c1930 – 9.5mm 『日本八景 泉都別府』(伴野商会)

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「日本八景」は昭和二年(1927年)、鉄道省の後援の下に大阪毎日新聞社と東京日日新聞社が選定したものです。
・ 華厳滝
・ 上高地
・ 狩勝峠
・ 室戸岬
・ 木曽川
・ 別府温泉
・ 雲仙岳
・ 十和田湖

官界や学会などの有識者の協力のもと以上の八か所に決定。小型映画ブームと重なったこともあり、伴野商会からそれぞれの見どころをピックアップした9.5ミリ動画版も発売されていました。こちらは別府温泉を扱った20mフィルムです。

ちなみに1928年に公刊された書籍版は国立国会図書館の電子アーカイブで閲覧可能。幸田露伴、高浜虚子、北原白秋、泉鏡花など錚々たる作家が寄稿し企画を盛り上げていきました。高浜虚子による「別府温泉」から一部を抜粋してみます。

先ず龜川温泉を過ぎて血の池地獄を見た。十年に一度大活動をはじめるさうで、今年が丁度その十年目に當たり、大荒に荒れるさうである。今朝も大活動をやつたとのことである。ほとりの樹木など澤山に枯死してゐるのはその熱泥を吹き上げた處である。赤い泥の佛々と煮え立つてゐる光景は相變らず物すごい。[…]

芝石温泉といふ、湯瀧のある、谿谷に臨んだ温泉を過ぎて、紺屋地獄を見た。これは紺色をした泥池の底から、同じく怒るが如くつぶやくが如く熱氣を吐いてをるのである。驚くべきことには近所の靑田の中にも數ヶ所同じやうな處がある。一歩誤ればその中に落ち込んで命を落さねばならぬのである。現に誤つて死んだといふ人も澤山あるのださうである。鶏卵をその泥土からわく湯氣に置くと二三分で半熟になり殻が眞黒になる。その眞黒な鶏卵を一つ食べてみた。

高浜虚子「別府温泉」『日本八景』(鐵道省/大阪毎日新聞社、1928年)

9.5ミリ版は船と飛行機ふたつからの町の眺めを示したのち、地獄めぐりを進めていきます。温泉玉子作りの様子が映し出された後、名物砂風呂で幕を閉じています。

[タイトル]
日本八景 泉都別府

[原題]
日本八景 泉都別府

[メーカー]
伴野商会(大阪毎日新聞社主催)

[フォーマット]
9.5mm 30ft(無声、ノッチ有)

1928 – 9.5mm 『城下町の決闘』(ジャン・ルノワール監督)

「9.5ミリ 劇映画」より

画家オーギュスト・ルノワールの長男、ジャンはフランス映画史上最も重要な監督の一人として知られています。しかしその初期作『城下町の決闘』(1928年)は長らく幻の作品とされてきました。35ミリ、16ミリのオリジナルネガが見つかっておらず完全版が残っていないのです。30年代末に英パテスコープ社が編集した9.5ミリ短縮版が唯一の現存版とされています。

時は16世紀、 カトリーヌ・ド・メディシス(ブランシュ・ベルニ)が権力を握っていたフランスで、剣術の達人である大公フランソワ・ド・ベイン(アルド・ナディ)が宮廷の美女イザベル(ジャッキー・モニエ)に懸想し、カトリーヌの許可を受けイザベルを己の妻にしようとします。イザベルの兄が異議を唱えるのですが、フランソワは決闘の末彼を殺し邪魔者を片付けるのでした。イザベルと相思相愛の仲だったアンリ・ド・ロジエは結納の場に乗りこみイザベルの強奪を試みるも失敗、事件の経緯はカトリーヌ・ド・メディシスの耳に入り、フランソワとアンリの馬上槍試合で決着をつけることになります…

『城下町の決闘』は監督自身の発案で製作されたものではなく映画会社から委託された仕事でした。そのためルノワール監督の本領が発揮されていない、のネガティヴな評価を受けやすい一作です。

軽めの恋愛や派手な剣術を前面に出して大衆受けを狙う辺り確かにルノワールらしくない内容と言えます。とはいえ、よく見てみるとメディシス役のブランシュ・ベルニやフランソワの母親役のシュザンヌ・デプレのベテラン勢も存在感を放っています。『城下町の決闘』は若手(ナディ、モニエ)を中心に繰り広げられるロマンスやアクションを前面に出しつつ、他方でドロドロした政治・宗教の側面(ベルニ)や悩める母の物語(デプレ)を読みこんでいける重層構造になっているのです。正直、真の主演はベルニ、デプレだと言って良いくらいです。

ルノワールは決して大衆芸術としての映画を低く見ていた訳ではありませんし、エンタメ路線と監督のこだわりをきっちり両立させた点で『城下町の決闘』は優れていると言えます。またそう考えるとルノワール監督作で9.5ミリソフト化されたのが本作だけなのもしっくりきますよね。

二年前にこのフィルムを映写機で観た時、右側に白い点々のノイズが入っているのは気がついていました。今回スキャンしてみて予想以上に深い傷があちこちにあると判明。傷そのものよりも、映写機では気づけなかった自分に軽い衝撃を受けています。

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[タイトル]
The Tournament

[原題]
Le Tournoi dans la cité

[製作年]
1928年

[IMDB]
tt0019486

[メーカー]
英パテスコープ社

[フォーマット]
9.5mm

1919 – 9.5mm 『百萬長者の娘ッ子』(ジョージ・アーチェインバウド監督、米)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

1919 - A Damsel in Distress 00

マルジヨリイは氣まぐれな不思議な而して可愛いゝはすつぱな小娘でありました。それでこの娘の理想する男は今様の火の神様で鍛冶屋場の烈しい爐の上にある晩彼女に現はれたのであります。所が或る日、兄の監視を逃れるため、彼女は自動車の中へ輕率にも飛び込みました。と、其處には彼女を喜んだ顔つきで眺めてゐる一人の若い男が居りました。。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

1910年代の雑誌で時々姿を見かける女優さんにジューン・キャプリスがいます。彼女が仏パテ社と契約を結んで主演した作品が『百萬長者の娘ッ子(ダムゼル・イン・ディストレス)』でした。

お金持ちのお嬢様が偶然出会った美青年と繰り広げる軽めの恋愛劇は(当時パテ社のスタジオがあった)ニューヨークでのロケ撮影。乗用車、タクシー、街並み、ファッションや髪型など時代の雰囲気を満喫できる作品となっています。

[タイトル]
Mam’zelle Milliard

[原題]
A Damsel in Distress

[製作年]
1919年

[IMDB]
tt0010042

[メーカー]
仏パテ社

[仏パテ社カタログ番号]
739

[字幕]
仏語

[フォーマット]
9.5mm 10メートル×6本 仏語字幕 12476フレーム(約15分)

1923 – 9.5mm 『シンデレラ』(ルドウィッヒ・ベルガー監督)

「9.5ミリ 劇映画」より

ドイツ映画が存在感を増し始めた1920年代初頭に制作されたUFA社版のシンデレラ。プロデューサーはエリッヒ・ポマー。後に『ワルツの夢』(1925年)や『ワルツ合戦』など軽快な宮廷コメディを残すルドウィッヒ・ベルガー監督の手によるものです。

ヒロインに北欧出身の新進女優ヘルガ・トーマス、王子役に美男俳優パウル・ハルトマン、意地悪な義姉にロシア生まれのオルガ・チェーホワ等を配し、良く知られた物語に多少のアレンジを加えながら軽やかに展開していきます。

母国ドイツでも完全版は現存しておらずドイツ映画博物館には16ミリと9.5ミリの短縮版のみ保存、VHSやDVDなどソフト化もされてこないままでした。とても良い作品であるだけに途中一か所、人種差別的な描写が含まれているのが惜しまれます。

[タイトル]
Cinderella

[原題]
Der verlorene Schuh

[製作年]
1923年

[IMDB]
tt0014577

[メーカー]
英パテスコープ社

[カタログ番号]
809

[フォーマット]
9.5mm 300ft*2(無声、ノッチ無)

1912- 9.5mm 『ナピエルコウスカ嬢のカンボジア風舞踏』(1912年)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

1912 9.5mm Napierkowska : Danses Cambodgiennes

ギリシヤの彫像のやうにすらつりつとした姿整で、華やかな衣装をつけてゆつたりとした態度の中に人をひきつけるその踊り子は、カンボチヤンダンスの不思議な現はれであります。中にも一座のスターは他のきらく數多の踊り子眞中に、更に一段と輝いて居るのを御覧ください。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

仏パテ社が9.5ミリ小型映画を最初に売り出した時にカタログに含まれていた初期のフィルムで、1912年に公開された中編映画(『La Fièvre de l’or』)の一場面を抽出したもの。

映画全体は金銭欲に取りつかれた男が亡父の銀行を乗っ取り投資ブームを仕掛け、人々が踊らされていく内容を描いています。途中の祝宴場面に使用されていたのがスタシア・ナピエルコウスカによるカンボジア風の舞踏でした。

[タイトル]
Danses Cambodgiennes

[原題]
La Fièvre de l’or

[製作年]
1912年

[IMDB]
tt0250381

[メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
47

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 10m *1リール

1930年代中頃 – 9.5mm短編 『高等馬術』(伴野商店)

日本の伴野商会による9.5mmフィルムは現存数が極端に少なく、タイトルによっては十本も残っていないのではないかと思われます。こちらは陸軍の協力を得て作成されたと思われる馬術の紹介動画。

冒頭、障害物を飛び越えていく颯爽とした馬が登場。その後は「高揚歩調」「スペイン常歩」「短縮駈足運動」「三脚駈足」など難易度の高い歩法が披露されています。

以前に紹介した別フィルムにも「不燃性フヰルム」のクレジットが見られましたが、今回は同じ文字が左から右への表記に変わっています。

仏シネジェル社 ライネット9.5mm動画カメラ (1940年代末~50年代)

フランスのル・マンに拠点を置くシネジェル社が1949年に市販を始めた動画用のカメラ。8mm用と9.5mm用の2種類が用意されていました。録画速度は16コマ/秒で、静止画撮影モードもついています。

戦前のフランスの動画カメラは黒基調で、ダイキャスト製のどっしりしたものが主流でした。ライネットはオリーヴ色をしていてより軽やかな印象を与えます。

[メーカー名] 仏シネジェル社

[レンズ] H Russel Kynor 1:2.5 f=20mm

フラッター嬢の『転生の舞』(1907年、仏、セグンド・ド・ショーモン監督、モノクロ版)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

フリユツテ孃は人間の美しい蝶々であります。で、その羽根は我々の眼であらゆる不思議な變化を受けます。パテー ベビーはあなた方にかずかずの色をもつとその翼のこの可愛いゝ蟲を御覧に入れます。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

仏パテ社の9.5mmフィルムカタログで12番となる初期の一本。

映画の誕生当初からリアリティを追及する動きと、ファンタジーに向かう動きの二つが見られました。メリエス作品などは後者に位置づけられ、今回ご紹介するスペイン出身のセグンド・ド・ショーモン作品もその流れに属しています。『転生の舞』は最初期の特撮/トリックフィルムで、蝶に扮した女性の羽が羽ばたくごとに模様と形を変えていきます。

パテ社9.5㎜版では手彩色(ステンシルカラー)の物も発売されておりますが今回入手できたのはモノクロ版。華やかな彩色版とはまた違った繊細な美しさがあります。

[タイトル]
Miss Flutter: Metempsycose

[原題]
Métempsycose

[製作年]
1907年

[IMDB]
tt0451432

[メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
12

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 10m *1リール

手彩色版のデジタル化はこちらから(YouTube)

1915 – 9.5mm 『思ひ出(アルト・ハイデルベルク)』 (ジョン・エマーソン監督、米)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

古い大学町に遊学でやってきた皇太子と旅館の看板娘の恋と別れを描いたメロドラマ。19世紀末に戯曲として出版され人気を博しました。

サイレント映画としては1927年のハリウッド版が有名ですが、その12年前に最初に映画化されたものがこちら。人気絶頂だった美形俳優のウォーレス・リードとギッシュ姉妹の妹ドロシーが主演を務めています。

後年ドロシー・ギッシュは喜劇作品に多く主演するようになり、姉(リリアン・ギッシュ)のように悲劇に出たいとこぼしていました。ただ本作でも表情や動作がやはりコメディ風なんですよね。また、薬物中毒で早世したウォーレス・リードの貴重な主演作でもあります。

[タイトル]
Alt Heidelberg

[原題]
Old Heidelberg

[製作年]
1915年

[IMDB]
tt0005823

[メーカー]
独パテックス社

[フォーマット]
9.5mm

1929 – 9.5mm 『栄光に包まれて:ジャンヌダルク五百年祭 1429-1929』

1929年5月、ジャンヌ・ダルクのオルレアン解放から五百年を記念して行われた大規模な祭典の様子を収めたドキュメンタリー短編。6巻物で第1巻が欠。

フィルム側面のラベルが赤地となっていますが、これはキリスト教系出版社ボンヌ・プレス社が制作を手掛けたものを意味しています。

第2巻でお祝いムードに包まれるオルレアンの町と、ジャンヌにゆかりのある場所を紹介。3巻目以降は雨模様の中行われたパレード、旗の贈呈式の様子などが映し出されていきます。

自治体だけではなく、時の首相、枢機卿、アカデミー・フランセーズからの代表者、仏軍が参加した大掛かりなお祭りに街路も見物人で一杯。最後はイリュミネーションで照らされた夜の風景で幕となりました。

[原題]
Dans la gloire : Fêtes du Cinquième Centenaire de Jeanne d’Arc 1429-1929

[メーカー]
仏ボンヌ・プレス社

[公開]
1929

[仏パテ社版カタログ番号]
3042

[フォーマット]
60フィート(ノッチ有)*5

『シユーケツトと空の勇者』(1920年、シャルル・プランス監督)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

才智のひしめくこの一篇はまことに面白い間違ひの連續であります。一人の空の勇士がフオルカルキエド シストロンでクララトロンペツト孃と許可を得て出會つたのであります。それで二人はその輝くスターのシユーケツト孃とはからず同じホテルへ泊り合はせたのであります。で、空の勇士は身分を隠さうと思つてゐました。所が町の人のル ミノアがシユーケツト孃の心を得るがため勇士の制服をつけて彼女を誘惑し而してその勝利をほしいまゝにして居つたのであります。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

第一次大戦を背景とした恋愛コメディ物。

仏空軍のエースパイロットが休暇中に客車内で出会った女性と恋に落ち密会を始め、人目につかないよう軍服をホテルに預けます。その服をひょんなことから手に入れたのが冴えない主人公(シャルル・プランス)。まんまと空軍エースに成りすまし、片思いしていた舞台の歌姫(ジャンヌ・マルケン)にアプローチをかけていきます。

大戦中に「リガダン」の芸名で人気のあった喜劇役者シャルル・プランスの手によるもので、テンポの良い展開で見せてくれます。歌姫を演じているジャンヌ・マルケンは後年ルノワール監督の『ピクニック』で母親役を演じるなど興味深いキャリアを積み上げていきます。

[タイトル]
Chouquette et son as

[原題]
Chouquette et son as

[製作年]
1920年

[IMDB]
tt0193815

[メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
681

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 10m *8リール

1921 – 9.5mm『ロヴェルのお嬢さん』 (ジャン・ケム監督)

ジュヌヴィエーヴ・フェリクス主演によるホームコメディ。人間嫌いで郊外で姉と生活している主人公(ジョン・ウォルム)と、隣家の娘(フェリクス)の恋愛模様に焦点を当てています。

テンポが悪く物語としては凡作。それでも1)冒頭に挿入されたジャズ演奏の場面が時代表現として興味深く、2)戸外ロケ撮影を重視し、木漏れ日など繊細な描写が成功しているなど見るべき点があります。

また、主人公の姉役で登場する女優さんの表情が多彩で飽きません。彼女はシャルロット・バルビエ=クラウスといって名優アンリ・クラウス氏の奥さんです。若いころはバルビエ名義で小さな舞台で活躍、デュヴィヴィエの名作映画『にんじん』(1925年版)でも意地悪な母親役を好演しています。

[タイトル]
Miss Rovel

[原題]
Miss Rovel

[製作年]
1921年

[IMDB]
tt0011471

[メーカー]
仏パテ社

1924 – 9.5mm リン・ティン・ティン主演 『義勇の猛犬』

1929年に米アカデミー賞が初めて開催された時、審査員投票で最初に男優賞に選ばれたのはリン・ティン・ティンという名のシェパード犬でした。

栄えあるイベントの初代男優賞が果たして犬でいいのか…審査結果は一旦キャンセルされ、再度の投票で『嘆きの天使』主演のエミール・ヤニングスに付与されることが決まりました。

『義勇の猛犬 (Find Your Man)』はそんなリン・ティン・ティンの初期作。カナダを舞台とし、婚約者と会うために山村にやってきた青年が材木の密売事件に巻きこまれていく物語です。

閉じこめられていたリン・ティン・ティンが助走をつけて檻に突進、しがみついて乗り越えてしまう場面、蒸気機関車との並走場面など見どころ満載。当時の子供たち、そして大人たちまで魅了されたのがよく分かります。

[タイトル]
Rintintin, redoutable témoin

[原題]
Find Your Man

[製作年]
1924

[Movie Walker]
mv2543

[IMDB]
tt0014901

[メーカー]
仏パテ社

[カタログナンバー]
918

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 20m *6リール

1919 – 9.5mm 早川雪洲主演 『蛟竜を描く人』

早川雪洲青木ツルを主演に配したハリウッド作品。ここでは雪洲氏は天才画家に扮しており、その噂を聞きつけた東京の絵師の婿となるのですが、奥さんとの幸福な生活に画家としての責務を忘れてしまいます。それに対して妻の取った行動は…

縮約版で作品そのものの判断は難しいのですがドラマの起伏に乏しく仕上がりは並程度。それでも偏見が厳しかった当時のハリウッドで道を切り開いた二人にどれほど賞讃を送っても足りないと思っています。

[タイトル]
Le Peintre de Dragon

[原題]
The Dragon Painter

[製作年]
1919

[IMDB]
tt0150388

[メーカー]
仏パテ社

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有)

仏パテ社 モトリクス 9.5mm動画カメラ

1926年、仏パテ社はねじ巻き式モーターを取り付けて自動化した第二世代型動画カメラ「モトリクス (Motrix)」を発売しています。

幅が倍になり重さもずっしり。フランスでは動画撮影の定番となり、若干の改良を加えながら30年代後半まで様々な風景を撮り続けていきます。

以前に一度手放していて、安く出ていた機体を買いなおし。革の部分、ちょうつがいの辺りにダメージが目立ちますが、機構部はスムーズに動いています。

蓋になった開くとカートリッジ交換ができます。カバー内側にシリアルナンバー42955有り(モーター側は別シリアル)。 今回購入した機体にはカートリッジが残っており、中に現像済みのフィルムが残されていました。

[メーカー名] 仏パテ社
[本体シリアルナンバー] 42955
[モーター シリアルナンバー]024094

[レンズ] Trianar Krauss f=2cm
[レンズ シリアルナンバー] 224775

c1910 – 9.5mm 『オイルサーディンができるまで』(教育/産業)

フランスで9.5mmホームムービーが初めて導入された1923年に発売された
短編ドキュメンタリー動画に英語字幕を付けて合衆国で発売されたもの。

フランスの西北部辺りの港町で撮影されたものではないかと思われます。
百年前の手作業を捉えた興味深い映像です。

The Preparation of Sardines (1920s 9.5mm Educational Short Film)

[原題]
Préparation des Sardines

[タイトル]
The Preparation of Sardines

[メーカー]
米パテックス社

[カタログ番号]
B-11

[仏パテ社版カタログ番号]
554

[フォーマット]
30フィート(ノッチ有)

独アレフ アレスコープ 9.5mmサイレント映写機(1920年代後半)

「アレフ」はドイツの小さな玩具屋さんが製造していた映写機のブランド名です。入門機~中級者向けの映写機(9.5/16/35mm)は主にドイツ国内で流通していました。他の高級映写機メーカーが本体にシリアルナンバーを付していたり、レンズのメーカー名やスペックなどを明記していたのに対し、アレフ映写機には「アレフ」のロゴ以外何も書かれていません。

数少ない例外が、同ブランドの最上機として位置づけられたアレフスコープでした。レンズには中堅レンズメーカーLaack社の名が入っています。

ランプがこの時期としては暗め(25w)。動画を途中で止めてもフィルムにダメージがない熱量なので、静止画で詳細を確認したい人には丁度よい明るさです。また、パテ社製以外では数少ないノッチ(フィルム脇の切れこみで自動停止が起こる仕組み)対応機のため、映写できるフィルムの幅が非常に広い隠れた名機だったりします。

シリアルナンバー:なし
対応フィルム:9.5mm
製造国: ドイツ
製造時期:1929年頃
ランプ: OSRAM 8203 25V 1A 25W(Ushio 8000281, SM-8203, Philips 392N)

1917 – 9.5mm『無法者』 (ウィリアム・S・ハート主演作品)

ジョン・ウェインの登場(1929年)以前に米の西部劇を代表していたのがウィリアム・S・ハートです。人生の疲れを知った大人の部分と、無邪気な童性が溶けあっていて、無法者の側にも立っても秩序の側に立っても物語を組み立てていける懐の広さがありました。

1917年公開の『ガンファイター(The Gunfighter)』を9.5㎜用に縮約したのがこの『無法者』です。冒頭、銃口がこちらを睨み付けているショットや、仲間と一緒に酒場へやってきたハートがカメラににじり寄っていく場面など見せ場が多い良作。

[タイトル]
The Outlaw

[原題]
The Gun Fighter (1917)

[IMDB]
tt0008036

[メーカー]
米パテックス社

[カタログ番号]
10038

[仏パテ社版カタログ番号]

[フォーマット]
60フィート×3(ノッチ有)

1929 – 9.5mm『死の銀嶺』(アーノルド・ファンク&G・W・パブスト監督作品)

1926年の『聖山』と並ぶファンクレニの代表作でドイツ山岳映画の金字塔。『聖山』が透明感のあるビジュアル重視の手法を使っていたのに対し、『死の銀嶺』は雪山に閉じこめられた主人公3名の人間ドラマに肉薄していきます。

[タイトル]
White Hell of Pitz Palu

[原題]
Die weiße Hölle vom Piz Palü

[製作年]
1929

[IMDB]
tt0020570

[メーカー]
英パテスコープ社

[ナンバー]
SB30054

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ無) 300ft *4リール

独パテックス社 モトカメラ H型 9.5mm動画カメラ(1930年代)

1930年代半ば~後半に仏パテ社が発売していた廉価モデル。こちらは独パテックス社仕様、上に革製の持ち手がついていて「PATHEX」のロゴが刻印されています。

本体シリアルナンバーは「649 H」。レンズには自国産のLaack Pololyt F=20mm 1:2.8を使用。仏製は現存数が多く中古市場でも供給過多となっておりますが、ドイツ製は数が少ないようです。

[メーカー] 独パテックス社
[本体シリアルナンバー] 649 H
[レンズ] Laack Pololyt F=20mm 1:2.8