1930年代前半 豆ブロマイド

手持ちの豆ブロより1932~34年と思われるものを一部スキャンしました。紙質はあまり良くはなく裁断のずれている個所も目立ちます。名の知れた男女優さんばかりですがそれでも数名特定できていません。活動期間の短かった大都・琴路美津子さんのブロマイドも一枚含まれています。

1934 -『處女作・出世作・代表作 映画花形大寫眞帖』 冨士新年號附録

『處女作・出世作・代表作 映画花形大寫眞帖』 表紙January 1934 Fuji Magazine Additional Issue
« Movie Stars : Film Debut and Breakthrough Performance »

1930年代前半に活躍した俳優の名鑑で1~2頁を使ってキャリア節目の作品を紹介していきます。要領を得た記事に「観たい!」が一度ならずありました。リアルタイムの評価も分かる内容で重宝しそうです。

[発行年]
昭和9年1月

[発行者]
大日本雄弁会講談社

[フォーマット]
128頁 26.2cm×18.9cm

[定価]
本誌と共に六十銭

[内容]

表紙:市川春代
口絵:入江たか子/飯塚敏子/伏見信子/夏川靜江

逢初夢子 『蝕める春』『昨日の女今日の女』『戀の勝敗』
青木富夫 『突貫小僧』『奢って頂戴』『二つ燈籠』
阿部正三郎磯野秋雄三井秀男『令嬢と輿太者』『戦争と輿太者』『輿太者と藝者』
嵐寛壽郎 『大忠臣蔵』『右門捕物帖』『磧の霧』『剣鬼三人旅』
淡路千夜子 『銭形平次捕物控』『涙の世渡り』『磧の霧』
飯田蝶子 『おかめ』『戀のままごと』『嵐の中の處女』
飯塚敏子 『淑女と髭』『白鷺往來』『二つ燈籠』『鯉名の銀平』
五十鈴圭子 『寛永豪傑總進軍』『戀慕吹雪』『半次月夜の唄』
市川右太衛門 『鳴門秘帖』『一殺多生剣』『天一坊と伊賀亮』『敵への道』
市川春代 『浅草悲歌』『受難華』『戯れに戀はすまじ』
入江たか子 『けちんぼ長者』『元祿十三年』『白蓮』『瀧の白糸』
歌川絹江 『一粒の麥』『團十郎の安』『敵への道』
江川宇禮雄 『七つの海』『暴風帯』『嬉しい頃』
及川道子 『不壊の白珠』『戀愛第一課』『頬を寄すれば』
大河内傳次郎 『續水戸黄門』『新版大岡政談』『月形半平太』
岡譲二 『上陸第一歩』『応援團長の戀』『いろはにほへど』『東京音頭』
岡田時彦 『紙人形春の囁き』『美人哀愁』『瀧の白糸』
岡田嘉子 『大地は微笑む』『日輪』『忠臣蔵』『泣き濡れた春の女よ』
尾上菊太郎 『踊子行状記』『流轉の雁』『左門戀日記』
大日向傳 『戀の長銃』『椿姫』『出來ごころ』
海江田譲二 『沓掛時次郎』『新藏兄弟』『關の佐太郎』
片岡千恵蔵 『萬華地獄』『源氏小僧』『逃げ行く小傳次』『元禄十三年』
桂珠子 『曙の歌』『ふらんす人形』『霧の夜の舗道』
川崎弘子 『女性の力』『壊けゆく珠』『不如帰』『嬉しい頃』
河津清三郎 『首の座』『益満休之助』『十二階下の少年達』
栗島すみ子 『虞美人草』『水藻の花』『嘆きの孔雀』『真珠夫人』『いろはにほへど』
小杉勇 『この太陽』『生ける人形』『警察官』
琴糸路 『青春散歩』『涙の渡り鳥』『新釋加賀見山』
小林十九二 『俄か馭者』『花嫁の寝言』『想ひ出の唄』
齊藤達雄 『珍客往来』『生れては見たけれど』『夜ごとの夢』
佐久間妙子 『嬢やの散歩街』『もだん聖書』『南地の女』
澤田清 『鬼鹿毛若衆』『龍造寺大助』
澤村國太郎 『影法師』『七人の花嫁』『平十郎小判』
杉山昌三九 『砂漠に陽が落ちて』『港の雨』『白浪れんじ格子』
鈴木澄子 『いろは假名四谷怪談』『旋風時代』『鏡山競艶録』
鈴木傳明 『塵境』『陸の王者』『熊の出る開墾地』『東京祭』
鈴村京子 『無憂華』『仇討二番ケ原』『仇討兄弟鑑』
高田浩吉 『街の勇士』『女性の切札』『鼻唄仁義』
高田稔 『快走戀を賭して』『大學は出たけれど』『アメリカ航路』『感激の人生』
高津慶子 『何が彼女をそうさせたか』『刺青奇偶』『彼女のイツト』
竹内良一 『兄さんの馬鹿』『天國に結ぶ戀』『琵琶歌』
伊達里子 『マダムと女房』『陽気な嬢さん』『三萬兩五十三次』
田中絹代 『戀と捕繩』『海國記』『絹代物語』『花嫁の寝言』
田村道美 『受難華』『彼女の道』『未來花』
千早晶子 『鬼あざみ』『十字路』『泣き濡れた春の女よ』
月田一郎 『街のルンペン』『榮冠涙あり』『結婚快走記』
坪内美子 『涙の渡り鳥』『島の娘』『女人哀樂』
中野英治 『大地は微笑む』『摩天樓』『間寛一』
中野かほる 『丸の内お洒落模様』『愉快な惡漢』『碁盤縞の女』
夏川靜江 『椿姫』『灰燼』『結婚二重奏』『東京祭』
南部章三 『愛の風景』『戀の踊子』『靑春よいずこ』
花井蘭子 『提灯』『新藏兄弟』『靑春よいずこ』
林長二郎 『稚児の剣法』『お嬢吉三』『不如帰』
原駒子 『鳴門秘帖』『嘆きの女間諜』『紅騎隊』
坂東好太郎 『生き残った新撰組』『兄貴』『蝙蝠の安さん』
阪東妻三郎 『鮮血の手形』『雄呂血』『神變麝香猫』『燃える富士』
伏見直江 『坂本龍馬』『一本刀土俵入』『女國定』
伏見信子 『春と娘』『十九の春』『東京音頭』
藤井貢 『白夜は明くる』『戀愛一刀流』『僕の丸髷』
水久保澄子 『蝕める春』『嵐の中の處女』『僕の丸髷』
水原玲子 『女給君代の巻』『モテルの女』『青島から来た女』
森静子 『異人娘と武士』『妻吉物語』『燃える富士』
八雲理惠子 『霧の中の灯』『多情佛心』『昨日の女今日の女』
山縣直代 『光・罪と共に』『ふらんす人形』
山田五十鈴 『孔雀姫』『白夜の饗宴』『月形半平太』
山路ふみ子 『満州娘』『己が罪・環』『港の雨』
羅門光三郎 『薩南大評定』『浪人の群』『紅騎隊』
若水絹子 『黒手組助六』『有憂華』『伊豆の踊子』

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昭和7年(1932年) 川島実市氏の絵葉書帳

1932 Postcard Collection
(formerly owned by Jitsuichi Kawashima,
a Saitama-based household goods dealer)

1932年(昭和7年)、埼玉県羽生市の川島実市氏が作成した絵葉書帳。表紙に「日活・松竹 寫眞」の文字が墨書きされ、裏表紙見返しに同氏が経営していた会社の印(« 萬荒物 »)が押されています。

屋号入会社印
屋号入会社印
(埼玉縣羽生町 川島…[一部不明])

絵葉書は30枚ほど。1920年代後半~30年代初頭に人気のあった男女優が集められています。梅村蓉子と松井千枝子が複数枚見られ、綺麗な和服姿が多いのも特徴だと思います。

c1970 – スーパー8 『松竹8mmライブラリー 日本映画史 前編』(Japanese Cinema History Part I, super8)

c1970 Super8 日本映画史 前編

1960年代末~70年代初頭に発売されたと思われる2巻物。前編は19世紀末の映画前史から終戦後の1949年までを扱っています。

現在でも古典として愛されている作品(『愛染かつら』『悲しき口笛』『晩春』)、無声映画の愛好家にはなじみ深い歴史的作品(『紅葉狩』『路上の霊魂』)を中心に、松竹作品を軸として初期映画の流れを追っていきます。

短い抜粋ながら『ジゴマ』が含まれていたり、『後のカチューシャ』や『虞美人草』(戦闘モブシーンにグリフィスの影響あり)を動画で観れたりと貴重な経験でした。

驚いたのは1913年の 『天馬』。ドイツ映画初の活劇スター、ハリー・ピールの初期作。この時期のハリー・ピール作品が残っているという話をドイツ語圏で聞いた覚えがなく、現地の映画愛好家が聞いたら悶絶しそう。

1887年 『疾走中の馬の連続写真』エドワード・マイブリッジ Sallie Gardner at a Gallop [imdb]

1899年 『紅葉狩』 柴田常吉監督 Momijigari [imdb] [jmdb]

1911年 『ジゴマ』ヴィクトラン・ジャッセ監督 Zigomar [imdb]

1912年 『日本南極探検(南極実景)』 Japanese Expedition to Antarctica [imdb] [jmdb]

1913年 『アントニィとクレオパトラ』エンリコ・ガッツォーニ監督 Marcantonio e Cleopatra [imdb]

日本映画史19 - アントニーとクレオパトラ

1913年 『天馬』 ハリー・ピール監督 Tenma/Pegasus (Unidentified Harry Piel Action Short)

1915年 『後のカチューシャ』 細山喜代松監督 Nochi no Katyusha [imdb] [jmdb]

製作年不明 『自雷也』 尾上松之介主演 Jiraiya (Unidentified Version)

1921年 『路上の霊魂』 村田実監督 Souls on the Road [imdb] [jmdb]

1921年 『虞美人草』 小谷ヘンリー監督 Gubijinsô [imdb] [jmdb]

1923年 『船頭小唄』 池田義信監督 Sendô kouta [imdb] [jmdb]

日本映画史29 - 船頭小唄

1923年 『関東大震災』

1931年 『マダムと女房』 五所平之助監督 Madame and Wife [imdb] [jmdb]

1938年 『愛染かつら』 野村浩将監督 The Tree of Love [imdb] [jmdb]

1939年 『暖流』 吉村公三郎監督 Warm Current [imdb] [jmdb]
1943年 『花咲く港』 木下恵介監督 Port of Flowers [imdb] [jmdb]
1945年 『そよかぜ』 佐々木康監督 Soyokaze [imdb] [jmdb]
1949年 『悲しき口笛』家城巳代治監督 Sad Whistling [imdb] [jmdb]
1949年 『晩春』 小津安二郎監督 Late Spring [imdb] [jmdb]

白黒110メートル(約18分)
光学録音
サングラフ/松竹

1931 – 9.5mm 『ジョッフル元帥葬儀』 (Funérailles du Maréchal Joffre)

1931年初頭に亡くなった仏軍人ジョッフル元帥 [wiki] の国葬の模様を記録した動画。同氏は第一次大戦で指揮を執ったことで知られており、戦後も外交で活躍し1922年には家族と共に来日、「現代の偉将」としてメディアでも大きく取り上げられていました。

国葬は1931年1月7日に執り行われています。ノートルダム寺院を出発した葬列がコンコルド広場経由で移動していきます。

1931 - 9.5mm 『ジョッフル元帥葬儀』 (Funérailles de Maréchal Joffre) 02

今年のGWに国立映画アーカイヴで『明治天皇 御大葬餘影』『藤田男爵 葬式の實况』『小林富次郎葬儀』を見る機会に恵まれました。初期映画における「葬列/葬儀」の役割や意味合いを考えるようになっていて、この動画もそういった流れに含まれていくのだろうと思われます。

1931 - 9.5mm 『ジョッフル元帥葬儀』 (Funérailles du Maréchal Joffre) 03

[タイトル]
Funérailles du Maréchal Joffre

[公開]
1931年

[IMDB]

[メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
3058

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 20m *1リール

1930年代中頃 – 9.5mm 個人撮影動画 『無題』 (石清水八幡宮・鳩・ 中村家住宅・安居橋・木津川・京阪電鉄) 【八幡市-尼野家関連フィルム群 1/3】

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『お寺参り』『時代祭』と同時期に同じカメラで撮影された一本。時折、遠景に小さく人が入りこんでくる他は主に建物や風景を記録しています。

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動画は石清水八幡宮の碑で幕を開けます。境内に鳩が群れていて、飛び立った鳥が軒に移動する様子や接写を交えながら神社の様子を小刻みに記録しています。

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その後八幡宮を離れ、木造りの安居橋付近を撮影。白壁が美しい蔵と、その奥の二階建ての母屋が一瞬映し出されます。2012年に国登録の有形文化財に登録された中村家住宅(旧尼野氏別邸)です。現在は母屋の二階が取り壊され、蔵も一部改修されています(参考写真は2017年5月撮影のグーグルマップより)。

庭園の石灯篭

中村家の敷地内で撮影された石灯篭。現在でも中庭に残されているようです。

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カメラはその後木津川方面に向かい、御幸橋近辺の撮影を続けていきます。橋を渡る業務用車両や、遠くを走る列車も見えています。鉄橋に近づき、八幡駅通過の京阪列車と思われる2両編成の列車を撮影、さらに大胆に線路内へと入っていき、鉄橋の様子を映しています。

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戦前の八幡市の様子を伝える貴重な動画ですが、興味深いのは途中で一瞬映し出された中村家住宅(旧尼野氏別邸)です。先日デジタル化した『お寺参り』の動画でも尼野氏の墓石や、同氏由来の大きな石碑が映し出されていました。それを考えあわせると尼野氏別邸も偶然見つけた建物を撮影した訳ではなく、撮影者が自身にゆかりのある家を記録したのではと思われます。引き続き調査を進めていく予定です。

1930年代中頃 – 9.5mm 個人撮影動画 『お寺参り』(断七日の法要/尼野貴重記念碑) 【八幡市-尼野家関連フィルム群 2/3】

1930年代前半頃。「八幡市-尼野家関連フィルム群(仮)」と名付けた3本組フィルムの一つで、家族でのお墓参りを撮影したもの。以前に紹介した『時代祭』と同じ動画カメラで撮影されており、短いショットを積み重ねる撮影スタイルも共通しています。

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冒頭は家からの出発場面で、その後(やや露出過多となっていますが)車内から移動を捉える様子が写されています。

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大きな石碑の立っているお寺に到着。お墓に卒塔婆が立てかけてあり、「断七日(=四十九日)」の文字が見えます。お坊さんがお経を読んでいる姿を幾つかのアングルから撮影。カメラの手回し速度が遅くなったせいで動画がコマ落としのようになっています。

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お坊さんが車で去った後、しばらくお墓周辺で記念の撮影をしているようです。石碑が再登場、篆書で書かれた文字は「尼野貴重紀念碑」となっています。「きちょう」ではなく「たかしげ」と読むのでしょうか。別に映っていた墓石にも「尼野氏」の文字が見て取れます。

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明治~大正期の関西に尼野貴之(あまのたかゆき)という人物がおられました。大阪中之島に大阪ホテルを建てた実業家として知られています。尼野家に養子に入った方で先祖に「貴重」という方はおられません。貴之氏の子供さんに同名人物を見つけることは出来ませんでしたが(※)、何らかの理由で早世された方を祀った可能性はあるかと思います。

尼野貴之氏は京都八幡市に別邸を所有しており、現存する建物が文化遺跡として保存されています。この建物近辺で撮影されたと思しきフィルムがもう一本ありますので、今後デジタル化を試みていきます。

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※「近代名士家系大観」によると、長男が貴英(明治43年生)、次男重之(明治45年生)、三男が三郎(大正4年生)とされています。(https://ameblo.jp/derbaumkuchen/entry-12085103418.html)