演の短編『大都会の誘惑』(Ved Fængslets Port、1911年、ノルディスク社)でもパーティー場面に端役で登場している姿を確認できます。

女優キャリアの中心は1917年から23年で、フリッツ・マグヌッセンやラウ・ラウリッツェン監督作品に多く登場、脇役からヒロインまでこなす安定感を見せていました。

Gudrun Bruun in Der Gang in die Nacht (1921, Murnau)
『夜への旅』(Der Gang in die Nacht、1921年)より

1910年代の北欧映画はドイツでも人気があり、次第に知名度を高めていく中で1921年にはムルナウ作品『夜への旅』の主演を果たします。同作では初老の眼科医師(オラフ・フォンス)と不倫仲になりながら、患者としてやってきた盲目の画家(コンラート・ファイト)に鞍替えし自身の破滅を招いていくヒロイン役を務めていました。

『夜への旅』はややミスキャスト気味で終始の鬱展開、あまり高い評価を得ていない一作です。それでも随所にこの監督らしい緊張感を見て取ることができます。

[IMDB]
nm0116801

[Movie Walker]

[誕生日]
9月22日

[出身]
デンマーク(コペンハーゲン)

[サイズ]
9.0 × 14.0cm

[データ]
Verl. Herm. Leiser, Berlin-Wilm. 3133

1917-22 忘れじの独り花(2)マンヤ・ツァッツェーワ Manja Tzatschewa (1900 – 1975) ブルガリア

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

Manja Tzatschewa c1920 Autographed Postcard
Manja Tzatschewa c1920 Autographed Postcard

ムルナウという監督は弱い者への温かい眼差しと幻視者の目を備えた数少ない映画人でした。ドイツ時代の『吸血鬼ノスフェラトゥ』『ファウスト』『最後の人』、渡米後の『サンライズ』『都会の女』等、幸いなことに代表作のほとんどが現存しているものの初期作の幾つかを見ることが出来なくなっています。

1921年製作の『マリッツァ』については10分程の断片(イタリア版プリントの第一リール)のみ現存。冒頭で一瞬猫がクローズアップされ、猫を抱きかかえて眠るヒロインが登場。名カメラマン、カール・フロイントによる美しい映像が観る者を引きこんでいきます。

Marizza (1922)

Manja Tzatschewa in Marizza (1922)
From « Marizza, genannt die Schmuggler-Madonna » (Murnau, 1922)

ヒロインのマリッツァ役を演じていたのはマンヤ・ツァッツェーワ。ブルガリア出身とされています。エキゾチックな血と顔立ちを生かしアジア女性や踊り子などの役柄を多く演じました。キャリアの盛期は1918~22年でその後表舞台から姿を消していきました。

die-neue-kino-rundscha-1918-07-13-26-mr-wu
ルプ・ピック監督作品『ミスター・ウー』(1918年公開)でヒロインを務めた際の雑誌広告(ノイエ・キノ・ルントショウ誌1918年7月13日号より)。

[IMDB]
nm0879266

[Movie Walker]
マンヤ・ツァッツェーワ

[誕生日]
12月27日

[出身]
ブルガリア

[サイズ]
8.6 × 13.5cm

[データ]
Verlag « Ross » Berlin S.W. 68. 296M Becker & Maass Phot.

1922 – Super8 『吸血鬼ノスフェラトゥ』(F・W・ムルナウ監督)

こちらは名作『吸血鬼ノスフェラトゥ』の名場面をつなげた縮約8ミリバージョン。

ドイツ表現主義に括られがちな作品ながら、幻視者ムルナウ監督はマニュアル化した表現主義を超える独創的な「絵」を次々と生み出していきます。

Nosferatu – Eine Symphonie des Grauens (Super8 DEFA B&W Print)

[原題]
Nosferatu – Eine Symphonie des Grauens

[製作年]
1922

[IMDB]
tt0013442

[メーカー]
DEFA

[カタログナンバー]
247

[フォーマット] super8

アンドレ・マットーニ André Mattoni (1900-1985)

Andre-Mattoni

オーストリア出身。ムルナウ監督の『タルチュフ』(1925年)では遺言書から外され、映写技師に変装して悪だくみを暴いていく青年役者を小気味よく演じています。鉛筆書きのサインで1928年の一枚。

[IMDB]
nm0560410

[誕生日]
2月24日

[出身]
オーストリア

[コンディション]
B

エルナ・モレナ Erna Morena (1885 – 1962) 独

1920年前後のドイツ映画で印象的な演技を見せた女優さん。

表現主義の過激な作風で知られる『朝から夜中まで』(1920年)の他、ムルナウ(『夜への歩み』)やライナール(『ネルヴェン』)監督の個性派作品にヒロイン役で登場。『フリードリッヒ大王』や『ウィリアム・テル』など歴史物でも憂いのある演技を披露しています。

[IMDB]
nm0603803

[出身]
ドイツ

[生年月日]
4月24日

[コンディション]
B

[メーカー]
Ross Verlag 3149/1

[撮影]
Debschitz-Kunowski

[サイズ]
8.8 × 13.8 cm.

リア・デ・プッティ Lya de Putti (1897- 1931)

1925年に公開されたドイツ映画『ヴァリエテ』で鮮烈な演技を見せたのがこの女優さんでした。

獣の匂いの漂うヤニングス、あどけなさと官能の混じりあったリア・デ・プッティの絡みはアメリカでも大きな話題を呼びました。

また彼女は初期のムルナウ作品にも登場しています。絵画指向の強いムルナウはリア・デ・プッティをむしろ「素材」として使い『ファントム』のもっとも夢幻的な場面に彼女を登場させていました。

Lya de Putti (1897- 1931)

[IMDb]
nm0211048

[出身]
ハンガリー

[誕生日]
1月10日

アウド・エゲーデ=ニッセン (1893 – 1974) Aud Egede-Nissen

1920年代前半~中頃にかけラング(『マブゼ博士』)、ムルナウ(『ファントム』)、ランプレヒト(『第5階級』)などドイツの名匠に好んで使われていた女優さん。北欧出身特有の透明感を持ちながら、病んだ女性や疲弊した女性像もしっかりと描ける力量の持ち主でした。

『マブゼ』の情婦ぶりがあまりに有名ですが、個人的には社会派メロドラマ『第5階級』での切ない演技が印象に残っています。

サインの書き方で絵葉書を斜めに横切ることが多いです。頭文字「A」に2通りあり、こちらは小文字のパターンになっています。

[IMDb]
nm0250790

[出身]
ノルウェー

[誕生日]
5月30日