エセル・クレイトン Ethel Clayton (1882 -1966) 米写真家ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション(3)

「ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション」「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

Ethel Clayton c1920 Inscribed Photo
Ethel Clayton c1920 Inscribed Photo

パ社の人気花形はイリノワ州の町シャンペーンで生まれ、シカゴの聖エリザベス修道院で教育を受けた。演劇世界への第一歩は舞台での演技がきっかけで、すぐにエドウィン・スティーヴンスと『悪魔』で共演することとなった。映畫界の参入は古参ルービン社である。『兵士の愛人』『マギー・ペッパー』『男と女と金』『女の武器』、ルパート・ヒューズ氏の優れた原作を映画化した『虚栄より醒めて』、『恋する女』等のフェイマス・プレイヤー社作品で大成功を収めた。身長は五尺五寸、體重は十五貫七百匁。赤みがかった金髪で灰色の瞳を有し、戸外での運動を殊に好んでいる。

This popular Paramount star was born in Champaign, Ill., and educated in St. Elizabeth’s Convent, Chicago. Her initial venture in the theatrical world was as a featured player in stock after which she was prominently cast with Edwin Stevens in « The Devil. » She began her screen career with the old Lubin company. She has achieved her greatest success upon the screen with the Famous Players company in « Pettigrew’s Girl, » « Maggie Pepper, » « Men, Women and Money, » « More Deadly than the Male » the film version of Lupert Hughes’ splendid story « The Thirteenth Commandment, » and « A Lady in Love. » Miss Clayton is five feet five inches in height and weighs a hundred and thirty pounds. She has red gold hair and gray eyes and is very fond of all outdoor sports.

Who’s Who on the Screen (New York: Ross Publishing Co., 1920.)

Ethel Clayton In lightnin'
『雷光』1925年より

米サイレント映画の終焉期(ジョン・フォード監督の『雷光』1925年やヴェラ・レイノルズ主演の『リスキー・ビジネス』1926年)に雰囲気のある母親役で登場していたのがエセル・クレイトンでした。立ち位置としてはローズマリー・セビーと重なる感じでしょうか、1910年代短編で娘役を演じていた点も共通しています。

エセル・クレイトンは当時勢いのあったルービン社(Lubin Manufacturing Compan)の花形女優でした。主演作は幾つか日本でも公開されており愛好家には知られていたようです。初期作品では1913年の『大地が揺れるとき』(When the Earth Trembled)が現存。1906年のサンフランシスコ大地震(M7.8)が物語に絡んでおり、ニュースリール映像も含まれていました。

カーボンフレームも含めると30×40センチを越える大きな写真。被写体深度を浅目にとっており、顔の肌ではなく手前のまつ毛先端辺りにピントが来ていて淡く甘い感じの仕上りとなった一枚です。

[IMDB]
Ethel Clayton

[Movie Walker]
エセル・クレイトン

[出身地]
合衆国(イリノワ州シャンペーン)

[誕生日]
11月8日

[撮影]
ドナルド・キース(Donald Biddle Keyes)

[サイズ]
33.2 × 40.5 cm(カーボン製フレーム含)

1917-22 忘れじの独り花(31)ヴィオレッタ・ナピエルスカ Violetta Napierska (生没年不詳)

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

VIoletta Napierska 1921 Autographed Postcard
VIoletta Napierska 1921 Autographed Postcard

フェルン・アンドラに通じる硬質で神経質な雰囲気を漂わせていたのがこちらのヴィオレッタ・ナピエルスカでした。主にリヒャルト・アイヒベルク監督作品に出演し、同監督夫人でもあるリー・パリーの脇に回る形で活動を続けていました。

ある時期のアイヒベルク監督作品には、後にドラキュラ伯爵役で名を上げるベラ・ルゴシも参加しています。リー・パリー主演、ルゴシ&ナピエルスカス助演作『夜の娘』(Der Fluch der Menschheit、1921年)が短縮版で現存しています。

VIoletta Napierska in Der Fluch der Menschheit (1921)
『夜の娘』(Der Fluch der Menschheit、1921年)より

[IMDB]
Violetta Napierska

[Movie Walker]
ヴァイオレッタ・ナピエルスカ

[誕生日]
不明

[出身]
不明

[サイズ]
9.0 × 14.0cm

[データ]
Verl. Herm. Leiser, Berlin Wilm. 7223. Phot. H.W. Mager, Berlin.
「1921年12月 ミュンヘンにて」

南 光明(1895 – 1960)

「日本 [Japan]」より

Minami Koumei Autographed Postcard
Minami Koumei Autographed Postcard

本名鈴木光、明治三十年、東京市に生る。築地文海學校、立教中學。大原簿記商業科等に學び、大正九年松竹キネマ研究所に入り、蒲田スタヂオへ入社。マキノ入社は昭和三年五月。主な近作は「情恨」「次郎長旅日記」嵌り役は浪人者。身長五尺七寸體重十八貫五百目。趣味は旅行、野球、讀書等。

『芝居と映画 名流花形大寫眞帖』
(1931年1月、冨士新年號附録)

以前に昭和15年(1940年)の残暑見舞いをご紹介済。

[JMDb]
南光明

[IMDb]
Kômei Minami

[出身地]
日本(東京市京橋区築地)

[誕生日]
6月30日

[データ]
8.5 × 13.5cm

市川 市丸(1906 – 没年不詳)&大河内 伝次郎(1898 – 1962)

「日本 [Japan]」より

Ichikawa Ichimaru & Okochi Denjiro Mid 1920s Autographed Postcard
Ichikawa Ichimaru & Okochi Denjiro Mid 1920s Autographed Postcard

明治三十九年十月名古屋市に生る、野球と散歩がすキで蜘蛛と酒が嫌ひといふ變りもの。大正十年日活關西スタヂオへ入社し『憂国の少年』『姫小姓彌源太』『永樂德太郎』『水戸黄門』等に主演しフアンの好評を博し一躍スターとなる。最近退社して二三のものと日本プロダクシヨンを創設して牛耳を執り映畫の製作に從事してゐたが事志と違ひ遂に解散の憂き目を見たが近く擡頭するであらう。本名を森一太郎といふ。

「市川市丸」『玉麗佳集』(1928年2月、中央書院)

1926年(大正15年)8月に発売された『キネマ』誌の第4回人気投票得点表で13位(男優では7位)にランクインしていたのが市川市丸でした。松之助が亡くなる(9月)直前辺りの人気勢力図は変化が見られ、森野五郎、高木新平や市川百々之助など若手が続々台頭する中で注目を浴びた一人でした。大河内傅次郎とは『修羅王』(池田富保)と『忠次旅日記 甲州殺陣篇』(伊藤大輔)の二作で共演しています。

[JMDb]
市川市丸

[IMDb]
Ichimaru Ichikawa

[出身地]
日本(愛知県 名古屋市)

[誕生日]
10月27日

[データ]
8.5 × 13.5cm

ライラ・リー Lila Lee (1905 -1973) 米写真家ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション(1)

「ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション」
「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

Lila Lee c1920 Inscribed Photo
Lila Lee c1922 Inscribed Photo

ライラ・リー嬢はニューヨーク市で生れ、家庭教師の教育を受けた。幼くしてヴォードヴィルで活動を開始、指導はガス・エドワーズ氏によるもので、嬢の「発見」は同氏の功績が大なりと言わねばならない。氏の手による名曲『ジミー・ヴァレンタイン』の初披露時に歌っていたのがリー嬢で、また同氏の手掛けた「少女歌劇物」にも数多く出演。舞台の愛好家たちは愛情をこめて「抱っこちゃん(Cuddles)」と呼んでいる。映画界での第一歩はフェイマス・プレイヤー社の『見せかけの船路』で以後『可愛い海賊』『男性と女性』『狼の娘』『米国市民ホーソン君の冒険』と出演を重ねていく。身長は五尺三寸、體重は十三貫三百匁、黒目黒髪。

Lila Lee was born in New York City and was educated by private tutors. She started her stage career in vaudeville at an early age, under the guidance of Gus Edwards, to whom must be given the credit for « discovering » her. She was the original « Look Out for Jimmy Valentine » girl introducing that song for Mr. Edwards, and has appeared in many of his « kid » revues. She is fondly known to all theatre-goers as « Cuddles. » She started her screen career with Famous Players, making her first appearance in « The Cruise of the Make-Believe », followed by « Such a Little Pirate, » « Male and Female, » « A Doughter of Wolf, » and « Hawthornes of the U.S.A. » She is five feet three inches tall, weighs a hundred and ten pounds, and has black hair and black eyes.

Who’s Who on the Screen (New York: Ross Publishing Co., 1920.)

ドナルド・キース(Donald Biddle Keyes)氏は1920年初頭~1954年にかけロスアンゼルス拠点で活動していた写真家です。ラスキー・フェイマス・プレーヤー社~パラマウント社でスチル写真の撮影に携わり、ウォーレス・リードやルドルフ・ヴァレンティノ、グロリア・スワンソン等当時の花形俳優のポートレート写真を多く残しました。

その後1930年代には自身の写真スタジオを立ち上げゴールドウィン映画社やユナイテッド・アーティスト社でスチル撮影を続け、1954年の引退まで業界で高い評価を維持し続けました。

今回ご紹介するのは、キャリア初期に自身の撮影した写真にメッセージとサインを入れてもらったキース氏の個人旧蔵品です。第一弾は1920年代フェイマス・プレーヤー社の花形で、トーキー移行後も活躍を続けた実力派女優ライラ・リー。ヴァレンティノ主演作『血と砂』(1922年)でヒロインを務めた際の一枚で、当時の映画雑誌グラビアにも使用されていました。

Lila Lee in Blood and Sand
『血と砂』(1922年)より

[IMDb]
Lila Lee

[Movie Walker]
ライラ・リー

[出身地]
合衆国(ニュージャージー州ユニオン・ヒル)

[誕生日]
7月25日

[撮影]
ドナルド・ビドル・キース [Donald Biddle Keyes]

[サイズ]
17.8 × 24.1 cm (カーボン製フレーム除く)

ワンダ・ホウリー Wanda Hawley (1893 -1963) 米写真家ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション(2)

「ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション」
「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

Wanda Hawley 1922 Inscribed Photo
Wanda Hawley 1922 Inscribed Photo

ワンダ・ホウリー嬢はペンシルヴァニア州スクラントンで生を受け、幼少時に家族と共にワシントン州シアトルに居を移し同地で教育を受けた。銀幕デビュー時はフォックス映画社に在席、同社で8か月務めた後ラスキー撮影所に合流、フェアバンクス氏の『ドグラスの跳ね廻り』に女主人公として登場した。またウィリアム・S・ハート、チャールズ・レイ、ブライアント・ウォッシュバーン、ウォーレス・リード諸氏とも共演。特筆すべき役柄としては『エヴリーウーマン』で「美」を象徴的に演じた「美子(Beauty)」がある。今はリアルアート映画社に籍を置き、軽めの恋愛劇シリーズに主演中で第一弾は『ホッブス嬢』。身長は五尺三寸。体重は十三貫三百匁。金髪に灰色がかった青の瞳を有し運動も得意としている。

Wanda Hawley was born in Scranton, Pa., but together with her family moved to Seattle, Washington, when she was a child. She received her education in Seattle. Wanda Hawley made her screen debut with the William Fox Company and after playing with them for eight months joined Lasky studio forces and appeared as leading lady for Douglas Fairbanks, in « Mr. Fix-it. » She has also appeared opposite William S. Hart, Charlie Ray, Bryant Washburn, Wallie Reid and others. One of her most notable screen characterizations was the symbolic role of « Beauty » in « Everywoman. » She is now being starred in Realart Features in a series of light romances, the first of which is « Miss Hobbs. » She is five feet three inches high, weighs a hundred and ten pounds, and has blond hair and greyish blue eyes. She is an able sportswoman.

Who’s Who on the Screen (New York: Ross Publishing Co., 1920.)

フェアバンクス作品のヒロイン(『ドグラスの跳ね廻り』)、デミル作品(『男性と女性』『連理の枝』)、ヴァレンティノとの共演(『ヤング・ラジャー』)まで1920年前後のハリウッドでシンデレラストーリーを歩んでいった女優さん。「オックスナードの思い出に(Memories of Oxnard)」の一文が付されており、ロケ地にオックスナード砂丘が選ばれた『燃ゆる砂(Burnig Sands)』撮影時の一枚と思われます。

Wanda Hawley in the Affairs of Anatol
『アナトール』(1921年)より
Wanda Hawley in the Young Rajah
『ヤング・ラジャー』(1922年)より

[IMDb]
Wanda Hawley

[Movie Walker]
ワンダ・ホウリー

[出身地]
合衆国(ペンシルヴァニア州スクラントン)

[誕生日]
6月30日

1928 – 9.5mm『輝く昭和聖代御大禮の盛儀』(伴野版)

「9.5ミリ動画 05c 伴野商店」より

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昭和3年(1928年)11月に執り行われた昭和天皇即位大礼を収めた記録映画9.5mm版。今回入手したのは伴野版の二巻物(27番)ですが、同社が子供向けに発売していた「キードプレイ」9.5ミリシリーズのK5番として一巻物でも市販されていました。16ミリ版は横浜シネマ商会の「さくらグラフ」が200フィート六巻物を発売。国立映画アーカイブと山形県立博物館が35ミリ版を所有しています。

前編「東京御發輦ヨリ京都御着輦マデ」


まずは冒頭で大礼に使用される調度品が紹介されていきます。文官と武官用の纓(えい)二種(垂纓と巻纓)、小直衣(このうし)、萬歳旗など普段お目にかかる機会のない装束類が披露されていきます。

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11月6日京都に向け出発。神鏡を収めた御羽車、昭和天皇が乗車した6頭立ての馬車(「鳳輦」)、皇后の乗る4頭立ての馬車、皇族の乗る2頭立ての馬車…と続いていきます。

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東京駅を発つ御召列車が映し出されるとすぐに名古屋へ風景が切り変わります。名古屋離宮(名古屋城)で一泊されたようで城と名古屋駅(「日本ラインの秋色」)の姿を見ることができます。翌7日に京都着。京都駅前広場から御所へと向かう長い行列と、それを歓迎する観衆の映像で一巻目が終了。

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後編「大禮ノ都京洛ト伊勢大廟幷ニ御陵御參拝」

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11月19日に執り行われた大饗の儀が紹介され、「五節舞」が披露されました。この舞の場面は比較的長く収録されています。

その後伊勢神宮に行幸、さらに奈良の神武天皇陵、京都で孝明天皇陵、仁孝天皇陵、明治天皇陵への親謁の儀を進めていきます。11月25日に京都伏見桃山の明治天皇陵を訪れた天皇・皇后両陛下の姿で映像は幕を閉じました。翌日東京に戻り一連の儀式が終了します。

淡々と進んでいく行列と迎える民衆の熱気のコントラスト、大礼の全体像がスッと入ってくる要を得た編集で、単体のドキュメンタリー映画として見ても完成度は高いと思いました。