ロー・ホール Loo Holl と『武士道』(東亜キネマ、1926年、H・K・ハイラント&賀古残夢)
日本とドイツが共同制作し、1926年に公開された映画「武士道」のフィルムがロシアで見つかり、9月の第4回京都映画祭で特別上映されることになった。日本で最初の本格的な国際合作映画とみられる。 日本最初の国際合作を発見/19 … 続きを読む : ロー・ホール Loo Holl と『武士道』(東亜キネマ、1926年、H・K・ハイラント&賀古残夢)
日本とドイツが共同制作し、1926年に公開された映画「武士道」のフィルムがロシアで見つかり、9月の第4回京都映画祭で特別上映されることになった。日本で最初の本格的な国際合作映画とみられる。 日本最初の国際合作を発見/19 … 続きを読む : ロー・ホール Loo Holl と『武士道』(東亜キネマ、1926年、H・K・ハイラント&賀古残夢)
芳三郎の身は漸く危險を免れたが、哀れや遊女の此花は、此の騒ぎの最中に、南蠻虎の手下の爲めに拉し去られて、南蠻寺の隠れ家に連れて行かれた。惡漢の大將なる南蠻虎と彌六の辰、鮟鱇の重は不思議にも捕手を逃れて行き方知れずになつて … 続きを読む : 1926 - 高木新平主演 『南蠻寺の怪人』(東亞、長尾史録監督) 説明本・出版者不明
『サアサア、行け行け、今日こそは思ひのまゝに腕だめしをしてやるぞつ…』と、乾分どもはわいわいと出かけて行くので、今や大利根一帶の沿岸は殺氣滿ち充ちて今にも血の雨、血の川は目前に現はれ出るやうな氣がして來るのであつた。 斯 … 続きを読む : 1929 – 『大利根の殺陣』(東亞、嵐寛壽郎主演、後藤岱山監督、山中貞雄助監督) 瀧本時代堂 説明本
或る夜のこと、京都三條の橋の畔り淋しい所を通つて行くと彼方なる暗がりの物影より突然現はれ出た、四五人づれの壯漢があつた。 『ヤアツ…來たぞ』とばかりに、彼等がさゝやきの聲の未だ絶えぬ間に、最ふ彼等の白刄は半平太の前後左右 … 続きを読む : 1929 – 『月形半平太』(東亞、草間實主演、枝正義郎監督) 瀧本時代堂 説明本
日本・女優より 本名瀧澤昇子。明治四十五年東京市赤坂區に生る。靑山女學校修業。大正八年帝國劇場にて初舞臺後引継ぎ舞臺にあり映畫界入りは大正十四年マキノ入社は昭和五年二月。娘役が得意、主な近作は「鴨川小唄」「光を求めて」「 … 続きを読む : 浅間 昇子 [Asama Shôko]
1920年代中盤、大正末期に発行された167号から185号まで全19冊の『キネマ旬報』を合本にしたもの。 グラビアを重視しゴシップ記事も織りこんだ『活動倶楽部』や『活動画報』と異なり、『キネマ旬報』は網羅的な映画評を主と … 続きを読む : 大正13~14年(1924~25年) 私家版・キネマ旬報合本(167~185号)を読む
京傳は、遂に此の玄右衛門を暗殺して仕舞つた、其後に残されたのが伜の銀之助である、『あゝ我が父を殺したのは京傳である、『彼れを討ち取つて父の仇を返さなければならぬ』とさまざまに苦心して居たが却つて京傳に覺られて已に危くなつ … 続きを読む : 1926 – 高木新平・生野初子主演『傷魂』(東亜キネマ、長尾史録監督)説明本・出版者不明
日本・女優より 明治四十五年宇都宮に生る。五歳で河合武雄一派の『月魄』が初舞臺、映畫では國活を振り出しに松竹、東亞と轉々とし何れも重要な子役を勤め上げ更にマキノに移つて一躍スターとなつた。主演『戀の守備兵』『村へ來た呑氣 … 続きを読む : 都賀 静子/靜子 [Tsuga Shizuko]
「阪東妻三郎関連」 & 「8ミリ 劇映画」より 別投稿で紹介した8ミリ版『旗本退屈男』と同じ出所のフィルムで、傅次郎・阪妻・長二郎・嵐寛・千恵蔵の剣戟を中心にした編集版。80年代にVHSで市販されていた『活弁トー … 続きを読む : 1970年代前後 スーパー8 『乱斗集』(マツダ映画社/村上プロダクション)
情報館・ノベリゼーション [日本]より 1930年秋に公開された東亞のオールスター作品『無憂華』をノベライズした説明本。 内容は和風聖女伝。名門寺社の娘として生れ、貴族の元に嫁ぎ、歌人として、さらに社会活動家(関東大震災 … 続きを読む : 1931年 トーキー文庫 『無憂華』 (東亞キネマ作品)
昭和五年(1930年)10月半ばの東亞週報でオールスター大作『無憂華』公開時の一冊。表紙は同作からのスチル写真。モデルとなった故・九条武子夫人を称える菊池寛・久米正雄・直木三十五の歌が添えられています。 『無憂華』の粗筋 … 続きを読む : 1930年 『東亞週報 第二八六號』
日本・女優 & 女優別絵葉書ギャラリーより 明治三十三年岡山縣で生る。五歳で米國加州に渡りベンソニア州の女學校を卒業。大正五年米國ユニバアザル會社に入りル[パート]・ジュリアン監督の映畫に出演して始めて映画界の第 … 続きを読む : 砂田 駒子 [Sunada Komako]
情報館・雑誌(和書) より 1927年(昭和2年)の内外映画界を振り返った一冊。ハリウッド作品では『第七天国』『サンライズ』『あれ』『三悪人』『ビッグ・パレード』『ボー・ジェスト』などが公開され、独ウーファ社『メトロポリ … 続きを読む : 1928 – 『日本映画年鑑 第四年版』(昭和二年・三年版、朝日新聞社)
日本・女優 & 女優別絵葉書ギャラリーより やつと肩揚げの取れたばかりのおいとはん。何しろまだ取つての十八歳の若さですもの、何もかもこれからです。映畫生活の第一歩は帝キネ・スタジオに踏まれました。小坂照子の名前も … 続きを読む : 小坂/小阪 照子 [Kosala Teruko]
京都を拠点に活動していた花形社の雑誌のひとつで、こちらは1926年末に「キネマ花形」と改題後出版された新生第一号となります。 表紙を飾っているのはコリーン・ムーア。本文は全て一色刷り、数点のグラビアを除くと大半が公開され … 続きを読む : 1926年『キネマ花形』 (『活動花形』改題 11月号 花形社)
「8ミリ 劇映画」より 昭和4年(1929年)に東亜キネマで始まった嵐寛寿郎の当たり役・むっつり右門の第一弾『一番手柄 南蛮幽霊』8ミリ版。アラカンは無口な昼行燈タイプの同心を演じていて、余興芝居の最中に殺された岡っ引き … 続きを読む : 1929 – スーパー 8 『嵐寛寿郎の右門捕物帖』(橋本松男)
[発行年] 昭和6年1月 [発行者] 大日本雄弁会講談社 [フォーマット] 356頁 18.4cm×12.8cm [定価] 本誌と共に七十銭
January 1934 Fuji Magazine Additional Issue“Movie Stars : Film Debut and Breakthrough Performance” … 続きを読む : 1934 -『處女作・出世作・代表作 映画花形大寫眞帖』 冨士新年號附録
女優別絵葉書ギャラリーより 三原 那智子嬢は、神戸市外六甲德井に住む、日本塗料合資株會社理事高須錐三氏の御令嬢で、本名を高須喜美子といひ、大阪女子専門を卒業して當時私立兵庫高女の先生をしてをられました。花ならば今が盛りと … 続きを読む : 三原 那智子 [Mihara Nachiko]
勝氣な女で、戀のためには人をも殺すような、情熱的な性格の女に扮するのが好きな由。大正十二年松竹下加茂に入り、後東亞に入った。本名は大久保綱子、明治三十八年京都に生る。 『世界のキネマスター』(1925年) [JMDb]一 … 続きを読む : 一色 勝代 (?) [Isshiki Katsuyo]