サイン館 フランスより
先日エルミール・ヴォ―ティエ紹介記事のため『ヴィドック』(1923年)を観なおしていたところ、終わりがけに初見で気付かなかった面白い場面を見つけました。ヴィドックの息子と恋仲になった貴族女性マリー・テレーズのエピソードです。


GPアーカイヴスより
父親が娘の結婚相手と思い描いていた人物と違っていたため「どこの馬の骨とも知らん奴に娘はやれん!」と息巻いていると、マリー・テレーズが甘えながら父親のご機嫌をとって懐柔を始めます。口先こそ勇ましいものの、愛娘の言うことに逆らえずタジタジとなっている父親、そんな親心を見越して手玉に取ってしまう娘、やりとりに口出しこそしないものの家族関係全体のかじを取り、皮肉っぽい笑顔を浮かべて見守っている母親…現在でもありえそうなシチュエーションで、やや鬱屈した空気で貫かれた『ヴィドック』に不思議な明るさをもたらしていました。
良い俳優陣だな…と調べてみたところ、父親を演じたのは舞台俳優のアルベール・ブラ(Albert Bras)。ドライヤー監督の『吸血鬼』にも出演(手記を読んで最後に主人公の吸血鬼退治に協力する老下僕の役)していたベテラン脇役俳優です。そして娘のマリー・テレーズを演じていたのがドリー・デイヴィスでした。ウィッグで髪の色を変えただけなのですが初見では完全に見落としていました。
1920年代前半に歴史活劇『ヴィドック』や地方宗教劇『ふもと』で下積みを重ねる中、当時のフランス映画界ではほとんど見られなかったモダンで軽やかなキャラ設定を確立。このセンスに目をつけたのが才児ルネ・クレールでした。1926年公開のファンタジー佳編『空想の旅』でヒロインのタイピスト・リュシー役に抜擢され、歯切れの良い演技でその期待に応えます。またロシア亡命組でやはり喜劇を得意とするニコラス・リムスキーの『五日間巴里めぐり』でも洗練されたコメディエンヌぶりを発揮していました。
トーキーの時代になるとショートカットのボーイッシュな雰囲気を強調。時代の変化に対応しながら名喜劇俳優フェルナンデルらと共演を重ねていきます。1938年に映画界を離れるまで戦前期フランスのトップ女優一人として活躍を続けました。
[IMDb]
Dolly Davis
[Movie Walker]
ドリー・デイヴィス



