1922 – 9.5mm 『カマルグの王』(アンドレ・ユゴン監督)

「9.5ミリ 劇映画」より

魔法をつかふ一人のボヘミアの女がルノ婚約女であるリヴエットに或る運命を告げました。所がその勇氣と武功とから人々の賞讃を得た傲慢なルノーはカマルグ王の綽名を受けたのであります。而してリヴエットを怖れさせた魔法つかひを罸しやうと思ひました。併しそのボヘミアの女に出會つた彼はその女から發する不思議なチヤームに捕へられたのであります。でその眼の權威とその輝やくほゝ笑みから彼女はルノーに泥地の眞中の一軒家であひゞきを約束しました。とその婚約者の裏切りを知らされたリヴエットは不實ものに出會ふべく同じ場所へと赴いたのであります。けれどルノーは人々が踏込むたゞ一つの淺瀬を示したその標示杭を變へたのであります。それでリヴエツトは彼女を葬むつた泥水よりも尚一層ルノーの裏切りから死んだのであります。この立派なドラマのその感動させる演出の所作にプロヴアンスの美しき空がまた詩的なありさまを加へます。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

1890年に公刊された地方色の色濃い運命劇をアンドレ・ユゴン監督が自身の脚本を元に映像化した一作。ゴーモン=パテ社アーカイヴに35ミリを元にした一時間版が現存。

冒頭から西部劇風の世界が展開し驚かされますが、南仏カマルグに伝わる独自の土着文化を元にしたものです。二枚目俳優として人気のあったシャルル・ド・ロシュフォールが「カマルグ王」を演じ、若手女優として台頭していたエルミール・ヴォーティエがヒロイン役、呪術的な力を持つ流浪の女にクロード・メレルを配しています。

アンドレ・ユゴンは大手制作会社と一線を画した独立系/仏インディ系映画監督の祖に位置づけられる人物です。ユゴン映画社製作による本作は宿命劇、土着風味やメロドラマの要素を上手く絡めて要を得た作品に仕上がっています。

本作の特徴としてはあまり強調したくないのですが、『カマルグの王』はフランスで初めて長編劇映画に女性の全裸を登場させた作品になるのではないかと思われます(9.5ミリ版ではカット)。1920年代のフランスの規制はアメリカや日本に比べて緩く、濡れ場とは違う、文脈に沿った裸体は許容される傾向にありました。倫理規制の強い時代ですし、原作に基くとは言え当時も賛否両論あったと思われます。それでも商業的リスクの大きいチャレンジに取り組む辺りが大手の監督とはやはり異なった姿勢となっています。

9.5ミリ版は1924年発売。早い時期に絶版になったタイトルで今回入手したフィルムもほぼ一世紀前のものとなります。1/4程に切り詰められていてもオリジナルの良さをある程度伝えているのかな、と。脚本の完成度、演技・演出の質も高く1920年の『労働』(アンリ・プクタル監督)、1919年の『恋するスルタン』と並び1920年前後の仏映画を代表する隠れた名作の一つです。

[公開年]
1922年

[IMDB]
Le Roi de Camargue

[メーカー]
仏パテ社

[メーカー記号]
692

[9.5ミリ版発売年]
1924年

[フォーマット]
9.5mm 無声 10m×6巻

1922 – Super8 『吸血鬼ノスフェラトゥ』(F・W・ムルナウ監督) 西独DEFA版

1922-『吸血鬼ノスフェラトゥ』

Nosferatu: Ende des Vampirs
(From « Nosferatu », dir/F.W. Murnau, 1922) DEFA Super8 Print

先月末にスキャンと併せて映写機での実写を行いました。

名の知れた一作でもあって英語版の16ミリや8ミリを市場で見かけることがあります。フィルムの現存状況や修復版の元となった35ミリプリントの詳細な情報はブレントン・フィルム [英語]でまとめられています。

ドイツでは西ドイツのDEFA社から2巻(前編『吸血鬼の棲まう城』245番、後編『吸血鬼の最期』247番)に分けられたスーパー8のダイジェスト版が発売されていました。こちらはその後編。

このフィルムに関しては2017年に一度実写でのスクリーン画像をそのまま撮影しています(使用映写機はベル&ハウエルのフィルモソニック498型)。

実写では中央部で白飛びが目立ち顔の肌の細かな陰影が消えてしまっています。ただし光量の落ちる周辺部は比較的しっかりと描写できていました。ランプを使うと光源となる中心がどうしても明るくなるためこういった質感になります。一方デジタルスキャンは四隅まで満遍なく安定しているものの暗い部分で潰れてしまい細部を拾えていない所があります。

またDEFA版8ミリではフィルムを送る穴(パーフォレーション)の上下まで映像が広がっています。実写時にこの部分は映写されないため、左側がトリミングされる形になり被写体が左に寄っていました。

本作を下敷きにしたヘルツォーク監督の『ノスフェラトゥ』(1979年)では吸血鬼と同時にやってくるペストの要素が強調されていました。古来から吸血鬼伝説と疫病への恐怖は連動してきたもので、本作にも公開の2年程前まで猛威を振るったスペイン熱の記憶が見え隠れしています。

[原題]
Nosferatu: Ende des Vampirs

[製作年]
1922

[IMDB]
Nosferatu – Eine Symphonie des Grauens

[Movie Walker]


[メーカー]
DEFA

[カタログナンバー]
247

[フォーマット]
Super8 白黒無声

1922年頃 35ミリ齣フィルム30枚(米パテ社連続活劇とロイド喜劇)

35mm nitrate film fragments (positive, toned) on pierced papers, c1922
Eddie Polo, Charles Hutchison, Harold Lloyd etc.

1922~23年頃と思われる35ミリ齣フィルム30枚のコレクション。切込み(スリット)を入れた自作台紙3枚にまとめたものです。幾つかの齣では縁の部分にメーカー名(丸印に「愛」「平」「モ」)を見て取れます。

エディ・ポーロ 1922年『キャプテン・キッド』

チャールズ・ハッチソン 1922年『スピードハッチ』

ハロルド・ロイド 1922年『豪勇ロイド』

ウォーレス・リード 1922年『ゴーストブレイカー』

1910年代から連続活劇で活躍していたエディー・ポーロが一番多く、次いでチャールズ・ハッチソン、ハロルド・ロイド、ウォーレス・リードの順になっています。いずれも本国では1922年に公開、齣フィルムもこの時期と見て良さそうです。

旧所有者さんが連続活劇好きだったのは疑いの余地のない所。女優を主人公にした作品はなく、またアントニオ・モレノのような華奢な美形男優ではなくエディー・ポーロやハッチソンなど肉体派を好む傾向を見て取れます。

男優の裸身(しかも肉付きや筋肉を強調するポージング)が多いのも偶然ではないのでしょう。1922年頃、大正末期の日本でよほど気心の知れた相手との内緒話でもなければ「男優の裸体に妄想を掻き立てられる、興奮する」と公言するのは不可能でした。家族に見つかった女学生は映画館立入り禁止でしょうし、既婚女性であれば三下り半、男であれば社会的に抹殺されてもおかしくない時代です。それでも業界は一定のニーズがあると分かっていてこういった場面を投入している訳です。

ヘレン・ホームズ~パール・ホワイト~ルース・ローランドなどを中心に流れていく連続活劇史そのものがヘテロ男性の見方なのだろうなと、以前から薄々は感じていました。異なった性的指向の人には全く違った風景が見えている。映画史そのものが違う。当たり前といえばその通りで一世紀前のリアルな物証を目の当たりにして新鮮な驚きはあります。

1921-22 『ハリケーン・ハッチ』(米パテ・エクスチェンジ社、ジョージ・B・サイツ監督)

« Hurricane Hutch » (1921-22, US Pathe Exchange, dir/George B. Seitz) 1924 Enomoto Shoten Novelization

蹴倒す、投げ出す、打倒す、ハツチは鬼の如く荒廻つた末遂に二人の幽閉されてゐる室へ飛び込んだのである、それツと二人の婦人を抱いて船室から飛び出ようとする時であつた、どうして焔へ上つたか船は炎々たる紅蓮の炎に包まれてゐるのである、もう仕方がない、ハツチは兩人を抱いたまゝザンブと海中へ躍り込んだのである、船はと見れは地獄の如く阿鼻叫喚の修羅の巷と替り果てゝ了つてゐる、ハツチとナンシー嬢は流れ來る破片に縋り、従妹テツド嬢は漂ひ來る木片に取り縋るのであつた[…]。

『ハリケン・ハッチ』(榎本書店 活動文庫、1924年)

『ハリケーン・ハッチ』は1921年秋から22年初頭に公開された米パテ社の15幕物連続活劇です。主演チャールズ・ハッチソンは旧作『伯林の狼』や『大旋風』で日本でも名を知られており、またパテ社の大掛かりなプロモーションが功を奏したこともあって人気を呼び、『豪傑ハッチ』『スピードハッチ』と次作以降も紹介が続いていきます。


『ハリケーン・ハッチ』の脚本を書いたのはハッチソン自身であるが、本人はこの作品でのアクションを「古びたもの」と切り捨てている。バイクに乗った主人公のハッチがまさに真下を機関車が雷鳴を立てて通り過ぎていく瞬間に壊れた橋を9メートルもジャンプして飛び越えていく。オーセイブルの急流に飛びこみ、その滝を泳ぎ切っていく。丸太に乗って木製の水路を流れていき、そのまま木材で埋め尽くされた川に突入する。ハドソン川の真上30メートルの端にかかったロープを滑り降りていき、揺れたまま通りすがりの帆船のマストに飛び移る。他にも観ているだけで血の気が引くようなアクション満載なのだが「古びたもの」だそうだ。

「ピクチャーゴーア」誌 1921年12月号

Hurricane Hutch was written by himself, but he dismissed his exploits therein as « old stuff. » When Hurricane Hutch is released, you will see « Hutch » leap thirty feet across a broken bridge on a motor-cycle just as a train thunders by beneath him. Also plunge into Ausable Rapids and swim over the falls there ; « ride » a lumber-sluice on a log into a river jammed with other logs; slide down a rope from a hundred-foot bridge over Hudson river, and swing to the mast of a passing schooner, and numerous other blood-curdling stunts. Old stuff!

Picturegoer Magazine (1921 December Issue)


多彩なアクションが伝わってくる記事です。フィルムそのものは遺失。パテ社製作の予告編をシリアル・スカドロン社がデジタル化(『ロスト・シリアル・コレクション』DVDの2枚目に収録)しておりユーチューブでも見る事ができます。

主演チャールズ・ハッチソンについて現在まとまったオンライン記事はありません。紙ベースでは活劇史を扱った『Bound and Gagged』(1968年)の第6章で幾つか作品が触れられていました。古い雑誌で調べているとピクチャーゴーア誌のインタビューを発見。その内容によると父親がスコットランド系イギリス人、母親がアメリカ人で幼少時をイギリスで過ごしているそうです。10代後半で舞台に立ち8年の経験を積んでから映画界に参入。当初トライアンフ社で活動しその後クリスタル社など転々とします。パテ社との契約第一弾となった『伯林の狼』(1918年)成功で連続活劇界の花形となりました。

上の写真は1922年のパテ・エクスチェンジ社の広告。パール・ホワイトと並ぶ扱いを受けているのが分かります。同じ雑誌に寄稿されたパテ・エクスチェンジ社マネージャー(エドガー・オスワルド・ブルックス)の一文では、旧来型の連続活劇と方向性を変え青少年に悪影響を与えない「健全」な作風に向かう旨が記されています。興行としても内容・表現的にも行き詰まりを見せていた活劇ジャンルの再興を目論んでいるのです。しかしパール・ホワイトは次作『プランダー』をもって活劇を引退、ハッチソンも翌年にはパテ社を離れています。

1914年後半から始まったハリウッド連続活劇のブームはこの1923~24年で一旦終焉を迎えました。ハッチソンの名も忘れられていくもののその血脈は『怪傑ハヤブサ』などに受け継がれていきます。

[Movie Walker]
ハリケーン・ハッチ

[IMDb]
Hurricane Hutch

[発行者]
榎本松之助

[発行所]
榎本書店(大阪)

[出版年]
1924年

[フォーマット]
A7:10.5×7.4㎝、32頁

ワンダ・ホウリー Wanda Hawley (1893 -1963) 米写真家ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション(2)

「ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション」
「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

Wanda Hawley 1922 Inscribed Photo
Wanda Hawley 1922 Inscribed Photo

ワンダ・ホウリー嬢はペンシルヴァニア州スクラントンで生を受け、幼少時に家族と共にワシントン州シアトルに居を移し同地で教育を受けた。銀幕デビュー時はフォックス映画社に在席、同社で8か月務めた後ラスキー撮影所に合流、フェアバンクス氏の『ドグラスの跳ね廻り』に女主人公として登場した。またウィリアム・S・ハート、チャールズ・レイ、ブライアント・ウォッシュバーン、ウォーレス・リード諸氏とも共演。特筆すべき役柄としては『エヴリーウーマン』で「美」を象徴的に演じた「美子(Beauty)」がある。今はリアルアート映画社に籍を置き、軽めの恋愛劇シリーズに主演中で第一弾は『ホッブス嬢』。身長は五尺三寸。体重は十三貫三百匁。金髪に灰色がかった青の瞳を有し運動も得意としている。

Wanda Hawley was born in Scranton, Pa., but together with her family moved to Seattle, Washington, when she was a child. She received her education in Seattle. Wanda Hawley made her screen debut with the William Fox Company and after playing with them for eight months joined Lasky studio forces and appeared as leading lady for Douglas Fairbanks, in « Mr. Fix-it. » She has also appeared opposite William S. Hart, Charlie Ray, Bryant Washburn, Wallie Reid and others. One of her most notable screen characterizations was the symbolic role of « Beauty » in « Everywoman. » She is now being starred in Realart Features in a series of light romances, the first of which is « Miss Hobbs. » She is five feet three inches high, weighs a hundred and ten pounds, and has blond hair and greyish blue eyes. She is an able sportswoman.

Who’s Who on the Screen (New York: Ross Publishing Co., 1920.)

フェアバンクス作品のヒロイン(『ドグラスの跳ね廻り』)、デミル作品(『男性と女性』『連理の枝』)、ヴァレンティノとの共演(『ヤング・ラジャー』)まで1920年前後のハリウッドでシンデレラストーリーを歩んでいった女優さん。「オックスナードの思い出に(Memories of Oxnard)」の一文が付されており、ロケ地にオックスナード砂丘が選ばれた『燃ゆる砂(Burnig Sands)』撮影時の一枚と思われます。

Wanda Hawley in the Affairs of Anatol
『アナトール』(1921年)より
Wanda Hawley in the Young Rajah
『ヤング・ラジャー』(1922年)より

[IMDb]
Wanda Hawley

[Movie Walker]
ワンダ・ホウリー

[出身地]
合衆国(ペンシルヴァニア州スクラントン)

[誕生日]
6月30日

1922 – 8ミリ 『ドクトル・マブゼ』 第4巻 (フリッツ・ラング監督)

「フリッツ・ラング関連 [Fritz Lang Related Items]」 & 「8ミリ 劇映画」より

「テロ事件」と題された第4巻では、第2巻に登場してきた御曹司ハルが再登場してきます。マブゼは情婦の踊り子カーラをハルに接近させますが、そこから逆に足が付きカーラが逮捕されます。

敵の包囲網を感じ取ったマブゼ一味はハルとカーラの殺害を図り、さらには検事たちが集まっている警察への爆破を仕掛けていきます。

本来はこの次に完結編の第5巻があるのですがこちらは入手できなかったため今回の上映はこれまで。物語のポイントを上手く押さえ、作品の骨格にある連続活劇のリズム感を強調した素晴らしい編集でした。

[タイトル]
Dr. Mabuse: Das Attentat

[原題]
Dr. Mabuse, der Spieler – Ein Bild der Zeit

[製作年]
1922年

[IMDB]
tt0013086

[メーカー]
独DEFA社

[カタログ番号]
231

[フォーマット]
ノーマル8mm 60m(無声)

1922 – 8ミリ 『ドクトル・マブゼ』 第3巻 (フリッツ・ラング監督)

「フリッツ・ラング関連 [Fritz Lang Related Items]」 & 「8ミリ 劇映画」より

この第3巻からマブゼ博士の宿敵フォン・ヴェンク検事が新キャラクターとして登場。

ヴェンクは富裕な老人になりすまし悪党団がたむろする賭博場へ足を運びます。催眠術を使ったマブゼを現行犯逮捕しようとしますが、悪党一味は辛くも脱出、ヴェンクは返り討ちにあい危うく命を落としかけます。

タクシーに仕掛けられた催眠ガス装置やナンバープレート交換など、人目を欺くギミックが司法と悪漢とのし烈なやりとりを彩っていきます。

[タイトル]
Dr. Mabuse: Gejagt vom Staatsanwalt

[原題]
Dr. Mabuse, der Spieler – Ein Bild der Zeit

[製作年]
1922年

[IMDB]
tt0013086

[メーカー]
独DEFA社

[カタログ番号]
230

[フォーマット]
ノーマル8mm 60m(無声)

1922 – 8ミリ 『ドクトル・マブゼ』 第2巻 (フリッツ・ラング監督)

「フリッツ・ラング関連 [Fritz Lang Related Items]」 & 「8ミリ 劇映画」より

『ドクトル・マブゼ』第2巻はマブゼ博士の特殊能力である「催眠術」に焦点を当てた内容です。

前半では観劇中に目を付けた富豪の青年に催眠術をかけ、ポーカーで有り金をむしりとっていきます。後半はターゲットを変え、伯爵夫妻をカジノで破産させ、妻を我が物にしようと画策していきます。

どちらのエピソードも短いながらも起承転結がはっきりしており、初期のラングが意識していた連続活劇的な早い物語展開を生み出していきます。

[タイトル]
Dr. Mabuse: I. Macht der Hypnose, II. Die Entführung

[原題]
Dr. Mabuse, der Spieler – Ein Bild der Zeit

[製作年]
1922年

[IMDB]
tt0013086

[メーカー]
独DEFA社

[カタログ番号]
229

[フォーマット]
ノーマル8mm 60m(無声)

1922 – 8ミリ 『ドクトル・マブゼ』 第1巻 (フリッツ・ラング監督)

「フリッツ・ラング関連 [Fritz Lang Related Items]」 & 「8ミリ 劇映画」より

『ドクトル・マブゼ』は大正11年(1922年)に公開されたフリッツ・ラング初期の長編映画です。悪漢マブゼ博士の一大絵巻は評判を呼び続編も幾度か作られました。

こちらは1950年代後半~60年代に市販されていた8ミリ版。元々は4時間以上ある大部な作品のエッセンスを5巻(計1時間強)に分けた短縮版となります。

第1巻は「株式取引所」と題されています。

冒頭では客車内での機密書類強奪事件が描き出され、後半は同事件に連動した株価格の上下動を利用してマブゼ博士が一儲けを企てていきます。

[タイトル]
Dr. Mabuse: Unternehmen Börse

[原題]
Dr. Mabuse, der Spieler – Ein Bild der Zeit

[製作年]
1922年

[IMDB]
tt0013086

[メーカー]
独DEFA社

[カタログ番号]
228

[フォーマット]
ノーマル8mm 60m(無声)

マルヴィーナ・ロングフェロー、大正11年の書簡 Malvina Longfellow (1889 – 1962)

素敵なクリスマスカードありがとうございました。クリスマスが楽しいものになりますように、また1923年が良い年でありますことを。重ねてお礼申し上げます。

マルヴィーナ・ロングフェロー

My dear, thank you so much for your very beautiful Christmas card. I do hope you will have a very very happy Christmas and all the best for 1923. Thanking you again Malvina Longfellow

10代の頃からモデルとして活躍、1910年代半ばから女優の活動を本格化させイギリスの歴史映画に多く出演しています。

Malvina Longfellow
モデル時代の写真

こちらは1922年(大正11年)冬にロンドンで書かれた手紙でクリスマスカードへの礼がつづられています。宛先のカットクーム・マンションは大学病院に付属した病棟とのこと。

1922 – 9.5mm 『チャップリンの給料日』(仏パテ版)

比較のために1920年代に仏パテ社から発売されていた『給料日』のスクリーンショットを何枚か。一仕事終えてお昼休憩に入っている場面です。

今回同時に登録したノヴァスコープ版の半世紀前のフィルムになります。映写のセッティングは同じですが、質感は大分異なっています。

1922 – 9.5mm 『チャップリンの給料日』(ノヴァスコープ版)

9.5mm映写機とフィルムの入手が難しくなっていた1970年代初頭、イギリスで設立されたのがノヴァスコープ社でした。閉鎖されたパテスコープ社のフィルムを引き取り、オリジナルのコンテンツを交えながら9.5mm映画の再活性化を試みていきます。

こちらの『給料日』はそのノヴァスコープ社によるものです。戦前の仏版に比べるとややコントラストが低く、青みがかったプリントが特徴です。戦後の映写機は明るいランプを使っているため低コントラストでも十分で、細やかな陰影が潰れずに見えるように配慮されたのではないかと思われます。

[タイトル]
Charlie the Bricklayer

[原題]
Pay Day

[製作年]
1922年

[IMDB]
tt0013486

[メーカー]
英ノヴァスコープ社

[カタログ番号]
1044

[フォーマット]
9.5mm 300ft(ノッチ無し)