2023年10月5日 – 『無憂華』 (東亞キネマ、1930年)を見る @ サイレントシネマ・デイズ2023/国立映画アーカイヴ

国立映画アーカイヴで開催されている「サイレントシネマ・デイズ2023」で『無憂華』を見てきました。

2018年に東亞キネマのサイン帖を入手し、特定作業からの流れで現存を知った作品でした。後年に再編集され、夏川静江さんの語りと雅楽の演奏が付された40分尺のプリント。このサウンド版に関しては1939年1月25日付のキネマ週報第340号に言及がありました。


大和商事提供「無憂華」(夏川靜江解説トーキー版)は二月下旬日活系に公開るれる [原文ママ]

「無憂華」封切決る
キネマ週報 1939年1月25日付第340号


また文化映画誌1939年2月号には一ページを割いた講評が掲載されています。


今度大和商事映画部が、この埋もれた貴重な作品を再び大衆の眼前に再登場さすためにトオキイ化を企てたことは、無憂華の眞摯な制作態度を再評価させ、「傳記映畫」として現在これ程の入念な、大掛かりな撮影な不可能な點を滲々と痛感させ乍ら新らしい編輯とアレンヂによつて堂々たる、新しい「傳記映畫」を完成したことになるのである。[…]

東京シネマの錄音技術も、その錄音手法も、解説の夏川靜江も悉く良心的である。「傳記映畫」に相應しい方法を執つてゐる。登場人物の八人もの人達が現在では過去帳の人達となつてゐるとも聞いたが回顧的には亦、非常になつかしい思ひ出をも綴つている。現在、スター格にあつて活躍してゐる人達が端役、脇役を演じ乍らも、その素晴しい演技は測々として現在も我々の胸を衝いて來る。

「無憂華のトオキイ化 『九條武子夫人』是非」木內規矩雄
「文化映画」誌1939年2月号


夏川静江さんの語りは落ち着いた、居心地の良い物でした。雅楽の伴奏以外にも場面にあわせた効果音が挿入されており、当時の技術で出来るかぎりトーキーに寄せる工夫もほどこされています。

一方で無声映画の発想で撮影・編集された作品を再構成したことで、オリジナル版にあったリズム感が消えてしまっている個所も散見されました。余韻を持たせ、場面切り替えの際の間(ま)の役割を果たしていた間字幕(インタータイトル)が全削除されてしまったことで流れがやや慌ただしくなっていた印象があります。

いずれにせよ後期東亞キネマを支えた俳優たちが大挙登場してくる様は感慨深いものがありました。

物語冒頭、幼少時の九條武子(柳光子)が和歌を詠んでいる中、隣で籌子の方が歌を誉めています。演じていたのは帝キネ現代劇で名を馳せた久世小夜子さん。また、以前に侍女として勤めた八重が武子を訪れ家庭を顧みない夫の愚痴をこぼす場面があります。夫役の医学師・矢部を演じていたのがやはり帝キネ出身の里見明氏でした。

さらに中盤、武子夫人が仲睦まじそうにしている路上の新婚夫婦に目を留めます。新妻が簪を落としたのに気づき侍女の幽貴に命じて届けさせるのですが、若夫婦を演じていたのが青木茂氏と歌川絹枝さんでした。また作品後半には作中劇『洛北の秋』が含まれており、原駒子演じる蓮月尼と木下双葉扮する遊女浮船が並ぶ姿を見ることができます。

唯一、上映中に名前と顔の一致しなかったのが侍女の幽貴でした。新婚夫婦と簪の件、その後の新聞売りの娘のエピソードなど出演機会が比較的多い役柄。演技もしっかりしておりそれなりに知られた女優さんのはず…と作品鑑賞後に喫茶店でトーキー文庫を確認した所「侍女幽貴 岡田靜江」となっていました。

本サイトでは以前に一度、1933年度版の富士新年号付録で写真を紹介しています(当時は不二映画所属扱い)。素行不良で東活上層部の機嫌を損ねクビにされた伝説の持ち主。その後富國、不二、大衆文藝、ヘンリー・キネマ、入江プロ、新興と転々としフェードアウト。動いている姿をみるのは初めてながら演技の勘所を掴んでいるように見えました。育て方次第で大成したのかもしれないな、と。

サイレントシネマ・デイズ2023では他にもレジナルド・パーカー監督、早川雪洲主演作『颱風』(1914年)や天馬影片公司制作の『怪奇猿男』(1930年)など魅力的な作品が目白押し。10月初旬とは思えない気温の高さでしたが、無声映画日和の好天に恵まれ満足しながら国立映画アーカイヴを後にしました。


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