1918 – 『演劇生活』誌 28号〜39号(7~9月) 合本 « Színházi Élet »

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1910年に創刊されたハンガリーの演劇週刊誌。18年夏〜秋の12冊を合本にして愛蔵版としたもの。グラビア、新作劇の紹介・講評、劇中歌の楽譜や諸々のエッセイ、広告を含んだ内容です。1冊の紙数は52ページで12冊だと600頁になります。

第一次大戦の負け戦がほぼ確定となっていて、オーストリアのハプスブルグ家から独立し共和国となる(1918年11月)直前、国として大きな岐路に立っていた時期に当たります。エンタメ誌ですので政治の話はされていませんが、ハンガリー俳優がハンガリー語で演じた劇を扱った雑誌が売れるようになった状況そのものが文化アイデンティティの自覚とつながっていたのでしょう。

終戦後、国内に平和が戻ってくるとハンガリー演劇はさらなる盛り上がりを見せ、アイドル的な雰囲気を漂わせた若手も目立つようになってきます。今回入手した雑誌はその直前でガチの演劇人が多く登場してくる印象があります。

またこの時期にハンガリーでも映画産業が拡大しておりグラビアや特集で登場してくる役者たちも多かれ少なかれ映画と接点を持っていました。手元の合本でも幾つかの記事で映画作品や映画会社が取りあげられています。20年代には舞台と映画の棲み分けがはっきりしてくるので過渡期的な状況と見ることもできます。

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ハンガリー初期映画に関わる記事や写真を幾つかピックアップしてみます。

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35号ではマイケル・カーティス監督の初期作『99』が取りあげられています。後にハリウッドに渡って初代ドラキュラとなるベラ・ルゴシの初期作品でもあります。ヒロイン役はクレール・ロットー

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次いで37号でデエーシ・アルフレード(Deésy Alfréd)監督の『アフロディーテ』の紹介記事と『カサノヴァ』のスチル写真が掲載されていました。前者のヒロインはホッライ・カミッラでした。

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38号にはアレクサンダー・コルダ監督の初期作『森の精』。ヒロインにレンケッフィ・イツァを配しています。

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39号にはアストラ映画社の紹介記事。ちなみに『99』はフェニックス映画社、『アフロディーテ』がスター映画社、『森の精』がコルヴィン映画社で、この辺が1910年代末に認知度を増してきている様子が伝わってくるものです。

フェダーク・シャーリラーバシュ・ユーツィが表紙を飾っている他、先日スペイン風邪流行との絡みで触れたバンキー・ユディットのグラビアやセントジョールジー・マールタ訃報を見つけました。

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現在のハンガリーはユーロ圏には属さず文化・政治面で独自路線を取っています。市場も閉じた感じで現地の物を日本に輸入するのは難しいです。今回和歌山を拠点にハンガリー製品の輸入販売を行っているコツカマチカ(Kockamacska)さんに輸入の代行を依頼、コロナ禍に伴う配送難と重なりながらも無事届けていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

1920 – 春江堂書店・大活劇文庫『曲馬団の秘密』(The Iron Test、ヴァイタグラフ社)篠田緑水訳

大活劇文庫『曲馬団の秘密』篠田緑水訳
The Iron Test [1918 Vitagraph]
1920 Japanese Novelization by Shunko-Do

1918年に公開された15章物の連続活劇『曲馬団の秘密』をベースにした日本語小説版。モノクロのデジタル版を国立国会図書館のアーカイヴで読むことができます。

パール・ホワイトの中期作品『呪の家(The House of Hate)』で活劇スターの地位を確立したアントニオ・モレノを主演とした作品で、西海岸で活躍するサーカス団の花形エディス(キャロル・ホロウェイ)が危機に巻きこまれモレノ演じる若手芸人が助けていく展開となっています。

1910年代中盤の連続活劇ではウィリアム・ダンカンやエディー・ポロらの男優が日本でも人気を博していました。10年代後半あたりから甘いルックスの若手俳優(ラルフ・ケラード他)が目立つようになってきます。モレノはそういった時流に乗って活劇界のマチネー・アイドル的なポジションに付けていきます。

モレノはこの後『見えざる手』(1919年)と『隠された謎』(1920年)でポーリン・カーリーと共演。サイレント連続活劇の最盛期を飾っていきました。

『呪の家』(1918年)でアントニオ・モレノはパール・ホワイトの相手役となった。ホワイトは『ポーリーンの危難』と『拳骨で世界的な成功を収めたばかりであった。新作は20章仕立てとなっていて、モレノは軍需産業の王と呼ばれる男の愛娘と恋に落ちる若手科学者を演じている。「恐怖頭巾団」の魔の手を逃れるこのカップルの行く末が毎週のエピソードで追われていた。

続いてモレノは『曲馬団の秘密』に出演、獰猛な「赤いマスク」団に追われる軽業師役であった。

1920年、ヴァイタグラフ社社長のアルバート・スミスはさらに危険度の高い15章物活劇の主演にモレノを配した。『見えざる手』である。同じく15章仕立ての『隠された謎』がすぐに続いた。

フォトプレイ誌の編集者ジェームズ・R・クヮーク氏は1920年の映画評でモレノの「観衆を惹きつける驚くべき力」に触れ、彼こそが「連続活劇の王である」と断言した。ロマンチックなアイドルと剛勇ぶりを両立させた点で他の男優に優っている、というのであった。

『花形男優事始め』(D・W・メネフィー、2007年)

The House of Hate (1918) paired Antonio [Moreno] with Pearl White, fresh from her tremendous, worldwide success in the serilas The Perils of Pauline, The Exploits of Elaine, and The Romance of Elaine. This new, twenty-chapter serial cast Antonio as a young scientist in love with the daughter of a munitions king. Each weekly episode followed the young lovers as they escaped the perils of « The Hooded Terror ».

Antonio went into immediately to work in fifteen episodes of yet another serial, The Iron Test (1918) , as a circus acrobat hounded by menacing « Red Mask. »

[…] In 1920, Albert Smith put Antonio through fifteen weekly episodes of more danger in the serial, The Invisible Hand. This was immediately followed by another fifteen-episode serial, The Veiled Mystery.

James R. Quirk, editor of Photoplay magazine, in his 1920 review, noted Antonio’s tremendous drawing power, declaring him « the king of serial actors, » superior to others because of his onscreen prowess as a romantic idol.

(The First Male Stars: Men of the Silent Era,
David W. Menefee, BearManor Media, 2007)

The Iron Test in 1918 Exhibitors Herald Sep-Dec Issue
『曲馬団の秘密』
エキシビターズ・ヘラルド紙1918年9-12月号

[タイトル]
曲馬団の秘密

[出版年]
1920年

[発行者]
高橋友太郎

[発行所]
春江堂書店

[叢書]
大活劇文庫

[ページ数]
260頁

[サイズ]
四六判 18.6×12.5 cm

[原題]
The Iron Test (1919)

[製作]
米ヴァイタグラフ社

[Movie Walker]

[IMDb]
The Iron Test

[公開年]
1918年

1918 – ファニー・ワード & 青山雪雄出演 『お雪さん』 (A Japanese Nightingale, ジョージ・フィッツモリス監督)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

『チート』で話題を呼んだファニー・ワードが再度日本人男優と組んで残した日本趣味色濃いメロドラマ。ハリウッド日系俳優の先駆者である青山雪雄氏がファニー・ワードの兄役で出演しています。

原作は1901年に発表された小説で、数年前の『蝶々夫人』と同質のエキゾチスムを含みこんでいます。映画の公開当時は「日本人に対する侮辱的な表現がある」とそのままの輸入ができず、不適切部分を削除した形で上映されていました。

9.5mm短縮版は1927年頃に米パテックス社が発売していたもの。同社フィルムではカタログ番号Cで始まるコメディに人気があって時折市場で見かけますが、番号Dで始まるドラマ作品はほとんど残っておらず今回初めて現存を確認しました。

[タイトル]
A Japanese Nightingale

[製作年]
1918年

[IMDB]
tt0009237

[メーカー]
米パテックス社

[カタログ番号]
D-23

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 20m*4リール

[コンディション]
C+ (高温下で保管されていたようで各巻冒頭を中心に歪みあり)

ルース・ローランド Ruth Roland (1892 – 1937)

「 合衆国・カナダ・オーストラリア [USA/Canada/Australia]」より

Ruth Roland 1918 Inscribed Photo
Ruth Roland 1918 Inscribed Photo

立派な舞臺俳優として巡業公演を專らとして居たが、偶々活動寫眞の隆盛に心を引かれて映畫劇俳優となる希望を抱いて、一千九百十五年の夏、先ずカレム會社に身を投じた。

初めの間はハムの喜劇などに出演していたが、續いて西部劇の女主人公をも勤めるやうになつた。これ等の映畫は何れも嘖々たる好評を博した。

一千九百十五年、同社を去つてパセ會社に移り、バルボア映畫に現はれる事となつた。そして同社の首腦俳優として、斯界の人気を一身に集めていた。嘗て電氣館に上場された連續寫眞「赤輪」も昨年キネマ倶樂部に上場された矢張り連續寫眞の「覆面の呪」も、二つともパセ會社の作品であつて、何れも嬢の名聲を昂めた映畫である。

嬢の豊な藝風は喜劇にも、正劇にも行く處すべて可ならざるはない。嬢は技藝の範囲の廣い俳優の一人である。

『活動名優寫眞帳』(花形臨時増刊、大正8年、玄文社)

1910年代後半にパール・ホワイトに次いで人気のあった連続活劇女優さん。

サイン入りの写真を三枚所有しておりますがこちらが一番古く1918年8月2日の日付入り。ツバ広で羽根やレースの付いた帽子が大流行していた10年代後半らしい肖像です。

[IMDB]
nm0738082

[誕生日]
8月26日

[出身]
合衆国(サンフランシスコ)

[コンディション]
A-

[時期]
1918年

[入手年月日]
2017年7月

ダグニー・セルフェス Dagny Servaes (1894 – 1961) 独

『猫とカナリヤ』(1927年)で有名なパウル・レニ監督のデビュー作が『ハルト博士の日記』(1915年)です。美しい自然光に照らし出される2組の恋物語をレニは丁寧なカメラワークで追っていきます。

同作で主役を射止めたのが舞台畑のダグニー・セルファスでした。確実な演技力で評価されルビッチの『ファラオの恋』(1922年)やリヒャルト・オズワルドの『ドン・カルロスとエリザベート』(1924年)で地力を発揮していくことになります。