ファルコネッティ [Renée Jeanne Falconetti] より
現在、日本で流通しているデジタル版『裁かるるジャンヌ』はDVD(2005年紀伊國屋クリティカルエディション、2015年IVC版)、ブルーレイ(2019年IVC版)いずれも1980年代に発見されたオスロ版を下敷きにしたものです。
でもこの作品はそれ以前から日本でも繰り返し上映され視聴されていた訳です。20世紀の日本の映画愛好家たちが観ていたあの『裁かるるジャンヌ』は一体何だったのか、今回、1999年に市販されたパナソニック&IVC版DVDも取り寄せて確認してみました。


ジャケット裏面に小さな文字の断り書きを発見:「このフィルムはアメリカバージョンです」。


そのためタイトルと字幕は英語仕様になっています。
画質的にはこんな感じ。ネガ由来の白い縦傷や汚れ、ポジ由来の黒い縦傷が見られ、画面左側が大きくトリミングされ被写体が左に寄っています。また繰り返しコピーされてきたプリントで細かなグラデーションが潰れてしまっています。再生時間は82分となっており、明記されていないものの24コマ毎秒の条件でデジタル化されています。
映像の元になったプリントを確定していきましょう。これまでの幾つか投稿で示してきたように 『裁かるるジャンヌ』の二種類のネガ(AネガティブとBネガティヴ)は細かな違いがありますのでその部分を見ていくことにします。
下に4種類のスクリーンショットを並べました。左上に1)クライテリオン版DVD(オスロ版Aネガティヴ)、右上が2)今回入手した1999年松下電器&IVC版DVD、下段に3)ロ・デュカ版DVD(Bネガティヴ)と4)先日入手したアンドレ・ベルナール氏旧蔵フィルム断片のスキャン画像(Bネガティヴ)を並べています。
最初のサンプルはコーション司教(ウジェーヌ・シルヴァン)がジャンヌに尋問を始めてすぐの場面。注目すべきは右手の薬指。Aネガティヴでは薬指を軽く立てるようにしているため指の一部が見えているのに対し、Bネガティヴでは指が折りこまれて完全に見えなくなっています。1999年松下電器&IVC版DVDは指が立っていてAネガティブと一致。表情の作り方もAネガとBネガで微妙に違いますよね。
二番目の例はマシュー(アントナン・アルトー)がジャンヌに火刑を告げた後、隣に立っていたラドヴニュ(パウル・ドゥロザック)が「ミサの準備をします」と席を離れる場面。この瞬間、Aネガティヴではアルトーの右手親指が手のひらの外側に出ているのに対し、Bネガティヴでは手のひらの中に折りこまれて見えなくなっています。1999年松下電器&IVC版は親指が見えていますのでやはりAネガティヴ由来なのだと分かります。
1999年松下電器&IVC版だけでなく、その前に出ていたレーザーディスク版、さらにもう一世代前のVHS版も同様で、20世紀後半期の日本で見ることのできた日本語字幕付き『裁かるるジャンヌ』はAネガティヴを元にした映像でした。
このプリントの正体はタイトル部の下に付された但し書きで明らかにされています。解像度が低く文字が潰れているものの「シネマネーク・フランセーズのご厚意により入手したプリントです(Acquired through the courtesy of the Cinémathèque française)」の一文を見ることが出来ます。
今回別投稿で流れを示したように、元々フランスではアンリ・ラングロワが35ミリポジ(ラングロワ版)を一つ確保しており、シネマネーク・フランセーズ立ち上げの際に同館のコレクションのベースの一つとしました。ラングロワは複数のコピーを作成していてその一つが1930年代末ごろMoMAに渡っています(MoMA版)。タイトルと字幕を英語に差し替えた際、出典を明記し謝意を示したのがこの一文です。
1999年に松下電器&IVCより市販されたDVDはラングロワ/MoMA版を日本語環境向けに編集したものになる訳です。
ラングロワ版は画質的に難があるとはいえ、フランス国内の検閲によって削除が行われる前のもので内容はオスロ版と大差はありません。20世紀終わりごろの日本の視聴者たちはドライヤー監督の当初の意図に近いAネガ由来の映像を見ることが出来ていたのだという結論になります。ちなみに先日紹介した小松弘氏の論考ではラングロワ/MoMA版は「第2版ネガから作られたポジ・プリント」とされており、そこから派生してきた日本語字幕付き「ビデオやレーザー・ディスク」も同じく第2版ネガ(=Bネガ)由来とされていました。この辺の解釈の誤りは一括して修正されないといけないのかなという気はしています。












