1928 – 9.5mm 『血煙高田の馬場』(日活、伊藤大輔監督) 伴野商店プリント

フィルム館・9.5ミリ (伴野商店) より

Chikemuri Takada no Baba
(1928, Nikkatsu, dir/Itô Daisuke)
1929 Japanese Banno Co. 9.5mm Print

元禄7年、江戸の町に中山安兵衛(大河内傳次郎)という飲みっぷりの良い名物男がいた。脱藩後は誰にも仕えず、町人の喧嘩の仲裁をし双方から飲み代をせびるなどしてその日を暮らしていた。


其の日、安兵衛が酔っ払って帰宅すると伯父からの手紙が残されていた。藩内の諍いにより、村上一派18名を相手に高田の馬場での決闘に出向くとのこと。「南無三!」 安兵衛はとりもなおさず腹ごしらえを済ませ助太刀に馳せ参じる。


その路上、穴八幡宮のお社前にいたのが赤穂浪士・堀部弥兵衛(尾上卯多五郎)とその娘お幸(木下千代子)であった。「ご家族の命の危機?縄だすきは不吉でござるぞ」事情を聞いた弥兵衛はお幸に命じ、神社の鈴に垂れていた布をたすきの代わりとする。


高田の馬場にたどりついた安兵衛が目にしたのはこと切れた伯父のむくろであった。顔なじみの町人たち、そしてお勘婆(市川春衛)らが見守る中、安兵衛は伯父の無念を晴らすべく刀を抜いた。走れもののふ恋せよ乙女、酔いどれ素浪人・安兵衛の怒りの行く末や如何に。


昭和3年(1928年)公開、『血煙高田の馬場』は中山安兵衛による十八人斬りを描いた一作で、決闘に先立つ主人公の激走場面の美しさで古くから知られています。完全版は現存しておらず伴野商店による9.5ミリ短縮版(5分)のみが確認されており、今回実物を入手することができました。

だいぶ前に8ミリ版を観ていたものの後半の疾走〜決闘をまとめたものだったので今回初めて大枠を把握。これまでに触れてきた監督作品(『長恨』『忠治旅日記』『斬人斬馬剣』)や原作・脚本作品(『山へ歸る』)と異なり、伊藤大輔版『血煙高田の馬場』は本質的には喜劇として構築されており、傳次郎を筆頭に出演俳優の多くが表情、動作を誇張気味に演じています。歯切れの良いコメディタッチの演出が続く中、伯父(9.5ミリ版字幕では「祖父」)萱野六郎左衛門の書置きを境に、それまでの木偶の坊ぶりを憂さ晴らしするかのような速度感と爽快感のある展開に転調していきます。

走っている最中にも細かく表情を変移させていく傳次郎の芸達者ぶり、唐沢弘光氏によるカメラワークの素晴らしさなど安兵衛の激走が一番の見どころなのは間違いないかな、とは思います。他にも縄だすきの代わりを探してお幸が走り出し、速度を落とさず石垣に飛び乗る場面など他の監督が思いつかない発想があちこちに散りばめられていました(『長恨』の川上弥生もそうで、伊藤大輔作品では女優も走ります)。

もう一つの発見は傅次郎が書置きを見つけた後、お勘婆の隣で早飯を食らう室内撮影の場面。スキャン画像から分かるように、この場面は屋外撮影に比べてコントラストが低くなっています。以前に紹介した中山呑海監督の『新作膝栗毛』(1926年、日活)とつながってくる話で、初期のパンクロマチックフィルムで撮影された質感です。1926年の『長恨』、1927年『忠次旅日記』はまだオルソクロマチックだった訳で、伊藤大輔作品ではこの1928年頃を境にパンクロに切り替えたと確認できました。

[IMDb]
Chi kemuri Takadanobaba

[JMDb]
血煙高田の馬場

関連記事