映画史の館・フランス & 情報館・DVD より
世間を騒がせるほど話題になったと言えないまでも『マルキッタ』の収支はプラスだった。いよいよ自分も本物の職業監督になれたかなと思ったのさ。ところがどっこい。この後に撮った三本の映画はいずれも私企業からの資金提供によるもの。映画業界は全く絡んでいなかったんだ。
『ジャン・ルノワール自伝』
(1974年。邦訳はみすず書房より)
Après “Marquitta”, qui ne remua pas de vagues mais fit de l’argent, je me croiais définigivement entré dans la profession. Quelle erreur! Les trois films que je tournais successivement furent financés par des particuliers. L’industrie cinématograpique n’avait rien à voir là-dedans.
Ma Vie et mes films / Jean Renoir
(Flammarion, 1974)
以前に英パテスコープの9.5ミリ版を紹介したルノワール監督1928年作のデジタル完全版。日本未公開の作品で正式な邦題がありません。デジタル版はシンプルに”Le Tournoi”となっているので『御前試合』または『馬上槍試合』と訳しても良いかと思います。ただ、ルノワール監督は自伝で9.5ミリ版と同じ”Le Tournoi dans la Cité”を使っています。そのため本サイトでは『城下町の血闘』表記で統一していきます。
1920年代末のルノワール監督をめぐる状況は芳しくなく、映画会社やプロデュ―サーから見放され思ったように作品を形にできなくなっていました。「商売人たちに名が知られていなければ監督は題材を選ぶ事さえできない」。無声映画期の最後に撮られた『城下町の血闘』(1928年)と『土地』(1929年)の二作は他作と異なり、外部から委託された企画を受けたものでした。自伝での扱いも小さく『城下町の血闘』については申し訳程度に触れられているのみ、『土地』に関しては名前すら挙がっていません。
あえて触れる必要のない凡作なのでしょうか。「そんなことはない」がこの12、3年程の流れになってきています。先行してデジタルソフト化(2012年)されていた『大地』に続き2021年に『城下町の血闘』の2Kデジタル版が発売されています。
『城下町の血闘』の物語は仏国内でキリスト教新旧派が内戦状態に陥ったユグノー戦争を背景としています。シャルル9世の摂政として権勢をふるったカトリーヌ・ド・メディシスは南仏を訪れ、地元で勢力を持ち「プロテスタント派の女王」と呼ばれるべイン伯爵夫人との対立緩和を計ろうとします。
町で開催予定の槍試合観覧に招待されていたカトリーヌはべイン伯爵夫人の息子フランソワに協力を仰ぐのですが、フランソワは見返りに女官のイザベルと結婚したいと所望。イザベルには将来を誓いあった男性アンリがいたにもかかわらず、カトリーヌは要求を受け入れてしまいます。婚礼の宴が開かれる中、納得のいかないアンリはイザベルを奪い返すためにフランソワの館へと乗りこんでいきます。
闘いの最中に取り押さえられた二人は翌日の槍試合で正式に決着をつけることになりました。幼王シャルル9世、摂政カトリーヌ、べイン伯爵夫人とイザベルが見守る中、名誉と愛、そして信仰を賭けた決闘は如何なる運命をもたらしていくのか…
若手美形俳優(ジャッキー・モニエとエンリケ・リベロス)による恋愛劇、フェンシング選手として名を成したアルド・ナディの華麗な剣捌きを前面に押し出した『城下町の血闘』は、ジャン・ルノワール作品では最も商業映画に近い質感を帯びています。
それでも9.5ミリ版を観た時の印象は「単なる営利目的の作品ではない」でした。恋愛やアクションで構成される分かりやすい物語に、ベテラン舞台女優(ブランシュ・ベルニとシュザンヌ・デプレ)たちが織りなすもう一つの物語が並走しているように見えたのです。今回の視聴後も見立てそのものに大きな変化はありませんでした。
内容の紹介に入る前に、まずデジタル完全版と9.5ミリ版の画質の差およびトリミング幅を幾つかのサンプルで見ていきます。
左が2021年デジタル完全版、右が1930年代9.5ミリ版。ネガは同一で、以前にチャップリン作品やラング作品9.5ミリ版で見られたような別ショット・別テイクは含まれていませんでした。
トリミングの傾向はほぼ一定で、左5%、右7%、上8%、下4%程度トリミングされています。9.5ミリフィルムのスキャン時に位置が多少前後してくるのですが、割合として左右、上下方向どちらも12%ほどカットされていることになります。
画質については当然35ミリベースのデジタルに軍配があがります。9.5ミリ版は白飛びが多く、屋内場面の宝石類や屋外撮影での空のグラデーションがきちんと表現できていませんでした。一方のデジタル版は屋内撮影の部分がやや暗め、被写体が見えにくくなっている場面が何度か見られました。
英パテスコープ社による9.5ミリ版は3リール構成でフレーム数が39500程、16コマ毎秒で再生すると41分に相当。デジタル版が127分ですのでほぼ1/3に短縮。各エピソードを少しずつ削り落としていく形でオリジナルの物語の流れを出来るかぎり損なわないようにしています。
ただし一ヶ所、エピソードが丸々省略されていたところがありました。デジタル版では70~80分辺りに相当。具体的に流れを追っていくと:
- 婚礼の宴でアンリとフランソワが取り押さえられた後、ショックを受けたイザベルが自室に閉じ籠る
- 酒に酔った勢いでフランソワがイザベルの部屋に入りこんで襲おうとする
- 逃げ出したイザベルが、フランソワの母に当たるべイン伯爵夫人に助けを求める
- 母の圧力に屈したフランソワが祝宴に戻ってやけ酒をあおる
婚約したとは言え合意のないまま女性に性的暴行を加えようとするストーリーが含まれており、視聴対象に児童を念頭に置いていた9.5ミリ小型映画フィルムで省略されたのも致し方なし、とは思います。それでも少なくとも表現レベルで見ていくなら若きルノワール監督の創意が織りこまれたものでした。
まずはイザベラの動向を追っていきます。
アンリとフランソワが死闘を繰り広げた後も貴族女性たちが酒宴で乱れた言動を繰り広げるを様子を目にし、イザベルはショックを受けて宴の場から逃げ出していきます。ここでは多重撮影を多用、マン・レイ等シュールレアリスト系映像作家が得意とした実験的な描き方を試みたものです。デビュー作『マッチ売りの少女』も同じベクトルをはらんでいたのを思い合わせるとルノワール監督の実験精神が強く反映された興味深い場面と言えます。
続いてフランソワ。イザベルを手籠めにするのに失敗し祝宴会場に戻ってきた場面で、男優を正面から捉えたままクレーンを使ってカメラを引いていくと、怖々とした様子で男を見守る参加者たちの姿が視野に入ってきます。
唇を痙攣させ、虚ろな様子で目を見開いている泥酔状態のフランソワ。自分の思いを遂げることが出来なかった怒りや失望を表現しているだけでなく、抑えることのできない暴力衝動を抱えこんだある種の病理が伝わる描写になっています。
先のイザベルの件にしてもそうですが、このフランソワの描写でもルノワール監督はやや難易度の高い演技を要求。9.5ミリ版を観た時に単純明快なロマンスと見えたものにもう少し立体感、薄暗さと深みがあったのだなと自分の見方を修正することができました。
それ以上に重要なのがこの二つの場面の間に展開されるエピソードです。
襲ってくる男からイザベルが無我夢中で逃げ出していくと、通路の先はフランソワの母べイン伯爵夫人の一室(アンティチェンバー)になっていました。表の物語のヒロインであるイザベルと、裏の物語の主人公であるべイン伯爵夫人がここで初めて顔を合わせます。
イザベルは取り乱しながらべイン伯爵夫人の足元に縋りつきます。女を追いかけてきたフランソワが姿を現したところ伯爵夫人は憐みと悲しみを帯びた目で息子を見据えます。圧に屈したフランソワは母の足元に崩れ落ちて許しを請うのでした。
伯爵夫人役シュザンヌ・デプレは大きな動作を見せることなく、僅かな表情の変化と空気感だけで画面を支配しています。百戦錬磨の舞台女優だけある圧倒的な存在感。
また直立した伯爵夫人、縋りつくイザベルとそのドレスが組みあわさって三角形の構図となるよう配置が工夫されています。キリスト教の図像学(イコノグラフィー)でなじみ深い、聖母子像や聖家族像で頻繁に使用されてきたデザインです。16世紀半ばの宗教戦争を背景とした作品の見せ場でこの構図は強いインパクトを与えるものです。
9.5ミリ版では省略されていた70~80分の展開一つとっても演出や構図、カメラワーク等ルノワール監督の創造性を垣間見ることができます。これだけの作品が本意で撮ったものでないという理由でほぼ一世紀顧みられてこなかったのもすごい話です。
ここからは私見になるのですが、同時期、1920年代中盤から後半にフランスで製作された他の歴史大作、例えば『狼の奇蹟』(レイモン・ベルナール監督)や『虐げられし者たち』(アンリ・ルーセル監督)と比べても『城下町の血闘』が優っているのではないかな、と。『狼の奇蹟』も『虐げられし者たち』も悪い作品ではありませんが、20世紀を代表する映画監督が若き日に残した満足のいかない作品と並の力量の監督による代表作には越えがたい壁がある。そんな事実を改めて突きつけられた気がします。
[IMDb]
Le tournoi
[Movie Walker]
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