光川 京子 [Mitsukawa Kyôko]
日本・女優より 若き日の榮えよ、めでたさよ!この一句を光川京子の讃とする。當年わづかに十七歳の京子の、現在の人氣はどうだろう!『お駒ちやん』といふ名で、蒲田撮影所員んみんなから可愛がられてゐるが、この名こそ第一囘作品『初 … 続きを読む : 光川 京子 [Mitsukawa Kyôko]
日本・女優より 若き日の榮えよ、めでたさよ!この一句を光川京子の讃とする。當年わづかに十七歳の京子の、現在の人氣はどうだろう!『お駒ちやん』といふ名で、蒲田撮影所員んみんなから可愛がられてゐるが、この名こそ第一囘作品『初 … 続きを読む : 光川 京子 [Mitsukawa Kyôko]
日本・女優より 本名瀧澤昇子。明治四十五年東京市赤坂區に生る。靑山女學校修業。大正八年帝國劇場にて初舞臺後引継ぎ舞臺にあり映畫界入りは大正十四年マキノ入社は昭和五年二月。娘役が得意、主な近作は「鴨川小唄」「光を求めて」「 … 続きを読む : 浅間 昇子 [Asama Shôko]
絵葉書と『演劇生活 Színházi Élet』誌から見る1910年代ハンガリー映画(03) 1890年代末から本格的に演劇活動を始め、劇場を転々としつつ下積みを重ね、1900年代に人気役者の仲間入り、映画産業の勃興した … 続きを読む : ベレギ・オスカー Beregi Oszkár (Sr.) (1876 – 1965) と『黄金の男』(1919年)&『怪人マブゼ博士』(1933年)
「ドイツ/オーストリア [Germany/Austria]」より 独逸のフイルムが上野みやこ座へ盛んに出た時分澤山にあらはれたブラウン探偵としてその顔は諸君の記憶に深ひことゝと思ふ。本誌十號にもこのことについて述べてある … 続きを読む : ルートヴィヒ・トラウトマン(Ludwig Trautmann、1885 ‐ 1957)と『天馬』の記憶
絵葉書と『演劇生活 Színházi Élet』誌から見る1910年代ハンガリー映画(02) 1890年生まれ。1909年演劇学校卒業後に舞台女優の活動を始め、1910年代中盤にかけ知名度を上げていきます。1916年にコ … 続きを読む : ゴンバセージ・フリーダ (Gombaszöghy/Gombaszögi Frida, 1890 – 1961) と『私は死にたい』(1918年、アンタルッフィ・シャーンドル監督)
絵葉書と『演劇生活 Színházi Élet』誌から見る1910年代ハンガリー映画(01) フェダーク・シャーリは1890年代末からの長いキャリアを持つオペレッタ女優です。1910年代中盤には『シビル』(1914年)、 … 続きを読む : フェダーク・シャーリ (Fedák Sári, 1879 – 1955)と『三週間』(1917年、ガラシュ・マールトン監督)
1923年冬、大阪毎日新聞社の内部に活動写真研究会が結成され、上映会や研究発表を含む月例会が開かれるようになりました。自社ビルの会議室で開催されていた愛好家の集いではありましたが、協賛会員に池永浩之(日活撮影所長)や牧野 … 続きを読む : 1924 – 『映画大観』 (大阪毎日新聞社, 活動写真研究会 編)
1920年代中盤、大正末期に発行された167号から185号まで全19冊の『キネマ旬報』を合本にしたもの。 グラビアを重視しゴシップ記事も織りこんだ『活動倶楽部』や『活動画報』と異なり、『キネマ旬報』は網羅的な映画評を主と … 続きを読む : 大正13~14年(1924~25年) 私家版・キネマ旬報合本(167~185号)を読む
何は兎もあれ、生命に代えて守護して居る大切なる御宸筆が怪賊の手に奪られたあつては、朝廷に對し奉りて御申譯がない。何うあつても之れを尋ね出さなければならぬ、と一大決心を起したのが少將の令嬢八重姫である。 『譬え女でも武士の … 続きを読む : 1926年 – 市川右太衛門主演『孔雀の光 前編』(マキノ、沼田紅緑監督)説明本・出版者不明
「阪東妻三郎関連」より 彼の武士は、いよいよ圖に乗つて亂暴を働いて居る、此有様を見た兵之助は忽ちムツと怒り出し「ヤア無禮な奴である。場所もあろうに斯る遊里の巷で亂暴を爲すとは男らしくもない奴じゃヨシ俺が取つ締めてやるぞ」 … 続きを読む : 1926年 – 阪東妻三郎主演『幕末』(阪妻プロ 、宇澤芳幽貴監督)説明本・出版者不明
京傳は、遂に此の玄右衛門を暗殺して仕舞つた、其後に残されたのが伜の銀之助である、『あゝ我が父を殺したのは京傳である、『彼れを討ち取つて父の仇を返さなければならぬ』とさまざまに苦心して居たが却つて京傳に覺られて已に危くなつ … 続きを読む : 1926 – 高木新平・生野初子主演『傷魂』(東亜キネマ、長尾史録監督)説明本・出版者不明
秘宝館・『ジゴマ』 & 映画史の館・フランスより ヴィクトラン・ジャッセ監督の死後百年となる2013年、同氏の生家があるアルデンヌ地方の地方誌が特集号を出しました。 序文が置かれた後、第1章)劇場に雇われていた青 … 続きを読む : 2013 -『アルデンヌ⁼ワロン誌増刊 ヴィクトラン・イポリット・ジャッセ 1862-1913』(ポワント・デ・ギヴェと周辺地域地方史研究会)
「合衆国・カナダ・オーストラリア」より かつての銀幕花形で、初恋相手である活動写真に戻つてきた一人がキャスリン・ウィリアムス孃である。モンタナ州の町ビュートに生れ、ウェズリアン大学とニューヨーク演劇学校で学んだ。舞台では … 続きを読む : キャスリン・ウィリアムス Kathlyn Williams (1888-1960) 米
1921〜22年にキネマ文庫(A6:14.8×10.5㎝)を扱った後、榎本書店は「活動文庫」という豆本サイズ(A7:10.5×7.4㎝)の薄い説明本を公刊していました。今回4冊をまとめて入手。いずれも大正13年(1924 … 続きを読む : 1924 – 榎本書店の活動文庫
情報館・ノベリゼーション [日本]より こちらは浪花、十郎兵衛と約束した鱶七は、或る夜小幡の室へ忍び込んで、まんまと名刀國次を盗み出し、之を十郎兵衛の宅へ持來して「サー旦那、お約束の刀は持つて參りました……五百兩の方は … 続きを読む : 1931 – 大島印刷株式会社・活動文庫(その三) 『阿波十郎兵衛』 (帝キネ/新興、寿々喜多呂九平)
情報館・ノベリゼーション [日本]より 或る一日街頭の易者に己の身上を占はせました。 『世辭追従の嫌ひな貴殿の氣質を當世向きにしなければ士官はなかなか困難です……それに今の世の中は何といつても腕前なぞより金ですからね … 続きを読む : 1931 – 大島印刷株式会社・活動文庫(その二)『海江田譲二の高田の馬場』(日活、辻吉朗監督)
情報館・ノベリゼーション [日本]より 悌二(ていじ:鈴木伝明「あの海岸を埋立てられたら漁家二千人の生活はどうなると思ふ」 健(たけし:高田稔)「知らん」 悌二「二千人の人間を殺してまで君は金を儲けたいのか」 健「儲けた … 続きを読む : 1931 – 大島印刷株式会社・活動文庫(その一)『野に叫ぶもの』(松竹、島津保次郎監督)
1910年に創刊されたハンガリーの演劇週刊誌。18年夏〜秋の12冊を合本にして愛蔵版としたもの。グラビア、新作劇の紹介・講評、劇中歌の楽譜や諸々のエッセイ、広告を含んだ内容です。1冊の紙数は52ページで12冊だと600頁 … 続きを読む : 1918 – 『演劇生活』誌 28号〜39号(7~9月) 合本 “Színházi Élet”
秘宝館・『ジゴマ』 & 映画史の館・フランスより 活動写真監督術考 ヴィクトラン・イポリット・ジャッセ (1911年 シネ・ジュルナル誌 165、166、167、168、170号掲載 [未完]) Etude su … 続きを読む : 1911年 – 「活動写真監督術考」 ヴィクトラン・イポリット・ジャッセ著
『ジゴマ』 [Zigomar]より オランダのEYE映画博物館が保存しているJean Desmetコレクションのひとつで2019年8月に同博物館YouTubeチャンネルで公開されたもの。字幕はオランダ語で最後に幾つかフラ … 続きを読む : 1912年 『ジゴマ後編(ポーリンの殉職とニック・カーターの復讐)』(イポリット・ヴィクトラン・ジャッセ、エクレール社)EYE映画博物館収蔵プリントと日本語版あらすじ