月形龍之介 (1902- 1970)

日本・男優 [Japanese actors]より

Tsukigata Ryûnosuke Autographed Postcard

本名門田潔人。明治三十五年宮城縣で生る。元輝子ことマキノ智子と浮名を流した色男、東亜キネマが映畫俳優として振出し、マキノ主腦男優の一人で常に時代劇に主演して大向からヤンヤの喝采を博す。『討たるゝ者』が初演映畫で『怪物』『毒刄』『戦國時代』『轉落』『修羅八荒』『愚戀の巷』最近の主演では『毒蛇』『砂絵呪縛第二編』『雪の夜話』等でキビキビした胸のすくやうな演技を見せてフアンを喜ばしていゐる。

『玉麗佳集』(1928年2月、中央書院)


マキノ以来のケンゲキ俳優月形は今フリー・ランサーとなり、千惠藏映畫、阪妻映畫、下加茂映畫、新興映畫等にドシ〱出演してゐる。トーキー俳優として臺詞がうまく、ケンゲキ俳優として殺陣が鮮やかなので、各社からひつぱりだこになつてゐる。劍道三段の腕前があり、現在のケンゲキ俳優中、眞劍を使ふスターは彼を措いて外にない。その殺陣には獨特の凄味がある。何しろ眞劍を使ふので、捕手達もビクビクものだが、未だ嘗て一度も人を負傷さしたことがないといふからえらいもの。

『映画とレビュー 人氣花形大寫眞帖』
(1936年1月、『冨士』昭和11年新年號附録)

[JMDb]
月形龍之介

[IMDb]
Ryûnosuke Tsukigata

[出身地]
日本(宮城)

[誕生日]
3月18日

1920年代半ば〜後半ミニチュア写真フレーム(阪東妻三郎、市川百々乃助、尾上松之助)

「阪東妻三郎関連」より

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正式名称は不明。これまで3度ネットオークションにかけられたのを見た覚えがあります。最初の2回は競り負けし、3度目に入手したのがこちらです。

物としては金属製の小さなフレーム(1.0 × 1.7センチ)に一回り小さな鏡と俳優ブロマイドを収め、中身が落ちないように上の輪に紐を通しています。参考までに一円玉と並べてみるとサイズ感が分かるのではないかな、と。

阪東妻三郎と市川百々乃助が複数点、尾上松之助がひとつ。残りは写真が小さすぎて特定できませんでした。俳優の選び方から20年代中盤~後半でしょうか。

興味深いのは、これまでに見かけた3度がいずれも単品ではなく10個程度の束になっていたこと。個人が収集していたというより、縁日の屋台や駄菓子屋で売るためセットにしてあった在庫がそのまま残ったような感じです。

1934 -『處女作・出世作・代表作 映画花形大寫眞帖』 冨士新年號附録

『處女作・出世作・代表作 映画花形大寫眞帖』 表紙January 1934 Fuji Magazine Additional Issue
« Movie Stars : Film Debut and Breakthrough Performance »

1930年代前半に活躍した俳優の名鑑で1~2頁を使ってキャリア節目の作品を紹介していきます。要領を得た記事に「観たい!」が一度ならずありました。リアルタイムの評価も分かる内容で重宝しそうです。

[発行年]
昭和9年1月

[発行者]
大日本雄弁会講談社

[フォーマット]
128頁 26.2cm×18.9cm

[定価]
本誌と共に六十銭

[内容]

表紙:市川春代
口絵:入江たか子/飯塚敏子/伏見信子/夏川靜江

逢初夢子 『蝕める春』『昨日の女今日の女』『戀の勝敗』
青木富夫 『突貫小僧』『奢って頂戴』『二つ燈籠』
阿部正三郎磯野秋雄三井秀男『令嬢と輿太者』『戦争と輿太者』『輿太者と藝者』
嵐寛壽郎 『大忠臣蔵』『右門捕物帖』『磧の霧』『剣鬼三人旅』
淡路千夜子 『銭形平次捕物控』『涙の世渡り』『磧の霧』
飯田蝶子 『おかめ』『戀のままごと』『嵐の中の處女』
飯塚敏子 『淑女と髭』『白鷺往來』『二つ燈籠』『鯉名の銀平』
五十鈴圭子 『寛永豪傑總進軍』『戀慕吹雪』『半次月夜の唄』
市川右太衛門 『鳴門秘帖』『一殺多生剣』『天一坊と伊賀亮』『敵への道』
市川春代 『浅草悲歌』『受難華』『戯れに戀はすまじ』
入江たか子 『けちんぼ長者』『元祿十三年』『白蓮』『瀧の白糸』
歌川絹江 『一粒の麥』『團十郎の安』『敵への道』
江川宇禮雄 『七つの海』『暴風帯』『嬉しい頃』
及川道子 『不壊の白珠』『戀愛第一課』『頬を寄すれば』
大河内傳次郎 『續水戸黄門』『新版大岡政談』『月形半平太』
岡譲二 『上陸第一歩』『応援團長の戀』『いろはにほへど』『東京音頭』
岡田時彦 『紙人形春の囁き』『美人哀愁』『瀧の白糸』
岡田嘉子 『大地は微笑む』『日輪』『忠臣蔵』『泣き濡れた春の女よ』
尾上菊太郎 『踊子行状記』『流轉の雁』『左門戀日記』
大日向傳 『戀の長銃』『椿姫』『出來ごころ』
海江田譲二 『沓掛時次郎』『新藏兄弟』『關の佐太郎』
片岡千恵蔵 『萬華地獄』『源氏小僧』『逃げ行く小傳次』『元禄十三年』
桂珠子 『曙の歌』『ふらんす人形』『霧の夜の舗道』
川崎弘子 『女性の力』『壊けゆく珠』『不如帰』『嬉しい頃』
河津清三郎 『首の座』『益満休之助』『十二階下の少年達』
栗島すみ子 『虞美人草』『水藻の花』『嘆きの孔雀』『真珠夫人』『いろはにほへど』
小杉勇 『この太陽』『生ける人形』『警察官』
琴糸路 『青春散歩』『涙の渡り鳥』『新釋加賀見山』
小林十九二 『俄か馭者』『花嫁の寝言』『想ひ出の唄』
齊藤達雄 『珍客往来』『生れては見たけれど』『夜ごとの夢』
佐久間妙子 『嬢やの散歩街』『もだん聖書』『南地の女』
澤田清 『鬼鹿毛若衆』『龍造寺大助』
澤村國太郎 『影法師』『七人の花嫁』『平十郎小判』
杉山昌三九 『砂漠に陽が落ちて』『港の雨』『白浪れんじ格子』
鈴木澄子 『いろは假名四谷怪談』『旋風時代』『鏡山競艶録』
鈴木傳明 『塵境』『陸の王者』『熊の出る開墾地』『東京祭』
鈴村京子 『無憂華』『仇討二番ケ原』『仇討兄弟鑑』
高田浩吉 『街の勇士』『女性の切札』『鼻唄仁義』
高田稔 『快走戀を賭して』『大學は出たけれど』『アメリカ航路』『感激の人生』
高津慶子 『何が彼女をそうさせたか』『刺青奇偶』『彼女のイツト』
竹内良一 『兄さんの馬鹿』『天國に結ぶ戀』『琵琶歌』
伊達里子 『マダムと女房』『陽気な嬢さん』『三萬兩五十三次』
田中絹代 『戀と捕繩』『海國記』『絹代物語』『花嫁の寝言』
田村道美 『受難華』『彼女の道』『未來花』
千早晶子 『鬼あざみ』『十字路』『泣き濡れた春の女よ』
月田一郎 『街のルンペン』『榮冠涙あり』『結婚快走記』
坪内美子 『涙の渡り鳥』『島の娘』『女人哀樂』
中野英治 『大地は微笑む』『摩天樓』『間寛一』
中野かほる 『丸の内お洒落模様』『愉快な惡漢』『碁盤縞の女』
夏川靜江 『椿姫』『灰燼』『結婚二重奏』『東京祭』
南部章三 『愛の風景』『戀の踊子』『靑春よいずこ』
花井蘭子 『提灯』『新藏兄弟』『靑春よいずこ』
林長二郎 『稚児の剣法』『お嬢吉三』『不如帰』
原駒子 『鳴門秘帖』『嘆きの女間諜』『紅騎隊』
坂東好太郎 『生き残った新撰組』『兄貴』『蝙蝠の安さん』
阪東妻三郎 『鮮血の手形』『雄呂血』『神變麝香猫』『燃える富士』
伏見直江 『坂本龍馬』『一本刀土俵入』『女國定』
伏見信子 『春と娘』『十九の春』『東京音頭』
藤井貢 『白夜は明くる』『戀愛一刀流』『僕の丸髷』
水久保澄子 『蝕める春』『嵐の中の處女』『僕の丸髷』
水原玲子 『女給君代の巻』『モテルの女』『青島から来た女』
森静子 『異人娘と武士』『妻吉物語』『燃える富士』
八雲理惠子 『霧の中の灯』『多情佛心』『昨日の女今日の女』
山縣直代 『光・罪と共に』『ふらんす人形』
山田五十鈴 『孔雀姫』『白夜の饗宴』『月形半平太』
山路ふみ子 『満州娘』『己が罪・環』『港の雨』
羅門光三郎 『薩南大評定』『浪人の群』『紅騎隊』
若水絹子 『黒手組助六』『有憂華』『伊豆の踊子』

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ウジェーヌ・シルヴァン (Eugène Silvain 1851 – 1930) 仏

「フランス [France]」より

「シルヴァン」の芸名で長いキャリアを築いた舞台俳優さんですが、出演映画数は多くありません。ただしその出演リストには『裁かるるジャンヌ』(1928年)が含まれていました。

同作は監督のドライヤーと主演ファルコネッティについて語られがちです。視点を変え、ジャンヌを火刑に追いこむ異端審問官に注目してみると新たな発見が出てきます。

ウジェーヌ・シルヴァンの演じたピエール・コーションは仏キリスト教史で最も悪名高く、嫌われている人物でした。保身と昇進しか考えていない、偏見に凝り固まった老害の聖職者。どの時代、社会、組織にもいるであろう嫌な人物をシルヴァンは自然に演じ、狡猾にジャンヌを追いつめていきます。

実際のウジェーヌ・シルヴァンは教養ある人格者として知られていて、晩年は後進を指導する側に回っていました。ファルコネッティが国立高等音楽・舞踊学校で学んでいた時(1915年頃まで)は教鞭をとっており、コメディー・フランセーズに一時在籍した時(1924~25年)にも管理側にいて、彼女にとっていわば師匠筋にあたる人物です。

映画撮影という慣れない環境に置かれたファルコネッティにとって、顔なじみのシルヴァンがいるのは心強かったでしょうし、大先輩の前で迂闊な演技は出来ないという良い緊張感をもたらしていたと思います。

こちらのサイン絵葉書は先日のベルト・ボヴィと同じコレクターさんの旧蔵品。時期も同じで1920~21年のようです。

[IMDB]
nm0798564

[誕生日]
1月17日

[出身]
フランス(ブール=カン=ブレス)

[サイズ]
9.0 × 14.0cm

二代目 阪東寿之助/壽之助 (1909 – 没年不詳)

二代目 阪東寿之助/壽之助 サイン入り絵葉書

写真は二代目阪東寿之助。衣笠貞之助作品に多く出演しており名作『十字路』(1928年)では灰を浴びて失明する弟役を演じています。

Bando Junosuke in Crossroads(1928)
『十字路』(1928年)より。

[JMDB]
p0133950

[IMDB]
nm0051758

[誕生日]
2月22日

[サイズ]
13.3 × 8.4cm

国島荘一 (國島莊一/國島昇) & 岩崎繁

「昭和4~5年 (1929-30年) 東亞キネマ サイン帖」より

國島昇-岩崎繁 直筆サイン

1902年、福島に生まれた。1914年、井上正夫の門下に入り、本郷座で初舞台を踏む。1922年、松竹蒲田に入社。当時の芸名は国島昇。池田義信監督の『水藻の花』では、都会の青年役で認められ、野村芳亭監督の新時代劇『雁の群』では高崎の重吉を演じ、清水宏監督の『白菊の歌』で木下千代子と共演。1924年、芸名を国島荘一と改める。

1929年、河合映画に移り、『彼女は何うなるか』で琴糸路と共演。時代劇『浅草丹次』『旗本の下に』に主演後、東亜キネマに入社。『処女戦線』で宮城直枝と、『一度はすべての女に』で岡田静江と共演。1931年、松竹蒲田に戻り、『深夜の溜息』『三太郎満州出征』に出演。五所平之助監督の『天国に結ぶ恋』で色敵役を好演するが、これが遺作となった。

『日本無声映画大全』(マツダ映画社)

東亜のサイン帖でサインで解読できなかったものがあったのですが、一件が國島昇氏と判明しました。松竹蒲田を中心に活動されていた男優さんで、1930年後半からのごく短い期間に東亜にも在席されていました。國島昇は初期芸名で途中から国島荘一名義で活動しています。病気がちで1932年に亡くなったとされており、非常に珍しいサインではないかと思われます。

添えられているのは東亜キネマで撮影監督として働いていた岩崎繁氏。主に時代劇(『竜虎八天狗』『建国黒頭巾』『薩南大評定』)を担当し、東亜が傾くと東活~宝塚キネマに転籍していきました

ルネ・ナヴァール René Navarre (1877 – 1968) 仏

「フランス [France]」より

1913年の活劇『ファントマ』で怪盗ファントマを演じたのがルネ・ナヴァールでした。同作は仏活劇の中心がヴィクトラン・ジャッセ監督(『ジゴマ』『プロテア』)からルイ・フイヤード(『レ・ヴァンピール』『ジュデックス』)へと移り変わっていく転換点となった一作でもあります。

ナヴァールは1910年代にフイヤード作品で活動した後、20年代に同監督が亡くなった後も『ヴィドック』(1923年)や『ジャン・シューアン』(1926年)など活劇色濃い諸作で存在感を見せました。

ゴードラン夫人さま
R・ナヴァールの雄姿を
記憶に留めていただいていたことに
感謝の気持ちをこめて

A Madame Gaudran,
En remerciement du bon
souvenir qu’elle a gardé
de
R. Navarre

第二次大戦中、パリ解放直前の1944年5月に残された一枚です。

[IMDb]
nm0622772

[出身]
フランス(リモージュ)

[誕生日]
7月8日

[データ]
Studio G.L. Manuel Frères Paris-Etoile

[サイズ]
8.8 × 13.8cm

ニルス・オラフ・クリサンダー Nils Olaf Chrisander (1884–1947) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

映画産業の初期に北欧~ドイツ~アメリカを渡り歩いた経歴の俳優さん。ドイツ時代(1910年代後半~20年頃)と思われる直筆サインです。

1910年代半ば、スウェーデンのハッセルブラッド映画社ではイェオイ・アフ・クレルケル監督作品に多く主演して人気を集めました。同社の花形女優マリー・ヨンソンとの共演作(『目覚め』『ノーベル賞を獲る者』)も現存しています。

次第にドイツに拠点を移しウアバン・ギャズ監督に重用されます(1918年『丑三つ時』)。また監督業にも乗り出し、エゲデ・ニッセンやユーシ・エレオートとの共演作を残しています。

さらに新天地を求め監督としてハリウッドに渡り、20年台後半にジェッタ・グーダル主演作などを撮っていますが成功を収めることは出来ず映画界から離れていきました。

[Movie Walker]
ニルス・オラフ・クリサンダー

[IMDb]
nm0159633

[出身]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
2月14日

リリー・ヤコブソン (Lilly Jacobson 1893–1979) & グンナール・トルナエス (Gunnar Tolnaes 1879–1940)

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

1910年代の北欧映画を代表する女優の一人がリリー・ヤコブソンです。優美な雰囲気からお姫様の役柄を多く演じていました。『エクセルシオール号/火星への旅』(1918年)や『マハラジャ最愛の妻』(1917年)の演技は型通りで、これだけならば映画史に記憶されるほどではなかったように思われます。

1910年代末、北欧映画の衰退とともに女優業を引退しようとしていたリリー・ヤコブソンに待ったをかけたのはアスタ・ニールセンでした。

『女ハムレット』(1921年)はシェークスピアの焼き直しではなく、北欧伝説などを加味した独自解釈です。男装のニールセンが倒錯の空気を漂わせる隣でリリー・ヤコブソンはオーフィリアを演じ、淡い恋心が混乱に、狂気に変わり、自死で果てていく難しい役柄に挑戦しています。

写真はグンナール・トルナエスとの共演作『マハラジャ最愛の妻』絵葉書の連名サイン。

リリー・ヤコブソン

[IMDb]
nm0414887

[出身]
スウェーデン(ヨーテボリ)

[誕生日]
6月8日

グンナール・トルナエス

[IMDb]
nm0866184

[出身]
ノルウェー(オスロ)

[誕生日]
12月7日

ジョン・マーケル John « Wilmuth » Merkyl (1885 – 1954)

「国別サインリスト 合衆国・カナダ・オーストラリア [USA/Canada/Australia]」より

Walmuth Merky Autographed Postcard
Walmuth Merky Autographed Postcard

映画業界が大手に独占されていなかった1910年代初頭、カレム社(Kalem)という小さな映画会社が健闘を見せていました。同社を含む様々な会社の作品に主演として登場したのがウィルマス・マーケルでした。次第に脇役が増えていくもののトーキーを乗り越え戦中まで俳優活動を続けていきます。

1918年頃に改名しジョン・マーケル名義の出演となりますので、それ以前と思われる初期のサイン絵葉書です。

[IMDB]
nm0580961

[出身]

[誕生日]
6月2日

[コンディション]
B+

大正14年の日活俳優揃え


大正末期の絵葉書。

関東大震災で東京を離れた日活現代劇が京都で展開を続け、復興後の東京に新メンバーの紹介イベントを行った時の一枚。同行したヘアデザイナーさんが著書で詳しい説明をされています(『髪と女優』 伊奈もと著、1961年、日本週報社)

前列右から岡田嘉子梅村蓉子酒井米子原光代高島愛子
後列右から鈴木伝明沢村春子市川春衛宮部静子水木京子浦辺粂子滝沢静子妹尾松子徳川良子山本嘉一(敬称略)

「大震災で東京向島をあとに京都に移った日活現代劇は、日増しに活気も出、作品も立派なものがどんどん出てくる一方、この一、二年のうちに女優陣の充実も一段と活発になって、当時の他社を完全に圧した感がありました。したがって東京本社宣伝部の力の入れようも物すごく、手をかえ品をかえて撮影所への注文も多くなってまいりました。

大正十四年一月、ちょうどそのころ前後して正式入社したのが岡田嘉子、梅村蓉子、原光代さんで本社はこの時とばかり、その威容を天下に誇るためか、いわゆる「オールスター総動員で上京せよ」となり、当時男優陣でのナンバーワン鈴木伝明さんと老優山本嘉一先生をまじえて計十五人のスターが上京したものでした。

帝国ホテルロビーに勢揃いした当時のスターをご覧下さい。なんと壮観なものではありませんか」

『髪と女優』(伊奈もと著、1961年、日本週報社)

尾上 紋弥

「昭和4~5年 (1929-30年) 東亞キネマ サイン帖」より

嵐寛の右門捕物帖で、アラカンたちに嫌がらせを加える悪徳役人(あばたの敬四郎)役を演じていた役者さん。

芸歴は長く1923年からの出演歴があり、東亜を離れた後も嵐寛寿郎プロで堅実なキャリアを積み重ねていきました。怪老人の役を多くこなすなど異形感もありますが、こちらの達磨の墨絵は左上に「不倒」の文字。禅の教養を備えていた趣味人だったようです。

[JMDB]
p0331000

[IMDB]
nm2359749

[誕生日]
6月24日

嵐橘右ヱ門(橘右衛門)

「昭和4~5年 (1929-30年) 東亞キネマ サイン帖」より

名字を外して「橘右ヱ門」とだけ書いたのではと推定されるサインです。

1920年頃から帝キネ製作の時代劇に出演を始め、町人・武家どちらもこなせる年配の俳優として重宝されていきます。1928年、嵐寛寿郎が『鞍馬天狗』シリーズを開始した際は天狗を助ける「黒姫の吉兵衛」役を務め、以後も『右門捕物帖』などの嵐寛作品を中心に脇役として活躍していきました。

[JMDB]
p0369890

[IMDB]
nm1772474

原駒子(1910 – 1968)の鏡文字サイン

日本・女優 [Japanese actresses] & 昭和4~5年 (1929-30年) 東亞キネマ サイン帖より

Hara Komako

Hara Komako 1920s Autographed Postcard

Hara Komako c1930 Autograph (from Toa Kinema Autograph Collection)

本名倉形駒子。明治四十三年、横浜市に生る。幼時より新派の子役として舞臺に立つ、映画界入りは十六歳以来各社に於て活躍し大正十五年東亞キネマに入社す。嵌り役はバンプ役。魅力は眼。身長五尺二寸五分、体重十二貫。趣味は三味線、外國映畫。主な近作は「女來也」「なりひら小僧」「八荒流騎隊」

『芝居と映画 名流花形大寫眞帖』
(1928年2月、中央書院)


[JMDb]
原コマ子

[IMDb]
Komako Hara

[出身地]
日本(横浜)

[誕生日]
2月26日

ロミュアルド・ジュベ Romuald Joubé (1876 – 1949) 仏

「フランス [France]」より

Romuald Joubé Autographed Postcard
Romuald Joubé Autographed Postcard

ジュベ氏は南仏、本物の南仏出身である。微かな訛りが残っていて喋りに謡の抑揚があり、デュマが描いたダルタニアンを思い出させる。実際舞台で何度も演じている。

「それからパリにやってきました。二年の間、国立高等音楽・舞踊学校に入ろうと苦労したものの結果はでず、ポスター描きの仕事で生計を立てていました。コメディ・フランセーズのシルヴァン氏が一枚注文をくれたんです。彼がルイ11世を演じるためにイタリアと全フランスを巡業することになっていて、私は付き添って行きました。パリに戻るとシルヴァンは高等音楽・舞踊学校の自分のクラスに私を入れてくれたんです」

「仏映画界のエース:ロミュアルド・ジュベ」
モンシネ誌1923年5月10日付64号

Joubé est du Midi, du vrai. Il garde une pointe d’accent qui rend sa parole chantante et fait penser à un d’Artagnan, celui de Dumas, qu’il a incarné bien des fois au théâtre. […]

Puis j’arrive à Paris. Pendant deux ans, en vain, j’essaie d’entrer au Conservatoire et je gagne ma vie en faisant des affiches. Sylvain, de la comédie-Françaoise, m’en commande une. Il devait partir en tournée en Italie et dans toute la France pour jouer Louis XI. Je pars avec lui Au retour, il me prend dans sa classe au Conservatoire.

Un As du Cinéma : Romuald Joubé
(Mon Ciné No 64, 10 Mai 1923)

Romuald_Joube02

舞台活動が中心の男優さんながら端整な雰囲気を生かして1910~20年代の仏サイレント映画に多く出演、『私は弾劾する』(1919年)や『狼の奇跡』(1924年)など、多くの名作で重要な役を演じました。

[IMDB]
nm0431069

[誕生日]
6月20日

[出身]
フランス

[コンディション]
B

[サイズ]
13.5 × 8.5 cm

テオドル・ロース Theodor Loos (1883 -1954) 独

「国別サインリスト ドイツ/オーストリア [Germany/Austria]」より

Theodor Loos 1910s Autographed Postcard

グリンとした目が印象的な男優さん。

ドイツ映画では古株の一人で1916年の有名な連続活劇『ホムンクルス』にも姿を見ることができます。1920年代にラング映画の常連となり、『メトロポリス』で独裁者フレーダーを裏切る秘書、ヨザファート役を好演しました。

戦後までの長い俳優歴を持ち、30~40年代のサイン物は比較的容易に見つけることができます。今回入手できたのは1918年の『Getrennte Welten』主演時の絵葉書でキャリア初期と思われる一枚でした。

[IMDB]
nm0519765

[誕生日]
3月18日

[出身]
ドイツ

[コンディション]
B+

[メーカー]
Film Sterne

[サイズ]
13.5 × 8.5 cm

大河内 傳次郎 (1898 – 1962)

日本・男優 [Japanese actors]より

Okochi Denjiro Autographed Postcard
Okochi Denjiro Autographed Postcard

 本名大邊男。明治三十一年福岡で生れる。大阪商業學校の出身。澤田正二郎その一黨の第二新國劇に室町二郎の藝名で舞臺に立ち後、マキノに入つて『彌陀源京殺陣』に初女出演、同月高松映畫で『義憤の血煙』に主演する、大正十五年八月日活時代劇に入社し第一囘伊藤監督指揮の『長恨』に主演し後『大前田英五郎』に出演し好評を博し更に『尊王攘夷』中彼の扮装の『井伊大老』は素晴らし出来榮えで、いやが上にも人氣を高めた昭和二年の製作品に彼と櫻木梅子主演の『剣と戀』がある。昭和三年初頭雑誌映畫時代発表の人氣投票で二千五百餘票を以て第四位を獲ち得たところを見ても彼れの人氣が窺はれやう。

『玉麗佳集』(1928年)

ダグラス・フェアバンクス Douglas Fairbanks Sr. (1883- 1939) 米

Douglas Fairbanks Autographed Photo

1910年代末~20年代の合衆国で最も人気のあった俳優がダグラス・フェアバンクスでした。

陽気で不屈のスポーツマンの明快なキャラ設定は老若男女に関わらず受け入れられ、並み居る美形俳優たちを押しのけてフェアバンクスをハリウッドのトップスターへと押し上げていきました。

今回入手したのは四隅がカットされ、ピンホールがあるなどコンディションに難の多いサイン入り写真です。時期が明記されていませんがキャリア初期、1910年代の一枚と思われます。

[IMDB]
nm0001196

[誕生日]
5月23日

[出身]
US

[サイズ]
16.4 × 20.7 cm

[コンディション]
C-

谷崎 十郎 (1896 – 1977)

1928年の時代劇『浪人街 第一話 美しき獲物』で主役の素浪人を演じていたのが谷崎十郎です。

お父さんはアラスカで金鉱を発見した事業家で、十郎氏も合衆国で生まれています。帰国後は父親の設立した会社の社長に就任するも映画に魅力を覚え俳優へと転身。端整な若武者役で一定の人気を得ています。

無声映画の終焉と軌を一にして映画界を引退、悠々自適の晩年を送りました。昨年亡くなられた演出家の蜷川幸雄氏の義祖父に当たられます。

Jûrô Tanizaki (1896 – 1977)

[JMDB]
p0264330

[IMDB]
nm1273185

[誕生日]
9月3日

[出身]
日本

[サイズ]
13.5 × 8.5 cm

[コンディション]
B

[入手年月日]
2017年10月

昭和6年、『第七天国』の早川 雪洲 (1889 – 1973) と 尾上菊枝 (1913 – 1947)

日本・男優 [Japanese actors]より

Sessue Hayakawa & Onoe Kikue Autographed Postcard
Sessue Hayakawa & Onoe Kikue 1931 Autographed Postcard from « Seventh Heaven »

スクリィンの名優、早川雪洲は、「せりふ」の点にかけては、さすがに難色が見える。工夫に余つて、当てずつぽうな調子さへ処々出て来る。勿論自分でも気がついてゐるに違ひない。あの堂々たる美声をもつてすれば、普通に話をするだけで、普通以上魅力ある「せりふ」となるだらう。

岸田國士 「抽斗にない言葉」 (初出『都新聞』1931年1月17日)

トーキーの時代となり日本へと戻った早川氏は舞台劇に挑戦。昭和5年(1930年)に『天晴れウオング』に出演、翌6年(1931年)に『第七天国』で尾上菊枝嬢と共演。こちらの絵葉書はその『第七天国』と思われる一枚で、両主演の連名サインを見ることができます。

本名近藤冨志、大正四年神田佐久間町に生る。精華女學校現在學中、大正十四年十二月市村座にて『戻り籠』の禿(かむろ)が初舞臺。菊五郎門下。踊は若柳吉三郎踊について教はる。趣味は水泳と料理。鏡獅子の彌生、紅葉狩の鬼女などは當り役。現在菊葉會の首腦。

『芝居と映画 名流花形大寫眞帖』(1931年)

尾上菊枝さんは近代歌舞伎で初めて名題となった女性で1931年に狂言師の九代目三宅藤九郎氏と結婚。お孫さんにやはり狂言師の和泉元弥さんがおられます。