1916年頃 – 仏パテ・フレール社 35ミリ映写機「ランフォルセ」 ABR型

映写機館より

c1916 Pathé Frères “Renforcé” Type ABR
35mm Silent Projector (Serial No. 25783)

1905年に市販された仏パテ・フレール社製の35ミリ映写機、光学系とフィルム送り機構をまとめたいわゆる「クロノ（Chrono）」と呼ばれているヘッド部分に当たります。「ランフォルセ」は「補強された、強化された」の意で、元々は19世紀末に発売された初号機の改良型に位置付けられていたことからこの名称が使われていました（発売当初は「弐号機」の呼称も用いられていたそうです）。

堅牢な作りと使い勝手の良さから同社の主力映写機として定着、細かなアップデートを積み重ねながら1930年代まで現役映写機として活躍しました。

1919年の雑誌広告を見ると「市販実績4万台」の一文あり。仏サイト・シネマトグラフの指摘によると、1911年に21000番台、1919年に28000番台のシリアル番号が使われているのでこの販売実績数は水増しされているようだ、と [1] （パテ社は初号機の販売数を含めてカウントしている可能性があります）。いずれにせよ毎年安定して千台程度は売れていた計算になるので十分ベストセラー＆ロングセラー製品です。今回入手した機体はシリアルが25783で1916年頃の一台。

レンズはオリジナルではあるものの銘はなし。上映環境に応じ同一径であれば異なった焦点距離のレンズを使用することが可能でした。シャッター羽根は90度の角をなす二枚羽根構成、純正品（円をくり抜いた形の3枚羽根）ではなく別な映写機のパーツを流用しています。

フィルム送りの機構がある部分。右上の円形金属プレートにパテ・フレール社のロゴとシリアル番号が刻まれています。ロゴの下にあるレバーでレンズの上下位置を調整。

ハンドクランクは手持ちの部分のみ木製。クランクの根元、涙の形をした部分はマルタ十字のメカニズムを収めるケースになっています。逆側の側面はギア部になっていて、躯体上下に設置された歯付きのギアが連動して動くことでフィルムを安定して送ることができます。この辺の発想は形を変えて1920年代のパテベビー映写機にも受け継がれていきます。

フィルム送り用のアームは旧オーナによる自作。鉄製角パイプで強度に多少不安が残るものの実使用に耐えるレベル。デイスプレイに使用された台座が付属していました。

パテ・フレール社のランフォルセ映写機はクロノのみを単体で市販していたもので、アーム部や光源は各自が好みのセッティングをする習わしになっていました。例えばシネマテーク・フランセーズに収蔵された手持ち可能な一台（写真左 [2] ）はゲート部の背後に小さなスポットライト型の光源を設置し、フィルムを受けるアームを映写機の背後に据えています。同館所蔵のもう一台（写真右 [3] ）は据え置き用、光源に幻灯機を使用し木製の土台に切れ込みがあって、フィルムを上から下に流す形になっています。全然別物に見える2台ですが運用の仕方が異なっているだけで映写機としては同一、という解釈になります。

ガジェットとして基本形を持ちつつ、拡張性が高くユーザーの好みによって幾らでもカスタマイズできる…他国・他社の映写機には見られないこの独特な特徴は後年のパテベビー映写機にも引き継がれています。パテ社自身が純正の拡張パーツ（拡大用レンズ、ベビーカラー、モーター、発電機付きモーター／ダイナモ、パイロットラップ、スーパーパテベビー用アーム等）を多種用意していただけでなく、ユーザー側で自作パーツを組みこんだ例も多く残されているのです。「本体はあくまでもベースになるだけ、完成形は自分で決める」、そんなモジュール指向の設計思想は20世紀初頭、35ミリの時代から始まっていたと分かります。

今回入手した一台はアルゼンチンから送ってもらいました。カメラ屋或いは個人コレクターがディスプレイに置いていた感じでしょうか。受け側のアームと光源さえ用意すれば手持ちの35ミリを映写できるはずで、出来れば飾り置きではなく映写機として復活させてあげたいと思っています。