情報館・ノベリゼーション [国外] より
パウル・ヴェゲナ―主演になるウーファ社1919年公開作品のノヴェリゼーション。監督は『サンライズ』等のアートディレクターとして知られるロフス・グリーゼですが、翌年の『巨人ゴーレム』同様ヴェゲナ―主導によって進められた企画で現在では両者の共同監督作として扱われています。ヴェゲナ―本人が脚色を担当、この書籍版も彼名義で出版された一冊です。



ヴィクトリーヌは涙ぐんでいた。ラスティニヤックは彼女に洗いざらい告白した。あの商売男 [=コラン/ヴォ―トラン] がまるで悪魔のようにヴィクトリーヌの兄の死を時間までぴったり予言して見せた様子や、決闘の際に自分がずるをしてヴィクトリーヌの兄を騙したことまで全てを。
Viktorine sieht verweint aus. Rastignac hat ihr alles gebeichtet, hat ihr erzählt, wie der Kaufmann, gleich einem Dämon, des Tod des Bruders auf die Stunde prophezeit hat, wie er ihn im Spiele betrog.
物語はフランス革命後の動乱が落ち着きを見せ始めた19世紀初めのフランスを舞台としています。ガレー船での労役に服していたコラン(ヴェゲナ―)はそこで知り合った「コルシカ男」というあだ名の服役囚と共に脱獄を成功させパリに舞い戻ります。闇組織を指導し一財産を成した彼はヴォ―トランの偽名を用い、ヴォーキエ夫人(アデール・サンドラブロック)が管理しているアパルトマンを拠点に市民生活を送るようになっていました。
同じアパルトマンでヴィクトリーヌ(リダ・サルモノヴァ)という女性が一人暮らしをしていました。慎ましい生活を送っていたものの実は裕福な家の出身で、本来なら亡くなった父親の遺産を受け取るはずが性悪な義兄に阻まれていました。話を知ったコランはヴィクトリーヌが想いを寄せている法学生のラスティニヤック(パウル・ハルトマン)をけしかけ、二人が決闘を行うよう仕組んでいきます。
決闘で深手を負った義兄が亡くなりヴィクトリーヌが全遺産を相続、 女がラスティニヤックと結婚すれば自身の影響力を通じて大金を自由にできる…コランの悪略は途中まで上手くいっていました。しかしラスティニヤックには正義の心が残っておりコランの算段に逆らった動きを見せ始めます。一方、脱獄囚を追っていたパリ警察のペイラート警部がコランの挙動に目をつけ、包囲網を次第に狭めていきます。パリの貧困層、中流層、さらには上流階級まで巻きこんだ犯罪絵巻が展開されていく中で最後に笑うのは果たして誰なのか…




『ガレー船を漕ぐ者』は19世紀の文豪バルザックが残したヴォ―トラン三部作(『ゴリオ爺さん』『幻滅』『浮かれ女盛衰記』)を下敷きにし、自由な解釈と改変を加えています。ヴォ―トランは仏文学史で悪漢小説の祖に位置付けられるキャラクター。組織犯罪を司る悪漢を物語世界の中心に据えた最初期の例でルブランによるアルセーヌ・リュパン物、1910年代の仏犯罪活劇、40年代以降の仏フィルム・ノワールに大きな影響を与えています。
別投稿で触れたようにドイツでは1910年代中盤に探偵物がブームとなっていてミステリ作品に大きな需要が生まれていました。多くは正義の視点から物語を綴っており最後は悪人が罰を受けて幕を閉じる構成になっていました。一方で『ジゴマ』や『ファントマ』等のフランス映画の影響で犯罪組織視点の作品も作られるようになっています。フリッツ・ラング監督の初期作『蜘蛛』二部作(1919~1920年)の秘密結社スパイダーがその例に当たるもので、このアプローチが複雑かつモダンに進化していき『ドクトル・マブゼ』(1922年)に結実していった流れは良く知られています。
『ガレー船を漕ぐ者』はこの傾向に連動した一作。ヴェゲナ―が特異な風貌を生かし、地下組織に君臨するカリスマ性の高い犯罪王を演じようとしたと見ると分かりやすいのではないかと思われます。
[IMDb]
Der Galeerensträfling
[Movie Walker]
–
