1928 -『續水戸黄門』(池田富保)10枚綴り絵葉書セット

「池田富保 関連コレクション [Ikeda Tomiyasu Related Items]」 より

袋01
昭和3年(1928年)に公開された日活オールスター作時代劇の販促品。

フィルムは一部現存していてDVD版も市販されています。二回見ていて、最初に見た時はよく分からなかったが正直な感想でした。面白い・面白くない、出来が良い・悪い以前の問題で、何をポイントに見ていいのか掴めないまま終わってしまった感じでした。

戦後TVドラマ版であれば水戸の御老公、助さん格さん等お馴染みのキャラを中心に勧善懲悪の予定調和を楽しむパターンが出来ています。同じ感覚で昭和3年版を見てしまうと外すのかなと思います。

絵葉書は10枚綴り。黄門一行(山本嘉一、河部五郎、尾上多見太郎)を中心としつつ他の役者も大きく扱われています。楠公の場面では久米譲と三枡豊が登場、海賊姿で啖呵を切る傅次郎の隣に梅村蓉子さんの姿があります。チンピラに絡まれているのは伏見直江さんで、酒井米子さんも町娘役で登場。黄門一行に難癖をつけてくる山賊には新妻四郎が扮しています。

当時の観衆もお気に入りの俳優の登場場面を心待ちにしていて一挙一動に盛り上がっていたのだと思います。その意味で典型的な日活オールスター時代劇。今の時点で完全版を見たら最初から最後まで楽しめる自信はあるのですが、この監督ならもっと高いレベルの映画を作る力があったのに、の複雑な思いも混じっています。

] 映画の郷 [ 電子工作部:PythonとOpenCVでスキャン画像の修復プログラムを作る

昨年10月に自作スキャナーを完成させこれまでに数十本のフィルムをデジタル化したのですが、気になったのがフィルム上の傷や埃がノイズとして入りこんでしまう点でした。

年末の休みを利用し、スキャンした画像の連続自動修復を行うプログラムを書いてみました。作業は基本パソコン上で行いプログラミング言語としてpythonを使用。画像処理ライブラリOpenCVで動かしていきます。

時系列を追った試行錯誤は別枠で詳述。本稿では現時点までの成果をご紹介していきます。

修復対象は1928年公開のジャン・ルノワール作品『城下町の決闘』。スキャンをしてみたところ、以前の映写に由来する深い傷が目立ちました。旧所有者があまり良くない映写機を使っていたと思われ、フィルムの各コマのほぼ同じ位置に大きな傷が入っています。

参考画像01

その他にも埃や繊維と思われるゴミの影が黒く映りこんでいます。それでも画像一枚ならフォトショップで何とかなるのですが、総コマ数が数千~数万となる映画フィルム修復ではあまり現実的とは言えません。或る程度のコマ数を一括処理できるプログラムを書く方が早そうです。

試行錯誤の末、以下の4ステップで修復を行う流れを考えてみました。

【ステップ1:深い傷の一括修復】複数枚の画像に繰り返し現れる傷にOpenCVの「インペイント」で一括修正をかける。

『城下町の決闘』から連続する画像10枚を選んでみました。

参考画像02参考画像03(オリジナル)
まずは各コマの右側に多く見られる斜めの傷に修正をかけていきます。黒地に手描きの白で傷を示したマスク画像を一枚用意します。
参考画像04(マスク画像01)
OpenCVの「INPAINT_TELEA」関数を使い、ファイル名の連番で自動修復を行う設定をかけながらマスク画像の白い部分を画像の周辺データから修復していきます。
参考画像05参考画像06(第一段階完了時)
白いパッチ部分をもう少し広めに取れば良かったですね。

【ステップ2:ノイズの一括除去】続いて、スキャン画像に個別で現れてくる黒い点状のノイズ(埃やゴミ)を認識させ一括で除去していきます。ステップ1同様にマスク画像と「INPAINT_TELEA」関数を使用していくのですが、先のステップではマスク画像が手描きだったのに対し、今回は画面上の一定の黒さ以上の部分を色抽出プログラムで抜き出し、各コマごとにマスク画像を自動生成、自動修復していきます。
参考画像07(マスク画像2)参考画像08参考画像09(第二段階終了時)
画面のあちこちに発生していたノイズの点々をある程度除去できました。

【ステップ3:薄い傷の個別修復】ステップ1では大きな傷、ステップ2で細かなゴミの影を除去した後、今度はコマ個別に発生している薄く細い縦線(映写機由来の傷)を消していきます。OpenCVの線描画機能(Line関数)を使用し、画面上の細かな傷をなぞった跡をマスク画像として保存、三度「INPAINT_TELEA」関数でノイズ除去を行います。細かな傷が対象ですので描線はステップ1より一段階細くしています。
参考画像10(マスク画像3)参考画像11(第三段階終了)

【ステップ4:最終調整】メイン作業はここまでで終了。最後は明度や輝度など微修正を施していきます。OpenCVでガンマ輝度を0.9に下げ、完成画像をオリジナルと比べてみます。
参考画像11(オリジナルと完成画像比較)
課題は山積みで精度もまだ上げられそう。でも今のプログラミング能力だと1週間で組めるのはこの辺まででした。

compared

もう一枚もこの程度まで回復。「綺乃九五式スキャナー」と同様、次段階ではユーザーインターフェイスを自作しモニター画面を見ながらボタンでステップ1~4の作業を行えるようしていきます。

1928 – 9.5mm 『城下町の決闘』(ジャン・ルノワール監督)

「9.5ミリ 劇映画」より

1928 -『城下町の決闘』00
画家オーギュスト・ルノワールの長男、ジャンはフランス映画史上最も重要な監督の一人として知られています。しかしその初期作『城下町の決闘』(1928年)は長らく幻の作品とされてきました。35ミリ、16ミリのオリジナルネガが見つかっておらず完全版が残っていないのです。30年代末に英パテスコープ社が編集した9.5ミリ短縮版が唯一の現存版とされています。

時は16世紀、 カトリーヌ・ド・メディシス(ブランシュ・ベルニ)が権力を握っていたフランスで、剣術の達人である大公フランソワ・ド・ベイン(アルド・ナディ)が宮廷の美女イザベル(ジャッキー・モニエ)に懸想し、カトリーヌの許可を受けイザベルを己の妻にしようとします。イザベルの兄が異議を唱えるのですが、フランソワは決闘の末彼を殺し邪魔者を片付けるのでした。イザベルと相思相愛の仲だったアンリ・ド・ロジエは結納の場に乗りこみイザベルの強奪を試みるも失敗、事件の経緯はカトリーヌ・ド・メディシスの耳に入り、フランソワとアンリの馬上槍試合で決着をつけることになります…

『城下町の決闘』は監督自身の発案で製作されたものではなく映画会社から委託された仕事でした。そのためルノワール監督の本領が発揮されていない、のネガティヴな評価を受けやすい一作です。

軽めの恋愛や派手な剣術を前面に出して大衆受けを狙う辺り確かにルノワールらしくない内容と言えます。とはいえ、よく見てみるとメディシス役のブランシュ・ベルニやフランソワの母親役のシュザンヌ・デプレのベテラン勢も存在感を放っています。『城下町の決闘』は若手(ナディ、モニエ)を中心に繰り広げられるロマンスやアクションを前面に出しつつ、他方でドロドロした政治・宗教の側面(ベルニ)や悩める母の物語(デプレ)を読みこんでいける重層構造になっているのです。正直、真の主演はベルニ、デプレだと言って良いくらいです。

ルノワールは決して大衆芸術としての映画を低く見ていた訳ではありませんし、エンタメ路線と監督のこだわりをきっちり両立させた点で『城下町の決闘』は優れていると言えます。またそう考えるとルノワール監督作で9.5ミリソフト化されたのが本作だけなのもしっくりきますよね。

二年前にこのフィルムを映写機で観た時、右側に白い点々のノイズが入っているのは気がついていました。今回スキャンしてみて予想以上に深い傷があちこちにあると判明。傷そのものよりも、映写機では気づけなかった自分に軽い衝撃を受けています。

sample

[タイトル]
The Tournament

[原題]
Le Tournoi dans la cité

[製作年]
1928年

[IMDB]
tt0019486

[メーカー]
英パテスコープ社

[フォーマット]
9.5mm

ブロニスラヴァ・リヴィア Bronislava Livia (1901 – ?) ルーマニア/チェコ/日本

「オランダ~東欧~バルト三国 [Netherlands, Eastern Europe & Baltic States]」より

Bronislava Livia 1928 Autographed card
Bronislava Livia 1928 Autographed card

ルーマニアの家系に生れ早くから芸能の道を志し1920年にプラハに移り、映画会社主催のミスコンで優勝したことからキャリアが開けました。

スロヴァキア初の長編歴史大作『義賊ヤーノシーク』(1921年)で脇役として登場、その後もチェコ映画を作り上げた初期監督(スヴァトプルク・インネマン、カレル・ラマーチ、グスタフ・マハティ)らに寵愛されていました。

Bronislava Livia in Lásky Kačenky Strnadové
『カチェンカ・ストルナドワ恋愛放浪記(Lásky Kacenky Strnadové、1926年)』より
Bronislava Livia in Batalion
『バタリオン(Batalion、1927年)』より
『カチェンカ・ストルナドワ恋愛放浪記(Lásky Kacenky Strnadové)』では小間使いに振り廻される映画女優役、鬱蒼としたプロレタリア作品『バタリオン(Batalion)』では青年将校との不義を見咎められる不実な妻として登場。黒髪で艶のある雰囲気で個性的な脇役として重宝されていたようです。

彼女の経歴で興味深いのが「1901年長崎生まれ」。明治の終わりがけ、どのような経緯があってやってきたのか不明ながら親近感が湧いてきますね。

[IMDb]
Bronislava Livia

[Movie Walker]

[出身地]
日本(長崎)

[誕生日]
11月18日

[データ]
手製カード。「1928年12月18日プラハにて」(「Praha 18/12 ’28」)

[サイズ]
9.0 × 14.0 cm

1928 – 9.5mm 阪東妻三郎主演 『坂本龍馬』(枝正義郎監督、阪妻プロ)

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『雄呂血』『影法師』と並ぶ阪妻初期代表作の9.5ミリ縮約版。200mリール二巻仕立て。戦前~戦中期に信濃毎日新聞社のフィルムライブラリーが旧蔵していた品でリール側面に「貸出部」の印がありました。
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前半に当たる第一リールでは薩長同盟結成から後藤象二郎らを巻きこんで大政奉還に挑むまでの流れが描かれています。前半ハイライトは新撰組による寺田屋襲撃での立ち回り。足元をとられながらも屋根伝いに逃れ、お龍らが準備していた船に乗りこんで何とか一命をとりとめます。

第二リールとなり、大政奉還を促すため二条城に赴いた象二郎の帰りが遅くなり海援隊内部に動揺が走ります。「この上は二条城に乗りこみ、慶喜討つべし」と隊員が声をあげても沈黙を貫く龍馬。業を煮やした仲間が一人、また一人と去っていく中、龍馬がまさに決断を下さんとしたその時、象二郎が吉報を持ち帰るのです。

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第二リール後半は近江屋での龍馬暗殺を描いていきます。本作は京都見廻組による犯行説を採っており展開としては王道。ただ見廻組=実行犯説が定説化してきたのが大正期になってからですので、公開時にはまだ目新しい解釈だったのかなと思われます。

見廻組の佐々木只三郎(春日清)が名を偽って龍馬らに取次ぎを依頼、只三郎は返事を持ってきた下僕の藤吉(浪野光雄)を切って捨てると仲間を誘導し、龍馬と中岡慎太郎(春路謙作)を襲撃します。不意を突かれた龍馬は剣を抜く暇も与えられず、眉間に致命傷を負い、「身は死しても魂は…永久…皇国の…大海原を守護し奉る」と中岡に言い残して力尽きるのでした。

◇◇◇

9.5mm版の『坂本龍馬』はチャンバラと呼べる場面は前半の寺田屋しか見当たらず、それも決して派手な立ち回りではありませんでした。龍馬を剣豪、あるいはアクションヒーローとして扱おうとする意図はなかったと思われます。

また全長版でクレジットされている西郷隆盛や勝海舟は数秒のみ登場、女優陣(森静子、西條香代子、泉春子)の出演場面もカットされています。経済思想家、あるいは私人龍馬の姿はここにはありません。

30分弱に切り詰められたダイジェスト版で強調されていたのは、国の行く末を案じ、天皇主体の新たな日本を作るため組織間の調整に身を削り、夢半ばで倒れていく憂国の士、龍馬でした。

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端々のセリフ(「それは皇国に殉する言葉ではなくて」「将軍家に一矢を報ひ皇国の爲に気を吐きませうぞ」)から伺えるように元々の脚本にそういった側面は含まれていたようです。その意味では戦後に流布した無頼派で、海外の諸事情に明るく、超派閥的に時代を動かしていく自由人の龍馬像とは根本的に違った設定です。9.5mm版編集は1930年代に行われたため、時代の要請として皇国史観や滅私奉公の要素が強調された可能性は高いと思われます。

[原題]
坂本龍馬

[製作年]
1928年

[JMDb]
坂本龍馬

[IMDb]
Sakamoto Ryôma

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ無) 200m *2リール

1928 – 9.5mm『輝く昭和聖代御大禮の盛儀』(伴野版)

「9.5ミリ動画 05c 伴野商店」より

昭和3年(1928年)11月に執り行われた昭和天皇即位大礼を収めた記録映画9.5mm版。今回入手したのは伴野版の二巻物(27番)ですが、同社が子供向けに発売していた「キードプレイ」9.5ミリシリーズのK5番として一巻物でも市販されていました。16ミリ版は横浜シネマ商会の「さくらグラフ」が200フィート六巻物を発売。国立映画アーカイブと山形県立博物館が35ミリ版を所有しています。

前編「東京御發輦ヨリ京都御着輦マデ」


まずは冒頭で大礼に使用される調度品が紹介されていきます。文官と武官用の纓(えい)二種(垂纓と巻纓)、小直衣(このうし)、萬歳旗など普段お目にかかる機会のない装束類が披露されていきます。

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11月6日京都に向け出発。神鏡を収めた御羽車、昭和天皇が乗車した6頭立ての馬車(「鳳輦」)、皇后の乗る4頭立ての馬車、皇族の乗る2頭立ての馬車…と続いていきます。

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東京駅を発つ御召列車が映し出されるとすぐに名古屋へ風景が切り変わります。名古屋離宮(名古屋城)で一泊されたようで城と名古屋駅(「日本ラインの秋色」)の姿を見ることができます。翌7日に京都着。京都駅前広場から御所へと向かう長い行列と、それを歓迎する観衆の映像で一巻目が終了。

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後編「大禮ノ都京洛ト伊勢大廟幷ニ御陵御參拝」

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11月19日に執り行われた大饗の儀が紹介され、「五節舞」が披露されました。この舞の場面は比較的長く収録されています。

その後伊勢神宮に行幸、さらに奈良の神武天皇陵、京都で孝明天皇陵、仁孝天皇陵、明治天皇陵への親謁の儀を進めていきます。11月25日に京都伏見桃山の明治天皇陵を訪れた天皇・皇后両陛下の姿で映像は幕を閉じました。翌日東京に戻り一連の儀式が終了します。

淡々と進んでいく行列と迎える民衆の熱気のコントラスト、大礼の全体像がスッと入ってくる要を得た編集で、単体のドキュメンタリー映画として見ても完成度は高いと思いました。

南部 章三/彰三 (1898 – 没年不詳)

「日本 [Japan]」より

Nanbu Shozo 1928 Autographed Postcard
Nanbu Shozo 1928 Autographed Postcard

本名は鴛海正次。日大文學部の出身。流石に文章にかけてはお手のものだけに時々映画雜誌等に稿を寄せて文藝好きなフアンを騒がせている。彼は俳優らしくないそして、最も話せるひととして有名である。己の天分や技藝等を度外視して殊更らに俳優らしさを誇張したがる者の多い現代に、君の如き優しくそして偉大な存在は實に喜ぶべきである。

『玉麗佳集』(1928年2月、中央書院)

本名鴛海正次。明治卅二年、大分縣に生る。日本大學豫科修了後美學部に入り轉じて日本俳優學校に入學し、大正十五年一月、日活現代劇部に入社す。その間シベリヤ出兵の際從軍して勲八等をうく。二枚目を得意とする。主な近作は「見果てぬ夢」「五人の愉快な相棒」身長五尺五寸、體重十五貫三百目。趣味は映畫。

『芝居と映画 名流花形大寫眞帖』
(1931年1月、冨士新年號附録)

[JMDb]
南部彰三

[IMDb]
Shôzô Nanbu

[出身地]
大分県

[誕生日]
6月26日

[データ]
8.5 × 13.5cm