1926~1935年 剣戟俳優映画 豆ブロミニコレクション

1926-35 various « kengeki » trading cards

10年近く前、国産無声映画の紙物で初めて手に入れたのがこの辺の豆ブロマイドでした。大正末期~昭和初期に九州で活動していた「活キチ」さんの旧蔵品がネットオークションに出品されていたのを発見、いずれも結構な勢いで落札されていました。1セット確保できましたが正直当時は自分でも何を手に入れたのかよく分かっていなかったです。

今回『孔雀の光(前編)』の説明本の紹介にふと思い出して引っ張り出してきました。1926〜35年にまたがる内容でアイドル感キラキラ時代の河部五郎、紙物にあまり恵まれていない佐々木清野嬢辺りの珍しい物が含まれています。


1)『孔雀の光』(1926年、マキノプロダクション・御室、沼田紅緑監督、市川右太衛門主演)

[JMDb]
孔雀の光 前編

[IMDb]
Kujaku no kikari – zenpen [sic]


2)『修羅八荒』(1926年、松竹・蒲田、大久保忠素監督、森野五郎主演)

[JMDb]
修羅八荒 第一篇

[IMDb]


3)市川百々之助(1926年頃、作品名不詳)


4)『月形半平太』(1926年、日活・大将軍、高橋寿康監督、河部五郎主演)

[JMDb]
月形半平太

[IMDb]
Tsukigata hanpeita


5)『素浪人』(1926年、阪妻プロ、志波西果監督、阪東妻三郎・森静子・佐々木清野他出演)

[JMDb]
素浪人

[IMDb]
Suronin


6)『八剣飛竜』(1929年、日活・太秦、池田富保監督、澤田清主演)

[JMDb]
八剣飛竜

[IMDb]


7)『京洛浅春譜』(1935年、千恵プロ、西原孝監督、片岡千恵蔵・歌川絹枝他出演)

[JMDb]
京洛浅春譜 同志闘争篇

[IMDb]


1926年 – 市川右太衛門主演『孔雀の光 前編』(マキノ、沼田紅緑監督)説明本・出版者不明


何は兎もあれ、生命に代えて守護して居る大切なる御宸筆が怪賊の手に奪られたあつては、朝廷に對し奉りて御申譯がない。何うあつても之れを尋ね出さなければならぬ、と一大決心を起したのが少將の令嬢八重姫である。

『譬え女でも武士の娘である、御宸筆取り戻して父の仇を討たなければ申譯がない』 健気な決心に侍女のお節も之れに勵まされて姫にお供を願ひ出た。

二人は甲斐甲斐しく身支度して門出の折から之も姫に同情して怪賊の在所を探しに出たのが藤島求馬である。


時は幕末。朝廷から水戸光圀に討幕の命が下された。その旨を記した宸筆が松島通忠左少将の手にあると知った佐幕派は通忠暗殺を決行、宸筆の強奪に成功する。父の仇を討つべく、通忠の娘・八重姫(マキノ輝子)は侍女のお節(泉春子)と共に宸筆探しの旅に出た。八幡山の奥に賊が隠れ潜んでいるのを見つけ出したが、誘拐され返り討ちの危機に陥る。窮地の八重姫を救ったのは、親友中岡慎太郎(中根龍太郎)の情報を受け馳せ参じた忠臣・藤島求馬(市川右太衛門)であった…

幕末を舞台にした勧善懲悪の冒険譚で、独立前の歌右衛門がマキノ時代に出演(『快傑夜叉王』『鳴門秘帖』)していた大作の一つとなります。説明本は3部作の第1部を扱っておりこの後鈴木澄子さんや武井龍三氏が登場、歌右衛門が二役をこなすなど物語が広がっていきます。


[JMDb]
孔雀の光 前編

[IMDb]
Kujaku no kikari – zenpen

[フォーマット]
13.2cm×9.8cm、10頁

[出版年]
1926年

1926年 – 阪東妻三郎主演『幕末』(阪妻プロ 、宇澤芳幽貴監督)説明本・出版者不明


「阪東妻三郎関連」より


彼の武士は、いよいよ圖に乗つて亂暴を働いて居る、此有様を見た兵之助は忽ちムツと怒り出し「ヤア無禮な奴である。場所もあろうに斯る遊里の巷で亂暴を爲すとは男らしくもない奴じゃヨシ俺が取つ締めてやるぞ」と猛然として進み寄つたる兵之助は彼に近寄ると見る間に、ドツと背ひ投げを喰はしてしまつた。其勢に恐れて始めの勇氣は何處へやら鼠の如く小さくなつて人込みの中へ逃げ込んでしまつた、兵之助はカラカラと打ち笑ひながら其場を立ち去つて行った。そして神前組の所へ歸つて來た。隊長の近藤勇は彼を読んで何事か密儀を始めた。兵之助の妻の綾は後妻であつたそして先夫との間に出來た一人娘を連れて兵之助の許へ來たのであるが其の連れ子の娘が何者かに誘かいされて行方不明となつたのでお綾は毎日夫れを氣に病んで悲しい日を送つて居る[…]。


阪妻プロの初期作の一つ(第8作目)で『蛇眼』の次作として公開された作品。先日紹介した東亞の『傷魂』と同じ発行者と思われる小型サイズの解説本です。

『雄呂血』で助監督を務めた宇澤芳幽貴が初めて監督に挑戦。また松竹の特作映画(『修羅八荒』『孔雀の光』)で注目を集めていた新進女優・五味国枝が初めて阪妻と共演した一作でもあります。


[JMDb]
幕末

[IMDb]
Bakumatsu

[フォーマット]
13.2cm×9.8cm、10頁

[出版年]
1926年

1926 – 高木新平・生野初子主演『傷魂』(東亜キネマ、長尾史録監督)説明本・出版者不明



京傳は、遂に此の玄右衛門を暗殺して仕舞つた、其後に残されたのが伜の銀之助である、『あゝ我が父を殺したのは京傳である、『彼れを討ち取つて父の仇を返さなければならぬ』とさまざまに苦心して居たが却つて京傳に覺られて已に危くなつて來たのを、京傳の娘なる彌生のために計らずも、助けられたのが妙な縁となつて、二人は仇同士の子と子でありながら、戀と戀との不思議な運命の仲となつてしまつた。


1926年に出版された豆本サイズの解説本で出版者の記載はなし。表紙を開くと写真が一枚あって、次ページに配役一覧、その後文章が7頁続いていきます。同時に公刊されたと思われるものを他に2冊所有しており、他に東亜の『南蛮寺の怪人』『強狸羅』が出ていたのも確認しています。

天草四郎の乱を背景とし、島原藩での権力争いに巻きこまれる形で仇の子供同士である相馬銀之助(高木新平)と久利部彌生(生野初子)が戀に落ちていく…の展開となっていきます。

物語のさわりの部分だけを紹介したものでこの後銀之助と彌生にどのような運命が待ち受けているのかは分からないままです。体裁、内容的にみて市販されたものではなく、客の興味を引くため映画館が宣材として配っていた非売品かなの印象があります。


[JMDb]
傷魂

[IMDb]
Shokon

[フォーマット]
13.2cm×9.8cm、10頁

[出版年]
1926年

1926 – 9.5mm 『ファウスト』(F・W・ムルナウ、英パテスコープ版、4リール)

「9.5ミリ 劇映画」より

獨ウーフア映畫『フアウスト』

「最後の人」を發表したフランク・W・ムルナウ氏は又、昨年、この驚嘆すべき特作映畫を物した。

原作は文豪ゲーテの不朽の藝術たる事は人既に知る所。ムルナウは今、卓抜した才能を縦横に發揮して、この大作品を完成したのである。

キヤストは次の通り。ファウストに扮するのは北歐コペンハーゲンの名優ゲースタ・エクマン、フアウストを誘惑するメフイストフヱレスには有名なエミール・ヤニングスが扮し、可憐なグレチヘンは、新たに見出された年若き名花カルミラ・ホルンがつとめ、マルテ夫人をイヴエツト・ギルベルトが巧にこなしてゐる。とまれ、映畫「フアウスト」は万人を驚倒させるに足るだけの内容なり表現なりを具へてゐる事に間違はないのである。

『日本映画年鑑 第三年版』(1927年、朝日新聞社)

ムルナウ作品で唯一9.5ミリ化されたのが本作。4巻構成で上映時間は50分弱、オリジナルの半分ほどに切り詰められた短縮阪となります。第一巻はメフィストフェレスを召還した老学者ファウストが若さを手に入れるまで。第二巻はイタリア滞在を経て地元に戻ったファウストがグレッチェンと恋に落ちるまで。第三巻はファウストとグレッチェンの逢瀬が家族に見つかるまで。第四巻でその後の展開と最後の救済を描いています。

『日本映画年鑑』はグレッチェンの叔母マルテを演じるイヴェット・ギルベールに言及していました。

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マルテを演じるイヴェット・ギルベール(Yvette Guilbert)

19世紀末~1900年代初頭のパリで活躍した歌手で、不倫などの背徳的なテーマや下品なコミックソングを得意としていました。独特の存在感があって当時ロートレックやピカソ等が彼女をモデルに絵を描いています。美術の授業で見た覚えがあるのではないでしょうか。

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ロートレックによるイヴェット・ギルベール、1894年

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ホモセクシュアルだったムルナウは男女のピュアな恋愛(ファウストとグレッチェン)をどこか完全には信じていない節があります。メフィストフェレストとマルテの生々しい肉欲を楽し気に描いている件もそうで、キリスト教社会の「正しさ」に細部で抵抗していく姿勢は『サンライズ』から『タブウ』でも再登場してきます。最後に愛は勝つ風の美談は市場向けの綺麗事で、表現者ムルナウの本質はこういった場面にチラチラと見えているのかな、と。

[原題]
Faust – Eine Deutsch Volkssage

[公開年]
1926年

[IMDB]
Faust – Eine Deutsch Volkssage

[Movie Walker]
ファウスト

[メーカー]
英パテスコープ版

[メーカー記号]
SB740

[9.5ミリ版発売年]
1933年

[フォーマット]
9.5mm 無声 4リール(49分)

スナップショット歌人としての五月信子 (1894 – 1959)

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悪役によろしといはれ、たゝへられ
 わがいひしらぬもの思ひかな

皆様のみ胸に多く妖婦役としてのみ印されて居るわたくし。おもへば、多少のうら寂しい氣もちがいたさぬでもありません。至難な妖婦役への抱負の萌芽はその頃より、わたくしの胸に培はれてゐたのです。

(『五月信子』五月信子著、1925年)

1925年に公刊された自伝『五月信子』(こちらで閲覧可能)は芸名の由来、下積み時代の苦労話、映画女優となってからの発見など、キャリア初期の出来事を平易な言葉遣いで綴ったチャーミングな書物です。

靜かな散歩の疲れを、「葵」の二階で癒すのがまた堪らないよろこびのひとつでございました。

「砂漠の人影」におけるエルシー・ファーガスンを、「蛇苺」におけるポーリン・フレデリツクを、またはルイーズ・グロームやシーダ・バラの蠱惑的な微笑に、あやしくも胸を躍らすわたくしでございました。

「一頃は、あつばれ、キネマフアンを氣どつたこともありました」とあるように、銀座の金春館や赤坂の葵館に足しげく通って初期映画を楽しんでいたようです。「わたくしはよく、拙い歌にこれらのひとびとの印象をかきしるしておきました。今筐底よりひきだしてそれをみるのも多少の懐舊の情がないでもございません」(144頁)。彼女は和歌を趣味としており、この時期に映画俳優に想いを凝らした歌を多く詠んでいます。

泣き笑ひ君がするとき人情の
その哀れさにしみじみとす
(チャーレイチヤツプリン)

うな垂れて白夜にあつき喝(むね)の火を
つゝまひ居らむ小百合花
(リリアン・ギツシユ)

彼女の歌は技法的に凝ったものではありません。深い情感を伝えるでもなく特異な視点を持っている訳でもなく、強い個性を伺わせるでもない、折々の雑感をまとめたものが大半です。「拙い歌」はさすがに言い過ぎとしても「一流歌人」と称して良いレベルに達していない、とは言えるかもしれません。

Satsuki-Nobuko

それでも五七五七七で歌を紡ぐのが日常の一部になっていた様子は伝わってくるのです。そこには手を加えすぎていない、採れたての自然野菜のみずみずしさや素朴さがあります。五月信子さんにとっての和歌とはそうでもしなければ消えてしまう刹那の雑感を閉じこめ、結晶化させる極私的な手段だったのだと思われます。

大正期には優れた女流歌人が多く登場しており、原阿佐緒らは現在でも高い評価を得ています。彼女たちの歌人としての在り方はとても古典的で19世紀文学を多く引きずっているように見えます。『モデルノロヂオ』が素描きしたように他愛ない日常の断片が積み重なって時代を浮き上がらせていくのが「モダン」であるとするならば、無名の歌好きが引き出しに書きためていた歌たちもまた新しい時代のスナップショットとして評価されて良いのではないでしょうか。

ラーバシュ・ユーツィ Lábass Juci / Lucie Labass (1896 – 1932) ハンガリー

「ハンガリー [Hungary]」より

Lábass Juci / Lucie Labass 1926 Inscribed Postcard
Lábass Juci / Lucie Labass 1926 Inscribed Postcard

ハンガリー出身の女優さんで近々、スペインの煙草売り娘から胡散臭いキャバレーの踊り子へ身を堕としていくアルゼンチニータの役でお目にかかるはずである。映画のタイトルは『麗しのマヌエラ』でクララ・ラツカの小説を基にしている。舞台は南米。

エクラン・イリュストレ誌 1924年9月11日付 第2号

Labass Jucie in La Belle Manuela
Labass Jucie in La Belle Manuela
(L’Ecran illustré 1924 issue 2)

Une artiste hongroise que l’on verra dans le rôle d’Argentinita, cigarière espagnole, devenue danseuse de cabaret borgne. Le film porte le title de La Belle Manuela, d’après le roman de Clara Ratzka. L’action se déroule en Amérique du Sud. (Cliché National Film, Berne.)

L’écran illustré 1924 Issue 2

1910年代後半~20年代前半にハンガリーで活躍していた女優さん。若くして亡くなったこともあり現在では自国でも知られていないのではないかと思います。主戦場は劇場でしたが1915年頃から映画に出演し始め『大地の囚われ人』(A föld rabjai、1917年)、『麗しのマヌエラ』(Die grüne Manuela、1923年)で主演を務めています。

手元の一枚は筆跡にスレが目立つものの1926年のメッセージ&サインが含まれています。

[IMDB]
Lucie Labass

[Movie Walker]

[誕生日]
7月22日

[メーカー]
Élet kiadásairen

[出身]
ハンガリー

[サイズ]
9.0 × 14.0 cm

1926 – 9.5mm『切紙細工 西遊記 孫悟空物語』(大藤信郎)

「9.5ミリ動画 05c 伴野商店」より


日本アニメーションの創始期、切紙細工アニメによる独自活動を展開した大藤信郎氏代表作の一つ。日本アニメーション映画クラシックス(JAFC)によるデジタル版がすでに公開されています。

JAFC版『切紙細工 西遊記 孫悟空物語』

JAFC版は現存するものとして最もオリジナルに近い16mm短縮版(約8分)を元にしています。伴野9.5mm版はその半分弱程の長さ。

JAFC版は大きく1)三蔵法師の出発、2)孫悟空の弟子入り、3)猪八戒登場と弟子入り、4)沙悟浄登場と弟子入り、5)怪物との闘いと霊山登場、6)経典の受け取りの6つの場面から成り立っています。伴野版は5)が完全にカットされ、天竺に辿りついた時にすでに雄宝殿がそびえている流れになっていました。

しかし伴野版にはJAFC版にはない場面や間字幕も含まれています。三蔵法師と悟空が出会う場面での説明字幕「石の下に五百年 大罰に苦しむ 孫悟空」はJAFC版には含まれていません。また沙悟浄登場の段では、伴野版だとピンホールショット風に沙悟浄が登場し、八戒に近づいて闘いの場面となっており、JAFC版ではこの流れが省略されています。

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ピンホールショット風沙悟浄の登場場面(伴野版のみ収録)

また伴野版で孫悟空、沙悟浄、猪八戒が登場する際の字幕に飾りでシルエットが描かれています。

もう一点大きな違いとして、雄宝殿で経典を受け取る描写がJAFC版と伴野版では左右反転した形となっています。JAFC版では当初は一行が左から右へ進んでいたのに4分ごろから右から左への移動に変わります。コンティニュイティーの視点からすると確かに不自然な気もします(日本人の感覚からすると天竺は西=左にあるイメージなので、16ミリ版の布置も理解できるところではありますが)。

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JAFC版より。三蔵法師一行が左を向いていて、経典を運ぶ竜が右向きに飛翔しています。

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伴野版。向きが左右真逆になっています。
切紙細工のストップモーションアニメは原理上手前から奥へ、あるいは奥から手前への遠近感表現を苦手としていて、左右の水平移動が中心となっていきます。大藤作品では回転や明滅など様々なアイデアを組みこむことで単調さを回避する工夫が施されています。またつぶらな目のキャラクターの愛らしさも印象的。妙に人間臭いのが特徴で、大藤作品独自の「体温」が伝わってきます。
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悟空にあしらわれクルクルと回転する猪八戒

[タイトル]
西遊記 孫悟空物語

[メーカー]
伴野商店

[公開]
1926年

[カタログ番号]
115

[フォーマット]
20m(ノッチ有)×2 白黒 無声 16fps 3分40秒

1926年『キネマ花形』 (『活動花形』改題 11月号 花形社)

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1926 Kinema-Hanagata Magazine (November Issue)

京都を拠点に活動していた花形社の雑誌のひとつで、こちらは1926年末に「キネマ花形」と改題後出版された新生第一号となります。

表紙を飾っているのはコリーン・ムーア。本文は全て一色刷り、数点のグラビアを除くと大半が公開された新作のスチルと粗筋紹介となっています。内容は:

日活:「シベリアお瀧」「月形半平太」「水戸黄門
松竹:「カラーボタン」「美しき禱」「若き日の罪」「いとしの我が子」「妖刀」「いかりの刄」「海人
帝キネ:「關東綱五郎」「澁川伴五郎」「海の妖婦」「自由の天地
マキノ:「どんぐり長屋」「どんどろ堀」「大江戸の丑満頃」「大尉の娘
東亜:「富士に立つ影」「逆風」「劒闘」「森の石松
阪妻:「情炎流轉」「狂へる人形師

誤植(「お瀧」→「お龍」、「丑満頃」→「丑満時」)もそのまま転記。その他海外作品として「グリード」や「バツト」「雀」「女郎蜘蛛」「滅び行く民族」なども紹介あり。

後半の下の方には小さくゴシップ欄があり、マキノ輝子の醜聞と共に日活でのリストラの話が掲載されていました。

尾上松之助氏の死とともに所内に蔓る積弊一掃の機會を早めるものと觀測されてゐたが果然拾八日午後京都市木屋町中村屋にて横田副社長根岸支配人池永所長杜重支店長等が會合協議の結果新劇部男優小村新一郎齋藤達雄宇田川寒待弓削宗貞外三拾六名女優部では宮部静子、本田歌子、衣笠みどり、松島英子、高島京子、香川満子、巽久子、橘道子外数名を解雇した。
それと同時に東坊城恭長、若葉馨、木藤茂に俳優を廃めさせ東坊城若葉の兩名は一時名目だけの脚本部附となし木藤は監督助手に祭り上げるなど大整理を行ふ[…]。

「新劇部男女俳優大整理」

1926 – 9.5mm セダ・バラ主演『マダム・ミステリー』

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

1937年、20世紀フォックス社のフィルム所蔵施設で火災が発生し、収められたフィルムの全てが焼失しました。セダ・バラ出演作品の大半もこの大火で失われています。

『クレオパトラ』断片を含め、現在まで残された出演作品は6作のみとされています。その一つが引退作となった『マダム・ミステリー』で、こちらは9.5ミリの縮約版となります。

デビュー当初の妖婦・毒婦の設定が時代遅れとなっていく中で、セダ・バラは幾度かイメージチェンジを行いながら時代に適応しようとしていました。本作はローレル&ハーディーによる喜劇物で、セダ・バラは「街一つ吹き飛ばすほどの威力がある」超小型爆弾を運ぶ女スパイに扮しています。

後半、客船での移動は初期のセダ・バラ映画によく見られた展開(船に乗っている謎の美女)をパロディにしたものです。髪を下ろした就寝場面での妖しい存在感がさすがです。

[タイトル]
Madame Mystery

[公開]
1926年

[IMDB]
tt0017098

[メーカー]
米パテックス社

[カタログ番号]
C-110

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 20m *2リール

時代劇 『魔保露詩』 (大正15年、明文館 映画文庫)

「阪東妻三郎関連」より

阪東妻三郎、1925年の出世作『雄呂血』(おろち)の人気を受け同年末に公開されたのが『魔保露詩』(まぼろし)。フィルムが現存しておらず当時のパンフレットなど断片情報が残るのみ…と思っていたところ偶然に1926年の小説版を発見しました。

市中で見つけた父の仇の命を助けた主人公が、その果てに辿りついた凄惨な運命を描いた一作。阪妻初期作にしばしば指摘される虚無感、反権力の要素を小説にも見て取ることができます。

紙の一部がインク印刷の部分だけくり貫いたように消え失せているなど、紙質による特殊な劣化が見られます。

[出版者]
明文館書店

[出版年]
1926年

[定価]
25銭

[フォーマット]
10.6×14.5センチ、136ページ。口絵4ページ。

アルマ・ルーベンス Alma Rubens (1897 -1931)

「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

孃は今を去る二十有餘年以前米國加州桑港に生れた。さうして同地で女子教育を受けた孃は暫く家庭生活をなして居たのであつた。その當時加州は映畫の都として花の樣な女優は四方八方から寄り集ふのであつた。上は日ごろから愛活の心が殊に深かつたが、やがてその映畫上の華やかさに憧憬して、一九一五年の頃斯界にと志し、少しの舞臺上の經驗もなくトライアングル會社へと入つたのであつたが、忽ちその素質を認められ、それから後は只管映畫界の女優として專心努力勉強し、翌年は既に一方の主役となつたのである。さうして始めてドーグラス・フエアバンクス氏と『快漢ブレーズ』『火の森』等に共演し、尚『家の主人』『タウ・ラツクの螢』『心の花』『ジユヂス』『幽靈の花』『答』『戀の破壊者』その他數多のトライアングル特作映畫に主役を演じ、一九一八年まで同社主腦女優として在社し、ト社の解散と共にロバートソン・ゴール社に轉じ、更にホドキンソン映畫社に主演して居たが、昨年秋自社を樹て映畫撮影に從ひ、其映畫はホドキンソン社等の手に發賣されて居る。

「活動新人紹介 アルマ・ルーベン孃」
『活動画報』1919年4月号

ケネス・アンガーの『ハリウッド・バビロン』で神話化された20年代ハリウッド女優の一人。繊細で憂いのある当時のハリウッドには珍しいタイプでした。主演作としては1924年の『The Rejected Woman』と25年の『East Lynne』などが現存しています。

それぞれ別ルートで入手したサイン絵葉書2点。一枚は画用紙の台紙に添付された1926年5月3日の日付入り。もう一枚はサインのみです。

大正15年、タルラー・バンクヘッドTallulah Bankhead (1902 – 1968) 他2名のサイン寄書き

tallulah-tankhead

豪快な性格、奔放な私生活、ハスキーボイスで30年代合衆国の人気者となった女優がタルラー・バンクヘッドでした。

バンクヘッドは1920年代の一時期イギリスへと渡っています。舞台女優としての下積みの時期で中でもブレイクのきっかけとなったのが1926年の『彼らは欲しいものを知っていた (They Knew What They Wanted)』でした。

この作品で競演した役者3名(バンクヘッド/サム・リヴシー/グレン・アンダース)の寄せ書きがこちら。雑誌の写真を円く切り取り、黒い台紙に貼ったものをさらに画用紙にマウントしてあります。

Tallulah Bankhead
1931年のプレコード映画作品『私の罪 (My Sin)』(上)とヒッチコックの『救命艇』(下)

[IMDB]
タルラー・バンクヘッド Tallulah Bankhead (1902 – 1968) 米
グレン・アンダース Glenn Anders (1889 – 1981) 米
サム・リヴシー Sam Livesey (1873 – 1936) 英

フェボ・マリ Febo Mari (1881 – 1939) 伊

フェボ・マリの監督した『灰(セネーレ)』は評価に揺れのある作品です。主演でもある名舞台女優、エレオノーラ・ドゥーゼ自身があまり気に入っていなかったためでもあります。

『灰』はサルデーニャ島民たちの喜怒哀楽から紡ぎだされるメロドラマを中心に据えたもので、ドゥーゼだけに焦点を当てたものではありませんでした。

それでもサドゥールが書いたように「ドゥーゼが片手を挙げるだけで見ている者の心はざわめきを覚える」のであり、地中海の眩い光、風と土ぼこりの合間に浮き上がる彼女の姿が記録されただけでも感謝したくなってきます。

Febo Mari 1926 Autographed Postcard

ソアヴァ・ガローネ Soava Gallone(1880 – 1957)

ブレシア(Brescia)在住のエドヴィーゲ・トニさん旧蔵コレクションより。

2枚の絵葉書はいずれも夫カルミネ・ガローネが監督した『愛国の騎士』(La Cavalcata Ardente)』より。一枚は単独のポートレートで右下にサインがほどこされています。

もう一枚は尼姿で、裏面に「エドヴィーゲ・トニさんへ、親愛をこめて(A Edvige Tonni, con simpatia)。1926年の3月18日」の一文が付されています。

Soava Gallone 1926 Postcard Inscribed to Edvige Tonni

[IMDb]
nm0303122

[出身]
イタリア

[誕生日]
5月30日

[入手]
2015年4月30日

ジャン・アンジェロ Jean Angelo (1888 – 1933) 仏

1921年の秀作『女郎蜘蛛』(ジャック・フェデー監督)を皮切りに、20年代のフランスを代表する男優となったのがジャン・アンジェロでした。

がっしりした体格、キリッとした目鼻立ち、オス的な雰囲気… 当時の他の国ではあまり見かけない体育会系タイプの役者さんです。『女郎蜘蛛』の後も歴史物の大作(『スルクーフ』『ロベール・マケールの冒険』『岩窟王』)に主演、仏サイレント映画の展開に大きな功績を残しています。

こちらは1926年にジュヌヴィエーヴ・リゴー嬢宛にサインされた絵葉書です。

[IMDB]
nm0029671

[出身]
フランス

[誕生日]
5月17日

[コンディション]
B