1912- 9.5mm 『ナピエルコウスカ嬢のカンボジア風舞踏』(1912年)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

Pathé-Baby 9.5mm « Mademoiselle Napierkowska : Danses Cambodgiennes »
(Extrait de « La Fièvre de l’or », 1912, dir.Leprince & Zecca)

1912 9.5mm Napierkowska : Danses Cambodgiennes

仏パテ社が9.5ミリ小型映画を最初に売り出した時にカタログに含まれていた初期のフィルムで、1912年に公開された中編映画(『La Fièvre de l’or』)の一場面を抽出したもの。

映画全体は金銭欲に取りつかれた男が亡父の銀行を乗っ取り投資ブームを仕掛け、人々が踊らされていく内容を描いています。途中の祝宴場面に使用されていたのがスタシア・ナピエルコウスカによるカンボジア風の舞踏でした。

[タイトル]
Danses Cambodgiennes

[原題]
La Fièvre de l’or

[製作年]
1912年

[IMDB]
tt0250381

[メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
47

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 10m *1リール

1930年代中頃 – 9.5mm 個人撮影動画 『無題』 (石清水八幡宮・鳩・ 中村家住宅・安居橋・木津川・京阪電鉄) 【八幡市-尼野家関連フィルム群 1/3】

「9.5ミリ動画 05b 個人撮影動画」より

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『お寺参り』『時代祭』と同時期に同じカメラで撮影された一本。時折、遠景に小さく人が入りこんでくる他は主に建物や風景を記録しています。

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動画は石清水八幡宮の碑で幕を開けます。境内に鳩が群れていて、飛び立った鳥が軒に移動する様子や接写を交えながら神社の様子を小刻みに記録しています。

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その後八幡宮を離れ、木造りの安居橋付近を撮影。白壁が美しい蔵と、その奥の二階建ての母屋が一瞬映し出されます。2012年に国登録の有形文化財に登録された中村家住宅(旧尼野氏別邸)です。現在は母屋の二階が取り壊され、蔵も一部改修されています(参考写真は2017年5月撮影のグーグルマップより)。

庭園の石灯篭

中村家の敷地内で撮影された石灯篭。現在でも中庭に残されているようです。

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カメラはその後木津川方面に向かい、御幸橋近辺の撮影を続けていきます。橋を渡る業務用車両や、遠くを走る列車も見えています。鉄橋に近づき、八幡駅通過の京阪列車と思われる2両編成の列車を撮影、さらに大胆に線路内へと入っていき、鉄橋の様子を映しています。

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戦前の八幡市の様子を伝える貴重な動画ですが、興味深いのは途中で一瞬映し出された中村家住宅(旧尼野氏別邸)です。先日デジタル化した『お寺参り』の動画でも尼野氏の墓石や、同氏由来の大きな石碑が映し出されていました。それを考えあわせると尼野氏別邸も偶然見つけた建物を撮影した訳ではなく、撮影者が自身にゆかりのある家を記録したのではと思われます。引き続き調査を進めていく予定です。

1930年代中頃 – 9.5mm 個人撮影動画 『お寺参り』(断七日の法要/尼野貴重記念碑) 【八幡市-尼野家関連フィルム群 2/3】

「9.5ミリ動画 05b 個人撮影動画」より

1930年代前半頃。「八幡市-尼野家関連フィルム群(仮)」と名付けた3本組フィルムの一つで、家族でのお墓参りを撮影したもの。以前に紹介した『時代祭』と同じ動画カメラで撮影されており、短いショットを積み重ねる撮影スタイルも共通しています。

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冒頭は家からの出発場面で、その後(やや露出過多となっていますが)車内から移動を捉える様子が写されています。

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大きな石碑の立っているお寺に到着。お墓に卒塔婆が立てかけてあり、「断七日(=四十九日)」の文字が見えます。お坊さんがお経を読んでいる姿を幾つかのアングルから撮影。カメラの手回し速度が遅くなったせいで動画がコマ落としのようになっています。

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お坊さんが車で去った後、しばらくお墓周辺で記念の撮影をしているようです。石碑が再登場、篆書で書かれた文字は「尼野貴重紀念碑」となっています。「きちょう」ではなく「たかしげ」と読むのでしょうか。別に映っていた墓石にも「尼野氏」の文字が見て取れます。

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明治~大正期の関西に尼野貴之(あまのたかゆき)という人物がおられました。大阪中之島に大阪ホテルを建てた実業家として知られています。尼野家に養子に入った方で先祖に「貴重」という方はおられません。貴之氏の子供さんに同名人物を見つけることは出来ませんでしたが(※)、何らかの理由で早世された方を祀った可能性はあるかと思います。

尼野貴之氏は京都八幡市に別邸を所有しており、現存する建物が文化遺跡として保存されています。この建物近辺で撮影されたと思しきフィルムがもう一本ありますので、今後デジタル化を試みていきます。

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※「近代名士家系大観」によると、長男が貴英(明治43年生)、次男重之(明治45年生)、三男が三郎(大正4年生)とされています。(https://ameblo.jp/derbaumkuchen/entry-12085103418.html)

1930年代中頃 – 9.5mm 個人撮影動画 『時代祭』(京都)【八幡市-尼野家関連フィルム群 3/3】

「9.5ミリ動画 05b 個人撮影動画」より

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1930年代初頭。10m。字幕なし。「八幡市-尼野家関連フィルム群(仮)」と名付けた3本組フィルムの一つで京都・時代祭の行列を撮影したもの。手入れされていない動画カメラで撮影されたようで、枠についている埃がそのまま映っています。

ほぼ定点からの撮影による短いショットの積み重ねでやや手ブレあり。背後には2度、初期の市電と思われる路面電車が走っていく様子が捉えられていました。通りの向かいに銀行風の大きな洋風建築があり、その二軒手前に「オークラ金庫」の看板を掲げたお店が見えています。

フィルム・カートリッジでは9.5mmを『9[m/m]5』と表記しています。mmを分数で表し四角で囲う表記法は仏パテ社がリュクス映写機(1931年)や200B映写機(1932年)を発売した時に使っていたロゴでした。このフィルムも1930年代中頃ではないかと思われます。

1919 – 9.5mm 『絶体絶命の乙女』(ジョージ・アーチェインバウド監督、米)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

1910年代の雑誌で時々姿を見かける女優さんにジューン・キャプリスがいます。彼女が仏パテ社と契約を結んで主演した作品が『絶体絶命の乙女(ダムゼル・イン・ディストレス)』でした。

お金持ちのお嬢様と青年作曲家を軸にした人違いのコメディは(当時パテ社のスタジオがあった)ニューヨークでのロケ撮影に雰囲気があり、乗用車、タクシー、街並み、ファッションや髪型など満喫できる作品となっています。

[タイトル]
Mam’zelle Milliard

[原題]
A Damsel in Distress

[製作年]
1919年

[IMDB]
tt0010042

[メーカー]
仏パテ社

[字幕]
仏語

[フォーマット]
9.5mm

1930年代中頃 – 9.5mm短編 『高等馬術』(伴野商店)

日本の伴野商会による9.5mmフィルムは現存数が極端に少なく、タイトルによっては十本も残っていないのではないかと思われます。こちらは陸軍の協力を得て作成されたと思われる馬術の紹介動画。

冒頭、障害物を飛び越えていく颯爽とした馬が登場。その後は「高揚歩調」「スペイン常歩」「短縮駈足運動」「三脚駈足」など難易度の高い歩法が披露されています。

以前に紹介した別フィルムにも「不燃性フヰルム」のクレジットが見られましたが、今回は同じ文字が左から右への表記に変わっています。

仏シネジェル社 ライネット9.5mm動画カメラ (1940年代末~50年代)

フランスのル・マンに拠点を置くシネジェル社が1949年に市販を始めた動画用のカメラ。8mm用と9.5mm用の2種類が用意されていました。録画速度は16コマ/秒で、静止画撮影モードもついています。

戦前のフランスの動画カメラは黒基調で、ダイキャスト製のどっしりしたものが主流でした。ライネットはオリーヴ色をしていてより軽やかな印象を与えます。

[メーカー名] 仏シネジェル社

[レンズ] H Russel Kynor 1:2.5 f=20mm