2024 – 『ヴァイタグラフ喜劇集』(米キノ・ローバー) 3ディスク・ブルーレイセット

情報館・DVD/DVD-R/ブルーレイより

Vitagraph Comedies
(1907-1922, Vitagraph, Various directors)
US 2024 Kino Lorber 3-disc Blu-ray Set

先日紹介した『復讐の夜』と並び、] 映画の郷 [ が選ぶもう一枚の2024年度ベスト・デジタル・リリースが『ヴァイタグラフ喜劇集』です。ブルーレイ3枚組で発売されたもので、1907~22年に公開されたコメディ作品40作を収録。全て観ると9時間半近くに及びます。

1枚目と2枚目は1907~1918年に制作された1~2リール物を中心に、シドニー・ドリュー出演作(11作)とフランク・ダニエルズ主演作(7作)、ジョン・バーニー出演作(4作)、エディス・ストレイ出演作(3作)、フローラ・フィンチ出演作(2作)を核とした構成。最後の3枚目はラリー・シモン特集で、1918年から1922年に発表された2〜4リール短編を6作収めています。

シドニー・ドリュー(Sidney Drew)は奥さんと組んで主演した「ドリュー夫妻物」で人気を博しました。夫婦が互いに隠し事をしていたり(『夫婦隠し隠され』)、性格に難のある親戚を相手に苦労していたり(『伯母さんの肖像画』)、家で雇った料理人が揃いも揃って役立たずだったり(『奥様は知っている』)、妻との約束を破ってしまった苦境を友人に助けてもらったり(『電報騒動』)…中流〜アッパーミドル階級の夫婦生活あるあるを扱ったまったりしたシチュエーションコメディです。

ギョロっとした大きな目玉が印象的なのがフランク・ダニエルズ(Frank Daniels)。仕事で預かった軍服を借りて軍人になりすまし(『ジンクス氏の靴屋』)、交通事故に遭って輸血されたのをきっかけに言動がマッチョになって周囲を驚かせる(『ジンクス氏の進化』)など、社会の荒波に揉まれた冴えない中年男性がふとしたきっかけで人生を激変させていく(でも最後は元鞘に収まる)喜劇を得意としていました。

シドニー・ドリューやフランク・ダニエルズが人気を得た時期(1915~1918年頃)に先行し、1911~14年に活躍していたのがジョン・バーニー(John Bunny)とフローラ・フィンチ(Flora Finch)です。キーストン社時代から活躍、共演経験も多い古参のお二方ですね。

気立ての良いぽっちゃり系中年男優キャラを確立したのがジョン・バーニー。日頃いじめてくるカウボーイ仲間を相手に、女装して復讐を果たす西部喜劇『キティーとカウボーイ』、妻からの圧を受け蒸気式ダイエットにいそしんでいる最中に押しこみ強盗に遭遇する『バーニーの蒸し風呂式ダイエット』を収録。

フローラ・フィンチの魔女顔は一度見ると忘れられないインパクトがあります。新たに雇われたタイピストが社内の男性陣を絶望に陥れる『新参タイピスト』とクリスマスの鳥料理を巡って隣人と仮借なき争いを繰り広げる『スウィーニーのクリスマス鳥料理』の二作に登場。

エディス・ストレイ(Edith Storey)は西部劇を中心に歴史劇、恋愛劇も確実にこなせる実力派若手女優。1910年台中盤に喜劇連作「ジェーン物」に主演。おさげ髪、歯抜けのおっちょこちょいな少女が、空気の読めなさで混乱を引き起こしつつ最後は自分の幸福を見つけ出していく内容で『ジェーンの恥ずかしがりな英雄さん』が恋愛編、『ジェーンの身分相応』がお仕事編となっています。

ラリー・シモン(Larry Semon)は初期芸名のローレンス・シモン名義を含む6作。いずれも設定やセッティングに手間暇かけたアクロバット性の高いスラップスティック喜劇でした。飛行中の複葉機から別な複葉機へ飛び移る大技を含んだ『ラリー・シモンの番頭』、山際の材木工場を舞台にスケールの大きなギャグを畳みかけていく『ラリー・シモンの樵』など観ておいて損はない優れた作品が並んでいます。

また、花形システムがまだ無かった1907~8年頃の1リール物喜劇や、ほとんど名を知られていない俳優陣を主演に据えた作品にダークホース的なお宝が眠っています。特筆すべき作品として、身体をバラバラにしながら警官の追跡を逃れようとする脱獄囚をストップモーションで表現した1907年の奇譚『バラバラの囚人』、ヒューイー・マック(Hughie Mack)を主演とし、ラブコメ風の前半から一転、後半では戦場を舞台に禍々しい毒っ気のある追跡劇を繰り広げていく1917年作品『荒くれ者と砲弾』の2作を挙げておきます。

◇◇◇

希少な初期喜劇を一挙に40作も観ることができるようになった。喜劇映画というジャンルが15年程度の期間にどのように進化、変化を遂げていったのか知ることができる。これだけでも十分にすごい話ですが、『ヴァイタグラフ喜劇集』の面白さはそれに尽きる訳ではありません。『活動画報』や『活動倶楽部』、『活動寫眞雑誌』などの表紙やグラビアに登場し、日本の活劇愛好家にも名が知れていた男女優が脇役としてあちこちに登場してきています。

『戀に患う乙女たち』のアール・ウィリアムズ。右端にリリアン・ウォーカー

まずは1910年代初頭に美形男優としてヴァイタグラフ社随一の人気を誇ったアール・ウィリアムズ(Earle Williams)。以前に『呪の列車』(1915年)を8ミリとDVDで紹介済みですが、本ブルーレイセットには人気絶頂期の1912年に公開された『戀に患う乙女たち』を収録。他にも戦後に至るまで舞台を含めた長い俳優キャリアを築き、フィルムノワールでも味のある渋さを見せていたトム・パワーズ(Tom Powers)、甘いマスクで現代劇に強みを発揮したエドワード・アール(Edward Earle)の姿も見られます。

さらに『ジェーンの恥ずかしがりな英雄さん』に登場してくる恋する青年は1930〜40年代の犯罪映画(『ガラスの鍵』など)でお馴染みのドナルド・マクブライド(Donald MacBride)ですし、ダイエット中のジョン・バーニーを襲う押しこみ強盗は若きラルフ・インス(Ralph Ince)監督でした。

女優陣に目を転じてみると、米国映画史上初めて花形女優となったフローレンス・ローレンス(Florence Lawrence)の出演作が2作(『餓鬼、胸像、お風呂』『新参タイピスト』)含まれています。

『戀に患う乙女たち』では仮病を使って青年医師の気を牽こうとする娘役でノーマ・タルマッジ(Norma Talmadge)が出演。古代エジプトのミイラを扱った『埃及のミイラ』には妹のコンスタンス(Contance Talmadge)が登場していました。シドニー・ドリューの娘役にメアリー・アンダーソン(Mary Anderson)やアニタ・スチュワート(Anita Stewart)、フランク・ダニエルズの相手役にユーラリー・ジェンセン(Euralie Jensen)、『伯林の狼』のベティー・ホウ(Betty Howe)を配するなど贅沢な配役が目立ちます。

ヴァイタグラフ社の創造力のピークは1910年台初頭から中盤にあって、第一次大戦の中頃辺りからユニバーサル社など他社の台頭に押され、上に挙げたような俳優たちが活躍していた事実も次第に忘れられていきます。『ヴァイタグラフ喜劇集』は失われた風景を完璧ではないまでも十分に再構築。喜劇短編集の枠組みを超え、一つの映画会社が業界の一大勢力となっていくダイナミックな動きを可視化している点で優れた作品になっています。

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収録作品一覧

【デイスク1】

  • 『バラバラの囚人』The Disintegrated Convict (1907年) [IMDb]
  • 『餓鬼、胸像、お風呂』The Boy, the Bust, and the Bath (1907年) [IMDb]
  • 『梯子を頂戴』Get Me a Step-Ladder (1908年)  [IMDb]
  • 『新参タイピスト』The New Stenographer (1911年)  [IMDb]
  • 『戀に患う乙女たち』The Lovesick Maidens of Cuddleton (1912年)  [IMDb]
  • 『シドニー・ドリューの二人連隊』A Regiment of Two (1913年)  [IMDb]
  • 『ジェーンの恥ずかしがりな英雄さん』Jane’s Bashful Hero (1916年)  [IMDb]
  • 『埃及のミイラ』The Egyptian Mummy (1913年)  [IMDb]
  • 『スウィーニーのクリスマス鳥料理』Sweeney’s Christmas Bird (1914年)  [IMDb]
  • 『シドニー・ドリューの優生学』A Case of Eugenics (1915年)  [IMDb]
  • 『シドニー・ドリューのおば様の肖像画』Auntie’s Portrait (1915年)  [IMDb]
  • 『ジェーンの身分相応』Jane Was Worth It (1915年)  [IMDb]
  • 『ジャック氏の浮気心』Mr. Jack Trifles (1916年)  [IMDb]
  • 『ジンクス氏の赤ん坊』Captain Jinks’ Baby (1917年) 
  • 『ジンクス氏の治療』Captain Jinks’ Cure (1917年)  [IMDb]
  • 『踊る淑女紳士』Damsels and Dandies (1919年)  [IMDb]

【デイスク2】

  • 『アパート騒音騒動』The Flat Dwellers: Or, The House of Too Much Trouble (1907年)  [IMDb]
  • 『呪いの揺り椅子』The Haunted Rocker (1912年)  [IMDb]
  • 『キティーとカウボーイ』Kitty and the Cowboys (1911年) [IMDb] 
  • 『バーニーの蒸し風呂式ダイエット』In the Clutches of a Vapor Bath (1911年)  [IMDb]
  • 『シドニー・ドリューの夫婦騙し騙され』The Deceivers (1915年)  [IMDb]
  • 『シドニー・ドリューの奥様は知っている』His Wife Knew About It (1916年)  [IMDb]
  • 『シドニー・ドリューの招福の馬蹄』A Horseshoe for Luck (1914年)  [IMDb]
  • 『シドニー・ドリューのスケープゴート』The Professional Scapegoat (1914年)  [IMDb]
  • 『シドニー・ドリューの麗しき思考法』Beautiful Thoughts (1915年)  [IMDb]
  • 『シドニー・ドリューの赤ちゃん教育』Boobley’s Baby (1915年) [IMDb]
  • 『シドニー・ドリューの投資詐欺』A Safe Investment (1915年)  [IMDb]
  • 『シドニー・ドリューの電報騒動』A Telegraphic Tangle (1916年)  [IMDb]
  • 『荒くれ者と砲弾』Bullies and Bullets (1917年)  [IMDb]
  • 『ジンクス氏の進化』Captain Jinks’ Evolution (1916年)  [IMDb]
  • 『ジンクス氏の靴屋』Captain Jinks, the Cobbler (1916年)  [IMDb]
  • 『降霊術の為す業』A Little Ouija Work (1918年)  [IMDb]
  • 『ジンクス氏の慰謝料逃れ』Mr. Jack Ducks the Alimony (1916年)  [IMDb]
  • 『ジンクス氏の肉料理の王様』Mr. Jack, the Hash Magnate (1916年)  [IMDb]

【デイスク3】

  • 『ヒンズー教のネックレス』Hindoos and Hazards (1918年)  [IMDb] 
  • 『ラリー・シモンの番頭』The Grocery Clerk (1919年)  [IMDb] 
  • 『ラリー・シモンのウェイター』The Head Waiter (1919年)  [IMDb]
  • 『ラリー・シモンの学生時代』School Days (1920年)  [IMDb]
  • 『ラリー・シモンのベルボーイ』The Bell Hop (1921年)  [IMDb]
  • 『ラリー・シモンの樵』The Sawmill (1922年)  [IMDb]