1915 – Super8 『呪の列車』(米ヴァイタグラフ社、ラルフ・インス監督) 英ペリーズ版

The Juggernaut (Vitagraph, 1915, dir/Ralph W. Ince)
1960-1970s UK Perry’s Films Ltd. Super8 Print


「おや」、工具を手にした点検技師は、木橋までやつて來たところで足をとめた。前回の点検では気づかなかつたが、ひどく朽ちた線路の枕木が今にも崩れ落ちさうである。「これは大変だ」、技師は踵を返して足早に報告へと向かう。

同時刻、一台の車が道端に停まつた。「お嬢様、申し訳ございません、タイヤがパンクしたようです」「いやねえ、こんな急ぎの時に…」「あちらの方向に駅がありますので」鉄道会社の令嬢ルイーズは父に頼まれた書類を届けようとしていた。運転手の言葉に從い木造の駅舎に向かう。「車が故障したので13時半の列車に乗りました」父宛に電報を一通したため、停車場に出るとちやうど機関車が着いたところであつた。

ルイーズの父親で、鉄道会社を経営しているフイリツプの手元に二通の電報が届いた。一通は娘からの連絡で二通目は線路異常の報告。「…おや?」、社長室の壁に貼つてあつた路線図に目を向ける。13時半の列車が向かう先には…枕木の崩れかけた橋が!「大変だ」、フイリツプは列車を停めるよう指示を出し、車へと飛び乗るのであつた。

危地に陥つた娘の身を案じフイリツプは車を急がせる、しかし列車は轟音とともに眼前を通り過ぎていつた。「かくなるうえは…」、湖を高速ボートで横断して先回りしようとする。白煙を上げ死へ突進していく呪ひの列車、はてさて、ルイーズ嬢と乗客たちの命運や如何に。

1915年のヴァイタグラフ社作品『呪の列車』は8ミリ文化が成熟した戦後に一度再発見されています。米ブラックホーク社版のスーパー8版と同時期に英国で市販されていたのがこちら。最終リールを編集した内容で物語のクライマックスとなる列車の転覆場面が含まれています。

タイトルや字幕はオリジナル版をそのまま使用。8ミリなのでさすがに細かな陰影は潰れてしまっています。16ミリベースのハーポディオン社新デジタル版と見比べると歴然ですね。それでも米ブラックホーク社の8ミリ版と比較するとクリアな画質でした。

『呪の列車』はヒロインが死地に追いこまれていくカタストロフ物でそこにメロドラマ要素を絡みあわせています。最終リールにそのエッセエンスが凝縮されているためこの場面だけでもある程度作品を理解することができます。

一方本作には親子二代に渡る因縁の物語が含まれていました。元々は1890年代と1910年代の出来事を前半後半でクロスさせた物語。両親の意向により相思相愛の男女が一旦は引き裂かれ、ヒロイン(アニタ・スチュワート)は望まずに鉄道会社社長の妻となり、娘を産んだ直後に若くして病死。20年経って母親と瓜二つに育った娘ルイーズ(アニタ・スチュワート二役)がかつての母親の恋人(アール・ウィリアムズ)と出会うことで運命の輪が再度開かれていく…という展開を取ります。

鉄道会社社長は自分の立身と幸福の為なら親友を裏切ることも厭わない人物として描かれていて、その強欲とエゴイズムが「呪ひ」を生み出し、最愛の妻の忘れ形見ルイーズの破滅をもたらしていく。1910年代の映画脚本としては最もギリシャ悲劇に近い構成になっていて、それを演者やスタッフが高い完成度で仕上げたからこその名作になっています。

本物の列車を湖に沈めて話題になった作品ではありますが、物語的な背景や必然性まで意識してみるとまた違った見方・評価ができるのではないかと思われます。

1915 – Super8 『呪の列車』(ヴァイタグラフ社、ラルフ・インス監督) 米ブラックホーク版

The Juggernaut (Vitagraph, 1915, dir/Ralph W. Ince)
Late 1960s US Blackhawk Super8 Print

こちらでは主にフィルムの話をしていきます。

初公開から5年経った1920年、ヴァイタグラフ社の旧作古典を振り返る企画がありその際に『呪の列車』が再上映されています(その際に本来5リール物だったのが4リールに編集し直されています)。確認できている限り一般向けに上映されたのはこれが最後となりました。1920年代には小型フィルムが普及し始めるもこの時期の米コダック社16ミリフィルムカタログに『呪の列車』の名はありませんでした。

状況が変わったのが第二次戦後、8ミリフィルムの文化が成熟してからでした。1960年代末、米ブラックホーク社を運営していたデヴィッド・シェパード(David Shepard)氏が本作の最終リールを8ミリ化し市場に投入、半世紀ぶりに本作を見ることができるようになりました。

このブラックホーク版は画質が悪いとされています。今回購入する際にその話は知っていて、確認のために綺乃九五式でスキャンをかけてみました(スキャン条件は同一)。その結果がこちら。左が米ブラックホーク版、右が英ペリーズ版です。

ブラックホーク版はコントラストが低く画面が暗くなっています。映写機で映すとさらに解像度が落ちるので目を細めても見えないレベル。批判は当たっているように見えます。

しかしよく見てみると英ペリーズ版はコントラストを無理に上げているため細部が潰れてしまっています。元ネガにあったグラデーションを残しているのはブラックホーク版でした。デジカメやスマホでの写真撮影もそうですが白飛びさせてしまうとその部分のデータが消えてしまうのに対し、暗い画像には陰影のデータが残っているので光量調整で何とかなる、の話と同じです。明るい光源(1500w位)と良いレンズで上映するならブラックホーク版の方が綺麗に映る可能性もあります。

箱にはフィルムだけではなく購入時(1975年11月28日)に発生した注文書コピー、発送記録の控え、72セント相当のブラックホーク社クーポン券が残されていました。

1915 – 『呪の列車』(ヴァイタグラフ社、ラルフ・インス監督) 米ハーポディオン社 2012年旧デジタル版 & 2017年新デジタル版

The Juggernaut (Vitagraph, 1915, dir/Ralph W. Ince)
2012 US Harpodeon Reconstruction DVD

アナログフィルム文化の衰退と共に『呪の列車』は再び忘却に埋もれていく運命となりました。世紀が変わり、デジタル文化の時代に同作を再度世に送り出したのが米ハーポディオン社でした。同社を運営しているW・ダスティン・アリグッド(W. Dustin Alligood)氏は2012年、ブラックホーク社が使用したのと同じ最終リールを元にDVDを発売しています。

2017年には新デジタル版を公開、オンラインストリーミング/DVD/ブルーレイの3つの形式に対応。今回は物理メディアは購入せずオンラインでデジタルデータのみ購入しました。

The Juggernaut (Vitagraph, 1915, dir/Ralph W. Ince)
2017 US Harpodeon Reconstruction Version

第5リールのみを扱っていた英ペリーズ版、米ブラックホーク版、ハーポディオン旧版と異なり、新デジタル版はジョン・グリッグス(John Griggs)氏の制作した「第4世代」の16ミリポジをベースにしていました。ダスティン氏によるブログの説明をまとめると以下になります。

第1世代)撮影時に発生したオリジナルの35ミリネガティヴ

第2世代)上映・レンタル用の35ミリポジティヴ

第3世代)ジョン・グリッグス氏個人製作による16ミリネガティヴ
レンタル用35ミリから16ミリネガを「自炊」した私家版。現存せず

第4世代)16ミリポジティヴ
数点現存。1点はイェール大学所蔵のジョン・グリッグス・コレクションに保管。
もう1点はフィルム収集家カール・マルケイムス(Karl Malkames)氏の死後に
ハーポディオン社ダスティン・アリグッド氏の手に渡る

第5世代)ハーポディオン社2017年デジタル版

ジョン・グリッグス氏は戦前から活動していた映画フィルム収集家。1930年代にレンタルで流通していた35ミリポジを入手、16ミリネガを作ってそこから複製した16ミリポジを発売、小銭を稼いでいたものです。数少ないこの私家版16ミリポジをハーポディオン社が入手しています。

染色プリントの美しさ、解像度の高さは一目瞭然ですがそれ以上に物語前半をデジタル化した功績が大きいのかな、と。初公開から百年以上が経過した2017年に初めて作品の全体像が見えたという話であって、このレベルにまとめあげたダスティン氏の情熱に敬意を表したいと思います。

【参考リンク】
Those Awful Reviews :ダスティン・アリグッド氏の個人サイト。『呪の列車』ジョン・グリッグス私家版ネガについて言及。それ以外にも面白い記事が沢山あって当サイトでも何度か引用しています。

Nitrate Ville:2016年に(当時まだ存命中だった)ブラックホーク社のデヴィッド・シェパード氏とダスティン・アリグッド氏が揉めた経緯を記録したスレッド。誤解に基づいた個人攻撃が含まれており、現在はスレッドが閉鎖され投稿できないようになっています。

1915 – 帝政期ロシア俳優揃え(ピョートル・チャルディニンの誕生日会)

帝政ロシア/ソヴィエト初期映画史再訪 [01]


帝政ロシア末期に俳優としてデビュー、後に監督に転身し成功を収めたピョートル・チャルディニンの誕生日に集まった男女優の集合写真。1915年の撮影とされており別な構図で撮られた写真も存在しています。

前列左にオシップ・ルニッチ(Ossip Runitsch/Осип Ильич Рунич)
前列右にピョートル・チャルディニン(Pyotr Chardynin/Пётр Иванович Чардынин)

後列左より
ウラジミール・マクシモフ(Vladimir Maksimov/Владимир Васильевич Максимов)
ヴェーラ・ハロードナヤ(Vera Kholodnaya/Вера Васильевна Холодная)
ヴィトールド・ポロンスキー(Vitold Polonsky/Витольд Альфонсович Полонский)
イワン・フドレエフ(Ivan Khudoleyev/Иван Николаевич Худолеев)
イワン・モジューヒン(Ivan Mozzhukhin/Иван Ильич Мозжухин)

チャルディニン監督の代表作で帝政期のメロドラマの典型として知られる『静まれ、悲しみよ…静まれ』(Молчи, грусть…молчи、1918年)にはモジューヒン以外の6人が出演、それぞれの俳優の持ち味を見ることができます。

オデッサ撮影所の公式チャンネルより

モジューヒンは人脈的に別系統でヴォルコフやトゥールジャンスキー監督作品に多く出演。1918年にチャルディニン監督の下、ポロンスキー、ハロードナヤ、モジューヒンの共演企画が持ち上がっていたのですが国内の混乱の余波で製作中止となっています。

革命後にモジューヒンは亡命、チャルディニンとルニッチも国外に拠点を移します。1919年1月にポロンスキーが中毒死、翌2月にハロードナヤが病死。マクシモフとフドレエフは国内で細々と俳優業を続けていきます。同じメンバーが揃って写真を残す機会は二度とありませんでした。無邪気な笑顔が素敵だからこそ、その後の命運に切なさを覚えます。

1915 – 9.5mm 『思ひ出(アルト・ハイデルベルク)』 (ジョン・エマーソン監督、米)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

古い大学町に遊学でやってきた皇太子と旅館の看板娘の恋と別れを描いたメロドラマ。19世紀末に戯曲として出版され人気を博しました。

サイレント映画としては1927年のハリウッド版が有名ですが、その12年前に最初に映画化されたものがこちら。人気絶頂だった美形俳優のウォーレス・リードとギッシュ姉妹の妹ドロシーが主演を務めています。

後年ドロシー・ギッシュは喜劇作品に多く主演するようになり、姉(リリアン・ギッシュ)のように悲劇に出たいとこぼしていました。ただ本作でも表情や動作がやはりコメディ風なんですよね。また、薬物中毒で早世したウォーレス・リードの貴重な主演作でもあります。

[タイトル]
Alt Heidelberg

[原題]
Old Heidelberg

[製作年]
1915年

[IMDB]
tt0005823

[メーカー]
独パテックス社

[フォーマット]
9.5mm