レナ・アムゼル Lena Amsel (1898 – 1929) 独

サイン館・ドイツ/オーストリア より

Lena Amsel c1920 Autographed Postcard

先週の日曜、フォンテーヌブロー近郊に位置する画家アンドレ・ドラン氏別邸を訪れた女性二人が焼死した。二人を乗せた乗用車が横転し炎上したためである。二人を助けようと試みたドラン氏も危うく命を落とすところであった。

フォンテーヌブローの西に位置するコルヌ・ビッシュでお茶を済ませた後、レナ・アムゼルとジェルメーヌ・ピトロンの二人はシャイイ・アン・ビーエルの画家別宅に車を向けた。ドラン氏は自身の車で先を走っていた。女性陣の車が来ないのを不審に思った氏が戻ってみると、車が横転し女性二人はその下敷きとなっていた。農夫の手を借りて助け出そうと試みたが燃料タンクが爆発、二人の男性は炎に包まれるも近くの湿った畑に身を転げて何とか命はとりとめた。

「自動車火災で女性2人が死亡」
インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙 1929年11月6日付

Two women who went for an outing to the villa of André Derain, painter, on the outskirts of Fontainebleau last Sunday were burned to death when their automobile overturned and caught fire. M. Derain had a narrow escape when he tried to rescue them.

After taking tea at Corne-Biche with M. Derain, the two women whose name are given as Mme. Lena Amsel and Germaine Pitron, drove to the painter’s villa at Chailly-en-Bière. The latter preceded them in his own automobile. Seeing no sign of them, he went back and found them both pinned under the flaming car. With the help of a farmer, he tried to save the women, but the fuel tank exploded and enveloped the two men in flames. They escaped by rolling on the wet soil in a field near by.

Two Women Die Under Auto Afire
International Herald Tribune, November 6, 1929


1929(昭和4)年11月3日、パリ郊外で一台の自動車が横転炎上し二人が亡くなりました。このうちの一人、運転していた女性が1920年代のドイツでダンサーとして活躍したレナ・アムゼル(1898-1929)でした。

独イラストレーター、ヴァルター・シュナッケンベルク(Walter Schnackenberg)のリトグラフ。1920年公刊の作品集『シュナッケンベルク』より

1920年代のドイツには前衛舞踏家からなる特殊なサークルが存在していました。これまでサイン物を紹介してきた中ではグリット・ヘゲーザ、ルーシー・キーゼルハウゼン等が該当、レナさんもこの界隈で名の知られた一人でした。短期間女優としても活動。1917~18年にかけウニオン映画株式会社(PAGU)~サッシャ社で短編映画の主演を勤め、その後1923年にヨーエ・マイの『愛の悲劇』に端役で出演。

1927年にフランスに拠点を移動、モンパルナスのキキ(アリス・プラン)と親交を持ち、写真家マン・レイのモデルとなり、短期間ながら詩人アラゴンと恋愛関係にあるなどシュールレアリズム系のアーティストと交友を深めていきます。

そんな中で起こったのが上述の悲劇でした。11月6日付の地元紙(プティ・ジュルナル紙)に詳しい記事が掲載されているのですが、日曜にフォンテーヌブローの森周辺をドライブがてら見て回ろう、という話でその近くに別宅を有していた友人の画家アンドレ・ドランと共に動いていたそうです。事故があったのは帰り道。レナさんの運転するブガッティが速度超過でハンドルを取られ、側溝にはまって横転、戻ってきたドラン氏が助け出そうとするも先に燃料タンクに引火。数時間後、消火した車の下に見つかった遺体は損傷がひどく身元が判別できない状態だったそうです。

事故から5年後、作家ルート・ランツホフ(女優として『吸血鬼ノスフェラトゥ』に出演)が『ある踊り子の物語』を執筆。モデルとなったのがレナ・アムゼルでした。踊り子あるいは女優として評価されているわけではないものの、旧来の道徳に拘泥せず自由に生きたレナさんを「新しい女性」と位置付けています。しかし同書はルートさんの出自(ユダヤ人)からナチス政権下ドイツでの出版が差し止めとなり、書籍として日の目を見たのは2022年になってからのことでした。

今回入手したサインはオーストリア・ウィーン在住のサインコレクター、ハンス・ルドルフ・ヘーニッヒ(Hans Rudolf Hönig)氏の旧蔵品です。同氏のコレクション数点をエストニアのヤーク・ヨエカッラス氏から入手したことがあるのですが、今回のサイン物もエストニアのセラーさんが保管していたもの。1919~23年頃の一枚と思われます。

[IMDb]
Lena Amsel

[Movie Walker]