1930 – スーパー8 市川右太衛門主演 『旗本退屈男』 (古海卓二監督)

「8ミリ 劇映画」より


右太衛門終生の当たり役『旗本退屈男』の第一回作品。

完全版は現存していないとされ、マツダ映画社が前半15分程のプリントを所有。8ミリサイレント版はこのマツダ映画社ライブラリー版を元にしています。タイトル、クレジット、エンドロールは後年にカラーフィルムで撮影されたものです。

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物語は佐々木味津三『続旗本退屈男』を元にしたもので、右太衛門演じる主水之介が江戸で頻発している婦女子拉致事件を解決していきます。妹の菊路を小夜文子さん、その恋人である美男小姓の京弥を初代・大江美智子さんが演じていました。

冒頭の説明に「共演の大江美智子は宝塚からの映画界入り第一号で、彼女の霧島京弥役は後に同役をやった多くの女優達の誰よりも適役で殺陣のうまさは正に抜群であった」とあります。前半に籠に乗った主水之介が襲撃された際に下手人を手裏剣で仕留める場面、後半、女装姿で拉致グループをおびき寄せ乱闘になだれこんでいく場面と二度の殺陣を披露。下のスキャンはわずか5コマ(24fpsのため約0.2秒相当)での動きです。

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大江美智子の短刀使い
(Michiko Oe in her battle scene)

原作ではこの場面で主水之介らが登場、悪人の素性を暴いて一件落着となります。映画版はまだ物語が終わらず主人公が黒幕の屋敷に侵入、豪快な立ち回りを披露した後に地下秘密牢に辿りつきます。拘束されていた女性たちを解放しようとしたところ悪人がからくり仕掛けで部屋の天井を落とそうとして…この場面で映像が切れます。

右太衛門の殺陣は破天荒さや奇抜さはありませんが、スタイリッシュで流れの綺麗なものでした。敵を斃してから、スッと自然体に戻る動きも素敵です。

右太衛門の乱闘場面

冒頭で右太衛門と衝突しつつ後半の捕物で活躍する同心の杉浦にも疾走感があります。配役を確認すると武井龍三氏でした。

武井龍三
武井龍三
(Ryuzo Takei as Sugiura)

監督とカメラマンの連携が上手くいっており、対角線を上手く生かした動的な構図と水平線を活用した静的な構図をバランス良く組みあわせ飽きさせない流れを作っています。右太衛門自身が気に入った原作の第一回作品でもあり、製作陣全体が緊張感をもって仕上げていった完成度の高い一作です。

[Movie Walker]
旗本退屈男

[IMDb]
Hatamoto taikutsu otoko

[フォーマット]
スーパー8 無声 90m 24fps (約15分)

[参考リンク]
青空文庫版『旗本退屈男 第二話 続旗本退屈男』(佐々木味津三 作)

1912- 9.5mm 『ナピエルコウスカ嬢のカンボジア風舞踏』(1912年)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

Pathé-Baby 9.5mm « Mademoiselle Napierkowska : Danses Cambodgiennes »
(Extrait de « La Fièvre de l’or », 1912, dir.Leprince & Zecca)

1912 9.5mm Napierkowska : Danses Cambodgiennes

仏パテ社が9.5ミリ小型映画を最初に売り出した時にカタログに含まれていた初期のフィルムで、1912年に公開された中編映画(『La Fièvre de l’or』)の一場面を抽出したもの。

映画全体は金銭欲に取りつかれた男が亡父の銀行を乗っ取り投資ブームを仕掛け、人々が踊らされていく内容を描いています。途中の祝宴場面に使用されていたのがスタシア・ナピエルコウスカによるカンボジア風の舞踏でした。

[タイトル]
Danses Cambodgiennes

[原題]
La Fièvre de l’or

[製作年]
1912年

[IMDB]
tt0250381

[メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
47

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 10m *1リール

1926 – 9.5mm セダ・バラ主演『マダム・ミステリー』

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

1937年、20世紀フォックス社のフィルム所蔵施設で火災が発生し、収められたフィルムの全てが焼失しました。セダ・バラ出演作品の大半もこの大火で失われています。

『クレオパトラ』断片を含め、現在まで残された出演作品は6作のみとされています。その一つが引退作となった『マダム・ミステリー』で、こちらは9.5ミリの縮約版となります。

デビュー当初の妖婦・毒婦の設定が時代遅れとなっていく中で、セダ・バラは幾度かイメージチェンジを行いながら時代に適応しようとしていました。本作はローレル&ハーディーによる喜劇物で、セダ・バラは「街一つ吹き飛ばすほどの威力がある」超小型爆弾を運ぶ女スパイに扮しています。

後半、客船での移動は初期のセダ・バラ映画によく見られた展開(船に乗っている謎の美女)をパロディにしたものです。髪を下ろした就寝場面での妖しい存在感がさすがです。

[タイトル]
Madame Mystery

[公開]
1926年

[IMDB]
tt0017098

[メーカー]
米パテックス社

[カタログ番号]
C-110

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 20m *2リール

1915 – アニタ・スチュワート主演 『呪の列車』 DVD

グリフィスの『国民の創生』(1915年4月25日公開)とほぼ同時期(4月19日)に公開されたヴァイタグラフ社の5巻物ドラマ。監督はラルフ・インス。

今回入手した2012年のDVDには第5巻目のラストシーンのみが収められています。その後残りのフィルムが一部見つかっており、版元ハーポディオン社のサイトで改良バージョンの視聴が可能です。

最終巻に蒸気機関車が煙を上げながら脱線し、川に転落する場面が収められています。本物の機関車を使った撮影で驚くほどの迫力があります。

ただ『呪の列車』の面白さは20年という歳月をまたいだ運命劇にあるような気がします。主演のアニタ・スチュワートが母と娘の二役を好演、その他の俳優の演技も申し分なくこの傑作サイレントを忘れがたい作品にしています。

※作品の背景や修復のプロセスについてはThose Awful Reviewsに詳しい記事あり。

1923 – 9.5mm 『いろり』 (ロベール・ブドリオズ監督)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

後に性格俳優として評価を確立していくシャルル・ヴァネル(Charles Vanel)が初めて注目を浴びた長編として知られています。

捨て子として育てられた女性アルレットをめぐり、兄弟の間で奪い合いが始まります。アルレットは弟のジャンに好意を持っていたのですが、養父は芸術家肌のジャンを認めず、兄のベルナールに無理矢理嫁がせてしまうのです。失意のうちに家を出るジャン。しかし夫の暴力に耐えきれなくなったアルレットは手紙でジャンに助けを求めるのでした…

物語は暗めで配役にも華やかさはありません。しかし兄(ヴァネル)、弟(ジャック・ド・フェロディ)、父(モーリス・シュルツ)の三者三様の演技は見応えがあり、田舎の封建的な様子をえぐっていく展開もなかなかで硬派な秀作と見ました。

[タイトル]
L’Atre

[公開年]
1923年

[IMDB]
tt0011901

[メーカー]
仏パテ社

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 200m *1リール

1919 – 9.5mm 『絶体絶命の乙女』(ジョージ・アーチェインバウド監督、米)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

1910年代の雑誌で時々姿を見かける女優さんにジューン・キャプリスがいます。彼女が仏パテ社と契約を結んで主演した作品が『絶体絶命の乙女(ダムゼル・イン・ディストレス)』でした。

お金持ちのお嬢様と青年作曲家を軸にした人違いのコメディは(当時パテ社のスタジオがあった)ニューヨークでのロケ撮影に雰囲気があり、乗用車、タクシー、街並み、ファッションや髪型など満喫できる作品となっています。

[タイトル]
Mam’zelle Milliard

[原題]
A Damsel in Distress

[製作年]
1919年

[IMDB]
tt0010042

[メーカー]
仏パテ社

[字幕]
仏語

[フォーマット]
9.5mm

国立映画アーカイブ (NFAJ)

GW旅行も最終日、この春に近代美術館から独立したばかりの国立映画アーカイブ(NFAJ)での上映イベントに参戦。

見たのは以下の作品でした。

『明治の日本』(1897-1899)
紅葉狩[デジタル復元版]』(1899)
『明治二十八年の両國大相撲』(1900)
『第一篇 日露戰役 追懷ノ巻』(1933)
小林富次郎葬儀[デジタル復元版]』(1910)
『明治四十五年四月四日 藤田男爵 葬式の實况[デジタル復元版]』(1912)
『明治天皇 御大葬餘影』(1912)
『嗚呼乃木將軍』(c1912)
『三月十日』(1933)
『郵便物語 遞信シリーズ・第一扁』(1936)

『三月十日』を除いて無音状態での映写で相当の集中を強いられる流れになりました。その中では『両國大相撲』に動きがあり、笑い声が漏れ聞こえる面白さでした。

個人的には『小林富次郎葬儀』を興味深く鑑賞しました。この時期、日本に関わらず葬列を題材とした記録フィルムが多く残されています。行列や式典を記録した映像が大半ですし、好んで見るものでもないと思っていたのですが、社会・経済・文化に貢献した人々の死を悼むという「葬列映画」が一ジャンルとして存在していた事実を実感することができたのです。