9.5ミリ (米パテックス) & 映画史の館・合衆国より
リリアン・ギッシュがキャリアの初期に出演した社会派ドラマ『苦しむのはいつも子供』の9.5ミリ版。20メートル3巻の構成でノッチによる字幕部をカウントすると全9分半。35ミリ版は遺失したとされており知られている限りこのダイジェスト版のみ現存しています。
父親と母親が自分の欲望を優先させる時、「苦しむのはいつも子供」なのだ
モーション・ピクチャー・ニュース誌1916年11月25日付(第14巻21号)
The parents satisfy their own desires and “THE CHILDREN PAY.”
1916 Triangle Advertisement for “The Children Pay”
(Motion Picture News, Vol.14 No.21, Novemnber 25 issue)
実の父親はビジネスに没頭、母親は声楽家としてのキャリア形成に心を取られ子供たちを顧みることはない。味方と言えば養母スーザンとその召使、法律を志す青年ホレスのみ。物語は両親の離婚を背景とし、周囲の無理解な、さらには敵対的な環境を健気に乗り越えていこうとする姉妹を描いていきます。
こう書くと『散りゆく花』風の「可哀そうな境遇に置かれた可憐な少女」のお涙頂戴物が容易に想像できるところ。ところが9.5ミリ版で確認できた映像は全く異質の物語世界でした。そもそもリリアン演ずる姉ミリセントのキャラクターが、現在一般化しているリリアン・ギッシュの初期イメージから大きくかけ離れているのです。
リリアン・ギッシュ演じるミリセントは離婚した両親から邪険に扱われ、田舎に送られ妹と共に養母の下で暮らしています。新参者に対する村人たちの反応は冷たく学校でも虐められ、ミリセントは自分と妹を守るため地元民と衝突を繰り返します。この辺りは9.5ミリ版では大きく削除されてしまっているのですが、激高して同級生相手につかみかかる(最後に蹴りを入れています)場面などヒロインの勝気さを伝えるエピソードを確認できました。


何か謎めいている状況に二人が置かれているとしか知らない村人たちからはつまはじきにされ、ミリセントと妹は自力で幸せを見つけるよう強いられる。
自分自身を楽しませようとミリセントは発明家の才を発揮、食洗器や洗濯物絞り機の機能を増強し、さらには自動車とバイクの機能双方をブレンドした奇妙な自走機械まで創り出してしまうのだ。
「『苦しむのはいつも子供』でリリアン・ギッシュが演じた風変りな少女の肖像」
1916年11月トライアングル社プレスシートより
(仏シネマテーク・フランセーズ収蔵)
Millicent and her sister are forced to find happiness in their own devices, as they are ostracized by the villagers, who only know there is some mystery connected with their present situation.
To amuse herself Millicent turns inventor and bulds improved dishwashers, clothes wringers and even a strange racing contrivance, half automobile, half motor-cycle.
Odd Type of Girl Portrayed By Lillian Gish in New Triangle Drama “The children Pay”
1916 Triangle Press Sheet
興味深いのはミリセントが機械を使った発明に強い「工学女子」の属性を与えられている部分です。この辺も9.5ミリ版では省略されており食洗器や洗濯物絞り機こそ出てきませんでしたが、自作の車に乗りこんだヒロインが颯爽と去っていく場面が収録されていました。
しかもリリアン・ギッシュ自身の表情が「いつも」と違うのです。両親からは半ば見捨てられ、周囲の人々から理解されない状況下、孤立した彼女の浮かべる不安や孤独、絶望、敵意といった表情は少女とは思えないほど冷めたものです。
はかなげで守ってあげたくなるヒロインを期待してこの作品を見始めると肩透かしを食らう。好みと是非の割れるアプローチではあります。ただしそれは意図的なものだったのかなと。脚本を手掛けたのは女性脚本家のパイオニア、アニタ・ルースですし、男性的な幻想を取り払ったヒロインを描きたいという願いは見えやすいところです。
強い自我を持ち、必要であれば自らや近しい者を守るために戦うことを厭わない。『苦しむのはいつも子供』のミリセントは40年後の『狩人の夜』(1955年)レイチェル・クーパーに直結していきます。齢を重ね経験値を高めてあの役に辿りついたのではなく、デビューから間もない1910年代半ばにすでにそういった役柄を受けていたことになります。
その他特記事項として、養母スーザン役のベテラン女優ジャニー・リー、召使役の黒人女優マダム・サル=テ=ワンが味のあるこなれた演技を見せ、また悪役俳優として知られたカール・ストックデイルが人情味のある判事として登場。脇役に見せ場が多く与えられています。
また父の再婚相手エディタ役に配されているのはアルマ・ルーベンス。彼女の開いた夜会でミリセントが舞踏界デビューを果たします。リリアン・ギッシュと何度か並んで登場してくるので両者に思い入れのある方は必見です。
社会派ドラマ・家族ドラマ・人間ドラマ、さらに最後の法廷劇まで要素を詰めこみ過ぎ、ひとつひとつを十分に展開できていない欠点も目につきます。それでもこの作品がグリフィスのお膝元ファイン・アーツ社で制作されたのは興味深く、リリアン・ギッシュの初期キャリアを理解し直していく重要な鍵となりそうな一作です。
[IMDb]
The Children Pay
[Movie Walker]
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