サイン館・ドイツ/オーストリア [Germany/Austria] より
今年(2023年)の3月から12月にかけ、DFF(ドイツ映画博物館)で「ワイマール共和国の女:ドイツ近代映画(1918-32)に於ける女性とジェンダー多様性」というイベントが開催されています。この企画はドイツにおける女性映画監督の先駆けハンナ・ヘニング(Hanna Henning、1884–1925)作品の上映プログラムを含んでいる点で興味深いものです。

ドイツ近代映画(1918-32)に於ける女性とジェンダー多様性
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記憶にある限り、彼女の作品がまとまって上映されるのは今回が初めて。若くして亡くなったため関連資料が少なく、これまで本格的に研究や紹介が行われてこなかった監督でした。ジェンダーや女性性の視点から初期映画史を読みこみ直すのは近年の流行でもありますし、ハンナ・ヘニングにスポットライトが当たったのは喜ばしいかぎりです。
ただ、ヘニング作品については別視点で捉えていく方が面白いと思うんですよね。
第一次大戦開戦の前夜(1912~13年)に時計の針を戻してみます。この時期のドイツは映画後進国で、自国作品より輸入作品が高く評価されていました。特に人気の高かったのは北欧映画(特にデンマーク)でしたが、一方でフランス製の映画も人気を得ていました。普仏戦争以来の遺恨が根深く国民感情は対立しがちであったものの、政治と文化は別物と割り切っているドイツ人も多く、仏大手映画会社(パテ・フレール、ゴーモン、エクレールなど)もドイツ市場の重要性は理解しており新作を数週遅れで公開していきます。


ドイツで公開された「ブビ君」喜劇の粗筋紹介(1914年「独ゴーモン週報」より)
当時、ドイツではルイ・フイヤード監督による悪童物「ベベ君」喜劇が人気でした。日本で「ボビー君」として紹介されていた連作はドイツでは「ブビ君(Bubi)」として親しまれています。
第一次大戦の勃発によって状況は激変。一切のフランス映画は輸入・上映ができなくなり独ゴーモン社は閉鎖されます。
「ブビ君(Bubi)」は配役・スタッフを総ドイツ人に入れ替えた形で「新作」が作られるようになりました。実質的には別シリーズになるのですが、既存のフォーマットに乗っかった方が作りやすい、売りやすいという判断があったようです。実際に戦中期にそれなりの人気を博し1910年代末まで継続して作られています。
このドイツ版ブビ君(Bubi)喜劇の仕掛人がハンナ・ヘニングでした。1915年末、「ブビ映画」の名を冠した第一弾『叔父さんの遺産(Onkels Erbe)』公開。当時の広告をみると二行目に監督ヘニングの名前を見て取れます。また、この作品は彼女にとっての監督デビュー作でもありました。国外作品の輸入が途切れた一瞬、隙間産業のビジネスチャンスを捉えて業界に参入したと見ることもできます。
半年後の1916年初夏に公開された『ブビ君の嫉妬(Bubi ist eifersüchtig)』でシリーズに新キャラクターのアリィ孃が登場。この役で映画女優デビューを果たしたのがアリィ・コルベルグでした。
その3ヶ月後に公開された次作『三人の内の一人(Einer für drei)』で助演としてクレジット。翌1917年春には単独主演作のシリーズ化が決定。この年からメディアに一面で紹介される機会が増えていきます。
1910年代末にかけハンナ・ヘニングと動きを共にする形で女優業を継続。1920年になって同監督から離れ自身の映画会社アリィ・カイ映画社を設立、その後デクラ・ビオスコップ社に合流しカール・ハインツ・ベーゼやリヒャルト・オズヴァルト監督作品に出演しています。
デクラ社四名花の一にして孔雀の如き貴夫人、若き戀人等に扮しては其能達他の追從を許さず、數多の作品あり。
KOLBERG, Ally Kay アリー・カイ・コルベルグ孃
『俳優名鑑 大正11年度』 (キネマ同好会、1922年)
しかしこの前後を境に出演歴が途切れがちとなり、20年代半ばには表舞台で名前を聞くことはなくなりました(結婚を機に引退したと言われています)。またヘニング監督が1925年に亡くなっており、戦中期に人気のあった「ブビ君」を思い出す人はほとんどいなくなってしまいました。
第一次大戦中、国外作品の輸入途絶に伴いドイツ国産映画業界の一部が活性化された。ハンナ・ヘニングという監督、そしてアリィ・コルベルグという女優はそういった背景から登場してきた。さらに言うと以前に「忘れじの独り花」で紹介した男女優たちが続々とデビューし、あっという間に忘れ去られていった…
この辺りの流れは押さえておいた方が良いと思うんですよね。クラカウエルがこの時期のドイツ映画を評価していなかったのは有名で、おそらく彼にとっては優れた国外映画の「代用品」、あるいは「劣化コピー」に見えていたのだろうなと思います。実際そういった側面があったのも否定はできません。それでも戦中期、輸入作品に頼ることなく国内需要を数年間賄った経験はドイツ映画界を相当に鍛え、底上げしていきます。ハリウッドに対抗できるほどの勢力に成長していく直前の体幹作り、と捉え直すと面白いのではないでしょうか。
[IMDb]
Ally Kay
[Movie Walker]
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