「綺乃 九五式」開発記録 00 – 第5回試運転(ユーザーインターフェイス動作確認)『百萬長者の娘ッ子』 [失敗]

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10月5日のテストを元にユーザーインターフェイスにコードを書き足して動作確認を実施しました。

結果としては失敗、でした。

当初はQTというツールを使用し、パソコン上で動作する操作用のインターフェイスを作る予定でした。パソコンからラズベリーパイ&Arduinoに指示を出しつつ、スキャンされた画像を受け取って保存していく形になるため1)ソケット通信と2)マルチスレッドという二つの技術が必要となってきます。

シングルスレッドのソケット通信は問題なく行えたのですが、マルチスレッド化しつつ様々な要素(カメラ、モーター、通信など)を遠隔コントロールする作業は難易度が高く、相当の時間が必要だと感じました。そのため、ラズベリーパイ上でそのまま起動するシンプルな操作UIを作る方が先決、と舵を切り替えたところです。上の写真はその第一回目のテストとなります。

幾つかあるボタンの中で、「静止画確認」と「スキャン開始」の二つにコードを貼ってあります。

「静止画確認」を押すと単発でスキャンが行われ画面に反映されます。このボタンは機能しました。問題は「スキャン開始」の方。このボタンを押すと自動連続スキャンが始まり画像が外付けハードディスクに保存されます。同時にその画像がやや遅れる形でモニターに反映される形になっています。

実際に試してみたところ、結構な頻度でスキャンが行われず「コマが落ちる」結果になりました。挙動を見ていた感じではラズベリーパイの処理能力が追い付いていないようです。外付けハードディスクに毎秒1枚、1MBを超える画像を保存しているだけでギリギリだったようで、さらにディスプレイへの表示プロセスが加わると処理が追いつかずトリガーを見逃すようです。


ラズパイへの負担軽減に画質は落としていた(640×480)のですが全然十分かなと思います。女優さんの左側、ほぼ黒くなっている辺りにも本来は「何か」が映っていて、以前紹介した「Enfuse」の機能を使うと「見える」ようになります。ちなみに今回テストに使用したのは1919年のジョージ・アーチェインバウド監督作品、『百萬長者の娘ッ子』(A Damsel in Distress)。フィルムがほとんど現存していない女優、ジューン・キャプリスをデジタルの質感で観れたのはなかなか得難い体験でした。

エセル・クレイトン Ethel Clayton (1882 -1966) 米写真家ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション(3)

「ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション」「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

Ethel Clayton c1920 Inscribed Photo
Ethel Clayton c1920 Inscribed Photo

パ社の人気花形はイリノワ州の町シャンペーンで生まれ、シカゴの聖エリザベス修道院で教育を受けた。演劇世界への第一歩は舞台での演技がきっかけで、すぐにエドウィン・スティーヴンスと『悪魔』で共演することとなった。映畫界の参入は古参ルービン社である。『兵士の愛人』『マギー・ペッパー』『男と女と金』『女の武器』、ルパート・ヒューズ氏の優れた原作を映画化した『虚栄より醒めて』、『恋する女』等のフェイマス・プレイヤー社作品で大成功を収めた。身長は五尺五寸、體重は十五貫七百匁。赤みがかった金髪で灰色の瞳を有し、戸外での運動を殊に好んでいる。

This popular Paramount star was born in Champaign, Ill., and educated in St. Elizabeth’s Convent, Chicago. Her initial venture in the theatrical world was as a featured player in stock after which she was prominently cast with Edwin Stevens in « The Devil. » She began her screen career with the old Lubin company. She has achieved her greatest success upon the screen with the Famous Players company in « Pettigrew’s Girl, » « Maggie Pepper, » « Men, Women and Money, » « More Deadly than the Male » the film version of Lupert Hughes’ splendid story « The Thirteenth Commandment, » and « A Lady in Love. » Miss Clayton is five feet five inches in height and weighs a hundred and thirty pounds. She has red gold hair and gray eyes and is very fond of all outdoor sports.

Who’s Who on the Screen (New York: Ross Publishing Co., 1920.)

Ethel Clayton In lightnin'
『雷光』1925年より

米サイレント映画の終焉期(ジョン・フォード監督の『雷光』1925年やヴェラ・レイノルズ主演の『リスキー・ビジネス』1926年)に雰囲気のある母親役で登場していたのがエセル・クレイトンでした。立ち位置としてはローズマリー・セビーと重なる感じでしょうか、1910年代短編で娘役を演じていた点も共通しています。

エセル・クレイトンは当時勢いのあったルービン社(Lubin Manufacturing Compan)の花形女優でした。主演作は幾つか日本でも公開されており愛好家には知られていたようです。初期作品では1913年の『大地が揺れるとき』(When the Earth Trembled)が現存。1906年のサンフランシスコ大地震(M7.8)が物語に絡んでおり、ニュースリール映像も含まれていました。

カーボンフレームも含めると30×40センチを越える大きな写真。被写体深度を浅目にとっており、顔の肌ではなく手前のまつ毛先端辺りにピントが来ていて淡く甘い感じの仕上りとなった一枚です。

[IMDB]
Ethel Clayton

[Movie Walker]
エセル・クレイトン

[出身地]
合衆国(イリノワ州シャンペーン)

[誕生日]
11月8日

[撮影]
ドナルド・キース(Donald Biddle Keyes)

[サイズ]
33.2 × 40.5 cm(カーボン製フレーム含)

1917 – 大正6年、ルース・ローランド主演 連続活劇『ネグレクティッド・ワイフ』 宣材 印刷メッセージ付きDM

「新作の『ネグレクティッド・ワイフ』をご覧にはなられましたか。必ずやお気に召すものと信じております。これまでに自分の主演した連続物で一番の出来映えと自負しております。メーベル・ハーバート・アーナーの脚本は地に足の着いた興味深い内容で、私の演じた”寂しい女”の役どころもまことに素晴らしいものとなっています」

I want you to see « The Neglected Wife » because I know you will like it. It is the greatest serial I have ever played. « The Woman alone » is the part I play and it is truly wonderful because Mabel Herbert Urner’s story is interesting and so true to life. Ruth Roland

パテ社が自社配給作品の『ネグレクティッド・ワイフ』宣伝のため直々に製作した絵葉書で、写真面に二色刷りのイラスト、メッセージ面には主演ルース・ローランドの「手書き風」メッセージが印刷されており、下に青のインクで「1917年5月13日公開」のスタンプあり。

1917年6月12日に投函。受取人はロンドン、ブロックリー在住のエイミー・リチャードソンさん。

当時まだ俳優の公式フアンクラブなどはなく、所属会社に届けられたファンレターなどから住所氏名をリストアップしデータベースを作り、DMを送ることで効率良い宣伝をしていたのではないか、と思われます。

[サイズ]
15.5 × 11.5 cm

[IMDb]
The Neglected Wife

ホッライ・カミッラ(カミーラ・フォン・ホレイ) Hollay Kamilla / Camilla von Hollay (1899 -1967) ハンガリー

「ハンガリー [Hungary]」より

Hollay Camilla 1910s Autographed Postcard
Hollay Camilla 1910s Autographed Postcard
1920年代にドイツで活躍し、カール・グルーネ監督作品(1927年『世の果』や1928年『ワーテルロー』)で日本にも紹介されていたハンガリー女優。

さかのぼっていくと第一次大戦中にハンガリーのスター映画社の花形となり若きベラ・ルゴシを相手役にメロドラマ要素の強い作品に多く出演していました。スター映画社の作品はほとんど残っていないのですが、近年の調査から少なくとも3本の現存が確認されハンガリー国立映画アーカイヴに返還。その一本『アフロディーテ』(1918年)にホッライ・カミッラ名義時代の演技を見ることができます。

Hollay Camilla in Afrodite (1918)
『アフロディーテ』(Afrodite、1918年)より
Hollay Camilla in Am Rande der Welt (1927)
『世の果』(Am Rande der Welt 、1927年)より

日本でも公開されていた表現主義調の戦争ドラマ『世の果』では準ヒロインの妊婦役を演じていました。

[IMDb]
Camilla von Hollay

[Movie Walker]
カミーラ・フォン・ホレイ

[出身地]
ハンガリー(ブダペスト)

[誕生日]
7月11日

[データ]
Színházi Élet Kiadása. Angelo Fotodrama110.

[サイズ]
8.7 × 13.7 cm

1910s – 古絵葉書から見る初期ハンガリー映画の世界

手持ちの絵葉書の整理を兼ね、1910年代にハンガリーで活躍されていた俳優の情報をまとめてみました。ウヘル・エデン監督が立ち上げたウヘル映画社、サドゥールの言及していたフェニックス映画社作品、マールトン・ガラシュを中心としたハンガリー映画社に出演していた役者が多く、同時期のドイツやオーストリアと異なったマジャール寄りの洗練を窺い知ることができます。

1)レンケッフィ・イツァ Lenkeffy Ica(1896–1955) IMDb
Lenkeffy-Ica
1910年代初頭、ハンガリー映画で最初のトップスターとなった女優さん。軽喜劇で人気を得て、その後時代劇や人情物まで活動領域を広げていきます。1922年にドイツで製作された『オセロ』(ディミトリー・ブコエツキー監督)でヒロインのデスデモナ役を演じるなど、キャリア後期には国内を越える評価を得ていました。

[データ] 1062. Bildnis von Angelo, Budapest 1918.


2)セントジョールジ・マールタ Szentgyörgyi Márta (1888 – 1918) IMDb
Szentgyörgyi-Márta
1910年代後半にアシュトラ映画社やウヘル映画社でヒロインを任され人気を得ていた女優さん。1918年に若くして亡くなっています。出演作の現存は確認できていないものの、葬儀の様子がニュース映画として記録されています。

[データ] Labori Miklós, Budapest Erzsébet tér 18.


3)シモニ・マーリア Simonyi Mária (1888 – 1959) IMDb
Simonyi-Mária
1910年代に主に舞台で活動されていた女優さん。作家モーリツ・ジグモンド(Móricz Zsigmond)の妻。20年代に一旦女優業を引退しますが、その後カムバック。30年代になって数作トーキー作品に出演しています。

[データ] 1303. Bildnis von Angelo, Budapest 1918.


4)メーサーロシュ・ギザ Mészáros Giza (1879 – 1954) IMDb
Mészáros-Giza
1900年代後半からハンガリー劇場やダウンタウン劇場に登場、着実にキャリアを積み上げていき、10年代には単発的に映画出演を果たし(フェーニックス映画社やウヘル映画社)ファッション雑誌でもその姿を見かけるようになります。20年代になってオーストリアのルネッサンス劇場と契約しその専属女優として長く活躍しました。1954年、パリ滞在時に精神不安定となっていた息子さんに射殺され亡くなっています。

[データ] 1064. Bildnis von Angelo, Budapest 1918.


5)デメテル・イロナ Dömötör Ilona (? – ?) IMDb
Dömötör-Ilona
詳細不詳。1900年代からオペレッタ、軽喜劇で活動していたと思われます。1920年代に一作映画に出演していた記録が残っています。

[データ] 984. Bildnis von Angelo, Budapest 1918.


6)ネーメト・ユリスカ Németh Juliska (1892 – ?) IMDb
Németh Juliska
1910年代にフェーニックス社のケルテース・ミハーイ(後のマイケル・カーティス)監督作品『ユダ』でクレア・ロットーと共演していた記録が残っています。

[データ] 1067. Bildnis von Angelo, Budapest 1918.


7)ヴェレー・マールタ Verő Márta (1898 – 1983)
Verő-Márta
詳細不詳。

[データ] –


8)エルデーイ・ゲーザ Erdélyi Géza (1888 – ?) IMDb
Erdélyi-Géza
現在はルーマニア領となったトランシルヴァニアの町アルバ・ユリア出身の男優。コルダ・サーンドル(後のアレクサンダー・コルダ)初期作『Mágnás Miska』(1916年)やケルテース・ミハーイ(後のマイケル・カーティス)監督によるハンガリー版『妖花アラウネ』(1919年)などに出演していました。

[データ] Kiss Pál 1918


9)サルヴァシュ・サーンドル Szarvas Sándor (? – ?)

Szarvas Sándor
詳細不詳。

[データ] Lux.


10)フェニヴェシ・エミル Fenyvesi Emil (1859–1924) IMDb

Fenyvesi-Emil

1910年代前半にサーンドル・ゴート監督作品、次いで10年代後半にハンガリー映画社マールトン・ガラシュ監督作品に多く出演していた男優さん。名女優ヴァルシャーニ・イレーンを相手役とした『アンナ・カレーニナ』が現存しています。

[データ] 985. Bildnis von Angelo, Budapest 1918


1917 – 9.5mm マリー・オズボーン主演 『雙兒のキッディー』(ヘンリー・キング監督)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

[

マリイ・オスボルヌはこの喜劇の中でドリイと而して偶然が接近させたゼイチイの二人の小娘の兩役を立派にやつてゐます。でその所演から二人は互ひの着物を取り替て樂しみその樣子に騙された兩親等はそれを取り違へそれでその間違ひはいろの面白さを我々に與へるのであります。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

ハリウッドの重鎮ヘンリー・キング監督が、キャリアの最初期に出演を兼ねながら監督していた短編喜劇の一つ。以前サイン入り写真を紹介した初期の子役マリー・オズボーンを主演に据えています。

内容は瓜二つの少女(オズボーン二役)の取り違えの喜劇。裕福な実業家の娘として生まれながら誰にも愛されずいつも不機嫌な顔をしている少女フェイと、母を持たず貧しくとも健気に暮らしているベッシーが水辺で出会い、戯れに服を交換したことから取り違えられてしまい…と展開していきます。

オリジナル版はフェイの父親が所有する炭鉱のストライキなど格差社会や労働問題にも触れられていたようですが9.5ミリ版は取り間違えの場面を中心に簡潔にまとめています。

[タイトル]
Deux Rayons de soleil

[原題]
Twin Kiddies

[公開]
1917年

[IMDB]
Twin Kiddies

[メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
757

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 10m *4リール

アンデシュ・デ・バール Anders de Wahl (1869 – 1956) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Anders De Wahl c1911 Autographed Postcard
Anders De Wahl c1911 Autographed Postcard

20世紀初頭のスウェーデン演劇を代表する性格俳優の一人。

1890年頃から舞台俳優のキャリアを積み始め、世紀末のロマン主義の理想と合致した愁いある美青年役(1899年のストリンドベリ原作『エリク14世』など)で人気を博しました。

1920年代以降人気に陰りが見え始める中で今度は確実な演技力を備えた老け役として若手を支える側に回っていきます。1907年と1912年に『ヨハン・ウルフシェーナ』を舞台化した際は愛国主義者のヘルゲ役で、30年代に再度同作に出演した際は息子をかばう父ヨハンを担当、といった具合です。

映画界参入の第一歩はスティッレル監督の『エロティコン』でした。

同作でアンデシュが演じたのは学究肌の昆虫学者。特に前半は空気の読めない、冴えない中年振りが強調されています。トーラ・テイエとカリン・モランデルとの絡みの場面では、女性陣がバチバチ火花を飛ばしているのに全く気づかない鈍感さで思わず微笑みが漏れます。この「ボケ具合」そのものが緻密に計算されたものでさすが一時代を築いただけある渋い演技でした。

Anders De Wahl in Erotikon

サイン絵葉書は1911年に上演されたアルイド・ヤルネフェルト原作作品『ティトゥス』で皇帝役を演じた際の一枚です。

[IMDb]
Anders de Wahl

[Movie Walker]

[出身地]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
2月9日

[撮影]
Foto. Hofatelier Jaeger 1911

[データ]
87 Ensamätt : Axel Eliassons Konstförlag, Stockholm

[サイズ]
8.6 × 13.7 cm