1919 – 『嵐の孤児』& 『黒き仮面の淑女』他 、クロアチア映画社販促用ポストカード + 出演者サイン入り絵葉書

Dvije sirote (1919, Croatia Film, dir/Alfred Grinhut) & Dama sa crnom krinkom (1918, Croatia Film, dir/Robert Staerk) 9 Promotional Postcards

フィルムの現存数が少なく紙資料へのアクセスが難しい。初期映画を扱っている者にとって東欧は未だ鬼門に当たっています。

旧ユーゴスラヴィア構成国の一つクロアチアでは1917年に初の映画製作会社「クロアチア映画社」が設立。劇映画とドキュメンタリー作品数本を残して1920年に活動を停止しておりフィルムは全て遺失したとされています。同社作品の幾つかについては配給元のユーゴスラヴィア映画社との連名で販促用絵葉書が市販されていました。25までの連番が付されたセット物で英語圏では「ユーロピアン・フィルムスター・ポストカード」が同シリーズのオンライン紹介記事を残しています。

今回9枚を入手、このうちの4枚を占める『嵐の孤児』を紹介していきます。

同作はグリフィス版が公開される3年前に制作されたもので、1919年にザグレブで公開されています。ヒロインを演じたのはゾルカ・グルンド(Zorka Grund)。舞台俳優、映画監督として知られるアルノシュト・グルンドの娘に当たります。

ユーロピアン・フィルムスター・ポストカードでは「絵葉書ベースで推察するに、ゾルカ・グルンドが妹ルイーズと姉アンリエットの一人二役を演じたのでは(On the basis of the postcards, it seems that Zorka Grund played both Louise and Henriette.)」の仮説を立てています。確かに絵葉書を見ると貴族風の衣装をまとった写真(上段2枚)と、市民風の慎ましい姿(下段2枚)の2種類を確認できます。

しかし医者から告げられたのは決して口外できない恐ろしい話だった。数か月後ディアンヌ・ド・ボードリー孃は母になる、と云ふのであつた。

『二人の孤児』
アドルフ・デヌリー(1887-1889 連載小説版)

Mais un terrible mystère lui fut alors secrètement révélé par le médecin : Dans quelques mois, mademoiselle Diane de Vaudrey allait devenir mère!… (p.28)

Les Deux Orphelines
Ennery, Adolphe d’
(d’après le drame de MM. Adolphe d’Ennery et Eugène Cormon. 1887-1889.)

ところが物語と照合していくとどうも違うようなのです。『嵐の孤児』原作では貴族の娘ディアンヌが父の意向でリニエ伯爵に嫁ぐ前、初恋の男性との間に子供を宿してしまい、生まれたばかりの赤ん坊をこっそり里子に出す場面があります。この子供がルイーズで、引き取られた家の娘アンリエットの妹として育てられる…という設定です。赤ん坊を前にしたゾルカ・グルンドのショットはこの場面に対応。若き日のディアンヌ(後のリニエ伯爵夫人)と娘のルイーズの二役を務めていたが正しい解釈になるのかなと思われます。

そうすると姉のアンリエットを演じていた俳優が分からなくなります。絵葉書にアンリエットの登場場面が一枚もないため断定はできないのですがシリーズ連番の25番で紹介されている女優「Štefa Kostinčer」の可能性が高いのではないかと。

映画産業が勃興した直後であり、当時のクロアチアにまだ映画専属俳優はおらず、出演しているのは皆キャリアを積んだ舞台俳優たちでした。

ディアンヌ・ド・リニエ伯爵夫人は教会前の石段を下りかけて足を止め、盲いた少女を同情の目で見つめた。

Mais Diane de Linières, au moment de descendre, s’était arrêtée sur les marches, et regardait avec compassion la jeune aveugle. (p.530)

ibid

この絵葉書では3名の女優が並んでいます。貧困ビジネスの元締めであるラ・フロシャール(左端)が、盲目の少女ルイーズ(中央)を教会前で歌わせて物乞いさせていると 、教会から出てきたリニエ伯爵夫人(右端)がその姿に親近感を覚え、実の娘とは知らずに声をかける場面です。悪女ラ・フロシャールを演じたのはミリシャ・ミヒチッチ(Milica Mihičić)、歳を取ってからのリニエ伯爵夫人をベテラン舞台女優ボグミラ・ヴィルハー(Bogumila Vilhar)が務めています。

Milica Mihičić, Bogumila Vilhar, Ivo (Ivan) Mirjev Autographed Postcards

クロアチア映画社版『嵐の孤児』に出演していた3名の俳優のサイン入り絵葉書。右端のIvo (Ivan) Mirjev氏のみ配役が特定できていません。いずれも舞台を主戦場としていた俳優で映画出演はキャリア上特筆すべきものではなかったようです。それでもこういった役者たちが初期クロアチア映画の立ち上げに貢献していた、と見えてきたのが大きな収穫でした。

[IMDB]
Dvije sirotice

[公開年]
1919

[Movie Walker]


[データ]
8.5 × 13.5cm。左下に制作会社クロアチア映画社のロゴ、右下に配給会社ユーゴスラヴィア映画社のロゴ有。

1919 – 連続活劇 『ティーミン』 (ルイ・フイヤード監督)仏語小説版 ロマン・シネマ全12冊揃

「ルイ・フイヤード」より

« Tih-Minh » (1918, Gaumont, dir/Louis Feuillade)
1919 « Romans-Cinéma » French Novelization

2004年、米映画批評家のジョナサン・ローゼンバウム氏が自著の『エッセンシャル・シネマ』でお気に入りの作品千本をリストアップしました。国外の映画愛好家が「このうち何本見れるか」とチャレンジする機会も多く、英語圏では大きな影響力を持っています。同リストには94本の無声映画が含まれており、グリフィスの7作とキートンの6作に次いで多く取り上げられていた監督がフイヤード(5作)でした。

『ティーミン』(1918年)はフイヤード監督が第一次大戦後に初めて手掛けた連続活劇となります。全12話、トータル5時間ほどの上映時間。ゴーモン社が35ミリポジを保管しており2018年から4Kデジタル修復プロジェクトが始動、一般公開から百年目となる2019年に最新デジタル版が完成しました。

『ティーミン』の各エピソード公開にあわせ、毎週木曜日に小説版も出版されていました。24頁ページの冊子形式で、表紙は二色刷り。小説版は単に映像を文字に起こしただけではなく映画版で言葉不足のまま展開されていた個所が説明されています。

フイヤード活劇史において『ティーミン』は物語の「語り」を変える意識が表面化してきた一作となります。

前半4エピソードの主人公はどのような事件に巻きこまれているかを知らず防戦一方となっていて目につくアクションの要素が希薄。中盤4エピソードでは新登場のキャラクター(フランシス)を迎え次第に反撃に向かい、後半に敵を壊滅させる流れになっています。初期作と比べるとスロースタートな展開ながら計5時間の流れを配慮した起承転結と全体の完成度を意識。この傾向は次作『バラバス』にも継承されていくものです。

『ティーミン』のゆったりした物語の流れは同作の弱点にもなっている部分です。旧来の連続活劇のめくるめくアクションやジェットコースター的展開を期待していると肩透かしを食らいます。逆に活劇ジャンルを幼稚とみなしていた一部の映画愛好家がこの作品で初めて活劇を評価した例が見られます。型通りの連続活劇は十分に観てきたという中級~上級者、主流からは外れながらも個性のある活劇を見たいという方が楽しめそうな作品になっています。

2020年ボローニャ復元映画祭でデジタル修復版が上映された際に2021年末にDVD版が発売される旨が告知されており、今後フイヤード活劇再発見の中心となっていくのではないかと期待されます。日本語環境で見れる機会がいつになるか分かりませんので最後に各章の要約を付しておきます(各章のスクリーンショットはGPアーカイヴより)。全体の流れはある程度掴めるのではないでしょうか。

[IMDb]
Tih Minh

[Movie Walker]


[公開]
1919年2月~4月

[出版社]
ルネッサンス・デュ・リーヴル社

付録:連続活劇『ティーミン』各章要約

プロローグ:

冒険家ジャック・アティス(ルネ・クレステ)がインドシナから帰国、車から降りてきた青年の隣には黒髪の女性の姿。現地で世話になったティーミン(マリ・アラルド)であつた。互いに憎からず思っていた二人の運命を一通の電報が変えてしまう。ジャックは単身インドヘと向かわなくてはならなくなった。名残を惜しむ中、ふと不吉な予感に苛まれるティーミンであつた。

第1話:忘却薬

インドでの仕事を終えて帰途についたジャック。しかし彼の動きをこっそり追っている怪しげな一団。ジャックがインドで手に入れた一冊の書籍を狙っているようである。悪党団の狙いは見返しに残されたインド語の手書き文書。まずはキストナ(ルイ・ルーバ)が世間話に紛れて書籍を借りようと試みるが、ジャックの下男(ビスコ)がいたずら書きと勘違いして文章を消してしまったため失敗。悪党達はティーミンを拉致、催眠術をかけて彼女に紙片を奪わせようと試みる。だがしかしティーミンは無意識で抗い言なりにはならなかつた。悪党団は薬を飲ませ女の記憶を消すとジャックの元に返すのあつた。

第2話:事件は夜に二度起きる

インド語のメッセージを書き写した紙片があると知ったキストナ一団はその強奪を計画。「事件の真相を教える」を口実に海岸までジャックを呼び出してから溺死させようと画策。謀略を感じたジャックは下男プラシッドに身代わりを依頼し海岸へと行ってもらい、自身は部屋の薄暗がりに隠れて約束の時間を待つ。部屋の窓から侵入してきた一つの影。机を物色したところを取り押さえたところ以前にキストナという人物から紹介されたサンタフェ侯爵夫人ではないか。女から事情を聞こうとするも、一瞬の隙をついて逃げられてしまうのであつた。

第3話:シルケー館の秘密

記憶を失ったティーミンは病院で療養しながら次第に体調を取り戻していつた。悪党の一味は再度女を拐して紙片との交換条件にしようと画策。ティーミンを見張っていたアティス家の下女ロゼッタの気を逸らしている間に誘拐に成功。一方、キストナを疑い始めていたジャックは下男プラシッド共にキルケー館に潜入、地下室に幽閉されている多数の女を発見。表情は一様にうつろだった。最近巷で多発していた婦女子誘拐事件の被害者だと気づくまで時間はかからなかった。館の一角には怪しげな薬品を調合しているキストナの姿。いったんは館を離れようと試みた二人だったが、プラシッドが庭に仕掛けられた罠に掛かってしまう。館に鳴り響いた警報音。「私を殺すまではしないでしょう。行ってください」、プラシッドの言葉にジャックはその場を離れるのであつた。

第4話:ケースに潜む男

囚われの身となったプラシッドだったが機転を利かせ薬品をすり替えたのが功を奏し、意識を失わずに済んだ。服を運ぶための籠の底に身を隠す。使用人たちは何も気づかず籠を車を乗せた。行先は悪漢が秘密の拠点としているコートダジュールの豪邸であった。プラシッドは館の二階に幽閉されていたティーミンを発見。薬を飲まされていたが動けるようではあった。プラシッドは女を誘導して小舟に乗せ無事脱出に成功、ティーミンをジャックのもとに送り届けるのであった。ジャックは旧友の外交官フランシス(エドゥアール・マテ)に連絡をとり、ヒンディー語文章の解読を試みる。

第5話:精神病院にて

英国から到着したフランシスだったが、駅では悪漢たちが先回りして待っていた。「迎えに来ました」に騙されて乗った車の行先は精神病院であった。悪党一味のジルソン(ガストン・ミシェル)はフランシスの叔父だと身元を偽って「甥に妄想癖があって」と病院長に説明をしていた。病院職員たちはフランシスを独房に閉じこめてしまう。奸計を見抜いたジャック達は病院に乗りこみ友人の救出に成功。フランシスによるとヒンドゥー語の文章は「第29文書」と呼ばれる国家機密で、英仏の国防にも関わるこの書類の入手を目論んで独スパイが暗躍しているとの話だった。

第6話:夜鳥

「第29文書」がフランシスの手に渡ったと知った悪党団は狙いを外交官に変える。フランシスの執事として雇われた青年は隣室で働いている美しい小間使いに心を奪われてしまう。この小間使いに変装していたのはドロレス侯爵夫人だった。ドロレスは執事を薬で意識不明にさせると部屋の物色を始めた。だが帰宅したフランシスにつかまってしまう。ジャックは女を尋問し悪党団の所在地を突き止めようと試みる。

第7話:よみがえる記憶

旧知の医学者クルーゼルの力を借り、ドロレスに催眠をかけて尋問を開始。「機密文書の存在をどうやって知った?」女の口から語られたのは、かつて仏領インドシナで起こったある事件の話だった。当時ローランソンという外交官がトンキンに赴任していたが、在任中に老いた地元民からラジャーの隠し財産と欧州の国防に関わる秘密を記した書籍の存在を知らされる。その時の会話に偶然立ち会ったのがドイツの間諜ジルソンであった。深夜、ジルソンは外交官宅に侵入し秘密の書かれた書類を奪おうとするが見つかってしまう。ジルソンはローランソンを射殺し逃亡。このローランソンこそティーミンの父であった。女の告白を聞いていたティーミンは次第に過去の記憶を取り戻していく。

第8話:ヴェールの下に

悪党団は反撃の機会を狙っていた。ドロレスを奪い返したのち、次の目標はティーミンだった。尼僧に変装したキストナがジャック宅に入りこむのに成功。ティーミンを銃で脅して機密書類の在りかを白状させようとした。危うく命を失いかけたティーミンたちであるが、執事プラシッドとその婚約者ロゼット(ジャンヌ・ロレット)の活躍で悪人たちの撃退に成功する。

第9話:慈悲の枝

一旦は平穏を取り戻したかに見えたジャック達。だが悪党一味は次の襲撃機会を狙っていた。内通者として潜りこませた小間使いを通じてジャック達の動きは筒抜けだった。ジャックとフランシスが悪漢の捕縛に向かおうとした時ティーミンも同行を望んだのだが「危険さに晒す訳にいかない」と断られてしまう。諦めきれないティーミンは荷物の片隅に隠れこっそり後を追おうとするが、その動きをキャッチした悪党団が反撃に出る。

第10話:13日の金曜日

キストナは「金曜日」の伝言を付した白い粉末を内通者に送りジャック達を人事不詳に陥れようと試みる。小間使いの一人が敵に通じていると知ったジャックは謀略を逆手に取り、騙された振りをして悪党一味をおびき寄せようと試みる。金曜、何も知らずやってきたキストナ達を返り討ちにするのだが、一党が退却中にティーミンと鉢あわせとなり、これ幸いとばかりに女を拉致しようと試みる。再度危地に陥ったティーミンを救ったのは意外な人物であった。

第11話:第29文書

ジャック達の尽力が実り、スパイたちへの包囲網が着々と完成しつつあった。だがキストナ一味は最後の反撃を試みる。早朝、まだ就寝中のフランシスの部屋を襲い身動きをとれなくしてしまう。英国からフランソワ宛に届いた書簡を見ると第29文書がすでに無効化された旨が記されていた。「もはやこれまでか」。フランソワを救出にやってきたジャック、プラシッドらに追われ悪漢たちはアパルトマンの屋根伝いに逃走を試みる。

第12話:正義の鉄槌

ジャック達は車で逃走したスパイ団を追跡していく。逃げ場を失った悪党たちは次第に仲間割れを始めていた。最後に残ったキストナとジルソンの二人もまた互いを警戒しながらの逃避行を続けていく。車のガソリンが切れ、徒歩での移動を強いられたジルソンは地元の採掘場で使われていた鉱石を運ぶケーブルカーを思い出した。何としても逃げ切りたい悪党一味とそれを必死で追うジャックと仲間たち。最後の追跡劇、ジャックを待つティーミンらの想いの行方や如何に。

1918-1930 – DVD 『アウグスト・ジェニーナ作品集』(2020年、チネテカ・ディ・ボローニャ)

« Augusto Genina : Quattro film 1918-1930 »
(2020, Cineteca di Bologna)

ルイーズ・ブルックス主演作『ミス・ヨーロッパ』の新リストア版を含むDVD2枚組+ブックレット。収録作は以下の4作:

1)『さらば青春』(1918年、マリア・ヤコビニ&エレナ・マコウスカ他出演) Addio giovinezza!
2)『仮面と素顔』(1919年、イタリア・アルミランテ主演) La maschera e il volto
3)『さらば青春』(1927年、カルメン・ボニ&エレナ・サングロ他出演) Addio giovinezza!
4)『ミス・ヨーロッパ』(1930年、ルイーズ・ブルックス主演) Prix de beauté

ブックレットはイタリア語/英語によるもので、専門家による作品各論4編、主要俳優紹介、書き下ろしサントラ紹介を中心とした構成となっていました。

『ミス・ヨーロッパ』新リストア版よりルイーズ・ブルックス

旧版の低画質が指摘されていた『ミス・ヨーロッパ』の新デジタル化も朗報ながら、初期イタリア青春映画の秀作としてその名を語り継がれてきた1918年『さらば青春』を手の届くものにした功績は計り知れないものがあります。ジェニーナ監督の作風変遷、さらには第一次大戦後のイタリア映画変貌を理解していく手だてにもなり2020年に発売されたサイレント映画関連DVDでは最も重要な一枚になると思われます。

[出版年月日]
2020年8月27日

[出版者]
チネテカ・ディ・ボローニャ(Cineteca di Bologna)

[ISBN-10/13]
8899196672
978-8899196677

[再生時間]
338分

[フォーマット]
14.4 x 1.4 x 19.7cm 270g

ヴェーラ・ハロードナヤ (Vera Kholodnaya, 1893 – 1919) 露/ウクライナ

帝政ロシア/ソヴィエト初期映画史再訪 [07]

Vera Kholodnaya c1916 Autographed Postcard


帝政ロシア末期を代表する花形女優ヴェーラ・ハロードナヤ(Вера Васильевна Холодная)の直筆サイン入り絵葉書。1916~17年頃と思われます。

同時期、マクシモフやガイロフ、ナタリー・リッセンコ、オルガ・オゾフスカヤ、とりわけヴェーラ・ハロードナヤ等の役者たちが観衆によって偶像のようにもてはやされていた。ハロードナヤは貧しい士官の妻であったが夫が動員されると生活費を稼ぐために映画版『アンナ・カレーナ』の端役としてデビュー。同作は1914年にウラジミール・ガルディンが監督した一作である。1915~16年にかけ、エフゲーニー・バウエル監督作品を通じて大女優となり、一作毎に2万5千ルーブル(1万2千5百ドル)を稼ぐまでになった。大衆の熱狂はそれほどのものだった。(『世界映画史』ジョルジュ・サドゥール)

D’autres acteurs étaient à ce moment idolâtrés par le public : V. Maximov, Gaidarov, Nathalie Lissenko, Olga Ozovskaia et surtout Véra Kholodnaia. Celle-ci, femme d’un officier pauvre mobolisé, débuta, par nécessité de gagner sa vie, dans un petit rôle de la version d’Anna Karénine, dirigée, en 1914, par Gardine. E. Bauer en fit vers 1915-1916 une grande actrice qui finit par toucher 25 000 roubles (12 500 dollars) par film, tant le public l’idolâtrait.

ロシア語版ウィキペディアでの「ヴェーラ・ハロードナヤ」の項目は本文だけで2万5千字を超える内容となっています。英語版の4倍。様々な視点から女優を紹介している中にその評価をまとめている章段がありました。女優としての評価が「極端に二極化されている」とされているものの肯定的な例は僅かしかなく「同一パターンの演技を繰り返している」「情感(や創造力)に欠けている」の表現が目立ちます。

この章段で最初に取り上げられていたのがサドゥールでした。『世界映画史』を確認したところハロードナヤについてのまとまった記述を一ヶ所見つけました。

演技力や表現力、あるいは作品を通じて残した功績への言及はありません。その意味でサドゥールは女優としての評価を(少なくとも直接は)下していない、が正解になるだろうと思います。とはいえ「アイドル視する、偶像のように崇拝する(idolâtre)」の単語を繰り返し用いていることや直前でモジューヒンの創造性や功績を詳述している点を考えあわせるなら、そもそも演技力を期待する前提ではなかったと解釈することもできます。

個人的にもハロードナヤの演技にハッと驚かされたり、深い情感に心を動かされた記憶はありませんし、ロシア~ソ連の地軸、1910年代後半の時間軸どちらで見ても彼女より優っていた女優は多くいたと思います。といって見た目の美しさで刹那の人気を博しただけというのとは違うのかな、と。

『命には命を』(Жизнь за жизнь、1916年)より
背後に新郎役のイワン・ペレスチアーニ

バウエルの『命には命を』を見ていると、ある監督の価値観や世界観を表現するための「素材」、あるいは「媒介」として勝れたものを備えていたのは否定できないと思います。また女優単体の生き様、在り方が当時のロシアの社会を-様々な闇の要素を含めて-反映し、人々の欲望や不安に深く接触したからこそあれほどの共感を呼んだと考えることもできます。そういった意味ではオードリー・ヘップバーンやモンローに近い位置付けの女優さんだったことになります。


[IMDb]
Vera Kholodnaya

[Movie Walker]


[出身地]
ウクライナ(ポルタヴァ)

[誕生日]
8月5日

[データ]
8.7 × 13.4 cm
Фот. М. Сахарова и П. Орлова, 1916 (Phot. M. Sakharova and P. Orlova, 1916)

1919 – ヴェーラ・ハロードナヤ葬儀実況

帝政ロシア/ソヴィエト初期映画史再訪 [02]

Funeral of Vera Kholodnaya (1919 Russian Postcard)


女優ヴェーラ・ハロードナヤがウクライナのオデッサに引っ越したのは1918年の春のことでした。翌年2月、同地を襲ったスペイン風邪に罹患、人事不省となり見舞いにきた友人の見分けもつかなくなります。一旦意識を回復するものの4日後の午後7時半に永眠。20日に葬儀が行われ、亡骸はオデッサの墓地に埋葬されました。

葬儀の模様はニュース映画でも扱われ、実際に映画館でも上映されました。1992年にマイルストーン社から発売された全10巻VHS『初期ロシア映画』の第7巻に英語字幕付き版が収録されていました。

動画は2分程の短いものです。前半に出演作の抜粋とプライベート姿をとらえた映像、後半は棺を教会墓地に運んで行く様子。左下のスクリーンショットではヴェラの隣に立つチャルディニン監督の姿が見えます。

ハロードナヤの葬儀については映画プロデューサーのハンジョンコフ氏が回想録で触れています。また最近公刊された伝記によると、1917年のチャルディニン監督作『暖炉の傍で(У камина)』で皇女リディアを演じた際の衣装と同じだそうです。

亡くなった女優は一番きれいな服を着せられ丁寧な死化粧をほどこされていた。(『ロシア映画の始まりの日々』、ハンジョンコフ著、1937年)

Мёртвая актриса была наряжена в один из лучших своих туалетов и тщательно загримирована

Ханжонков А. А. Первые годы русской кинематографии.
— М.: Искусство, 1937. — 172 с.

棺に納められたヴェーラがまとっていたドレスは2年前に映画『暖炉の傍で』で着ていたのと同じものだった。(『ヴェーラ・ハロードナヤ:無声映画の女王』、イレーナ・プロコフィエヴァ著、2013年)

Ее положили в гроб в том самом платье, в котором она два года назад играла княгиню Лидию Ланину в фильме «У камина» – в одном из самых популярных своих фильмов.

Вера Холодная. Королева немого кино
— Елена Прокофьева, 2013.


内戦状態、慢性化した食糧不足、スペイン風邪流行の三重苦に襲われ人々が否応なく「死」を身近に感じていた時期、ヴェーラの訃報はロシア全土に大きな衝撃をもたらしたのです。

同時にこれらの映像記録は女優ヴェーラを神格化していく過程の一つになりました。美しい姿のままの夭折が強調されているのは遺族や業界・報道側の思惑が絡んでいますし、受け取る側の期待にあわせた形にもなっています。俳優稼業が決して夢の世界ではないと知っていたハンジョンコフ氏の指摘はその意味で興味深く、著名女優の死がスペクタクル化されている状況を見抜いていたと読むことができます。

1920 – 連続活劇『虎の足跡』 (ルース・ローランド主演、1919年)ロマン・シネマ叢書・仏語版

亡き父の旧友でもある鉱山王ゴルドンを訪ね、ボストンに向かっていたベル・ボイド嬢は汽車で親切な青年ランデルと知り合いになつた。話を聞くとその鉱山王の下で働いている技師とのことであつた。

道中二人が仲良く話しているその時、件の鉱山王は秘かな策略を張りめぐらせていた。ゴルドンとベルの父親、そしてもう一人の友人の3人がかつてインドで交わし、3つに割いてそれぞれに持ち帰った「契約書」を集め直そうとしていたのである。自宅に招待したベル嬢を息子と結婚させて懐柔しようとしたが、嬢は何としても首を縦には降らなかつた。

このやりとりを物陰で聴いていたのは女中ヒルダであつた。女はゴルドン家を離れると鉱山労働者たちの集う一角へ向かつた。外国人労働者が大半を占める中、一人白人の男がいた。彼こそがかつてゴルドン、ベルの父親と共に契約を交わした「虎の面」であった。男はヒルダとその仲間に命じてベル嬢の拉致を試みる。危難に陥った嬢を救おうとするのは青年ランデルただ一人であつた…

1910年代後半~20年代初頭のルース・ローランドは米パテ社連続活劇の稼ぎ頭としてパール・ホワイトに肉薄する勢いを見せていました。『覆面の呪』『幽霊騎手』『虎の足跡』『ルスの冒険』『森林女王』など多くの作品が日本でも公開されています。しかしその出演作はほとんどが断片でしか現存しておらず、映画祭などで上映される機会も少ないため評価されにくくなっているのが現状です。

『虎の足跡』のフランス語小説版はスチル写真を多く採録。蒸気機関車を絡めた追跡場面、谷間に張ったロープでスルスルと移動していく場面など活劇の「お約束」がきちんと守られているのが分かります。作品中盤では悪漢が丸太で扉を破っているシャイニング風の展開もありますね。

1920-le-tigre-sacre-avec-ruth-roland-11

大手パテ社が配給を手掛け大々的に宣伝していただけあってセットや衣装もしっかりしています。猪俣勝人氏『世界映画名作全史 戦前編』では「名金」、「鉄の爪」と「虎の足跡」の3作が活劇枠で紹介されていましたが、日本の愛好家にも良い印象を残した作品だったようです。

Serial Squadronが公開している現存フィルム断片

[タイトル]
Le Tigre sacré

[出版年]
1920年

[出版者]
ルネサンス・ドュ・リーヴル

[叢書]
ロマン・シネマ

[ページ数]
240頁

[サイズ]
16.5 x 24.5 cm

[原題]
The Tiger’s Trail (1919)

[製作]
アストラ映画社

[配給]
パテ社

1920 – 春江堂書店・大活劇文庫『蛸の手』(The Trail of the Octopus)麻生重人訳

探偵大活劇『蛸の手』(春江堂書店、大正9年)
1920 – The Trail of the Octopus (Japanese Novelization, Shunkodo) Cover

「はい、少し斗りお願の筋があつてまゐりましたの。此の手紙を御覧下さい。」
 恁う云つてラスは一通の書面をホルムスに差し出した。ホルムスが何が書いてあるかと怪しみながら取り上げて目を通して見ると、「死の商標は旋て我々の手に返つて來るであらう、紫の短劍を有してゐる九人の博士は一人一人に片附けて行く。ケニヨン博士は殺されたから、今度はお前の番だ」
 として、紙の一陽に羊の蹄の印が押捺してある。「ははあ、一體之は什うしたんですか?。」事情を知らぬホルムスは、先ず事情の筋道を聞かねばならなかつた。ラス、スタンホープは遂に、ホルムスの懇望によつて父博士から聞かされた一伍一什の物語をした。

octopusoctopus

エジプトの砂漠で発見された「悪魔の商標(Devil’s Trademark)」を巡り、学者二人が諍いを起こし片方が殺害される。生き残ったスタンホープ博士は帰国するも、以来自分を見張る「二つの赤い目」に悩まされるようになったた。愛娘のルース(ネヴァ・ガーバー)は父を心配し、事件の解明を探偵ホルムス(ベン・ウィルソン)に依頼するも一足遅く、博士は何者かによって殺害された後であった…「悪魔の商標」を解除する9つの短剣は国内の学者たちの手に渡っており、その行方をめぐって探偵ホルムスと悪党たちとの激しい駆け引きが繰り返されていきます。

一部(第9章)を除いて現存が確認されており、なおかつDVDで市販されている連続活劇『蛸の手』(The Trail of the Octopus)の日本語版ノベリゼーション。元々は15章仕立てだった内容を春江堂版は11章に再構成。

表紙は蛸の足にからめとられる登場人物を描いたもので、裏表紙にまで絵が回りこんでいます。表紙を開くと見開きで拉致された女性を探偵と警官が追いかけているイラスト入り。その後大活劇文庫の他作品同様、映画からのスチル写真が4枚あしらわれています。

ネヴァ・ガーバーは無声映画の中期活劇を代表する女優の一人でユニヴァーサル社ではベン・F・ウィルソンと共演を重ねながら(『The Mystery Ship(1917)』『The Voice on the Wire(1917)』)、その後ハリー・ケリーの西部劇ヒロインとしても知名度を上げていきました。

[原題]
The Trail of the Octopus

[公開年]
1919年

[IMDB]
The Trail of the Octopus

[出版年]
1920年(大正9年)

[出版者]
春江堂書店

[ページ数]
248頁

[サイズ]
18.2 × 12.5cm

大正8年(1919年)『活動畫報』4月号・活動新人紹介號

活動画報(大正8年4月号表紙)メアリー・ピックフォード

「活動新人紹介號」と題された一冊でグラビア、新人紹介、新作紹介、筋書などを中心とした102頁の内容となっています。

エリッヒ・フォン・シュトロハイムの第一回監督作『アルプス颪(Blind Husband)』がユニヴァーサル経由で公開され話題を呼んでいた時期に当たり、新人紹介でシュトロハイムが取りあげられ、場面集でスチル紹介、さらに「エリック・ストロハイム氏の出世物語」の記事が掲載されていました。グラビア冒頭を飾るフランセリア・ビリングトン嬢も同作のヒロインでした。

同作に次いで評判が高かったのがゴールドウィン映画社の人情ドラマ『曲馬団のポーリー』で、4ページに渡る筋書、場面集でのスチル紹介、主演メー・マーシュのグラビアを掲載。

メイン企画の新人紹介には12人が登場。

・マーシャル・ニーラン [Marshall Neilan]
・シャーリ・メイスン [Shirley Mason]
・アルマ・ルーベンス [Alma Rubens] 
・オリーヴ・トーマス [Olive Thomas]
・ユージン・オブライエン [Eugene O’Brien]
・H・B・ワーナー [H.B. Warner]
・ペギー・ハイランド [Peggy Hyland]
・キティ・ゴードン [Kitty Gordon]
・オリーヴ・テル [Olive Tell]
・ヴァイオレット・ヘミング [Violet Hemming]
・アラン・ドワン [Allan Dwan]
・エリッヒ・フォン・シュトロハイム [Erich von Stroheim]

現在でもそれなりに知られた名前が並んでいます。監督(ニーラン、ドワン、シュトロハイム)が三人含まれているのが興味深く、また見開きでアルマ・ルーベンスオリーヴ・トーマスが並んで登場する凄い配置になっています。

その他日活新派劇『涙日記』の筋書きや國活の場面紹介、イタリア俳優(イリーナ・レオニドフ、トゥリオ・カルミナティ)紹介など発見の多い一冊でした。

大正9年 (1920年) アントニオ・モレノ&ポーリン・カーリー主演『見えざる手』 仏語小説版

1919-20 The Invisible Hand (Vitagraph) French Novelisation Cover

1919年末から20年に公開された15章仕立ての連続活劇。日本でも1921年に『見えざる手』として公開されており、法令館キネマ文庫からは日本語小説版が発売されていました。

美形男優として人気のあったアントニオ・モレノ、フェアバンクスや早川雪洲との共演で注目を浴びつつあったポーリーン・カーリーをダブル主演に迎え入れるなどヴァイタグラフが力を入れて製作していた様子が伝わってきます。20年秋に二人を再度主演に据えた『隠された謎(The Veiled Mystery)』が公開されたのを見ると観衆の反応も悪くなかったようです。

内容は連続活劇王道をいくもので「鉄の爪」と呼ばれる悪党団を相手にした丁々発止のやりとりが描かれていきます。敏腕刑事(アントニオ・モレノ)が一味の捕縛を試みる中、その捜査を助けるため女性探偵アン(ポーリン・カーリー)が凶賊の内部に忍びこんでいきます。ダブル主演の利を生かして二人の連携や危機を描き分ける形で単調になりがちな活劇パターンに新味を与えようとしています。

1919-20 The Invisible Hand (Vitagraph) French Novelisation

ハリウッド連続活劇では「予想もつかない場所からニュッと手が伸びてきて主人公を襲う」パターンが好んで使われます。ルース・ローランド主演の『タイガーズ・トレイル』(The Tiger’s Trail、1919年)が有名(YouTube)なのですが『見えざる手』はこの方向性を押し進めた要素を含んでいます。

1919 – 9.5mm 『百萬長者の娘ッ子』(ジョージ・アーチェインバウド監督、米)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

1919 - A Damsel in Distress 00

マルジヨリイは氣まぐれな不思議な而して可愛いゝはすつぱな小娘でありました。それでこの娘の理想する男は今様の火の神様で鍛冶屋場の烈しい爐の上にある晩彼女に現はれたのであります。所が或る日、兄の監視を逃れるため、彼女は自動車の中へ輕率にも飛び込みました。と、其處には彼女を喜んだ顔つきで眺めてゐる一人の若い男が居りました。。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

1910年代の雑誌で時々姿を見かける女優さんにジューン・キャプリスがいます。彼女が仏パテ社と契約を結んで主演した作品が『百萬長者の娘ッ子(ダムゼル・イン・ディストレス)』でした。

お金持ちのお嬢様が偶然出会った美青年と繰り広げる軽めの恋愛劇は(当時パテ社のスタジオがあった)ニューヨークでのロケ撮影。乗用車、タクシー、街並み、ファッションや髪型など時代の雰囲気を満喫できる作品となっています。

[タイトル]
Mam’zelle Milliard

[原題]
A Damsel in Distress

[製作年]
1919年

[IMDB]
tt0010042

[メーカー]
仏パテ社

[仏パテ社カタログ番号]
739

[字幕]
仏語

[フォーマット]
9.5mm 10メートル×6本 仏語字幕 12476フレーム(約15分)

1919年4月『活動之世界(最終号)』各国映画俳優人気投票

1919年4月『活動之世界』人気投票
『Katsudou no Sekai (Moving Picture World)』
« Hall of Fame » Poll (April 1919)

01:ウォーレン・ケリガン(761) Warren Kerrigan [IMDb]
02:山本嘉一(725) Yamamoto Kaichi [JMDb]
03:ルース・クリフォード(695) Ruth Clifford [IMDb]
04:ヴァイオレット・マースロウ(662) Violet Mercereau [IMDb]
05:ダグラス・フェアバンクス(657) Douglas Fairbanks [IMDb]
06:マルガリータ・フィッシャー(591) Margarita Fischer [IMDb]
07:メアリー・マクラーレン(580) Mary MacLaren [IMDb]
08:ドロシー・フィリップス(513) Dorothy Phillips [IMDb]
09:メアリー・マイルズ・ミンター(470) Mary Miles Minter [IMDb]
10:ウィリアム・S・ハート(465) William S. Hart [IMDb]
11:フランシス・ブッシュマン(457) Francis X. Bushman [IMDb]
12:ベッシー・バリスケール(435) Bessie Barriscale [IMDb]
13:パール・ホワイト(433) Pearl White [IMDb]
14:モンロー・ソールズベリー(408) Monroe Salisbury [IMDb]
15:メアリー・ピックフォード(397) Mary Pickford [IMDb]
16:グレース・ダーモンド(379) Grace Darmond [IMDb]
16:フランチェスカ・ベルティーニ(379) Francesca Bertini [IMDb]
16:メイ・マレー(379) Mae Murray [IMDb]
19:カーメル・マイヤーズ(361) Carmel Myers [IMDb]
20:ベッシー・ラブ(343) Bessie Love [IMDb]
21:チャールズ・チャップリン(305) Charles Chaplin [IMDb]
22:ルース・ローランド(295) Ruth Roland [IMDb]
23:ウィリアム・ダンカン(293) William Duncan [IMDb]
23:モリー・キング(293) Mollie King [IMDb]
25:ジェラルディン・ファーラー(265) Geraldine Farrar [IMDb]
26:ピナ・メニケリ(233) Pina Menichelli [IMDb]
27:ノーマ・タルマッジ(207) Norma Talmadge [IMDb]
28:片岡長正(201) Kataoka Chosei [JMDb]
29:クレイトン・ヘイル(199) Creighton Hale [IMDb]
30:藤野秀夫(177) Fujino Hideo [JMDb]
31:ウィリアム・ラッセル(151) William Russell [IMDb]
32:尾上松之助(147) Onoe Matsunosuke [JMDb]
33:エラ・ホール(141) Ella Hall [IMDb]
34:エディー・ポロ(125) Eddie Polo [IMDb]
35:衣笠貞之助(113) Kinugasa Teinosuke [JMDb]
36:アニタ・スチュワート(112) Anita Stewart [IMDb]
37:早川雪洲(98) Hayakawa Sessue [IMDb]
37:澤村四郎五郎(98) Sawamura Sirogoro [JMDb]
39:ハリー・ケリー(93) Harry Carry [IMDb]
40:ウィリアム・ファーナム(90) William Farnum [IMDb]
41:ドロシー・ダルトン(79) Dorothy Dalton [IMDb]
42:ビヴァリー・ベイン(72) Beverly Bayne [IMDb]
43:フランク・マヨ(69) Frank Mayo [IMDb]
44:東猛夫(65) Azuma Takeo [JMDb]
45:ネヴァ・ガーバー(65) Neva Gerbar [IMDb]
46:アルフレッド・ホイットマン(57) Gayne Whitman [IMDb]
47:アリス・ブラディー(50) Alice Brady [IMDb]
48:アール・フォックス(42) Earle Foxe [IMDb]
49:ベン・ウィルソン(37) Ben F. Wilson [IMDb]
50:セダ・バラ(22) Theda Bara [IMDb]
51:アラン・ホルバー(21) Allen Holubar [IMDb]
52:ジュエル・カーメン(17) Jewel Carmen [IMDb]
53:クララ・キンボール・ヤング(15) Clara Kimball Young [IMDb]
54:ブロニー・ヴァーノン(12) アグネス・ヴァーノン(Agnes Vernon)誤記 [IMDb]
55:ルイズ・グローム(9) Louise Glaum [IMDb]
56:モリー・マローン(8) Molly Malone [IMDb]
57:レオン・バリー(5) Léon Bary [IMDb]
57:ガブリエル・ロビンヌ(5) Gabrielle Robinne [IMDb]
59:フランセリア・ビリントン(3) Francelia Billington [IMDb]
59:アーヴィング・カミングス(3) Irving Cummings [IMDb]
59:花柳はるみ(3) Hanayagi Harumi [JMDb]

1919年初頭、雑誌『活動之世界』新年号で人気投票の開催が告知されました。当時合衆国で行われていた形に倣ったもので、年間を通じて票を募集し、各号で途中経過を発表しながら年明けに最終結果を発表するものです。この第3回中間発表を見ていると当時の傾向が幾つか見えてきます。

人名表記は現在のものを使用。3票以上を獲得した61名の男女比は27名(44%)対34名(56%)、国別内訳は以下となっています。
アメリカ:48名(79%) 日本:9名(15%) イタリア:2名(3%) フランス:2(3%)

ハリウッド俳優ではヴァイタグラフ社が安定した人気ぶり(転籍していますがアニタ・スチュワートやノーマ・タルマッジも同社出身)。国内で安定して配給・宣伝されていたため知名度が高かったと思われます。一方でギッシュ姉妹やグロリア・スワンソンらが選外に漏れてしまいました。

アクションを十八番とする男優(ウィリアム・ダンカン、エディー・ポロ、ハリー・ケリー)が健闘、また連続活劇女優の人気が根強かった様子も伺えます。1910年代末はパール・ホワイトやルース・ローランドらの先駆者に続く第二世代(グレース・ダーモンド、モリー・キング、ネヴァ・ガーバー)が台頭していた時期で、ランキングにもその状況が反映されています。

国内組に目を転じると1917年に日活向島に入社した山本嘉一と藤野秀夫、東猛夫、衣笠貞之助に票が集まっています。松之助人気も健在。正式デビュー前で得票数は伸びていないものの(『深山の乙女』は1919年8月公開)日本初の女優花柳はるみさんが早くも食いこんでくる形になっています。

二名ながらもイタリア女優が上位にランクイン(ベルティーニ、メニケリ)。ドイツや北欧、ロシアの俳優名はありません。

この5年後になると日本でも女優ブームにブロマイドが飛ぶように売れ、連続活劇人気は収まり、イタリアの代わりにドイツ映画が存在感を増していく時代となりました。「映画」の言葉からイメージされる世界の広がりが20年代前半にガラリと変わっている訳で、この人気投票はそれ以前、ちょうど一世紀前の映画理解を反映している点で興味深く思われます。

なお、それぞれの国外俳優の写真は国立国会図書館所蔵の『活動花形俳優』(1921年)や『活動名優寫眞帖』(1919年)で見る事ができます。

1917-22 忘れじの独り花(23)テア・ザンドテン Thea Sandten (1884 – 1943) 独

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

Thea Sandten 1919 Autographed Postcard
Thea Sandten 1919 Autographed Postcard

1912年に女優デビュー、独ミュートスコープ、独ビオスコープ、独ヴィタグラフ社、伊ミラノ社、エイコ映画社など多くの映画会社で主演、助演のキャリアを積み重ねていきました。現存作品の一つが『ホフマン物語』(1916年、リヒャルト・オズヴァルト監督)で、三部構成の第二部でヒロインのジュリエッタを演じています。

Thea Sandten in Hoffmanns Erzählungen  (1916)
1916年『ホフマン物語』(Hoffmanns Erzählungen)より

また2017年に発売された4枚組DVDセット『カフカ、映画に行く(Kafka geht ins Kino)』で『テオドール・ケルナー』(1914年)を見ることができるようになりました。『カフカ、映画に行く』は古くから有名な研究書で、作家の手紙や日記から当時見ていた映画を特定し、カフカ小説への影響を論じた書籍です。DVDはカフカが見た映画で現存作品を集めた内容です。

テアさんは『テオドール・ケルナー』で主人公の詩人の妻となる女性を演じていました。格別演技が上手い訳ではないのですが、大きな目鼻立ちを一杯に使ってみずみずしい感情表現に成功しています。

Thea Sandten in Theodor Körner
1914年の『テオドール・ケルナー』(Theodor Körner)より

その後自身の映画会社を設立するも大きな話題となることはなく20年代になって忘れられていきます。1930年代末、3度目の結婚の相手は自身と同じユダヤの血が流れた男性でした。ベルリンにとどまり続けた夫婦は迫害の対象となり、1942年末にアウシュビッツに送られ翌年冒頭に殺害されています。

[IMDb]
Thea Sandten

[Movie Walker]

[出身地]
ヴロツワフ(現ポーランド)

[誕生日]
6月30日

[データ]
Photochemie, Berlin. K.1456. phot. Willinger, Berlin.

グラディス・クーパー (Gladys Cooper 1881- 1971) 英

Gladys Cooper 1914 Autographed PostcardGladys Cooper 1919 Autographed Postcard

第一次大戦前に人気のあった英女優グラディス・クーパーのサイン物2点。当時のイギリスで5本指に入る人気にも甘んじることなく研鑽を積み『マイ・フェア・レディ』(1964年)の老貴婦人役を含む息の長い活躍を見せました。

初期サイレント作品では歴史ロマンスの『ボヘミアン・ガール』(1922年)が現存。美形俳優として知られたアイヴァー・ノヴェロとの共演作で、物語は単純ながら丁寧に作られています。また後にディートリヒとの二人三脚で名を馳せるスタンバーグ監督が初めてクレジット(助監督)された作品としても知られています。

2枚の絵葉書は同一所有者の旧蔵品で、裏面にはそれぞれ「1914年7月」「1919年9月」の入手日が記入されていました。

[IMDB]
nm0178066

[Movie Walker]
グラディス・クーパー(Gladys Cooper)

[誕生日]
12月18日

[出身]
イギリス(ロンドン)

1919 – 9.5mm メイ・マレー主演『戀のいろは』(レオンス・ペレ監督)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

うつうつと居睡りする馬の上に跨つて若い娘が或る意地惡い惡魔が一つの運命を彼女に投げつけたがやうまた眠りながら狭い橋の上で自動車と衝突しかけました。而してその馬の俄かの停止から彼女は眠りの神様の御手より自動車上の人の手の中へ滑り落ちたのであります。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

ブライアント氏は車を運転中、馬に乗って彷徨っている家出少女を発見。疲れ果てた彼女を連れて帰り、話を聞いているうちに恋に落ちて結婚。しかし舞踏会で恋敵となる過去の女が現れて…

メイ・マレー(Mae Murrey)主演のロマンチックなコメディー。当時話題となった小説を原作とし、同時期にアスタ・ニールセン主演のドイツ版も制作されました。メアリー・ピックフォードとも並べて語られる1910年代の人気女優ですが演技に大袈裟さがあって好みが分かれます。本作では監督の手腕で手堅くまとめた感じ。

オランダのEYEが1時間強の完全版を公開しています。

[タイトル]
L’ABC de l’amour

[原題]
The ABC of Love

[公開年]
1919年

[IMDB]
tt0009858

[メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
745

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 10m *6リール

1919 – 9.5mm 早川雪洲主演 『蛟竜を描く人』

早川雪洲青木ツルを主演に配したハリウッド作品。ここでは雪洲氏は天才画家に扮しており、その噂を聞きつけた東京の絵師の婿となるのですが、奥さんとの幸福な生活に画家としての責務を忘れてしまいます。それに対して妻の取った行動は…

縮約版で作品そのものの判断は難しいのですがドラマの起伏に乏しく仕上がりは並程度。それでも偏見が厳しかった当時のハリウッドで道を切り開いた二人にどれほど賞讃を送っても足りないと思っています。

[タイトル]
Le Peintre de Dragon

[原題]
The Dragon Painter

[製作年]
1919

[IMDB]
tt0150388

[メーカー]
仏パテ社

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有)

モリー・キング Mollie King (1895 – 1981)

「 合衆国・カナダ・オーストラリア [USA/Canada/Australia]」より

Mollie King 1919 Autographed Photo
Mollie King 1919 Autographed Photo

映畫界に身を投じたのは一千九百十五年の事で、その時にはウォールド會社の專属女優として雇わはれたのであつた。その後、ある事情があつて同社を辭し、一旦アイヴァン會社に移つたが、間もなくパセ會社に轉じて、アストラ映畫に出演する事となつた。嬢の斯界に於ける名聲は、この社に移つてから昂まつたものであると云つて可い。

「キック・イン」という映畫を撮影したのを初めとして、同社では多くの映畫を製作したが、一千九百十七年レオン・バリー氏と共に「二重十字架の秘密」という連續映畫を撮影するに及んで、その人氣は急に増加した。それに乗じて早速クレートン・ヘール氏やレオン・バリー氏などと共演したのが、昨年富士館に上場されて好評を博した「七眞珠」といふ連續映畫であつた。。

『活動名優寫眞帳』(花形臨時増刊、大正8年、玄文社)

連続活劇の最盛期だった1910年代後半、ギルソン・ウィレッツの小説(1910年)を基にした活劇 『二重十字の秘密』(1917年)のヒロインに抜擢されたのがモリー・キングでした。『拳骨』で知られるルイ・ガスニエが監督を担当し、当初はパール・ホワイト主演で企画された作品なのですが実現せずお鉢が回ってきたようです。モリー・キングは遺産相続の鍵となる秘密を握る女性を演じています。アクション面で機能していない印象もありますが三角関係の中心でロマンスの要素を強める役割を果たしています。

1919年のサイン入り。

[IMDb]
nm0455087

[Moovie Walker]
モリー・キング

[出身]
合衆国(ニューヨーク)

[誕生日]
4月16日