フィルム館・28 & 35ミリ より
フランスからフィルムが届きました。左右非対称で左側に穴(パーフォレーション)が2つ、右側に4つ。1910年代初頭に仏パテ社が市場に導入したパテ・コック映写機用の28ミリ形式です。フィルムの長さは150メートル程。
ほぼ全篇揃ってはいるものの冒頭のタイトル部、結末のクレジット部いずれも欠けていました。セリフや人間関係を説明する間字幕もなく若干特定に手間取ったものの、調査の結果1911年のパテ・フレール社作品で『ロザリーの沈黙は金』(Rosalie vend son silence)であると判明しました。第一次大戦前に人気のあった喜劇女優サラ・デュアメルを主演に配した一連の「ロザリー物」の一つに当たります。
後述するようにサラ・デュアメルは2022~23年に再注目を浴びた喜劇俳優です。ロザリー物も幾つか観ることができるようになったのですが本作は収蔵されている記録が他所になく、筋立てや細かな配役が分かっておりません。今回、サンプル画像を並べながら物語を再構成していきます。




【場面1】
富裕層の夫婦が団欒を過ごしていた所に電報配達人が到着。電報には「今夜の会議で議長を務めてもらうことに相成り候。特殊案件につき出席必須なり。秘書フィノレィユより」の文面。夫は「仕事だからね」、寂しがる妻を抱きしめフロックコートを手に外出するのであつた。


【場面2】
夫が足を運んだのは愛人宅であつた。許されぬ逢瀬を満喫していると下女のロザリー(サラ・デュアメル)が横槍を入れてくる。怒った二人はロザリーを買い物にやらせ(あるいはクビにして)厄介払いしたのであつた。


【場面3】
ロザリーが用事を済ませたお店は下女たちの溜まり場であつた。悪口や噂話で日ごろのストレスを発散するだけでなく、裏話がやりとりされる貴重な情報源でもあつた。ロザリーは自分が欲していた情報を手に入れたやうであつた。


【場面4】
浮気者の夫は何食わぬ顔をして帰宅。そこに男の住所を突き止めたロザリーが新たな女中志望としてやつてきた。


【場面5】
夫は新参の女中が浮気相手の家にいたロザリーと同一だとは分からなかつた。色香に惑わされ矢も楯もたまらず口説きはじめるが妻に発覚するのも時間の問題であった。


【場面6】
三角関係がこじれ、ロザリーは暇を出されることに相成った。世間体を気にした夫。金庫から取り出してきた紙幣を手切れ金代わりに渡すのだがロザリーはまだ不満顔であつた。浮気相手の話をちらつかせると夫の顔が蒼白になる。口止め料を上乗せしたロザリーは意気揚々と夫婦宅を後にしたのであつた。
【場面7】
後日、豪邸の庭に羽振り良く暮らすロザリーの姿があつた。嗚呼、沈黙はまさに金なるかな。
という訳でロザリーを演じたサラ・デュアメルを改めて紹介していきます。
本サイトにはサラ・デュアメルがこれまで2度登場しています。いずれも『ジゴマ』とその監督ジャッセについての調査の延長で、一つ目は1912~13年頃のエクレール社初期喜劇についてまとめた記事。もう一つは『1895』誌のエクレール社特集号を紹介した時でした。


サラ・デュアメル
(右は『1895誌 第12号 特集:エクレール撮影所 1907-1918』より)。
19世紀末から舞台を拠点に活躍していたベテラン女優。映画産業の勃興と同時に映画界と接点を持ち始め、当初はゴーモン社で、次いでパテ社に移り、さらにエクレール社へと流れていきます。
彼女を有名にしたのがパテ社での「ロザリー物」(1911~12年)。当初は「モリッツ君物」の相方として扱われていたのですが、個性の強さ、破壊力のある存在感で人気に火がつき単独で主演を張るようになりました。その後エクレール社に移ってからは「ペトロニル物」で活動を続けていきます。
とはいえ欧州圏の初期喜劇については研究が進んでおらず、サラ・デュアメルの名も一部の専門家、愛好家に知られている程度でした。
状況が大きく変わったのが2022年末。12月に英キノ・ロブスター社が『汚れ女優列伝(Cinema’s First Nasty Women)』を発売。この十年ほど進められてきた初期映画史をフェミニズム寄りに読みこみ直していく流れの集大成で、「綺麗」や「可愛い」の外見至上主義に囚われない、実力とセンスで独自の道を切り開いてきた個性派女優にスポットを当てたものです。

DVD/ブルーレイは4枚組の大部なもので、この内2枚目が「破壊の女王」と題されサラ・デュアメル出演短篇を12作(ロザリー物7作+ペトロニル物5作)収録していました。デュアメル出演作が英語圏でこれだけの数まとめて紹介されるのは史上初めて。2023年以降に情報サイトやSNSがサラさんについて、ロザリーについて語り始めるという(良い意味の)異常事態が進行しています。
『沈黙は金』はDVD/ブルーレイに未収録。ロザリー物が人気を博した1912~13年がパテ・コック映写機の市販の時期と重なったためサラ・デュアメル出演作も11本発売され、『沈黙は金』はパテ社28ミリフィルムカタログの192番として記録されています。同形式で市販された出演作をリストアップしておきますね。
- Pathé Kok 59b : 『ロザリーと蓄音機』Rosalie et son phonographe
- Pathé Kok 82 : 『モリッツ君ロザリーと戀に落ちる』Little Moritz aime Rosalie
- Pathé Kok 95 : 『モリッツ君ロザリーに求婚す』Little Moritz demande Rosalie en mariage
- Pathé Kok 105 :『モリッツ君ロザリーを拐かす』 Little Moritz enlève Rosalie
- Pathé Kok 125 : 『レオンティーヌのヴァカンス』Léontine en vacances
- Pathé Kok 139 : 『モリッツ君ロザリーと結婚す』Little Moritz épouse Rosalie
- Pathé Kok 163 : 『ロザリーとレオンティーヌ観劇す』Rosalie et Léontine au théâtre
- Pathé Kok 192 : 『ロザリーの沈黙は金』Rosalie vend son silence
- Pathé Kok 381b : 『ロザリーの嫉妬』Rosalie est jalouse
- Pathé Kok 397 : 『ロザリーの初夜』La Nuit de noce de Rosalie
- Pathé Kok 423 : 『ロザリーの職場放棄』Rosalie fait du sabotage
[IMDb]
Sarah Duhamel
Rosalie vend son silence
[Movie Walker]
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