2017 –  『カフカ、映画に行く』(ドイツ映画博物館)

情報館・DVD/DVD-R/ブルーレイより

Kafka geht ins Kino
(Various, 2017, Filmmuseum) 4 DVD Set

国営事業とは思えない先鋭的なデジタル・リリースを続けている独映画博物館で、『クレイジー・シネマトグラフ』と並び異彩を放っているのが『カフカ、映画に行く』です。ハンス・ツィシュラーによる同名研究書(みすず書房から邦訳があります)を下敷きにしたもので、フランツ・カフカの日記や書簡、友人の証言などを手掛かりに作家の観た映画作品を特定して4枚のDVDに収録。

『路面電車から見たるプラハの光景』(1908)
Jízda Prahou otevřenou tramvají
『第一回ブレシア国際飛行艇競技会』(1909)
Primo Circuito Aereo Internazionale di Aeroplane in Brescia
『ニック探偵とモナリザ盗難事件』(1911)
Nick Winter et le vol de la joconde
『白人少女奴隷』(1911)
Den hvide slavehandels sidste offer
『テオドール・ケルナー』(1912)
Theodor Körner
『ロマノフ王朝3000年記念式典』(1913)
Prazdnovanie 300-letija Doma Romanovych
『もう一人の私』(1912)
Der Andere
『心惑わす女』(1913)
La Broyeuse de coeurs
『あしながおじさん』
Daddy-Long-Legs(1919)
『あしながおじさん(チェコ語版)』
Táta Dlouhán(1919)
『シオンの丘に帰へる』
Shiwat Zion (1921)

カフカが特にお気に入りにしていたのがチェコ語で「Táta Dlouhán」(あしながおじさん)と題された映画でした。まずは妹たち、次いで私を映画館に連れていったのですが、毎回凄い熱量で、「その素晴らしい映画以外の話をしてくれないか」とどれほど頼んでも聞いてくれませんでした。

『論争の生涯』(1960)
マックス・ブロート

Besonders entzückte ihn ein Film, der tschechisch “Táta Dlouhán” hieß, was wohl mit “Vater Langbein” zu übersetzen wäre. Er schleppte seine Schwestern zu diesem Film, später mich, immer mit großser Begeisterung , und war stundenlang nicht dazu zu bringen, von etwas anderem zu reden als gerade nur von diesem herrlichen Film.

Streitbares Leben
Max Brod


1921年10月23日の「午後、パレスチナ映画」、極限まで簡潔な表現に留められた、カフカによる最後の映画鑑賞記録のひとつは否定的な観点で発されたコメントとして読むべきものとなっている。シオン主義プロパガンダ映画の題名、『シオンの丘に帰へる』を明記していない点にカフカの見方がはっきりと現れている。「自衛―独立ユダヤ週刊新聞」によるこの作品は、反ユダヤ主義者による妨害工作を懸念し非公開の形で上映された。

「映画館のカフカと共に」
ハンス・ツィシュラー

Zu äußerster Knappheit verdichtet und ex negativo als Kommentar zu lesen, ist eine der letzten Erwähnungen eines Kinobesuchs: “Nachmittags Palästinafilm” schreibt er am 23. Oktober 1921. Bezeichnenderweise notiert er nicht den eigentlichen Title deises zionistischen Propagandafilms – SHIWAT ZION-, der auf Betreiben der Zeitschrift Selbstwehr – aus berechtigter Angst vor anti-semitischen Störern – nur in geschlossenen Vorführungen gezeigt wurde.

Mit Kafka im Kino
Hans Zischer


このうち『白人少女奴隷』と『テオドール・ケルナー』は以前にサイン物を紹介したクララ・ヴィートテア・ザンドテンの出演作。それ以外ではメアリー・ピックフォード主演の『あしながおじさん』(1919年)などよく知られた作品も含まれているものの、この機会を逃すとほぼ誰の目にも留まらなかったであろう珍しい作品が並びます。

名の知れた作家であるないに関わらず、ある文化・社会・政治背景を備えた一個人が初期映画にどう接していたか垣間見ていく…俯瞰的にマクロの視点で見るだけが映画史ではなく、こういった感じで顕微鏡的に寄っていくアプローチも面白いですよね。本サイトでも折を見て触れているように、日本にも室生犀星(『マスターキー』『名金』)江戸川乱歩(『ジゴマ』『ファントマ』)など幼少期〜青年期に触れた活動写真に深い思い入れを持っていたり、映画について一家言持っていてうずうずしている作家(谷崎、川端)がいるので切り口次第で面白い分析結果が出てくると思います。

ちなみに原著ドイツ語版は1998年に出版、2000年代の初め頃に筆者が生まれて初めて買ったドイツ語書籍がこれでした。デジタルリリースの報を聞いた時、街角で古い友人と鉢合わせした驚きと嬉しさがあったのを覚えています。

[IMDb]
Jízda Prahou otevrenou tramvají
Aviazione a Brescia: Primo circuito aereo
Nick Winter et le vol de la Joconde
Den hvide Slavehandels sidste Offer
Theodor Körner
Der Andere
La Broyeuse de coeurs
Daddy-Long-Legs
Shivat Zion