9.5ミリ (米パテックス) & 映画史の館・合衆国より
1920年代中盤、米国でパテックス社が9.5ミリ映画フィルムの市販を開始した時、長編ドラマカテゴリー(D番)の第一弾として発売されたのがダグラス・フェアバンクス主演作『ドーグラスの好奇』でした。アメリカ西部と東部の対比を組みこんだロマンチック・コメディで、ジョージ・イーストマン・ハウス社(16ミリ)とMoMA(35ミリ)が現存プリントを所蔵しています。




西部出身のスティーヴ(フェアバンクス)は仕事でニューヨークを訪れ、学生時代の旧友と久しぶりの再会を果たした。「東部は退屈だよね。スリルがあったら5千ドル位払うんだけどな」と愚痴をこぼしていたところ、隣席にやってきたうら若き女性(ジュエル・カーメン)とその保護者に目が留まる。「何者?」と聞くと「君が取引しようとしているイタリア人の伯爵と彼が保護者になっている女性だよ」の答えが返ってきた。




胸騒ぎを覚えながらドナティ伯爵の邸宅を訪れたスティーヴ。商談中、階段をおりてきた女性が切迫した表情で何かを訴えかけようとするも使用人に連れ去られてしまう。「いや、あの子は頭に問題があるんですよ」と伯爵。何かがおかしい。すると女中が手にした丸めた紙を放り投げてきた。「命の危機にさらされています。助けて。お店で出会った少女より」




スティーヴは単身で館の探索を始める。ドナティ伯爵は巷を賑わせている貴金属強奪事件の首謀者であった。事件の真相を知ってしまった少女の命が危ない。スティーヴは学友、そして西部の仲間たちに助勢を頼みドナティ一味の悪事を阻止しようと試みる。
米パテックス社版は20メートル×3巻の構成で、ノッチ有りの字幕部分を入れても10分程度。オリジナル版の冒頭にあったアメリカ東部と西部の比較、怪盗ブラック・バークのエピソード等が省略され少女救出とネックレス回収を中心とした物語に編集されていました。画質は悪くなくユーチューブ等に投稿されている16ミリベースの30分版より綺麗です。
『ドーグラスの好奇』はフェアバンクス初期作では名の知られた一作で、戦前期の同氏紹介でも頻繁に代表作の一つとして挙げられています。ただし現在の評価は二分。良し悪し云々というより「典型的なフェアバンクス初期喜劇ではない」の論調で語られる機会が多い作品です。
育ちの良さそうなアメリカの一青年が爽やかな笑顔を浮かべ、次々襲いかかってくるトラブルや困難を超人的な身体能力で乗り越え、最後にヒロインとめでたく結ばれる。フェアバンクス初期短篇は基本的に同一フォーマットの使いまわしでした。設定を変え、あの手この手で趣向を凝らして得意のパターンを変奏していくわけです。
『ドーグラスの好奇』もこの「型」をなぞってはいるものの他作と比べアクション場面が弱いのかなと。見せ場(屋上から樹木に飛び移る。階段踊り場での乱闘など)はあるものの、当時の基準で見てもありがちな発想で記憶に残らない。一方で冒頭に置かれた伏線が最後に回収されていくミステリ仕立てのインパクトが強いため、異色作の扱いになってしまう感じです。
フェアバンクスの初期短篇は若手女優にとっての登竜門でもありました。多くの新進女優(マージョリー・ドウ、ポーリーン・カーレイ、コンスタンス・タルマッジ、アイリーン・パーシー、アルマ・ルーベンス等)が持ち味をアピールしキャリアアップを果たしています。
この中でやや特別な位置を占めていたのがジュエル・カーメンでした。 『ドーグラスの厭世』 『ドーグラスの飛行』『火の森』『ドーグラスの好奇』の4作でヒロイン役に抜擢。ロマンチックな場面でもお互いやりやすそうに演技していて相性の良さは際立っていました。本作でも幾つか見せ場があって、特に結末近くでフェアバンクスが乗った馬に引き上げられる一瞬の阿吽の呼吸は見事なものです。
ちなみに現行のデジタル版(左)と9.5ミリ版(右)ではこの場面の左右が反転しています。確認した所、デジタル版ではひとつ前の場面、フェアバンクスとカーメンが向かいあったショットの途中で位置関係が逆転しています。
フェアバンクスの立ち位置が突然右から左に変わっています(9.5ミリ版は終始右に位置)。齣の修復などでスプライシングを行った際に左右逆になったのでしょう。以前にリーフェンシュタール主演の『大いなる跳躍』でも同様のケースが見られました。複数プリントを照合し整合性をチェックしていく作業の重要さ(9.5ミリ版が必ずしも正とは限らない)を再確認できます。
[IMDb]
Manhattan Madness
[Movie Walker]
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