ルイ・フイヤード & 情報館・ノベリゼーション [国外] より

(1916, Louis Feuillade & George Meirs, La Librairie contemporaine)
French Novelization 1st Edition


以前に『第3巻 幻惑する眼』を紹介した『レ・ヴァンピール 吸血ギャング団』の仏語ノベリゼーション第1巻初版。フランスで連続活劇を含むオリジナル映画作品が小説化~単行本化されたのはこれが初めてで、その第1回配本となる記念碑的な書籍です。
『幻惑する眼』でも触れたように、小説版『レ・ヴァンピール』はイレギュラーな構成となっています。第1巻は最初の3つのエピソード(「首なし死体」「殺しの指輪」「赤い暗号文」)を収録。1エピソードにつき50~60頁が割かれている計算になります。
『幻惑する眼』は52分ほどのエピソードを1冊の書籍に膨らませていました。そのため映画版では描けなかった要素を多く盛り込むことができていました。『第1巻 首なし死体』は計3エピソード(合計90分ほど)を一巻にまとめているため、そこまで極端な加筆や逸脱はなかったのですがそれでも興味深い発見が幾つもありました。
例えば第2エピソード「殺しの指輪」。主人公の記者(エドゥアール・マテ)と婚約関係にあった踊り子マルファ(スタシア・ナピエルコウスカ)が上演中に毒殺される事件を描いたものです。






吸血団の首領が車に乗りこむのとほぼ時を同じくして、それまで闇に姿を隠していた二人の男が突然明るみに姿を現し劇場の出入口に向かった。建物に入ろうとしたのだろうが、フィリップ・ゲランドが姿を見せると慌てて手近な柱の陰に身を潜めた。
「第4章:追跡」(第二部『殺しの指輪』より)
『レ・ヴァンピール 吸血ギャング団 第1巻 首なし死体』
A peine le chef des Vampires avait-il disparu dans la voiture, que deux hommes dissimulés dans la pénombe surgirent brusquement en pleine lumière et se dirigèrent vers la porte de sortie du théâtre ; ils allaient sans doute pénétrer dans l’intérieur de l’édifice, lorsque l’arrivée de Philippe Guérande les fit se replier immédiatement derrière un pilier propice.
IV : Sur la piste (2ème Partie : La Bague qui tue)
Les Vampires, Tome I La Tête coupée, Louis Feuillade et George Meirs
(La Librairie contemporaine, 1916)
マルファが殺害されたのを見届けた後、吸血ギャング団の頭領は劇場を離れタクシーで逃亡を図ります。その姿を認めた主人公の記者ゲランドが別なタクシーを捉えて後を追う展開になっていきます。
映画版では字幕を挟み、郊外のさびれた一画で二台のタクシーが相次いで停車。よく見ると後ろのタクシーにいつのまにか二人の男がしがみついています。この二人が隙をついてゲランドに掴みかかり首領に引き渡すのです。小説版ではこの二人について説明されており、車にしがみつきながら会話を交わす様子なども描写されていました。
また「殺しの指輪」には「大審問官(Le Grand Inquisiteur)」と呼ばれる人物が登場しています。ギャング団の内部で様々な「裁き」を担当する人物なのですが映画版では登場場面が短く、あっというまに殺されて姿を消してしまいます。小説版ではこの人物が悪党団に加わることになった経緯が詳述されていました。


高名な弁護士、カジミール・デュルゲ氏の子息ジョルジュ=アンリ=ペトローヌ・デュルゲ氏は […] 程なくして地方の予審判事に任命されることと相成った。
[…] ジョルジュ=アンリ氏は自身の仕事に対し、怒りにも近い情熱をぶつけて取り組んだ。自身に委ねられる受刑者、あるいは被告人たちに厳しく接するよう求められていたのだが、氏のやり口は必要以上に酷かった。無暗に事を荒立て、決め事を逸脱し、ごく軽微な罪状の者、時にはまったく無辜の者まで苦しめてはそれを見て喜んでいた。
[…] 次第に人とやりとりを避けるようになり、意地悪で残酷な性格が目立つようになった彼は30歳で職を解かれた。
[…] ある日、仕事場に一人の男性がやってきた。身なりは正しかったがどこか謎めいたその人物は「社会の決まり事の完全に外に位置する」組織で裁判官の仕事をしてもらえないか、と言ってきた。ジョルジュ=アンリ・デュルゲ氏は生きる喜びを取り戻してくれたその人物を心から感謝せずにはいられなかった。
「第6章:大審問官」(第二部『殺しの指輪』より)
前掲書
Georges-Henri-Pétrone Dulégué, fils du célèbre avocat Casimir Dulégué, […] ne tarda pas être nommé juge d’instruction en province.
[…] Georges-Henri se prit d’une passion rageuese pour sa profession ; il lui avait été recommandé d’être sévère avec les condamnés et les prévenus qui lui étaient confiés ; il fut pire : il fut tracassier, sauvage, heureux de voit souffrir les malheurx souvent coupables de légèreté, quelque fois irresponsables.
[…] il devient taciturne, méchant, cruel, et fut prié à trente ans de donner sa démission.
[…] lorsuque un jour, dans son cabinet de travail, il reçu la visite d’un monsieur correct et mystérieux qui vint lui offrir un poste de magistrat dans une société “tout à fait en dehors des règles sociales”, Georges-Henri Dulégué ne put-il s’empêcher de bénir celui qui allait lui rendre toute la joie de son coeur.
VI : Le Grand Inquisiteur (2ème Partie : La Bague qui tue)
ibid.
この後ゲランドは「大審問官」が所持していた手帳を入手し、書かれていた暗号を解くことでギャング団の実態解明を計ろうとします。第3エピソードとなり、手帳を取り戻そうとゲランド宅に入りこんできたのがイルマ・ヴェップ(ミュジドラ)でした。

「お嬢さんのお名前は?」
「アンヌ・マリと申します」
「ブルトン系のお名前ですね」
「左様です。お国がブルターニュでございまして」
『地元色たっぷりの娘さんだな』、ゲランドの頭にそんな言葉が浮かんだ。『天然のブルトン娘というか。話し方にしても、服にしても髪型も』
「第6章:アンヌ・マリ」(第三部『殺しの指輪』より)
前掲書
– […] Et vous vous appelez?
– Anne-Marie.
– C’est un nom breton ça…
– Mais oui, monsieur. Je suis née native de la Bretagne, qu’est mon pays…
– Ah, elle est bien couleur locale, celle-là ! songea le journaliste. Tout à fait nature… Le parler, les vêtements, la coiffe…
VI : Anne-Marie (3ème Partie : Le Cryptogramme rouge)
ibid.
家の都合で暇乞いした前任者に代わってやってきた家政婦が実はイルマ・ヴェップその人であった…と物語は流れていきます。映画版では特に名前もなく導入されていた役どころで、小説版ではブルターニュ出身の属性が強調されさらに名も与えられています。もう一度映像を見返してみると…確かにその通りでした。服装(袖口や襟にレースをあしらったデザイン)や髪を高く束ねた髪型はブルターニュの伝統文化を念頭に置いたものです。
イルマ・ヴェップはこの後、男装を含めた様々な姿で登場し変装の達人ぶりを披露します。「赤い暗号文」のこの場面では「地方から出てきたばかりの素朴な娘」に姿を変えていて、少なくとも当初ゲランドも騙されてしまっていた…という流れだったことになるのです。「ブルターニュ出身」の設定が隠されていたのは小説版を読んで初めて気づきました。地方色云々はそもそも国外視聴者に伝わりにくいと言ってしまえばそれまでですが、物語の速い展開に紛れて見えなくなっている仕掛けが他にも沢山あるだろうと伺わせるに十分な発見でした。
最後に指摘しておきたい要素が「ゲランドの復讐」です。
許婚であるマルファが殺害され、その仇を取るべくゲランドが悪党一味を追い詰めていく…の設定にもかかわらず、この主題は映画版の後続エピソードで丁寧に掘り下げられてはいませんでした。第4エピソード以降にマルファの名前は一度も出てこず、彼女の存在や記憶が物語展開に絡んでくることもありません。後半になると忘れてしまうくらい希薄な設定なのです。
小説版はこの辺りの整合性に配慮が見られます。例えば先のタクシーの追跡場面、車に乗ったゲランドが生前のマルファとの会話を思い出し「気落ち」している場面が描かれていますし、また「復讐(venger)」の語が直接使用されている場面も見つかりました。
ゲランドは首を傾け、ヴァンピール団に殺された美しき恋人マルファの顔を写した写真を愛おしそうに眺め、歯を噛みしめ低い声でこう言い足した。
「それにね、”彼女”の仇を取らないといけないんだ」
「第10章:その夜」(第三部『殺しの指輪』より)
前掲書
Puis, inclinant la tête, son regard caressant la photographie du visage adoré de Marfa Koutiloff, l’amante jolie que les Vampires avaitent assassinée, il ajouta plus bas, les dents serrées.
– D’ailleurs, je dois la venger!
X : Cette Nuit-là (3ème Partie : Le Cryptogramme rouge)
ibid.
小説版『レ・ヴァンピール 吸血ギャング団 第1巻』は映画版の論理の過不足を調整、脇役や細部を膨らませ、まとまった読みやすい物語になっていました。ノベリゼーションとして成功と言えると思います。ただ『第3巻』で受けた印象とは幾分異なっているんですよね。全体の整合性を意識してまとめ上げる発想は手慣れた職業作家のもので、フイヤード以上に共著者である作家G・メイルの力量が発揮されているのではないかと思われます。巻を進めていくに従い役割分担のバランスが変化し、フイヤードが私的な思想や趣味性を持ちこんでくるようになったと見ることもできそうです。
[発行年]
1916年
[発行所]
同時代出版社(la Librairie contemporaine, Paris)
[フォーマット]
192頁 18.0cm×11.0cm
[定価]
旧45サンチーム