2025 – 『はじまりの日本劇映画 映画 meets 新派・新劇・新国劇』(国立映画アーカイブ)を観る

半月ほど前(2025年3月28日)、国立映画アーカイブによるオンライン企画『はじまりの日本劇映画 映画 meets 新派・新劇・新国劇』が公開されました。1920年代前半に公開された日活や國活、松竹、東亞、東京キネマ等による9作品を通じ、日本の初期映画と主に舞台とのつながりを焦点に当てています。

先々週末の4月5~6日に全作品を閲覧。どの作品も面白かったです。


『寒椿』(1921、國活角筈、86分)

Kantsubaki [Watch][JMDb][IMDb]

近代化された世の中から離れ、山小屋で慎ましい生活を送っていた老水車番・伍助とその娘おすみ。猟でやってきた青年伯爵と接点ができたことから娘は女中として働き始めるが、初めて接する物事に戸惑うばかり、同僚からの苛めに涙しつつの日々であった。一方、娘の幸せを願う伍助は、かねてよりおすみに横恋慕していた素行不良の馭者・林造と言い争いになり、誤って殺害してしまう…

井上正夫が松竹から國活へ移って製作された第一弾作品。

いじめ、独身女性への暴行未遂、人間関係のもつれで引き起こされる殺人事件…とゴシップ要素を散りばめた作品構成は菊池幽芳(1917年『毒草』)の世界観ともリンクしています。その意味でも今回公開された作品の中で1910年代後半の新派映画の痕跡、残滓をもっともはっきりと見て取ることのできる一作。時に冗長に流れる嫌いがあるものの、演技派の俳優陣(井上正夫、水谷八重子、高勢実、林千歳、志賀靖郎、宮部静子)を揃え見ごたえのあるドラマを展開しています。


『救の手』(1921、國活巣鴨&簡易保険局、39分)

Sukui no Te [Watch][IMDb]

不慮の事故や怪我、災害に対する簡易保険の有用性を説いた宣伝映画で、『寒椿』にも助演していた林千歳さんをヒロインに配した一作。サイトでも指摘されているように後半はテンポの速い連続活劇張りの追跡劇となっています。中盤に描かれていた紡績工場での一連のやり取りには、1910年代の欧米で製作されていたリアリズム寄り社会派劇や労働者映画に近い質感があってそちらを興味深く鑑賞しました。


『收穫』(1921、活動寫眞資料研究会、19分)

Shukaku [Watch][JMDb]

初期ヘンリー小谷作品で活躍した俳優・井上麗三氏と、邦画女優史の草分けの一人・花柳はるみさんの組みあわせで製作された一作。仕事中の飲酒癖を咎められ失職し無一文となった主人公が、農村の一家族との交流を経て人生を立て直していく物語。

フェルディナン・ゼッカ(1902年『お酒の犠牲者(Les Victimes de l’alcoolisme)』)やD・W・グリフィス(1909年『飲んだくれの改心(A Drunkard’s Reformation)』)等、反アルコール(あるいはアル中撲滅)は古くから映画で扱われてきた主題であって、初期映画の小さな一ジャンルを成しています。飲酒の弊害がそれくらい大きな社会問題になっていた訳で、20世紀初めの日本も例外でなかったと分かります。


『ほとヽぎす』(1922、松竹蒲田、21分)

Hototogisu [Watch][JMDb][IMDb]

栗島すみ子&岩田祐吉を松竹の花形ペアとして確立した池田義信代表作のひとつ。

完全版ではないもののロケ撮影とセット撮影の場面双方が現存。両者に共通しているのが構図の美しさとバランスの良さ、ゆったりした空間感覚の居心地よさ。初期新派映画にも形式美に対する配慮は見られますが、あくまでも静止画風で舞台寄りの発想が色濃く残っていました。『ほとヽぎす』は新派映画の様式美に配慮しつつ、舞台型の空間感覚から脱却し映画固有の美しさに辿りついています。

浪子(栗島すみ子)臨終の場面は今回が初見。五月信子、東栄子、岡島艶子、高尾光子、関根達発…枕元に並んだ俳優陣の贅沢さに驚かされました。


『小羊』(1923、松竹蒲田、53分)

Kohitsuji [Watch][JMDb][IMDb]

羊飼いの娘(川田芳子)が、行き倒れになっていた失意の青年(諸口十九)を助けたのきっかけに繰り広げられていくメロドラマ。恋敵となる踊り子役に英百合子さんが配されています。

もんぺ姿の羊飼いと言われてもなかなかピンときませんが思っていたほど違和感はありませんでした。折角北海道を舞台にするのであればその設定を生かして物語世界をもっと立体的に作れたのではないかな、とむしろそちら側が気になりました。

全盛期のシャルル・ボワイエを彷彿とさせる諸口氏の美男子ぶり、登場場面こそ少ないものの翳りの多い存在感を見せる勝見庸太郎氏など見るべきものが幾つもありました。


『噫無情 第一篇 放浪の卷』(1924、松竹蒲田、12分)

Aa mujô – Dai ippen: Hôrô no maki [Watch][JMDb][IMDb]

ヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』の舞台を清朝下の中国に置き換えた異色作。当時の「蒲田」を読んでいると松竹が力を入れて製作した様子は伝わってきます。

『レ・ミゼラブル』は複雑な回り道をしていく長大な罪滅ぼしの物語。宗教色が濃いため、例えば『巌窟王(モンテ・クリスト伯)』等に比べてもローカライズしにくい内容です。アジアに舞台を置き換えて果たして上手く回るのか…現存している冒頭の断片だけでは判断つきかねるものの、井上正夫氏の役の作りこみは本格的で続きを期待させるに十分な出来映えでした。

脚本を担当したのは監督デビュー前の伊藤大輔。同氏は戦後にもう一度『レ・ミゼラブル』(東横、1950年)を手がけていますので解釈の変化や深化を考察していくのも面白そうです。


『高田馬場』(1924、東京朝日新聞社、8分)

Takada no Baba [Watch][JMDb]

JMDbなどでは『野外劇 高田馬場』として登録されている一作。早稲田大学の大隈会館大庭園での実演を記録した動画。カメラは固定され左右に僅かにパンする以上の動きはありません。編集によるごまかしが効かず、書割もなく、小道具も最低限に抑えられ、純粋に演者の地力が試されるセッティングです。

のんびりしていた安兵衛が伯父からの手紙を読み、血相を変えるまでの空気感の出し方が上手いです。他の出演映画にコミカルな要素は希薄だったのでこういった演技もできるのかと発見でした。

とはいえ澤正の(そして初期新国劇の)真骨頂は後半の殺陣の速度感にあります。動きがコンパクトで無駄がなく、体幹のブレも少ない。斬られる側も同様、苦悶の表情でもったいぶって倒れる者など一人もいません。装飾性や衒気(てらい)をそぎ落とした殺陣の美しさという点で、後年の(例えば三隅の)それと鋭く対立する要素を含んでいるのではないか、と。


『國定忠次』(1924、東亞京都、33分)

Kunisada Chûji [Watch][JMDb][IMDb]

前半に当たる第一篇と第二篇は8ミリ版で既出。尼寺で悪徳坊主を斬ってから痛風を発症し、身動きが取れなくなったまま捕縛される後半部は今回初めて観ました。

「加賀の国の住人 小松五郎義兼が鍛えた業物 万年溜の雪水に清めて 俺には生涯汝と云ふ強い味方があったのだ」

赤城山での名セリフには刀を「擬人化」し、自らの味方と「見立てる」発想が含まれています。形こそ異なっていますが『野外劇 高田馬場』にも切りあいの後に刀を清める動作が含まれていました。穢れから清めへ、そしてまた穢れへ。刀は単に人を斬る道具ではなく、肉體と精神の延長に位置付けられ、アニミズムの対象として聖化されていく。病に伏したままの忠治の震える指先に刀を握らせ、仲間たちが最後の戦いに向かっていく場面の伏線になっています。


『社會教育劇 街の子』(1924、東京シネマ、51分)

Chimata no Ko [Watch][JMDb][IMDb]

タイトルは「ちまたのこ」と読むそうです。身寄りもなく、頼るべき術もないまま犯罪に手を染めるストリート・キッズたちとその更生を描いた一篇。夏川静江さんを筆頭とした子役たちの真摯な演技に説得力があります。

ドキュメンタリー映画を得意としていた東京シネマ商会の作品だけあって記録映画の視点が持ちこまれており、個々のエピソードが展開するロケーションの描写がとても丁寧。啓蒙向けの社会派劇であるだけでなく、東京という街を描いた都市映画としても成功しています。


新派悲劇の形で1910年代から続いてきたメロドラマ群によって、登場人物の喜怒哀楽や関係性をどう演出し、撮影していくか試行錯誤されていく。ドキュメンタリー映画の伝統からは風景描写をどう物語世界と噛みあわせていくかの知見が蓄積されていく。剣戟映画の隆盛に於いて、アクション演技や演出の技法、編集技術が磨き上げられていく。宗教劇や教育映画、社会派作品、さらに宣伝映画の製作を通じ、どんなメッセージをどう伝えるか経験値を高めていく…

独立した作品、ジャンル、スタッフ陣によって蓄積されていったノウハウが共有され映画作り全体が底上げされていく中で、現在でも十分視聴に耐えうるレベルの中長編ドラマ作品を作れるようになっていった。日本劇映画を生み出したのは革新的な一作というよりむしろある期間(1921~24年)とそこに込められた鋭意の総体であった。『はじまりの日本劇映画 映画 meets 新派・新劇・新国劇』はこの期間そのものにフォーカスすることに成功しています。「日本劇映画の誕生」の必要条件かつ副産物ともなったのが「映画女優の誕生」であったというサイドストーリーもまた魅力的です。

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