1929 – 『赤穂浪士』(日活太奏、志波西果監督)  春江堂・トーキー文庫

情報館・ノベリゼーション [日本]より

Akôrôshi dai ippen Hotta Hayato no maki (“Akôrôsh Part 1 : Hotta Hayato”, 1929, Nikkatsu Uzumasa, dir/Shiba Seika)
1929 Shunkô-dô Novelisation “Collection Talkie”

今年最後の投稿は1929年11月に公開された日活作品『赤穂浪士』のトーキー文庫版です。大河内傅次郎が堀田隼人と大石内蔵助の二役を演じ、東亞キネマから移籍してきた光岡龍三郎が小林平七役で日活デビューを果たしています。その他葛木香一、久米譲、市川小文治、梅村蓉子、伏見直江などこの時期の日活の主要俳優が多く出演しています。


ムラムラと小林平七の顏に殺氣が漲った。

『いふか!エーイ!』

鋭い氣合と共に、抜き討ちに隼人の肩先目蒐(めが)けて浴びせかける。勿論相手も抜き合はせると思つたのに、意外や隼人は體もかわさない。肩先は破れて鮮血が迸つた。

『小林氏。手もとに狂ひが見へた。傷は急所をそれてゐる。今一太刀』

と隼人は身動き一つしやうともせぬ。

小林は今更のやうに悔悟に似た瞳で、此の不思議な隼人の態度をみまもつた。

『拙者は勿論貴殿が、身をかわすものと思つたのに』

『生きてゐても出世もしさうにない拙者だ。斬られて死ねば武士らしくてよい』

『赤穂浪士』(春江堂、1929年)


大佛次郎氏の名作と言はれる「赤穂浪士」-大河内傅次郎氏の堀田隼人に対して剣客小林平七に日活入社第一回の初御目見得をして居る光岡龍三郎。好漢光岡の日活での活躍が期待されます。

『映画スター全集 5』(平凡社、1930年)


トーキー文庫版の本扉には「赤穂浪士 堀田隼人の巻」とあり、JMDbでの登録も『赤穂浪士 第一篇 堀田隼人の巻』でした。奇妙なことに、第二篇が制作・公開された記録がないんですね。翌1930年4月には傅次郎が再度大石内蔵助に扮した『元録快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻』が公開されているものの、1929年版が大佛次郎氏原作扱いになっているのに対し1930年版は池田富保氏によるオリジナル脚本・監督作です。

なぜこんな形に…と調べたところ次の流れでした。

元々1927年から28年にかけて東京日日新聞に連載された大佛次郎氏の新釈が話題を呼び、1929年初頭に帝劇で新国劇による舞台版が披露されました。この舞台で堀田隼人と大石内蔵助の二役を演じたのは澤田正二郎でした。しかし同年2月に体調を崩して入院、その後脳膜炎を発症し3月4日に急逝しています。このため、澤正の代役として帝劇の舞台に立ったのが大河内傅次郎でした。

新国劇版『赤穂浪士』は前編・後編の二部構成となっており、特に前編で傅次郎が演じた堀田隼人役が高い評価を得ていました。一方で討入りを中心にした後編では堀田隼人の出番が少なく残念がる声が目立ちます。

1929年日活版はこの大佛版小説〜舞台化の流れを受けたもの。新国劇での前編に対応した内容で、『赤穂浪士』と題されてはいるものの討入り場面は含まれておりません。後編の企画もあったのが池永浩久氏を中心に話が膨らんでいき、大佛次郎原作と別作品として結実したのが『元録快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻』だったのか、と。

[IMDb]
Akôrôshi dai ippen Hotta Hayato no maki

[JMDb]
赤穂浪士 第一篇 堀田隼人の巻


[編者]
映畫研究會

[発行所]
春江堂

[定価]
20銭

[出版年]
1929年12月5日初版