2019 – 『女流映画監督の先駆者たち4』(仏ロブスター社)

情報館・DVD/DVD-R/ブルーレイより

Les Pionnières du cinéma 4 : Olga Preobrazhenskaya – Marie-Louise Iribe – Mary Ellen Bute – Dorothy Arzner
(Various, 2019, Lobster Films)

本サイトでも何度か触れているように、初期映画史をフェミニズム視点で読みこみ直す流れはこの20年位のトレンドになっています。好む/好まない、評価する/しない、理解できる/できないに関わらず、これまでの偏った解釈に大きな揺れ戻しがくるのは自然な流れだったと思いますし、この動きで初めて見えるようになった映画史の風景が沢山あったりします。

2018年、仏ロブスター映画社は女流映画監督に特化したDVDボックスセットを発売。元々は4枚組で翌2019年にそれぞれ単品で市販されています。1枚目から3枚目までは以前から知られているアリス・ギー・ブランシェ、ロイス・ウェバー、ジェルメーヌ・デュラック等の作品をまとめており、最後の1枚に近年に評価されるようになった4名の監督作品を収録しています。

『リャザンの女たち』(1927年)

Baby ryazanskie

ソ連女流監督の先駆け、オリガ・プレオブラジェンスカヤ(1871 – 1962)の代表作の一つ。

前半、村人たちのたくましい生き様、若夫婦イワンとアンナの初々しい新婚生活を美しい自然と共に描き出していきます。村の掟に従わなかった女中が村八分にされるなど微かな不協和音が響き始める中、若き夫が徴兵を受けて出征した機会を悪用し、かつてからアンナに目をつけていた義父がその体を狙い女は身ごもってしまう…

速度感のある編集に当時のロシア構成主義の影響を見て取れるものの、労働者や共産党礼賛といったイデオロギー色が薄く登場人物たちの感情の揺れや利害の対立を丁寧に描き出した正統派の人間ドラマに仕上がっています。小麦畑を撫でていく風、村人たちを乗せて道を駆けていく馬車の動きなど場面の見せ方、構図の選び方にも独自のセンスが光っています。

◇◇◇

『魔王』(1930年)

Le Roi des aulnes

DVDに収録されたもう一つのメイン作品がマリー=ルイズ・イリベによる『魔王』。作品の下敷きとなったゲーテの名詩(「お父さん魔王が今…」)についてはシューベルトによる作曲を音楽の時間に聞いた覚えのある方も多いと思われます。

馬に乗って帰宅を急ぐ父(オットー・ゲビュール)と子の姿。ぬかるみに足を取られた馬が転倒し子供は怪我を負います。地元の民家に助けを求め、治療を済ませてから再出発。鬱蒼した森を抜けようとした二人に目をつけたのが森の精霊たちを統べるハンノキの王(ジョー・ハマン)でした。魔王は精霊に少年の魂を奪い取ってくるよう命じたものの思うようにいかず、最後は太鼓持ちと共に自ら馬に乗って出陣し少年の首に手をかけていく…

監督のマリー=ルイズ・イリベは『女郎蜘蛛』(デュヴィヴィエ)や『マルキッタ』(ルノワール)で存在感を発揮した女優さんで、1920年代末に監督業に進出。トーキー作品として製作された『魔王』は音声の扱いにやや難が見られるものの、シュールレアリストたちの映像実験に多分に影響を受けた奇想を十分に展開しています。

◇◇◇

『放物線』(1937年)

Parabola

メアリー・エレン・ビュートとテオドア・ネメト共作によるストップモーション作品。彫刻家ラザフォード・ボイドに委託製作したオブジェに照明を当てつつ、オブジェの角度や光源の位置、光量を少しずつ変化させながら一コマ一コマ撮影を行って流動表現を生み出したもの。レイヤー化された細やかな陰影が連動しつつ複雑美麗に絡みあっていく点で、ハンス・リヒターの1920年代作品をモダンに進化させていった仕上がりになっています。

◇◇◇

『恋に踊る』(1940年)

Dance, Girl, Dance

DVDの最後に収められたのはドロシー・アーズナーの『恋に踊る』より、ヒロインのジュディー(モーリン・オハラ)が恋敵のバブルス(ルシル・ボール)とステージ上で一戦を交える場面の抜粋。先日シネマヴェーラ渋谷で開催されていた「プレコード・ハリウッド」でも作品が大々的に取り上げられるなど、性別に関わらず2020年代に再評価の機運が高まっている注目の監督の一人でもあります。

◇◇◇

女流映画監督だからと言って皆が皆ヒロイン主体の物語を好むわけではなく、日常生活に密着した描写を目指す訳でもない。自身の女性性を強く意識した作風もあればそうでない監督もいる…作品概要やスクリーンショットからも伝わってくるように、『女流映画監督の先駆者たち4』に収録された四監督は皆、気持ちよいほどバラバラな方角を向いています。

「戦前期の女性映画監督は○○であった」という議論、あるいは非女性監督との比較が可能になるのはサンプル数が少ないからであって、母数が増えれば増えるほど均質性・同質性は薄れていき、例外や特殊例を含んだ多彩な女性監督の世界が見えてくる。このDVDの面白さはそういう所にあるのでしょう。だからこそ企画が4で止まるのは惜しい話で、例えばVol.5にマリー・エプシュタイン(仏)が来て、Vol.6でハンナ・ヘニング(独)、エルヴィラ・ノターリ(伊)、ヌツァ・ゴゴベリゼ(ジョージア)、コルナイ・マルギット(ハンガリー)タニ・ユン(チュヴァシ)、Vol.7で坂根田鶴子や田中絹代(日)等に繋いでいく必要があると思います。

[IMDb]
Baby ryazanskie
Le roi des aulnes
Parabola
Dance, Girl, Dance