スーパー8 『邦画名作抄 美人女優列伝 サイレント時代・草分けの美女たち』

8ミリ 劇映画より

« Legend of The Shochiku Beauties, Chapter 1 : Pioneers from The Silent Era »
1970s Super8 Anthology


1) 伊豆の踊子(1933年、五所平之助監督) 田中絹代、若水絹子ほか [JMDb]


2)松竹スタジオ紹介他


3)不壊の白珠(1929年、清水宏監督) 及川道子、八雲恵美子ほか [JMDb]


4)与太者と海水浴(1933年、野村浩将監督) 井上雪子、光川京子、高峰秀子ほか [JMDb]


5)夜ごとの夢(1933年、成瀬巳喜男監督) 栗島すみ子、飯田蝶子ほか [JMDb]


6)金色夜叉(1937年、清水宏監督) 川崎弘子 [JMDb]

2018年初頭に入手したスーパー8版アンソロジー。トーキー篇の紹介にあわせてこちらもスキャンしました(前回は映写した画面をそのまま撮影)。

田中絹代さん主演の『伊豆の踊子』で始まり、松竹スタジオの外観などを挟みながら井上雪子さん主演の『与太者と海水浴』へ。浅瀬に着衣のまま飛びこんでしまう大胆な展開に。

名作『不壊の白珠』を挟んで『夜ごとの夢』。栗島すみ子さんキャリア後期の作品で子供に頬をつけて泣いている時の表情が圧倒的。最後に『金色夜叉』での寛一お宮のやりとりが紹介されています。どの女優さんも雰囲気ありますね。

[発売時期]
1970年代

[発売元/製作/提供]
テレキャスジャパン/大沢商会/松竹

[フォーマット]
スーパー8 白黒200フィート 磁器録音(24コマ/秒)

1928 – 9.5mm 『城下町の決闘』(ジャン・ルノワール監督)

「9.5ミリ 劇映画」より

画家オーギュスト・ルノワールの長男、ジャンはフランス映画史上最も重要な監督の一人として知られています。しかしその初期作『城下町の決闘』(1928年)は長らく幻の作品とされてきました。35ミリ、16ミリのオリジナルネガが見つかっておらず完全版が残っていないのです。30年代末に英パテスコープ社が編集した9.5ミリ短縮版が唯一の現存版とされています。

時は16世紀、 カトリーヌ・ド・メディシス(ブランシュ・ベルニ)が権力を握っていたフランスで、剣術の達人である大公フランソワ・ド・ベイン(アルド・ナディ)が宮廷の美女イザベル(ジャッキー・モニエ)に懸想し、カトリーヌの許可を受けイザベルを己の妻にしようとします。イザベルの兄が異議を唱えるのですが、フランソワは決闘の末彼を殺し邪魔者を片付けるのでした。イザベルと相思相愛の仲だったアンリ・ド・ロジエは結納の場に乗りこみイザベルの強奪を試みるも失敗、事件の経緯はカトリーヌ・ド・メディシスの耳に入り、フランソワとアンリの馬上槍試合で決着をつけることになります…

『城下町の決闘』は監督自身の発案で製作されたものではなく映画会社から委託された仕事でした。そのためルノワール監督の本領が発揮されていない、のネガティヴな評価を受けやすい一作です。

軽めの恋愛や派手な剣術を前面に出して大衆受けを狙う辺り確かにルノワールらしくない内容と言えます。とはいえ、よく見てみるとメディシス役のブランシュ・ベルニやフランソワの母親役のシュザンヌ・デプレのベテラン勢も存在感を放っています。『城下町の決闘』は若手(ナディ、モニエ)を中心に繰り広げられるロマンスやアクションを前面に出しつつ、他方でドロドロした政治・宗教の側面(ベルニ)や悩める母の物語(デプレ)を読みこんでいける重層構造になっているのです。正直、真の主演はベルニ、デプレだと言って良いくらいです。

ルノワールは決して大衆芸術としての映画を低く見ていた訳ではありませんし、エンタメ路線と監督のこだわりをきっちり両立させた点で『城下町の決闘』は優れていると言えます。またそう考えるとルノワール監督作で9.5ミリソフト化されたのが本作だけなのもしっくりきますよね。

二年前にこのフィルムを映写機で観た時、右側に白い点々のノイズが入っているのは気がついていました。今回スキャンしてみて予想以上に深い傷があちこちにあると判明。傷そのものよりも、映写機では気づけなかった自分に軽い衝撃を受けています。

sample

[タイトル]
The Tournament

[原題]
Le Tournoi dans la cité

[製作年]
1928年

[IMDB]
tt0019486

[メーカー]
英パテスコープ社

[フォーマット]
9.5mm

1929 – VHS 『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』 (マルコ・ド・ガスティーヌ、白黒リストア版)

「『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』[La Merveilleuse vie de Jeanne D’Arc, 1929]」より

2011~12年頃に入手した仏VHS版。

主演のシモーヌ・ジュヌヴォワは1930年代半ばには結婚して女優業を退いていましたが、戦後、晩年の1980年代になって夫であり元映画プロデューサーのコンティ氏と共に本作の修復プロジェクトを始動させました。実際に作業の中心となったのはルネ・リヒティグ女史で1985年には琥珀色に染色された125分のリストア版が完成。この修復版を白黒で収録したのがVHS版となります。

1990年代半ばのVHSからDVDに切り替わった時期に発売されたため自国フランスでもほとんど流通せず、中古市場でも見かけることが少ない一作。1929年の初公開時にはドライヤー版のインパクトとトーキーの到来にかすんでしまった上、VHSの発売ではDVDにかき消されてしまう辺りが「フランス無声映画史上最も不運な映画」の面目躍如でしょうか。

元々2010年頃、本作をデジタル化した動画が(ユーチューブではない、そして今ではもう存在していない)動画サイトに投稿されていました。そこで初めて見て完成度の高さに驚きVHSを探し始めました。海外発送不可のセラーさんの手元にあるのを見つけ、輸入代行業者に委託して送ってもらいます。VHSの規格が日仏では異なっており手持ちのデッキでは再生できずさらに別な業者に依頼してデジタル化してもらった覚えがあります。

[原題]
La Merveilleuse Vie de Jeanne D’Arc

[公開年]
1929年

[IMDB]
tt0020165

[メーカー]
仏ルネ・シャトー社

[発売年]
1995年頃

[フォーマット]
VHS

シモーヌ・ジュヌヴォワ Simone Genevois (1912- 1995)

「『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』[La Merveilleuse vie de Jeanne D’Arc, 1929]」より

シモーヌ・ジュヌヴォワ直筆書簡(1930年頃)

シモーヌ・ジュヌヴォワ直筆書簡・全体
c1930 Simone Genevois Lettre Dedicacée

ご質問への回答以下となっております。お気に入りの役はジャンヌ・ダルクです。撮影所の思い出は…多すぎてここでは語れない位なのですが一つ言えるのはどの撮影も心地良かったですし今の人生を満喫しています。

今後の計画としては沢山の映画に出てみたいです。しっかり作りこまれた役柄、モダンな役を演じたいのです。映画業界の未来は…素晴らしい未来が待っていると思います!

シモーヌ・ジュヌヴォワ

Monsieur, Voici les réponses que vous me demandez. Mon rôle préféré est celui de Jeanne D’Arc. Mes souvenirs de studio, mon Dieu, je ne peux pas vous en raconter j’en ai

tellement, mais je puis vous dire qu’ils sont presque tous agréables et que j’adore cette vie-là. Mes projets, faire beaucoup de films mais des rôles de composition, des rôles modernes. L’avenir du cinéma je crois qu’il est merveilleux!

Recevez Monsieur mes sincères salutations, Simone Genevois


1930年頃と思われるシモーヌ・ジュヌヴォワ直筆の書簡。アンリ・デュブリ氏に宛てた物でサイズは19.2×30.2センチ。雑誌アンケートに回答する内容となっています。

ジュヌヴォワは1910年代に子役としてデビュー。アンリ・プークタル監督の『労働』(1920年)などにも出演し、レジーヌ・デュミアンと並ぶ人気子役として活躍しました。

『労働』(1920年)でのジュヌヴォワ
『労働』(1920年)でのジュヌヴォワ
[ゴーモン・パテ・アーカイヴ(Gaumont-Pathé Archive)より]
学業を理由に一旦は映画界を離れるのですが、その後程なくしてカムバック。アベル・ガンスの『ナポレオン』ではシチリア島に住むナポレオンの妹役として登場しています。

その後ガスティーヌ監督の『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』のオーディションに応募し、見事ヒロインに選ばれました。同作が彼女の代表作となりましたが、その後もガスティーヌ監督と縁が続き1930年代初めまで活躍、結婚と同時に女優業を離れています。

19270618-Le Journal
1927年6月18日付「ジュルナル」紙より。主演がジュヌヴォワに決まったニュース

上の新聞記事は1927年6月に主演オーディションの結果が発表された時の物です。最終選考に残った22人の中からジュヌヴォワが満場一致で選ばれた、との内容。ただし一説では元々主演の条件を満たしていなかった彼女を俳優フィリップ・エリアが監督に強く推して選ばれたとされています。また1927年7月31日のレコー・ダルジェ紙には当時まだ未成年だったジュヌヴォワの契約を巡り周囲の大人の間でトラブルのあった話が触れられています。この手のドロドロした話題は映画雑誌では触れられないのが常でしたが、見えない所で色々あるのは今も昔も変わらない訳です。

Simone Genevois c1930 Autographed Photo

こちらは1929年前後と思われるロレル撮影所の直筆サイン入り生写真。サイズは15.8×21.2センチ。

[IMDB]
nm0312810

[出身]

[誕生日]
2月13日

1923 – 9.5mm 『シンデレラ』(ルドウィッヒ・ベルガー監督)

「9.5ミリ 劇映画」より

ドイツ映画が存在感を増し始めた1920年代初頭に制作されたUFA社版のシンデレラ。プロデューサーはエリッヒ・ポマー。後に『ワルツの夢』(1925年)や『ワルツ合戦』など軽快な宮廷コメディを残すルドウィッヒ・ベルガー監督の手によるものです。

ヒロインに北欧出身の新進女優ヘルガ・トーマス、王子役に美男俳優パウル・ハルトマン、意地悪な義姉にロシア生まれのオルガ・チェーホワ等を配し、良く知られた物語に多少のアレンジを加えながら軽やかに展開していきます。

母国ドイツでも完全版は現存しておらずドイツ映画博物館には16ミリと9.5ミリの短縮版のみ保存、VHSやDVDなどソフト化もされてこないままでした。とても良い作品であるだけに途中一か所、人種差別的な描写が含まれているのが惜しまれます。

[タイトル]
Cinderella

[原題]
Der verlorene Schuh

[製作年]
1923年

[IMDB]
tt0014577

[メーカー]
英パテスコープ社

[カタログ番号]
809

[フォーマット]
9.5mm 300ft*2(無声、ノッチ無)

1920年代半ば〜後半ミニチュア写真フレーム(阪東妻三郎、市川百々乃助、尾上松之助)

「阪東妻三郎関連」より

00

正式名称は不明。これまで3度ネットオークションにかけられたのを見た覚えがあります。最初の2回は競り負けし、3度目に入手したのがこちらです。

物としては金属製の小さなフレーム(1.0 × 1.7センチ)に一回り小さな鏡と俳優ブロマイドを収め、中身が落ちないように上の輪に紐を通しています。参考までに一円玉と並べてみるとサイズ感が分かるのではないかな、と。

阪東妻三郎と市川百々乃助が複数点、尾上松之助がひとつ。残りは写真が小さすぎて特定できませんでした。俳優の選び方から20年代中盤~後半でしょうか。

興味深いのは、これまでに見かけた3度がいずれも単品ではなく10個程度の束になっていたこと。個人が収集していたというより、縁日の屋台や駄菓子屋で売るためセットにしてあった在庫がそのまま残ったような感じです。

1917 – 16mm 『琥珀染色版 移民』(Aネガ 米コダスコープ版 1926年)

1917 - Immigrant [Nega A - Kodascope Print] 021917 - Immigrant [Nega A - Kodascope Print] 01

The Immigrant (US Kodascope 1920s 16mm Amber-tinted Print)

1926年に米コダスコープから発売された『移民』の初期16ミリプリント。1929年初めに発売された仏パテ社の9.5ミリ版、同年末に発売された英パテスコープ社9.5ミリ版を併せ、20年代に英米仏で発売された3つが手元に揃った形になります。

『移民』初期プリントアングル比較

コダスコープ版は「Aネガ」と呼ばれる米初公開時のネガを元にしています。1917年のオリジナルネガは現存しておらず、現在市販されているバージョンは様々な版をつぎはぎして「初公開版に近いと思われる」形に再構成したものです。まだ幾つもの紛れがあるという意味では当時の観衆が見ていたものと完全に同一ではありません。

コダスコープ版も家庭映写機用に編集がされていてやはり1917年のオリジナルとは異なっているのですが、無声映画期に実際に見られていて、なおかつ完備の状態で現存しているプリントとしては最も古い一つとなります。

このプリントには琥珀色の染色が施されており、実写すると繊細な金色の情景が幻想的に浮かび上がってきます。

昭和7年(1932年) 川島実市氏の絵葉書帳

1932 Postcard Collection
(formerly owned by Jitsuichi Kawashima,
a Saitama-based household goods dealer)

1932年(昭和7年)、埼玉県羽生市の川島実市氏が作成した絵葉書帳。表紙に「日活・松竹 寫眞」の文字が墨書きされ、裏表紙見返しに同氏が経営していた会社の印(« 萬荒物 »)が押されています。

屋号入会社印
屋号入会社印
(埼玉縣羽生町 川島…[一部不明])

絵葉書は30枚ほど。1920年代後半~30年代初頭に人気のあった男女優が集められています。梅村蓉子と松井千枝子が複数枚見られ、綺麗な和服姿が多いのも特徴だと思います。

1920年代 -9.5mm 個人撮影動画 フランス『森の精』

「9.5ミリ動画 05b 個人撮影動画」より

« Le Faune », film d’amateur français des années 20

1920年代の半ば~後半に撮影されたと思われるフランスの個人撮影動画。観光で南仏を訪れた家族が寸劇を披露している様子が記録されています。

まずは字幕で場所の説明がされています。南仏ニース近郊を訪れたようで、キャンピング地として人気のあるルー川付近(Les Gorges du Loup)で撮影されたようです。

冒頭、木陰から登場人物たちが順に登場、ファッションショーのランウェイよろしくカメラに向かって歩いてきます。先頭に娘さん、続いて奥さんが登場、最後にお父さんが姿を見せます。

画面が切り替わりと木陰で休んでいる女性二人。奥の方から毛皮をまとった「森の精」が出現、逃げ出した女性を追いかけ始めます。特にオチのようなものはなく、最後は三人が仲良く肩を寄せあって幕を閉じます。

他愛ない即興の素人劇ながら素敵な思い出作りではないでしょうか。

撮影者は息子さんと思われますが、もう一台別に手回しのパテベビー動画カメラを携行していたようで画面に写りこんでいました。

2台目のカメラ
2台目の手回し動画カメラ

ディオミラ・ヤコビニ (Diomira Jacobini 1899 – 1959) 伊

「国別サインリスト イタリア [Italy]」より

Diomira Jacobini 1929 Autographed Postcard

若くしてデビューした姉のマリア・ヤコビニを追うように1912年に女優デビュー、第一次大戦中に20作以上の映画に出演し知名度を上げていきます。

終戦後イタリア映画界が陰りを見せ始めるとマリアを含む多くの俳優は海外に活躍の場を求めました。ディオミラもドイツに渡り再スタートを切っています。

『死の花嫁』(1928年)
『死の花嫁』でのディオミラ(右はカリーナ・ベル)

この時期の作品で、1928年の歴史メロドラマ『死の花嫁』(Revolutionshochzeit)が現存。ディオミラは結婚式当日に革命派に見つけ出され、軟禁されてしまう花嫁を演じています。名監督A・W・サンドベルグの力量が発揮された同作は評判を呼び日本でも公開されました。

姉マリアの圧倒的な存在感、実績にややもすると隠れがちですが、『死の花嫁』からはお姉さんにはない硬質な透明感も伝わってきます。

[IMDB]
nm0414293

[Movie Walker]
ディオミラ・ヤコビニ

[誕生日]
5月21日

[出身]
イタリア(ローマ)

[サイズ]
9.0 × 13.9cm

[データ]
「1929年10月29日ベルリンにて」 « Ross » B.V.G. Berlin SW 68

c1920 – 9.5mm 『妖精と女牧神』 (Nymphe et faunesse)

「9.5ミリ動画 05e 成人向け動画」より

c1930-triboulet00

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1920年代にフランスのトリブレ映画社(Films Triboulet)が制作・販売していたソフトなアダルト動画。2005年に発売された戦前アダルト映画短編集DVD(*)に全長版3分が収録されています。

1920 - Nymphe et faunesse - credit

日本でもよく知られた羽衣伝説を思い出させる内容で、全裸で水浴びをしていた妖精が通りがかりの男に見つかってしまい…という展開。低予算で作られたアナログかつ古風な感じが興味深いです。

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[タイトル]
Nymphe et faunesse

[製作]
1920年頃

[IMDB]

[メーカー]
仏トリブレ社

[カタログ番号]

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 10m *1リール

* « La Boîte à coquineries. Les années folles » Lobster Films, DVD, Pal 1:1.33, color, stereo, 2005.

河上君栄 (1907 – ?)

「日本 [Japan]」より

Kawakami Kimie Autograph

マキノ撮影所~松竹に移りながら初期映画を支えていった女優さんで、金森万象作品『砂絵呪縛』(1927年)の露路役、マキノ正博監督『浪人街 第二話』(1928年)のお蒔役が知られています。

ある時期のサインにやや特殊な色付きインクの万年筆を使っていたようです。経年で周囲に滲みが出やすく、他のサイン物でも同じような劣化の仕方をしています。

kawakami-Kimie02

[IMDB]
nm2387796

[JMDB]
p0057710

[出身]
日本(愛媛県松山市)

[誕生日]
1月30日

[サイズ]
8.5 × 13.5 cm

[コンディション]
C

ウジェーヌ・シルヴァン (Eugène Silvain 1851 – 1930) 仏

「フランス [France]」より

「シルヴァン」の芸名で長いキャリアを築いた舞台俳優さんですが、出演映画数は多くありません。ただしその出演リストには『裁かるるジャンヌ』(1928年)が含まれていました。

同作は監督のドライヤーと主演ファルコネッティについて語られがちです。視点を変え、ジャンヌを火刑に追いこむ異端審問官に注目してみると新たな発見が出てきます。

ウジェーヌ・シルヴァンの演じたピエール・コーションは仏キリスト教史で最も悪名高く、嫌われている人物でした。保身と昇進しか考えていない、偏見に凝り固まった老害の聖職者。どの時代、社会、組織にもいるであろう嫌な人物をシルヴァンは自然に演じ、狡猾にジャンヌを追いつめていきます。

実際のウジェーヌ・シルヴァンは教養ある人格者として知られていて、晩年は後進を指導する側に回っていました。ファルコネッティが国立高等音楽・舞踊学校で学んでいた時(1915年頃まで)は教鞭をとっており、コメディー・フランセーズに一時在籍した時(1924~25年)にも管理側にいて、彼女にとっていわば師匠筋にあたる人物です。

映画撮影という慣れない環境に置かれたファルコネッティにとって、顔なじみのシルヴァンがいるのは心強かったでしょうし、大先輩の前で迂闊な演技は出来ないという良い緊張感をもたらしていたと思います。

こちらのサイン絵葉書は先日のベルト・ボヴィと同じコレクターさんの旧蔵品。時期も同じで1920~21年のようです。

[IMDB]
nm0798564

[誕生日]
1月17日

[出身]
フランス(ブール=カン=ブレス)

[サイズ]
9.0 × 14.0cm

ベルト・ボヴィ Berthe Bovy (1887 – 1977) ベルギー 大正10年のサイン絵葉書と明治43年の主演作『ダビデとゴリアテ』

「フランス [France]」より

Berthe Bovy 大正10年直筆サイン入り絵葉書

1900年代中盤にシャルル・ル・バルジの元で演劇を学び、コメディ・フランセーズ入りして舞台デビュー。美人女優として話題を呼び、雑誌の表紙を幾度となく飾りました。20年代にはコクトーやコレットなど当時の文壇の最先端と交流を重ね、存在感を増していきます。

1960年代までの長いキャリアを持つ舞台女優さんですが、第一次大戦前(1908-14)には映画にも多く出演していました。有名な『ギーズ公の暗殺』(1908年)ではまだ端役だったもののすぐに主演がつくようになり、旧約聖書を元にした『ダビデとゴリアテ』(1910年)は後に9.5mmフィルムでも市販されています。

明治期の作品でもあり、野外の寸劇を収めたような粗い仕上り。本来は男であるダビデ王を女優が演じているためか不思議な倒錯感があります。

[IMDB]
nm0100664

[誕生日]
1月6日

[出身]
ベルギー(リエージュ)

[サイズ]
8.6 × 13.7cm

[コンディション]
B+

1926 – 9.5mm セダ・バラ主演『マダム・ミステリー』

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

1937年、20世紀フォックス社のフィルム所蔵施設で火災が発生し、収められたフィルムの全てが焼失しました。セダ・バラ出演作品の大半もこの大火で失われています。

『クレオパトラ』断片を含め、現在まで残された出演作品は6作のみとされています。その一つが引退作となった『マダム・ミステリー』で、こちらは9.5ミリの縮約版となります。

デビュー当初の妖婦・毒婦の設定が時代遅れとなっていく中で、セダ・バラは幾度かイメージチェンジを行いながら時代に適応しようとしていました。本作はローレル&ハーディーによる喜劇物で、セダ・バラは「街一つ吹き飛ばすほどの威力がある」超小型爆弾を運ぶ女スパイに扮しています。

後半、客船での移動は初期のセダ・バラ映画によく見られた展開(船に乗っている謎の美女)をパロディにしたものです。髪を下ろした就寝場面での妖しい存在感がさすがです。

[タイトル]
Madame Mystery

[公開]
1926年

[IMDB]
tt0017098

[メーカー]
米パテックス社

[カタログ番号]
C-110

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 20m *2リール

サンライズ・サイレンツ (Sunrise Silents, 2004-2012)

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2000年代中盤から10年代初頭にかけ、ハリウッド無声映画の理解と受容に大きな影響を与えたのが「サンライズ・サイレンツ」シリーズでした。米ロードアイランド州在住のリッチー・オリヴィエリ氏(Rich Olivieri)氏によるプロジェクトで、手作りのサイトを拠点としながら多くのサイレント作品のDVD-Rを販売していました。

クライテリオンやマイルストーン社、キノ社など無声映画のDVD化を手掛けている大手会社は幾つもありましたが、多くが手堅い有名な作品を扱っていたのに対し、サンライズ・サイレンツは長く忘れ去られてきた無名作を次々と取り上げていきます。カタログを眺めているだけで勉強になる稀有なサイトでした。

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経営的に難しい部分があったようで2012年に活動を停止。流通量が少なかったため中古で見かける機会もなく、現在は幻のコレクターズ・アイテムと化しました。

手元にあるのは4枚。当時もっと買っておけば…と後悔しています。

1. セダ・バラ主演『愛の試練』(The Unchastened Woman, 1925)
2. ヴァイオラ・ダナ主演 『肉弾王』 (The Ice Flood, 1926)
3. ジャクリーヌ・ローガン主演 『ルックアウト・ガール』 (The Look Out Girl, 1928)
4. ガートルード・オルムステッド主演 『スゥイート・アデライン』 (Sweet Adeline, 1926)

その他インス撮影所の様子を紹介した短編や、メイ・ブッシュ主演のキーストン喜劇などおまけも充実しています。

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酒井米子 (1898 – 1958) & 木下千代子 (1903 – 没年不詳)

「国別サインリスト 日本 [Japan]」より

酒井米子&木下千代子 連名サイン

本人は『もうそろそろ引退時です』といつて居るさうであるが人氣はさうでもないらしい。何といつても現代の映畫女優ではスターである。明治三十三年十一月生れの二十九歳。東京市神田の産で十四歳の時有樂座で處女出演『ヂオゲスの誘惑』『野鴨』等の當り役がある。後暫く休養して大正九年五月日活第三部に加入し、『朝日さす前』『白百合の香』等に出で十年八月退社、十一年八月松竹に入り『海の叫び』其他に出演。矢張り古巣が戀しく同年末日活に復帰し『若草の唄』『旅の女藝人』『現代の女王』『椿姫』に扮装。最近主演は時代物『修羅八荒』『鳴門秘話』又新劇では『狂態の女師匠』『砂繪呪縛』のお酉等の大作がある。

『玉麗佳集』「酒井米子」より(1928年)

左の女優さんも控えめなサインが残されています。こちらは木下千代子さんと判明。『己が罪』など小林商会製作の初期映画に出演していた女形、木下吉之助氏の娘さんに当たるそうです。酒井米子さんとは1929~30年頃の日活で共演記録があり、絵葉書とサインも同時期ではないかと思われます。

[JMDB]
p0164280

[IMDB]
nm0757039

[誕生日]
11月25日

[JMDB]
p0358620

[IMDB]
nm1767877

二代目 阪東寿之助/壽之助 (1909 – 没年不詳)

二代目 阪東寿之助/壽之助 サイン入り絵葉書

写真は二代目阪東寿之助。衣笠貞之助作品に多く出演しており名作『十字路』(1928年)では灰を浴びて失明する弟役を演じています。

Bando Junosuke in Crossroads(1928)
『十字路』(1928年)より。

[JMDB]
p0133950

[IMDB]
nm0051758

[誕生日]
2月22日

[サイズ]
13.3 × 8.4cm

トーラ・ティエ Tora Teje (1893 – 1970) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Tora Teje Autograph/autographe/autogramm

デンマークの映画協会(DFI)のDVDを再生すると冒頭に同協会のクレジット画像が出てきます。スティルレルの『エロティコン』の一場面で、ラルス・ハンソンの胸に背中を持たれかけたトーラ・ティエが微笑んでいます。

『エロティコン』は無声期の北欧映画を代表する作品のひとつで、その魅力はトーラ・ティエの存在感に負っている部分も多かったと思います。美人タイプではありませんでしたがひとたび動き始めると洗練やコケティッシュさに目が離せなくなります。

女性の深みを洒脱に表現できる女優さんは同時期ですと他にフェダーク・シャーリ(ハンガリー)、ポーリーン・フレデリック(米国)しかいなかったのではないでしょうか。

はてなブログに素敵な紹介記事があります。

[IMDb]
nm0854189

[出身]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
1月17日

[データ]
[Foto: Hofatlier Jaeger, 1923. Ensamrätt: Axel Eliassons Konstförlag Stockholm, 367]

[サイズ]
8.6 × 13.7cm

エヴァ・マイ Eva May (1902 – 1924) 墺

「国別サインリスト ドイツ/オーストリア [Germany/Austria]」より

Eva May Autograph/autogramm/autographe

『アスファルト』(1929年)等で知られる監督ヨーエ・マイと、女優ミア・マイの間に生まれた娘さん。幼い頃から子役として映画に出演、1919年から女優業に専念し始めています。翌年にはヒロイン役での活躍を見せ始め、伝記映画『パガニーニ』(1923年)でコンラート・ファイトの相手役を務めました。

波乱に満ちた私生活でも有名で、16歳での初婚を皮切りに3度の結婚と離婚を重ねていきました。その後も恋愛のトラブルが続き1923年に手首を切って自殺を図ります。この時は一命をとりとめましたが翌年に銃で自殺を試み22歳で亡くなっています。

[IMDB]
nm0561945

[誕生日]
5月29日

[出身]
オーストリア

[メーカー]
Ross Verlag 269/4

[撮影]
Becker & Maass phot.

[サイズ]
13.4 × 8.7 cm.

[コンディション]
B+