1957 – 9.5mm 『太平洋の怪獣ゴジラ』(『ゴジラ』仏編集版、東宝他) 1960年頃 仏フィルム・オフィス版

Godzilla (« Godzilla, le monstre de l’Océan Pacifique », Toho)
c1960 French Film Office 9.5mm Print

『ゴジラ』の日本初公開(1954年)から2年後の1956年、追加撮影された場面を加え設定を変更した編集版『怪獣王ゴジラ(Godzilla, King of the Monsters! )』がアメリカで公開されています。オリジナル版『ゴジラ』を英語字幕付きで正式に観ることができるようになったのは2000年代になってからで、それまでの欧米ではUS編集版を元にゴジラの受容・理解が進んでいったとされています。

実際には欧州でも国によってプリントの異同がありました。西ドイツでUS版は採用されず東宝オリジナル版を独自編集した版が公開されていました。フランスではUS版を再編集し完全吹き替え版とした『太平洋の怪獣ゴジラ(Godzilla, le monstre de l’Océan Pacifique)』が1957年にリリースされています。

今回紹介するのはこの『太平洋の怪獣ゴジラ』をベースにした9.5ミリ版です。仏フィルム・オフィス社が1958~62年頃に発売したもので100mリール4本構成、実写時の上映時間は50分程。音声は含まれておらず会話や説明が仏語字幕で画面に埋めこまれた形になっています。

US版は1)米国の観客が感情移入しやすくするため”語り部”となる米国人リポーター(レイモンド・バー)を導入し、2)当時の米国世論にそぐわない反核の要素を削除する、という二つの方針を軸に編集されたものでした。仏版ではこの版をベースとしつつも米国人記者の要素を減らし、時系列上の展開をオリジナルに近い形に戻そうとする傾向が見られます。

仏9.5ミリ版は大戸島の浜辺で物語が始まります。不漁が続き「呪いだ」「呉爾羅(ゴジラ)の仕業だ」と島民たちが噂しあうなか、ある夜民家が謎の理由で押しつぶされる災害が発生。国会で原因を調査する委員会が組織され、その会議の報告を傍聴する席に米国特派員スティーブ・マーティン(レイモンド・バー)の姿がありました。

古生物学者・山根(志村喬)の提言を受け調査団が派遣され、マーティンも同行します。放射能による汚染が確認され人々の警戒心が募る中、突如鳴り響いた半鐘。尾根の先に顔をもたげた怪獣が彷徨を轟かせ一帯はパニックに。

山根博士は撮影した写真を持ち帰り国会で怪獣の発生を報告、地元の伝承にちなみゴジラと名付けます。国会は自衛隊を派遣しゴジラ攻撃に乗り出していきます。一方山根博士の娘・恵美子(河内桃子)はかつての婚約者・芹沢(平田昭彦)から秘密裏に実験していた研究の話を聞かされます。

自衛隊による攻撃は失敗しゴジラは東京湾から上陸。品川駅を破壊し辺り一帯を焦土と化していきます。

非常警報発令。取材を行っていた建物が倒壊し逃げ遅れたマーティンは大怪我を負います。万策尽きたかと思える中、被害に心を痛めた恵美子は約束を破って芹沢の秘密を明かし首都を救おうするのでした…

仏フィルム・オフィス版は元となったUSプリントの影響もあって原水爆の言及は一切ありません。人間関係もできるかぎり省略されていて恵美子と萩原(宝田明)の恋模様、ゴジラに対する考え方の対立、市井の人々の反応といった要素は見えなくなっています。またUS版で主役だった米国記者マーティンは被災者の一人として扱われていました。

オリジナルの完成度と比べダウンスケール感は否めないものの約50分の短い尺でゴジラそのものインパクトを伝えたい意図は伝わってきます。1950年代にオリジナル版を直輸出しても理解されにくい部分が多かったでしょうし、ワンクッション置いて広く認知してもらう戦略はあながち間違いではなかったと思います。

ちなみに9.5ミリ形式フィルムは1920代半ばから70年代半ばまで約半世紀の歴史があるのですが、欧米圏(英仏米独)で9.5ミリ化された日本の長編映画は後にも先にもこの『ゴジラ』一作だけです。

[参照リンク]
Toho Kingdom [英語] … 東宝作品に関する情報交換掲示板でイタリア語版や仏語版についての情報・画像あり
Schnittberichte [ドイツ語] … 独版と東宝オリジナル版の比較検証
Cinemore: 『ゴジラ』 原点にして異彩を放つ第一作目【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.57】 [日本語] … 海外版への言及がある訳ではないのですが要を得ていて面白かったです。


[タイトル]
Godzilla

[原題]
Godzilla, le monstre de l’Océan Pacifique

[公開年]
1957

[IMDB]
Godzilla

[メーカー]
仏フィルム・オフィス社

[フォーマット] 9.5mm 白黒無声 100m×4巻 ノッチ無

1953 – 『邂逅と印象:ナトー・ヴァチナーゼ自叙伝』 著者献辞入り(Встречи и впечатления, Нато Вачнадзе)

帝政ロシア/ソヴィエト初期映画史再訪 [09]

« Encounters and Impressions (Vstrechi i Vpechatleniya) »
Nato Vachnadze 1953 Dedicated Autobiography

優しく繊細なスヴェトラーナちゃんの誕生日に寄せて、ナターシャ叔母さんより。自分の息子二人に望んだのと同じくらい貴方にも幸せな人生を送ってほしいと思っています。

謹呈
1953年4月25日、トビリシにて

Дорогой доброй и чуткой Светланочке от тети Наташи в день рождения. Желаю тебе в жизни быть счастливой, так как я этого счастья хочу своим мальчикам. От автора. 25.04.53 года. Тбилиси.

ナトー・ヴァチナーゼ(ნატო ვაჩნაძე [IMDb])は1920年代前半にグルジア映画公社で銀幕デビュー。イワン・ペレスチアーニ、アモ・ベク・ナザリアン、ウラディミール・バルスキー、(後に夫となる)ニコライ・シェンゲラーヤ監督作品を通じて戦前グルジアの国民的女優となっていきました。『邂逅と印象』は女優活動が落ち着いた戦後に自身のキャリアを振り返って書かれた一冊です。見返しには本人が姪御さんに贈った自筆メッセージが残されています。

このメッセージが書かれた約2ヶ月後の6月14日、モスクワからトビリシへ向かっていた小型旅客機が墜落し乗客18名全員が死亡、名簿にヴァチナーゼの名が含まれていました。享年49。出演ペースこそ落ちていたもののグルジア映画界を支えていく気持ちは十分だっただけに早すぎた死が惜しまれます。

1927年『Amoki (Amok)』(コテ・マージャニッシュビリ監督)より

1920年代中盤のソ連製ポストカード

こちらは6年前に入手した絵葉書。アモ・ベク・ナザリアン監督作『ナテラ』(ნათელა、1926年)の一場面をあしらっています。


[出版年]
1953年

[出版社]
ゴスキノ出版社(モスクワ)

[ページ数]
151

[フォーマット]
ハードカバー、著者近影写真入り、23 × 15 cm

1952~57年 – 9.5mm個人撮影動画『寒中行事』大阪 桜宮橋 大川

「9.5ミリ 個人撮影動画」より

戦前から行われてきた淀川での「寒中水泳大会」(至心会主催)を記録したもの。確認できた限り少なくとも3年分(1952、1956、1957年)の動画を編集してまとめています。

「淀川」となっていますが開催場所は造幣局にほど近い桜宮橋の当たりで、現在では大川と呼ばれている旧淀川。桜宮公会堂の真正面になります。

1956年度の方では冒頭に「大阪寒中水泳大会」ののぼりが映し出され、吹奏楽団が開会の音楽を奏で、桜宮橋からの高飛びこみが披露されます。その後関係者諸氏からのスピーチがあって、至心会の有段者が「水弓」や「甲冑御前法」を披露していきます。

川岸のみならずボートにも報道陣の姿があります。またメーカー(ライオンやビスコ。翌年はセメダイン)がブース代わりのワゴン車を出している場面も記録されていました。

翌1957年(昭和32年)の大会もほぼ同じ流れとなっています。挨拶や祝辞に次いで地元高校生(北野高校、今宮高校、南高校、八尾高校、今宮工校、鳳高校)による「淀川横断」が行われ、京都踏水会「空砲発火」や至心会による「浮身絵」の披露。模型飛行機と模型ボートでの「淀川横断」も前年に引き続き開催されていました。

大阪市の真ん中で川泳ぎができた古き良き時代の映像記録。昭和30年代の話ですので記憶に残っている人もいるかもしれません。個人的に扇町から天六はよく動いていた覚えがあって桜宮界隈も全く知らない場所ではなく興味深かったです。

1953 – Super 8 入江たか子主演『怪談佐賀屋敷』(荒井良平監督)


「8ミリ 劇映画」より

Super8 « Ghost of Saga Mansion » (dir. Ryohei Arai)

大映による化け猫映画第一弾として知られ、その後の化け猫ホラーブームの牽引役となった一作。後続の『怪猫岡崎騒動』『怪猫有馬御殿』などと共に何度かデジタルソフト化されており比較的知られた作品ではないかなと思います。

スーパー8は約30分(240メートル)のダイジェスト版。フィルムの劣化(ビネガーシンドローム)が始まっている状態でしたが傷や汚れは少なくスキャンには耐える状態でした

華族の娘として生まれ戦前に美人女優として鳴らし、一時期は自身のプロダクションまで有していた入江たか子さんが戦後、相当の覚悟をもって本作に挑んだ話は良く知られています。古くからのフアンの中には複雑な思いで見た方も多かったのではないかと思います。

一時期(1960年代〜70年代初め)の海外でも古典映画期の女優をホラー映画に出演させるのがブームになったことがありました。ベット・デイヴィスの『何がジェーンに起こったか』(1962年)に始まりバーバラ・スタンウィック(最後の映画出演となった1964年『夜歩く者 The Night Walker』)やヴェロニカ・レイク(1970年の遺作『肉体の宴 Flesh Feast』)、エリザベス・テイラーの『夜をみつめて』 1974年)と錚々たるメンツが並んでいます。

制作視点からすればホラー映画の固定フアン層以外の注目を集め、比較的低ギャラで経験値の高い女優を使えたことにもなります。『怪談佐賀屋敷』と完全に重なる訳ではないものの、発想はリンクしている気がします


[原題]
怪談佐賀屋敷

[公開年]
1953年

[JMDb]
怪談佐賀屋敷

[IMDb]
Kaidan Saga Yashiki

[メーカー]
ライリー/大映

[メーカー記号]
日本名作劇場 T-343

[フォーマット]
Super8、240メートル、31分(24fps)、白黒、光学録音

1976 – スーパー8 『阪妻 – 阪東妻三郎の名場面集』(大沢商会/テレキャスジャパン編)

「阪東妻三郎関連」より

1976 - super8 Bantsuma1976 super8 Bantsuma Back

1970年代半ばに発売されたスーパー8版のアンソロジー。中心となっているのは以下の6作で、それぞれ比較的長めの動画が引用されています。

『雄呂血』(1925年、阪妻プロ)


『影法師』(1950年、松竹)


『魔像』(1952年、松竹)


『破れ太鼓』(1949年、松竹)


『大江戸五人男』(1949年、松竹)


『あばれ獅子』(1953年、松竹)


この合間には1)初期作の短い断片、2)プライベートショット集、3)没後の葬儀の模様とお墓の映像が挿入されています。

フィルムの両端にやや劣化が見られますがビネガー臭や傷などの少ない綺麗なプリントです。フィルムの端を留めていたテープに「Yokohama Cinema」の文字が残されていました。

[タイトル]
阪妻 – 阪東妻三郎の名場面集

[メーカー]
企画・制作:テレキャスジャパン 提供:松竹 発売:大沢商会

[フォーマット]
スーパー8 白黒300フィート 磁器録音

1950年代末 仏パテ社 パテ・ウェボ M型9.5mm 動画カメラ(アンジェ二ュー/ベルティオ)

1940年代末、動画カメラの大型化とハイスペック化が進んでいく中で本家仏パテ社が発表したのがターレット型の本機でした。

今回入手したのは「9236」のシリアル番号が付された一台です。1950年代が4桁、60年代に5桁シリアルとなっているようで、レンズの組みあわせ等を含め1950年代末頃に市販/使用されていたものとおもわれます。

本体は灰色仕上げのダイキャスト。ファインダーを二種類搭載(下側がリフレックス型でレンズの捉えている像をリアルタイムで確認できます)、撮影速度は毎秒8~80コマまでの6速対応。30メートル(100フィート)のフィルムまで装填可能な仕様でした。

対応レンズの多さが売りでもあり、ソン・ベルティオ社とアンジェニユー社の広角、標準、望遠、ズームレンズを様々に組みあわせユーザーのニーズに対応できる態勢を取っていました。本機は:

・アンジェニユー R4 (F12.5 1:2.2)
・ベルティオ Cinor (F20 1:1.9) フィルター付
・ベルティオ Cinor (F50 1:3.5)

の3本が付属していました。

実使用されていたと思われ細かなペイントロスや傷、ファインダー内への埃の入りこみが見られます。メカニズム的には良好で、フィルムさえ入れたら今すぐにでも撮影できそうな感じでした。

1950年代 – 画伯・杉狂児(1903-1975)、東千代之介を描く

« Azuma Chiyonosuke », by Sugi Kyoji (c1957)

杉狂児の筆による東千代之介似顔絵。もう一点力道山を描いた作品もあったのですがそちらは別の収集家さんに貰われていきました。杉狂児、東千代之介、力道山の三人は1957年の『純情部隊』(東映、 マキノ雅弘監督)で共演しています。委細は不明。


似ている/似ていない、上手い/下手の価値観を越えたとぼけた味わいがこの人らしく、SNSの時代に生きていたら迷画伯として愛されていた気もします。

1940年代末~50年代前半 仏GIC社 9.5ミリ動画カメラ

「9.5ミリ動画カメラ」より

GIC 9.5mm Movie Camera
GIC 9.5mm Movie Camera
(w/ Som Berthiot Cinor B 1:1.19 F=20 C Mount)

戦前にパテ社動画カメラなどを手掛けたマルセル・ボリュー氏は戦後ETM(エレクトロ・テクニーク・メカニーク)社に籍を移し動画カメラ開発に関わっていました。市場での成功を収めた後、同社の筆頭株主となったボリュー氏は1949年に社名をGIC(グループマン・アンデュストリエル・シネマトグラフィーク)に変更、同社の第一弾商品として8/9.5/16ミリ動画カメラを発売しました。こちらは9.5ミリ用で一般的に「GIC 9.5」と呼ばれています。

ボリュー氏はやがてGIC社を離れ、自身の名を冠した会社を設立。同社が展開した8ミリ/16ミリカメラは現在の日本でも多くの愛好家から評価されています。

GIC9.5は堅牢な造りが特徴です。本体に栗色のシボ加工を施されており、レンズはソン・ベルティオ社のシノールBを標準搭載。速度は毎秒16フレーム固定で静止画撮影などの機能はありません。本機はシリアルナンバー21132で、側面にルーアンの写真機店ヌヴー社のシールが貼られています。

20190418-som-berthiot-test01
ミラーレスでの試写

[メーカー]
仏GIC社

[シリアルナンバー]
21132

[時期]
1949~1953年

[レンズ]
ソン・ベルティオ シノールB 1:1.19 F=20 Cマウント

[本体]
5.4 × 10.0 × 15.5cm (レンズ、持ち手含まず)

1953 – スーパー8 『鞍馬天狗 青銅鬼』(並木鏡太郎監督)

「8ミリ 劇映画」より

嵐寛寿郎主演による鞍馬天狗物は40本ほど製作されています。こちらはその中でも後期に属し、戦後のチャンバラ解禁を受けてシリーズが再開された直後の一作になります。

幕府要人を誘拐した新撰組に立ち向かう鞍馬天狗とその仲間たちの活躍を描いた内容で、近藤勇役に大河内傳次郎が配されています。この8ミリ版ではその辺りのやりとりはカットされ、青銅鬼と鞍馬天狗との対決、地下の鍾乳洞での死闘に焦点をあてたものとなっています。

[タイトル]
鞍馬天狗

[原題]
鞍馬天狗 青胴鬼

[製作年]
1953年

[Movie Walker]
mv23451

[IMDB]

[JMDB]
http://www.jmdb.ne.jp/1952/cb002840.htm

[メーカー]
東宝株式会社/東宝映像株式会社

1953 – スーパー 8 『珍説忠臣蔵』(古川ロッパ・柳家金語楼・エンタツ&アチャコ・田端義夫・堺俊二ほか)

「8ミリ 劇映画」より

1953年(昭和28年)に公開された忠臣蔵のパロディ映画。吉良上野介が影武者を雇ったり、腰元による長刀隊が登場するなどオリジナルの設定が幾つか組みこまれています。

ドタバタ、シチュエーションの喜劇、アクション、しゃべくり、ナンセンス、ミュージカルなどを組み合わせておりますが、キレッキレという感じはせずまったりしたお笑いの時空間が流れていきます。

ほとんどのキャストが脚本と監督の下で動いているのとは対照的に、エンタツ&アチャコが登場すると二人の独壇場となり空気が変わります。一時代を築いただけはある、と唸らせる貫禄がありました

[原題]
珍説忠臣蔵

[製作年]
1953年

[Movie Walker]
mv23450

[IMDB]

[JMDB]
http://www.jmdb.ne.jp/1953/cc000060.htm

[メーカー]
東宝株式会社/東宝映像株式会社

[フォーマット]
Super 8mm 300ft 24コマ/秒(光学録音/カセット付き)

仏シネジェル社 ライネット9.5mm動画カメラ (1940年代末~50年代)

フランスのル・マンに拠点を置くシネジェル社が1949年に市販を始めた動画用のカメラ。8mm用と9.5mm用の2種類が用意されていました。録画速度は16コマ/秒で、静止画撮影モードもついています。

戦前のフランスの動画カメラは黒基調で、ダイキャスト製のどっしりしたものが主流でした。ライネットはオリーヴ色をしていてより軽やかな印象を与えます。

[メーカー名] 仏シネジェル社

[レンズ] H Russel Kynor 1:2.5 f=20mm

米イーストマン・コダック社 ショウタイム8 A500型 レギュラー8mm映写機

米イーストマン・コダック社が1950年代半ばに市販していたレギュラー8用の映写機。樹脂(ベークライト)を使用した穏やかなデザインが程良いレトロ感を醸し出しています。

シリアルナンバー: –
対応フィルム: シングル/レギュラー-ノーマル8mm
製造国:米国
製造時期: 1950年代半ば
レンズ: Kodak Projection Ektanar Lens f=1.6 3/4inch
対応電圧: 105~125v
ランプ: 500w (CZX/DAB 500W 120V Blue Top)

2014年11月17日購入