] 映画の郷 [

サイン館 フランス より

1930年代前半、映画俳優キャリアの終わりがけに残された直筆メッセージ入りポートレート写真。サイズは17.0×23.0センチで右下にロール・マルタン（Laure Martin）さん宛の献辞が残されています。

アントナン・アルトーは舞台俳優シャルル・デュランが1921年に組織した実験的劇団「ラトリエ（L’Atelier）」の初期メンバーとして役者業を本格始動。最初期の演目の『人生は夢』（カルデロン）ではデュランが幽閉される王子を演じ、アルトーは幽閉する側の父王バシリオに配されており、当初から同座の若手のホープとして期待されていた様子が伝わってきます。

舞台俳優業が軌道に乗ったのと時期を一にして映画にも進出。アルトーの母親は元々トルコのスミルナ（現イズミル）出身で、その弟は著名な映画プロデューサ、ルイ・ナルパでした。叔父の紹介でクロード＝オ―タン・ララ監督のデビュー短篇『三面記事』に出演。またナルパがアートディレクターを担当していたシネロマン映画社の諸作（1923年『少年王』、1925年『スルクーフ』）で現場経験を積み重ねていきました。

演劇学校で演技の基礎を学んだり幼少時から舞台に立っていた訳ではないため、身体や表情のコントロールに甘さが見られるものの、端正な面持ち、憂いのある独特の雰囲気は当時の仏映画界で他に例がなく、特に時代劇でのはまり具合に特筆すべきものがありました。

ルイ・ナルパとつながりの深かったアベル・ガンスが『ナポレオン』（1927年）のマラー役をオファー。浴室での暗殺場面を演じ切って知名度を拡大。この実績を買われ『裁かるるジャンヌ』（1928年）でキーパーソンの一人マシュー役に抜擢…とつながっていきます。

この後もレルビエの『金』（1928年）、レオン・ポワリエの『ヴェルダン 歴史の幻想』（1928年）、パブストの『三文オペラ』（仏版、1931年）、ラングの『リリオム』（1934年）、ガンスの『ルクレツィア・ボルジア』（1935年）など錚々たる作品に出演。とはいえこれら出演作では役柄に上手く同一化できておらず、画面上で僅かに浮いた印象を与えてきます。

この辺りは本人も自覚しており修正を試みていた様子が伝わってきます。

訳出した発言のうち、「かっちりまとまったキャラ作りがようやく出来る」は表現者アルトーの本質を思いあわせるなら感慨深い一節です。「かっちりまとまった（complet）」は一貫し、同質で、欠けや不揃いの無い完全な様子を表しています。幼少時からメンタル系の不調で入退院を繰り返し、当時であれば分裂症、現在なら統合失調症と見なされる要素を抱えこみ、むしろそれをあえて暴走させることで作家としての主著を生み出していった訳ですが、映画や舞台では自分とは真逆な在り方を受け入れ、自らを重ねあわせ、擬態し、血肉化していこうとしていた。『ナポレオン』や『裁かるるジャンヌ』では上手く回っている手応えがあった。彼にとって俳優業、演技は自己治療であり、社会と世界に自らを再統合していくプロセスの一環でもあったと分かります。

[IMDb]
Antonin Artaud

[Movie Walker]
アントナン・アルトー

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